14-3
派手な魔法の花火がいくつも上がる。
光と音が辺りに響き渡る。
収穫祭が始まった。
音楽が王都中を満たし、あちこちから子供の歓声が聞こえてくる。
明るい色に建物が飾り付けられ、通りには仮装した人の列が果物や穀物などを載せた山車を引き回す。
女性も男性も収穫祭のために普段は着ない服や化粧、アクセサリーで綺麗に着飾っていた。
そんな中を騎士団のエースにして次期勇者のパエトーンはパレード・アーマーを着込み、街を同僚の騎士と共に巡回していた。
パレード・アーマーは鎧としての機能はなく、ただ祭典を華やかに彩るために色んな羽や紐飾り、文様、色などで飾った鎧だ。
見回るその顔は生真面目そうに人々を眺め、スリなど怪しい人物がいないか目を光らせていた。
今頃闘技場では一般参加者のテストをして数の絞込みをしていることだろう。
パエトーンは武闘大会に特別枠で参加するため、明日の二日目から参加だ。
ひとまずこの見回りを終えたら明日の試合に備えて調整のための修練を行う予定だった。
人でごった返す通りを抜けると、何やら毛色の違うざわめきが伝わってきた。
同僚に目配せして駆けつける。その間にどよめきの中から女性の甲高い悲鳴と、男性の囃し立てる声が大きく上がってきた。
「何事だ!」
中心にいたのはI国の女勇者ヘリアデスだった。彼女が勇者だと気付いたのはパエトーンのみ。
20歳前後のような可愛らしいおっとりした雰囲気の女性で、その背に座り込んでいる一人の少女をかばっている。少女は十代半ばほどで、売り子らしき制服と頭巾を身につけ、震えている。
その彼女の前には二人の若い男が相対している。片方はヘラヘラと軽薄な笑みを顔面に張り付けたキツネのような若い男。もう片方は顔を真っ赤にして睨みつけているガッシリした体つきのやや毛深いクマのような男だった。
少女の周りには手作りと思わしきペンダントなどのアクセサリーが乱雑に散らばっていた。露店の商品だろう。
よく見るとキツネ男の左頬が赤く、服もわずかに乱れている。そしてクマ男の右手には固い握り拳。
露店の台はひっくり返り、いくつか汚れ歪み或いは壊れたアクセサリーを見て少女は涙ぐんでいた。
「いい加減、諦めろって言ってんだよ! この付きまとい野郎!」
「おや、僕はただこの麗しいお嬢さんから商品を買おうとしただけですよ。言いがかりも甚だしいですね」
「このっ……この期に及んでまだそんなふざけたことぬかしやがるか!」
「第一、僕を付きまとい野郎と言ってますが、それならあなたも同じでしょう。細工工房で先輩風を吹かせて強引に口実をもうけては嫌がるお嬢さんにあれこれ迫ってるともっぱらの話ですよ」
肩をすくめて鼻で笑うキツネ男に、ますます憤怒で顔を赤く染めるクマ男。
「気にくわないと言って僕を殴るのは、まあ数歩譲って不問としましょう。けど、少しは後先を考えて行動してくれませんかねぇ。そこの勇敢な女性の方が咄嗟に助けなかったらお嬢さんが台の下敷きになってましたよ」
「うるせえ!」
要は、痴話喧嘩の類らしい。
どうやらどちらも彼氏というわけではなく、ただ言い寄っているだけの関係らしい。
パエトーンら騎士3名が群集を掻き分けて騒動の中心へと進み出る。
「そこまでだ。今日くらい多少の騒ぎには目を瞑るが、祭りとはいえ騒ぎすぎだ。全員詰め所まで来てもらおう。そこで頭を冷やしながら話を聞こうか。とりあえず4人とも一緒にだ。他に関係者がいればその人もだが」
「官憲はすっこんでろ!」
興奮したクマ男が乱暴にパエトーンの伸ばした手を払いのけ、そのままナイフを取り出す。
野次馬が血の予感にざわめく。中には無責任に指笛で煽る輩もいる始末。
祭りの場ゆえに、一見普段着としか見えないほど軽装の勇者ヘリアデスが柔和な顔をわずかに顰め、足をそっと開いて身を沈める。戦闘の構えだ。
だがそれをパエトーンが片手で制する。
「ヘリアデス殿、ここはどうか某にお任せを。これ以上貴殿の助勢の必要はありません」
「……わかりました。では彼らはお任せしますね」
ヘリアデスが素直に矛を納め一歩、下がる。そして再び少女を守る。
ここはこの国の治安維持組織に任せるべきだと判断したのだ。
