14-2
E国王都は今まさに浮かれた空気に包まれていた。
仕立て屋は色鮮やかな衣装の注文に忙殺され、アクセサリー屋には女性が並ぶ。
街角では篭いっぱいに花を積んだ娘が一生懸命に声を上げている。
色とりどりの花で飾られた山車が一台、また一台と広場の隅に並んでいく。
露店が立ち並び、栗やザクロ、ほうれん草、ウナギといった実に様々な食材が木箱の中に山積みされていた。
他の広場では様々な楽器の音色がてんでバラバラに聞こえてくる。それぞれ自分のパートを練習しているのだろう。
また大道芸人達が輪になって集まった場所からは張り切ったような話し声がする。
そんな浮ついた雰囲気の中を警邏する兵士達。いつもは厳しい彼らも、今は街の空気を楽しげに眺めている。
収穫祭が間近に迫っていた。
ようやく海路を封鎖していたモンスターが討たれ、産業が回り始めて少しずつ活気が取り戻されていった。
だがその矢先に巨星、勇者ザイフリートが墜ちてまた暗い雰囲気が世界に蔓延っていた。
しかしそれでも収穫祭と武闘大会が近づくにつれ、民衆の間に明るい笑顔が戻り、活気が湧いてきた。
既に武闘大会の一般受付は終わっている。
武闘大会の参加条件は2種類ある。
一つ。各国勇者及び有力者の推薦状を持つ者は特別枠にて参加。
一つ。一般参加者はレベル5以上の者のみ受け付け、予選を執り行う。
武闘大会は一日目に一般参加者のみ予選で、試験を通して数を絞られる。
二日目でそこに特別枠を加えた64人でAブロックとBブロックに分けてトーナメントを行い、ベスト8を決める。
三日目でAブロックとBブロックの優勝者を決めて、決勝を行う。
この時、E国近くにいた勇者は4名。
一人はレベル15のP国勇者。彼は既に参加を希望している。
勇者の中ではようやく新入り扱いを脱する辺りで、ここで少しでも名を上げようと気炎を上げているそうだ。V国に独占されている香辛料をなんとかして入手するよう国王に命じられているとか。
一人はレベル24のI国勇者。彼女は参加より観戦を選んだ。
あまり争いごとを好まない性質で、何か得るものがあればとE国に立ち寄ったそうだ。パスタが大好きらしい。水の少ない土地でも必ずパスタを茹でるとか。
一人はレベル31のD国勇者。彼は現在深手を負って別の街で療養中。
泣く泣く参加を諦めたそうだ。特技は医療技術。深手を負っては仲間の神官に無謀な自爆癖をなんとかするよう説教されているとか。
最後の一人は、無論本国のE国勇者。万年レベル1であり、まったく勇名を聞かない彼も参加を希望していた。
なお、武闘大会に出ると息巻いていた武闘大会二連覇中の老齢の騎士団長は張り切りすぎて警備責任者である別の騎士団長を修練でノしてしまい、代わりに警備責任者をやるハメになっていた。
それで今なお部下にぶちぶちぶーたれているそうだ。
よほど3連覇の夢が潰えて無念らしい。
周りではいい加減年寄りの冷や水を心配する声が上がっており、ちょうどいい形で遠ざけられたとほっと一息ついていた。
☆☆☆☆☆☆
E国王都。
王城の謁見の間にて。
そこでは主たる国王を始め、第一王子、第一王女、第二王女、及び大臣、将軍といった高級文官、武官が立ち並び、最大の礼を以って賓客を迎えていた。
第二王子と第三王女は都合がつかなかったため不在だ。
相対する賓客は、『聖拳老師』を筆頭にした弟子5名。居並ぶ弟子ら4名はいずれも若い20歳前後の男性で、それぞれ礼服の下に鍛え上げられた鋼の肉体を誇っていた。
だがその中でただ一人、弟子の中でも小さな背丈の者がいた。
まだ幼く、年はわずか10才。ノヴァと同年代だ。しかし身に纏う空気は周りの将軍と比べても遜色が無い。
名をエルスと言った。
聖拳老師の秘蔵の弟子であり、この齢にして既にレベル18に達していた。
千年の歴史を誇る格闘術を高いレベルで修め、もはや同年代では相手になるものはいない、早熟の天才として弟子達の中でも一目を置かれていた。
中性的な綺麗な顔立ちをしており、黒髪をショートカットにし、鳶色の瞳は鋭く、ピリピリとした戦意を隠そうともせずにずっと発し続けている。
まるで獰猛な猛獣のようだった。
そんな弟子達の前で、一人のみすぼらしい道着姿のひょろりとした老人が白い顎ヒゲを撫で付けながら国王と話をしていた。
「国王陛下、この度は武道大会への参加許可まことにありがとうございました」
「いや、我が国にとっても貴殿らの参加は歓迎すべきこと。こちらこそ御礼を申し上げねばならぬ」
「ほっほ。それはそれは。恐縮ですな」
「して……その子が、今回参加する弟子でありますか」
「ええ、ええ。ほりゃ、挨拶せい」
老師に促されて、少年の姿をした幼子が前へ出る。
そして堂々と胸を張り、言った。
