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ショタ勇者さま育成計画  作者: めそ
23/51

11-7






 F国にある下級貴族の家。

 代々騎士として主に剣を捧げ、忠誠を誓う家系。

 少年はそこの三男として生まれた。

 そしてそのすぐ隣の地には同じく下級貴族の騎士の家系があった。

 少女はそこの末娘として生まれた。

 少年の名はザイフリート。少女の名はクリームヒルト。

 これは奇跡のパーティと称えられ、天雷の勇者と呼ばれた男性が勇者の道へ踏み出すまでの物語。




 ☆☆☆☆☆☆




 麗らかな春の昼下がり。

 小さな屋敷の前庭には庭師によって丁寧に整えられた花と緑の色鮮やかな芸術。

 庭の片隅にあるバラ園からは風に乗って春バラの香りがかすかに漂ってくる。花には蝶が止まり、木々からは鳥の涼やかな鳴き声が聞こえてくる。

 そんな平和な屋敷の庭で、突如女の子の怒鳴り声が雷となって降り注いだ。

「こ、こ、こ、コラー! ジギ!!」

「なーんだ。今日のドロワーズはフリルかー」

「このスケベ! ヘンタイ! 女の子のスカートめくるなんて最低!」

「あはははは! いーじゃんべつにー。この前はリボンだったけど、俺はそっちの方が可愛いくて好きだったぞ、クリエ!」

「きゃあああああ! し、喋るなあああああ! うわああああああん!」

 親指上げて素敵な笑顔と共に言い放った12歳の男の子、ザイフリート(愛称ジギ)の顔に同い年のクリームヒルト(愛称クリエ)の鉄拳がめりこんだ。

 二人の父親は同じ騎士同士、領地も近い事もあって友人の間柄だ。共に助け、助けられる関係であり、交流も頻繁に行われている。

 今回はザイフリートの屋敷にクリームヒルトら親子が招かれていた。

 そして子供は子供同士遊ばせるのが一番、という事でザイフリートとクリームヒルトは今より小さい頃からよく一緒にいた。

 なお、クリームヒルトの姉のブリュンヒルト(愛称ブルン)はザイフリートの兄らとよく一緒にいる。

 ザイフリートは兄弟の中で一番の不良児と見なされており、あちこち勝手気ままに遊びまわってよく一人でいる事が多い。どうやら探検気分で家の剣を持ち出して、そのまま山に入る姿も多々あった。

 そのため兄弟の中でもやや距離が生まれ、そのため上二人の兄はブリュンヒルトらと、そしてクリームヒルトが年の近いザイフリートへと分担が自然と決まり、一緒にいる事が多くなっていった。

 ザイフリートの奔放さはこうしてクリームヒルトを二人っきりで連れ回す事になった。

「いってー。体重の乗ったいい一撃だったな!」

「あんたが悪いでしょ! いい加減人のスカートめくるのやめなさいよね!」

「それは嫌だ! 俺、こういうの楽しいし」

「あんたねぇ……ん? じゃあお姉ちゃんにはどうしてしないのよ。いや、してほしいってわけじゃないけど」

「おま、ブルンねーちゃんにそんなことできっかよ! ……こえーんだよ」

「わたしならいいっていうの!?」

「あったりまえだろ。クリエなら別に怖かねーし」

「最っっっっっっ低!」

 クリームヒルトの青い目が釣り上がる。

 今度はザイフリートの頬から快音が鳴り、高い青空に吸い込まれていった。

「あー。悪い悪い。ほら、この通り謝るからさ、機嫌なおせよ」

「いっつも口だけじゃない! こ、こら、ちょ、あんっ。そんなにひっつかないで!」

 子犬がじゃれつくように抱きついてきたザイフリートを、歯を食いしばりながら押し返すクリームヒルト。

 ちなみにザイフリートの左頬にはしっかり小さなもみじの痕がついていた。

「じゃあ仲直りの印に……じゃーん! 俺の新曲を披露するぜー!」

 そう言ってザイフリートが走って取りに行き、戻ってきた時にはその腕に小さな竪琴を抱えていた。

 大人なら胸で収まるそれも、子供のザイフリートが持つと体一杯になってしまう。

「あんた、まだ楽器やってるの。あんたのお父様が嘆くわよ。騎士の息子なのに稽古をよくサボって道楽にばっかり手を出して、って」

「いーんだよ。俺はこっちが好きなんだし」

「それにあなた音感はともかく、楽器の扱いはまったく上達しないままじゃない。そんなの聴かされてもね……」

 口を可愛らしく尖らせるクリームヒルトに、それでもザイフリートは明るく食い下がる。

「そう言うなって。それじゃ後でクリエのダンスの練習に付き合うからさ。なっ、これで機嫌なおしてくれよ」

「……もう、しょうがないわね。で、今度はどんな曲を仕入れてきたの?」

「ふふふ。聞いて驚け! 今をときめく吟遊詩人(バード)界の奇人、エイタスの『知と踊り』だー! あの深みと落ち着いた音色、表現するのにかなり練習したぜ……」

「へえ、わたしはまだ聴いた事ないけど、どんな曲か楽しみね」

「よし、じゃあはい。ハンカチ敷いたからそっち座ってて」

「うん、ありがと」

 嬉しそうな微笑みでお礼を言われ、ついついザイフリートもまた鼻歌をしたくなるくらい有頂天になる。

 ザイフリートはダークグレイの短髪の上に円錐形に尖った帽子を被り、気分はなんちゃって吟遊詩人。灰色の瞳が楽しげに揺れる。それから気合を入れて竪琴(ハープ)を指でかき鳴らし始めた。