「どいつもこいつも! 俺をバカにしやがって!」
ナイフがやたらめったらと振り回される。
刃物が野次馬達の鼻っ面をかすめ、悲鳴があがる。
いつ、ナイフが周りの誰かを傷つけてもおかしくなかった。
そこに一閃。光が走る。
気が付けばパエトーンの剣が鞘に納められたまま振りぬかれていた。
目にも留まらぬ早業。剣豪の技だった。
ヘリアデスと群集の中で様子を見ているその仲間を除いた全員が、誰一人とてその瞬間を見る事はかなわなかった。
上空に跳ね飛ばされたナイフがクルクルと回転しながら落ちてくる。それをパエトーンは悠々と人差し指と中指でキャッチする。
群集からドっと喝采が沸き上がった。
続けてパエトーンがクマ男を腕一本で押さえつける。
しかし不幸はそこで起きた。
「うわっ!?」
群集の外側の誰かが騒ぎをなんとかして覗こうとジャンプを繰り返していたが、バランスを崩して前へと倒れこむ。ぶつかられた前の男性もまた勢いよく倒れこみ、ドミノ倒しが起きた。
最前列にいた子供が巻き込まれそうになり、慌ててパエトーンが滑り込む。小さな女の子は間一髪飛び込んできた騎士に、何が起こったのかわからず目を丸くしていた。そしてその後ろにいた恰幅の良い中年女性は屈強かつ精悍な若者であるパエトーンの腕に抱きとめられ、ついつい頬を染めていたりする。ついでに「あらやだ。ぽっ」とか言う呟きも聞こえてきたような気がするが、気のせいだとパエトーンは思う事にした。
まさにファインプレーだった。
それが暴漢の捕縛中でさえなければ。
解放されたクマ男は離れていたキツネ男だけを睨みつけ、新たなナイフを取り出して駆け出す。
――いけない!
パエトーンの同僚の騎士二人が血相を変えるが、それよりもヘリアデスの方が早かった。
腰からダートを瞬時に取り出し、投げ放つ。ダートは矢を30cm程までに短くしたようなものであり、今回持ち歩いていたのは殺傷せずに制圧するための刃無しのタイプだった。
だが、それが射出される一瞬前。彼女の後ろから小さな丸い影が飛ぶ。
それは高速で射出されたダートよりほんのわずか早くナイフをクマ男の手から弾き落とした。
「えっ?」
ヘリアデスはそれを見逃さなかった。
しかし彼女の他は誰も気付かなかった。彼女の仲間でさえも。
その場にいる全員が、ヘリアデスの放ったダートが正確にナイフを狙って弾き飛ばしたと思っていた。
再び喝采が湧く。ヘリアデスの妙技を賞賛しての万雷の拍手だった。
その中、騎士二人がクマ男を今度こそ縛り上げていく。
「申し訳ございません。某の未熟ゆえにお手を煩わせてしまいました。民を助けて頂き、まこと感謝の至りです」
「いえ……」
生返事のヘリアデス。
それにパエトーンが怪訝な表情をするが、それを問う前に興奮した群集らにあっという間に詰め寄られる。
「いやー、すげえな姉ちゃん」
「今度うちの店に来なよ。いい物見せてもらったお礼に美味いもん食わせてやるからよ!」
「おねーちゃん、かっこいー!」
「騎士様もすっごい強かったねー」
「あれ? あの人、もしかして今噂の騎士団のエースじゃない?」
「えー、うっそー。ほんとにー?」
やんややんや。
ちょっとした英雄二人に惜しみない賞賛が降り注がれる。
キツネ男はなおも睨みつけてくるクマ男に冷笑を浮かべている。
騒動の中心だった少女も涙ながらに何度も頭を下げながら感謝の言葉を繰り返していた。
自らの勇者の力量を信じ、静観していたヘリアデスの仲間も側に寄ってきてもみ合う群集からヘリアデスを守りながら声をかけている。
その中、こっそりとヘリアデスは視線を下に向ける。
その先には彼女が投げたダートと、謎の小石が転がっていた。
「……当たったのはほぼ同時。けれど、石はあたしの後ろから投げられた」
つまり、ヘリアデスより先に反応し、行動に移した者がいたのだ。
レベル24、世界でも上位クラスに迫ろうとしている彼女より速く。
「何者かしら……?」
パエトーンとヘリアデスに喝采を送る民衆達の中で彼女は一人、わずかに目を細め、群集の輪の外を睨むように見ていた。
ふと、人垣の隙間から小さな背丈の子供二人の遠ざかる背が見えたような気がした。