「初めまして、王様。オレが今年優勝するエルスだ」
ザワリとさざ波のように敵意の波紋が広がった。
その年齢と態度に露骨に顔をしかめる者も少なくない。
「これ、無礼じゃぞ。いやはや申しわけない、弟子が失礼をしました」
「いや、かまわん。よほど自信があると見える。腕もそれに見合う物であろう。武闘大会を楽しみにしていよう。存分にその力、振るうがよい。
ところで勇者を探していると聞いているが、この者などはどうであろう。世界を見てもなかなかの有望株だと自負している。今の勇者を排した後に次の勇者となる予定だ」
20歳前くらいの精悍な若者が騎士の列から一歩進み出て礼をした。
彼こそがパエトーン。この国の第一線で活躍する騎士団で最も優秀かつ勇猛な騎士だった。
エルスはその若者を一瞥し、一蹴する。
「王様。ぶしつけながら、オレはオレより弱いやつとは一緒に組む気はない。まずはオレより強いってことを見せてもらわないとな」
「いい加減にせんか」
「いてっ! じ、じーちゃん、こんな所で殴るなよ……」
「その『こんな所』でキャンキャン吠えておるのはどいつじゃ。まったく……重ね重ね申し訳ない。最近どうにも天狗になっておるようで……肉親代わりとして後でキツク言い含めておくので勘弁してくだされ」
「いいや、格でいえば貴殿が上である。むしろこちらが頭を下げて請い願う立場なのだ。エルス殿の言う事も尤も。あい分かった。ならばパエトーン!」
「はっ!」
「武闘大会でそなたの武技、存分にエルス殿にお見せしろ」
「ははっ、陛下の命のままに! エルス殿、武闘大会で君と当たる事を祈っているよ」
「はっ、誰が負けっかよ。そっちこそオレと当たる前に負けるようなみっともない姿見せるなよ」
「ふふ。大会を楽しみにしている」
「ああ! ぜってー勝つ!」
互いに不敵な笑みを浮かべる若きエースと、未だ未知数の実力を誇る秘蔵の弟子。
こうして二人はその闘志を肌で直接感じ取り、相手に不足無しと認め合う。
周りの者達はそれを見て、必ずやこの二人が武闘大会の台風の目になるであろうと確信した。
次期勇者の準備は進み、交代劇のシナリオが少しずつ出来上がって行く。
現勇者ノヴァを置き去りにしたまま。
☆☆☆☆☆☆
国王が数名の大臣を引き連れ、城の廊下を歩いている時だった。
美しい覚めるような薄い青のドレスを着た小さな女の子、王女フレアが思いつめた表情で足早にやって来たのは。
「陛下! 勇者ノヴァの紋章を剥奪するという話は本当ですか!」
「……お前にはまだ関係のない事だ」
勇者の紋章剥奪の話を耳にしたフレアはすぐさま父である国王の元に飛んできた。
そしてその勢いのまま詰め寄る。
しかし国王は眉一つ動かさずに娘を素っ気無くあしらう。
国王の目は親とは思えぬほど冷たかった。
フレアの背に走る醜い傷跡。その一点だけでより完璧な美を好む国王は娘を邪険にしていた。
そんな視線にフレアは胸を強く押されたように怯むが、それでも胸の前で拳を強く握り締めて父王を睨みつけるように見上げる。
「勇者は、ノヴァは確かに功績らしい功績を上げておりません。が、しかし! 彼はまだ私の一つ下のたった10歳なんですよ! いくらなんでも無理難題でしょう! この国は子供にそんな重責を押し付け、あまつさえ用済みになれば全てを毟り取って追い払うというのですか!」
「フレア殿下、陛下を侮辱するおつもりか!?」
「よい。そなたらは下がっておれ」
「へ、陛下……」
国王が一歩、前へ出る。
「話はそれだけか」
その重圧に気圧されるように、フレアの足が一歩後ろに下がる。
が、必死に心を奮い立たせてそこで踏みとどまる。
「いいえ、まだあります」
「ほう」
「私が、ノヴァと共に旅立ち、必ず陛下を納得させるだけの功績を上げてみせましょう。ですから――」
「ならん」
「陛下!」
「お前は次期勇者のパエトーンの供の最有力候補だ。既に調整が始まっている。お前はもう少し自分の立場というものを理解しろ」
「陛下!!」
「例えお前が現勇者に付いていった所で、駄犬は所詮駄犬。変わることはない。我が国でも極めて優秀な魔法使いのお前を使い潰すつもりはない。パエトーンならよりお前に活躍の場を与えることだろう。分かったなら下がれ」
「……!」
「ああ、ちょうどいい。現勇者も大会に出るようだ。次期勇者が上であることを大会で見せつければ、アレも勇者の紋章剥奪にも文句はでないだろう」
「あのバカ、また無茶なマネをっ」
「話は終わりだ。少し頭を冷やしておけ。皆、行くぞ」
「は、ははっ……」
フレアの横を通り、国王が廊下を進む。
フレアが訴えている間中、その表情はずっと変わらなかった。
そしてフレアはスカートの裾を強く握り締め、肩を震わせてうなだれる。
