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雨の少ない乾燥した毎年の残暑が終わり、秋に入るとたわわに実ったブドウやオリーブなどの収穫の時期。その後に冬小麦の種まきが続く。
ひとまず秋の収穫が終わればいよいよお楽しみの収穫祭だ。
そして、E国が誇る伝統の武闘大会も収穫祭の目玉として開催されようとしていた。
E国王城。大会議場にて。
大勢の大臣と国王が国について話し合う場の、いくつかの議題の中で一つの決定が下された。
それは収穫祭の終了を待って、役立たずのお荷物でしかない余所者の少年、ノヴァから勇者の紋章を剥奪する事。
そしていくらかの紛糾の後に騎士団の若手のエース、パエトーンに次の勇者の紋章を与える事になった。
「まあ紋章を剥奪した後はどこへなりとも行けばよいですな。どうせ誰も気にはすまい」
「ですなぁ。しかし一時しのぎとはいえ、本当に役に立たない小僧だ」
「まあ支出は最小限で済んだし、神器の守護を得るためにも勇者の席を空席にしておくわけにはいかん。最低限の勤めは果たしたと言ってよいであろう。まあ最低限でしかないがな」
「守護といえば、一年ほど前から王都周辺のモンスターの被害が一気に減っておりますな。レベル10以上の凶悪なモンスターなどまったく見ておりません。いや、本当に不幸中の幸いですな。これもきっと神のご慈悲に違いない。あの小僧があまりにも不出来なので特別に目をかけてくれたのでしょう。はっはっは」
清々しい笑顔で大臣の一人がそう述べると、それに追従する幾名かの大臣。
国王はそれに興味すらなさそうに、現勇者ノヴァの少ない資料を雑に脇にどける。
「次に……陛下、『聖拳老師』が弟子5名を連れて近日王都に到着いたします。用件は、やはり一人の弟子の武闘大会参加希望とのこと」
「丁重にもてなせ。決して粗相があってはならんぞ。老師が抱える道場の軍事力は大国に匹敵するからな。各国との繋がりもある。彼の一声で動く人と力は忌々しいほどに強大だ。老師がその気になれば我が国など吹き飛ぶぞ」
「う、噂でしか聞いておりませんでしたが……本当でしたか」
「本当もなにも、老師自身が一人いれば城の一つや二つ、一日で落ちるとは大国の武帝の言ぞ。事実、彼の若き頃は城落としどころか、先代八魔将第三位を単独で討ち取っている」
「誇張では……なかったのですな」
「分かったら、第一の賓客としてもてなせ。そなたの首にかけてだ。よいな」
「は、ははっ!」
「それから各地から武闘大会の観覧に足を運ぶ貴族を始めとした有力者達のリストをまとめておけ。それを元に警備体制を整えろ。大会前日には一度パーティを開く。宴の準備をしておけ」
その後も国王が方針を決め、細かい調整を大臣へと投げる。
人間としては些か問題のある国王だが、為政者としてはまともな部類だった。最も、政治に情は不要という主義であったが。
「ようやく……昔の活気を取り戻せた。長かった。さあ、皆のもの、収穫祭を必ず成功させ、失った国威を回復させようぞ」
「ははっ!」
☆☆☆★★★
仄かな月明かりだけが照らす深夜の草原。
そこで勇者ノヴァは怪物と戦っていた。
「グルル……ガァッ!」
獅子の体をベースに、肩口からヤギの頭が伸び、蛇の尾をしたモンスター。
レベル29。キマイラ。
炎を吐き、剛力の爪を誇る恐るべき奇獣。堕ちた聖獣。
どうやら山を越えてE国に渡ってきたばかりらしい。
夜の修行に向かう途中、この辺りでは見ない妙な足跡と喰い散らかされたばかりの獣の痕を見つけた勇者が、放っておけないとばかりに辺りを探索し、見つけたモンスターだった。
事実、放っておけば何も知らない最初の数グループの行商人や兵士達が確実に犠牲になっていただろう。
なぎ払った鉄の剣が獅子の牙に噛み止められ、その隙にヤギの角がノヴァへと鋭く突き出される。
だが既に勇者は動いていた。体を沈ませて避け、そのまま掌底で縦に垂直に獅子の顎を打つ。獅子がひるんだ隙に剣を口から抜き、地を蹴って跳び下がる。
一つ一つの反応に迷いはなく、故に速い。体が自然と最適だと判断した動きを取る。
ふと、爪が来ると思った時には既に体を動かし、一拍遅れてその通りに前脚が恐ろしい勢いで通り過ぎる。まるで勇者の予想をなぞるように。
無論、予想が外れる時もある。
だがノヴァの戦闘経験は師匠のスパルタ実戦教育のおかげで、このたった一年半で凄まじい勢いで蓄積されていっている。
モンスターにもある程度動きにクセがある。
四足の獣タイプ。二足歩行の人型タイプ。翼を持つ人型タイプ。地を這う蛇タイプ。
武器を使うタイプ。炎を吐くタイプ。牙を使うタイプ。角を使うタイプ。
それがどんな予備動作で攻撃を繰り出してくるか。今やある程度の共通する部分が徐々に見えてきていた。
それはもはやベテランの域だ。
蛇の尾が鞭のようにしなり、噛みつこうと襲い掛かるが、勇者はそれを見切って最小限の動作でその攻撃ルートから体を外す。
一度距離をとって大きく息を吸い、引き続き戦いに集中する。
勇者は未だキマイラから一撃ももらっておらず、ノーミスは崩れていない。
一方、勇者の攻撃は少しずつキマイラに傷を与え、血と体力を奪っていた。