そのまま黙って見送るしかできなかった。
大臣らも国王に続き、フレアの隣を一礼して通り過ぎていく。
フレアはまるで自分が空気になったかのような惨めな思いだった。
そして興味津々の視線を廊下のあちこちから感じながらフレアは固い足取りで自室へと戻る。
嘲笑が聞こえてきたような気がしたが、無視した。
一方、立ち去った国王は王宮警備担当を担う大臣に囁く。
「フレアにしばらく監視をつけておけ。アレは何かしでかすやもしれん、念のためだ」
「は、はあ……」
困惑の表情を張り付けながらも大臣は頷いた。
そして当のフレアはというと。
「……」
部屋に入り、フレアは一度燭台によりかかる。それから目の前のベッドのシーツに手を置いて、あらん限りの力を込めた。
整えられたシーツに皺ができ、手が小さく震える。
どれだけそうしていたのか。やがて手の力を緩め、天井を仰ぐ。もう手は震えていなかった。
一度強く頭を振って、フレアの小さな手がベッドを思いっきり叩く。
「ああ、もう! もう少しで聖都までの行程を調べ終えられたのに! ここでタイムリミットだなんて……最悪」
国境の洞窟に棲みつくモンスターを調べ、まず旅立った勇者が始めに目指すべき聖都への安全な道のりをこれまでずっと検討してきていた。
そのためにたくさんの資料を漁り、色々と人から話を集めた。
特に地図を集めるのが大変だった。信用のできる地図など滅多にない。特に他国の物となればなおさらだ。正確な地図は防衛・侵略共に必須のため、作られたものによっては国家機密にも位置する。
地図や商人などの話からどのルートが安全かを検証する。
危険なモンスターや野盗が潜んでいそうな場所はないか?
地形はどうなっている?
一日に進める距離は?
休める町や村は?
野宿できる場所は?
水や食料の補給は?
旅をする上で注意するべき事は?
もうそれらも全て水泡に帰した。
だがフレアはなお諦めなかった。
「こうなったら、紋章を剥奪される前にノヴァとセアを連れて無理矢理旅に出るしかないわね。その間になんとしても大功を私が掴まないと……」
こっそり出奔の計画を練り始める第三王女様。
「国の追っ手から逃れつつも、納得させられるだけの功績を積む……中々にハードだわ。まったく……よくよく私もバカな選択をしたものだわ」
そう毒づくも、その表情には一切の弱音はなかった。
ただただ腹をくくってもう何も怖くないと不敵に微笑む。
第一、あのノヴァと共に行くと決意した時にこのような逆境は覚悟している。
同じ先生の元で真剣な目で学ぶ後輩の勇者を思い出す。
まだまだ未熟者で頼りない男の子。口ゲンカもしょっちゅう。魔法の模擬戦でもフレアはノヴァに勝ちを譲った事などない。普通に戦っても全戦全勝する自信すらフレアにはあった。そんなへっぽこ勇者。
国王の言うように、彼に肩入れするのは一般から見れば無謀としか言いようがないのが現状。
けれどそこに後悔はない。
「いいわ、上等よ。やってやろうじゃない。これくらいのハンディキャップ、なんとでもないわ。意地でも絶対に成功させてみせてやる」
目を据わらせ、その背に燃え盛る大炎を背負う。
「お父様はどうせ何も言わないでしょうけど、お母様は……」
父である国王アムネリウスに認められようと魔法使いとして頑張ってきた。勉強に努め、兵士としても実戦でモンスターを何体も撃退した。
けれど、ついに国王のフレアに対する扱いは変わらなかった。いや、一魔法使いとしてならば優秀だと評してくれたが、娘としては何ら変わらなかった。
それだけが幼いフレアの胸をえぐる。
けれど母である王妃アイーダは違った。他の兄や姉と同じように優しく接してくれた。何度も手ずから作ったパイを振舞ってくれた。フレアはそれが好きだった。30を越える年を重ねてもなお美しい母と一緒にお喋りやお茶をする時間はフレアにとって大事な安らぎだった。
「ごめんなさい、お母様」
そして11歳のフレアはそれらもろとも全てかなぐり捨てて世界へ飛び出そうとしていた。
「ノヴァは私一人の力で勇者にしてみせるわ。絶対に」
フレアもまた一人動く。
まずは王都脱出のルートとタイミングを決めるために、警備状態を調べるのだ。
タイムリミットは武闘大会終了後まで。
☆☆☆☆☆☆
賑やかな喧騒に包まれる王都。
その裏通りを一人の若い女性がコソコソと歩いていた。
高級な霊獣白狐の毛皮のマントに身を包み、フードを目深に被っている姿。男なら怪しいことこの上なかっただろう。
フードの奥から覗く、縦に伸びた瞳孔がまるで猫のようだった。
「やっとE国につきましたね。後は連絡が来るまで待機、っと。とりあえず当日まで目立たないようにしなくちゃ。
まったくもう、あの方は一体何を考えているのでしょうか……」