それらを離れた場所から岩に腰掛け、楽しそうに見守る師匠のエリエル。
格上のキマイラとの戦いを見ても分かる。
修行の仕上がりは上々。剣術も体術も土台は既にしっかりしている。魔法も下級ならそこそこ使えるようになった。
戦闘の基礎はもう体に直接叩き込んだ。後は成長に任せ、どんな芽が出るか楽しみに待つだけ。
そう。後はここから羽ばたき、世界に揉まれながらもっと広い世界で背を伸ばす時期に移ろうとしている。
今までの手塩に育ててきた成果が花開こうとする瞬間。それをこらえ切れない喜びと共に上機嫌に眺め、心から愛でる。
とはいえ……
ついついエリエルが苦笑する。
「まさか儂の剣のスタイルをそのままそっくり盗むとはの」
こそばゆい思いで頬を小さく掻く。
見れば、剣を振るう勇者は袈裟懸けに振り下ろされる爪に対し身軽に空を舞い、すれ違いざまにその背に素早く2度斬り付けていた。
硬い剛毛により刃が通りにくいが、わずかな手傷と衝撃は与えている。
地にフワリと降り立った勇者は、すぐさま再び軽快なステップを刻む。
そして激しいビートを刻み、リズミカルに次々と斬撃を繰り出す。『円』を意識した斬撃は止まらずに流れ続ける。
キマイラが押され、うめき声を上げていた。
エリエルは堕天使であり、創られた時から既に翼があった。
故に翼で風を操り、空を翔け、宙を自在に舞うのは人が立って歩くのと同じレベルで自然な事だった。
そしてもちろんそれを戦闘術にも組み込んだ。
3次元的に空間を把握して飛び回り、前後左右はおろか上空からも自由自在に斬りかかる。
基本的に人間や獣の死角は後方及び頭上だ。そこを翼を使って突く。
今まさにキマイラと戦っている勇者もまた、エリエルと同じように空間をフルに使っていた。
風の魔法を戦闘補助として使い、翼の代わりにする。無論、本人はその動きが翼ある者のものだとは知らない。
ただ師匠の動きをずっと見続け、あんな剣が使いたいと、自分なりに工夫していた。
だが風の魔法自体はまだまだ弱く、今のところとても空中を自在に動けるとまではいかない。せいぜいが跳躍時間が延びる程度か。空中での急激な方向変換や回避などとてもできない。
だが、際立った空中感覚やバランス感覚で短い時間ながらも空中戦ができるようになっていた。
それは人間としてはやや特異な戦い方だった。
元々人間は空に浮かび、飛ぶようにはできていない。それを無理矢理大空を渡るようにするには、それ相応の無駄ができてしまう。
同じように風を使う勇者もいる。しかし彼らは決して空を舞う事を第一の目的とはしていない。無駄に体を浮かせるよりは、より体を身軽にして剣速や地を駆ける速度を上げたりするのが一般的だった。
目指す方向性が違うのだ。
だが、それでも幼い勇者は構わなかった。
自分が慕い、尊敬する師匠の剣術を全て自分のものにすることこそが望み。
それで強くなることが喜びだった。
師匠のように強く、そしていつか肩を並べるようになりたい。
そして勇者として剣を振るうんだ。
その日を思い願い、勇者は今も研鑽を積み続けている。
「ははっ。まったく、本当に愛い坊やじゃ」
師匠としてこれ以上ないくらいに慕われている。
弟子の思いをおぼろげに察し、それを実感せざるをえない。
こうして見ていると、まるで小さな自分を見ているような感覚に襲われる。
それが可笑しくも、心地よい。
そしてふと、思い出す。
「あやつも昔は儂の魔法をよくマネしておったの……」
遠い日の記憶。
今の勇者と同じように、剣ではなく魔法を教えていた幼い子供の姿が浮かんで消えた。
そう物思いにふけっていると、勇者がキマイラのヤギの角を一つ斬り飛ばした。
それは未熟ながらも美しい流れるような剣閃だった。
「……そろそろ良い頃合かの」
わずかに目を細め、金色の瞳が鋭く光る。
長い獅子のタテガミのような赤髪が強い風に吹かれ、大きく波打つ。
うっすらとした月明かりの下、女は口の端を大きく歪め、笑う。
キマイラの尾の蛇が毒液の塊を吐く。未知の攻撃に勇者が不十分な体勢で咄嗟に剣を振るった。
毒液はそのまま勇者へとぶち当たる。
「む。今回はこれでアウトか。猛毒ゆえ、すぐに解毒せねばの」
肌から、或いは呼吸と共に毒素が勇者を蝕む。
手の先から感覚がなくなっていき、血が不整脈を刻む。
そこにエリエルの魔法により、勇者の体内から全ての異物が汗と共に排除される。
なおキマイラはエリエルの手により一時的に上空に吹き飛ばされていた。
「あ、ありがとう」
「毒は初めてか。十分注意することじゃ」
「う、うん。分かった。もうくらわないぜ!」
戦いを再開しながら、勇者が威勢よく応える。
毒によって体力がいささか落ちたが、まだ戦えている。
「少々危ういところもあるが……まあ、そこはセアにカバーしてもらおうかの」
それから軽い足取りでまた下がる。
エリエルは見逃さなかった。
勇者の剣が数cmほどであるが、毒液の塊をわずかに切り裂いたのを。
「……水薙ぎも片鱗が見えてきたか。これは、いよいよもって……」
エリエルの内に狂おしいまでの衝動が沸き起こる。
それをうっとりと感じながら、エリエルはただただ笑っていた。