 残念ながらまだ奏でるだけで精一杯であり、歌う事までに集中を割く事はできない。

 弦楽器の澄んだ高音の音色が風に乗って広がる。

 最初は小さくゆっくりと。同じ旋律を繰り返しながら突然強い音色を出し、強弱を印象付ける。

「ふぅん。まあ、努力はしてるわね。ちゃんと聴ける曲になってるし。その熱意をもうちょっと騎士の方にも向けてくれればなぁ」

 そんなクリームヒルトの内心のため息もザイフリートには届かない。

 当の本人は楽しそうな表情で指に全神経を集中させ、音を紡ぎ続ける。

 一生懸命、たった一人の聴衆のために。


 これが二人の日々。

 貴族として、騎士としての教育を受けながら二人は少しずつ少しずつ成長していく。

 けれどザイフリートは相も変わらずクリームヒルトにイタズラしては怒られ、稽古からは逃げ続ける日々。また、時たまクリームヒルトの姉であるブリュンヒルトに連れられて二人でどこかに行っている。

 ザイフリートの父親は成長するにつれますます剣を取ろうとしなくなっていく息子に、最後には諦めから彼の好きな芸事をそのまま学ばせようと決意。騎士はそのまま長男と次男に任せる事になった。

 そうしていつしか二人は子供を卒業する年齢になろうとしていた。


「俺は吟遊詩人になる!」

 ザイフリートの屋敷の庭で騎士としての鍛錬をしていたクリームヒルト。長剣の素振りを止めないまま、突然の幼なじみの宣言に眉根を寄せた。

「また、突然、どう、した、のよ」

「色んな街に行って、色んなねーちゃんとお喋りして、一緒にお茶をするんだ!」

「このアホ!」

 蹴りが飛んでくるも、ザイフリートは華麗に回避。

「弾き語りで皆を虜にして、ねーちゃんとあばんちゅーるな夜を……ぐへへ」

「……あんた、気持ち悪いわよ」

「ええっ、そんな事ないだろ! ほらっ、影のある訳ありな男を目指してるんだぜ、俺! ……お嬢ちゃん、俺に近づくとヤケドするぜ……なーんちゃったりして!」

「……救いようのないバカね」

 子供のように能天気に笑うザイフリートに、クリームヒルトは絶対零度の冷ややかな流し目を送る。

 彼女から見てザイフリートは昔からちっとも成長していなかった。

 クリームヒルトは騎士見習いになっていた。

 ザイフリートの兄達と一緒に剣を交えながら、家の名に恥じぬ騎士たらんと日々の努力を続けていた。

 そんな彼女だからこそ、今のザイフリートは見るに堪えなかった。

「あんた、もうずっと武芸の稽古さぼってるでしょう。馬術、槍術、剣術、どれも顔を出さないで……」

「騎士の家督を継ぐのは兄ちゃんがいるし、別にいいさ。俺はそれより歌って騒ぐ方がいいし。ははっ」

「あのねー。家の事ももうちょっと考えなさいよ。そんなにお金あるの?」

「うーん、それを言われるとちょっと辛いかなぁ……ま、早めに家は出るさ」

「ねえ……もうちょっとしゃんとしなさいよ。でないとわたしもいい加減もう世話しきれないわよ。放り出すからね」

「ええー。それやだなぁ。クリエ、俺の事嫌い?」

「そうやって努力もせずに遊び呆けてるような男はね!」

「そっかぁ……でも、やっぱり稽古出るのは嫌だな……」

「……どんなにみっとも無くてもいいから、今からでももうちょっと真面目に稽古に取り組んでよ、ねえ。わたしも一緒に見てあげるからさ、ね? お兄さんみたいにカッコよくできなくていいんだから、ちゃんと真面目に本気で取り組むだけでいいから」

 一転して優しく諭すように、或いは懇願するようにクリームヒルトは言った。

 だが、それでもザイフリートは首を縦に振らず、歯切れの悪い態度のまま。

「…………そういうんじゃ……ないんだけどな」

 ザイフリートの顔から笑みが消える。

 わずかな苦渋。それが言葉からにじみ出る。

 クリームヒルトはそれを兄達へのコンプレックスと思っていた。優秀な騎士であり、彼女も尊敬しているザイフリートの兄達は、確かに不真面目なザイフリートから見れば劣等感を抱くに十分であろう、と。

「せめて、騎士の家系でさえなかったら……なぁ。ああ、でもそうしたらクリエにもこうして会えなかったのかな……それは、絶対やだなぁ」

「ジギ? どうしたの?」

「ん。なんでもない。ただ、勇者にはなりたくないなって」

「勇者、って……あははははははは! あんたが勇者? わたしにも勝てないのに、それはないわよ!」

「……だよな!」

「勇者様はね、すっごい強いんだから。今はちょっと不調だって噂を聞くけれど、勇者の中の勇者様はそれこそあの聖拳老師様みたいに魔王軍を圧倒するくらいなんだから。あんたにそんな才能はないわよ」

「ちぇー。そこまで言わなくてもいいだろー」

「ま、勇者様までとは言わずに、せめて立派な騎士になってどこか地方の騎士団に入れるくらいにはなりなさいよ。それくらいならあんたでも必死に頑張ればできるわよ、うん! なんだったら私が一緒に入ってあんたの事守ってあげてもいいわよ」

「ありがとな、クリエ」

「な、なによ……急にしおらしくしちゃって……調子狂うわね」

 その時はまだ、幸せだった。

 信じていたものがあった。


 それが壊れたのは16歳の時。




 張り詰めた表情でクリームヒルトは自分の屋敷の部屋にいた。

 全身に力が入り、動きが固い。何度も部屋を見渡しては準備に漏れがないか念入りに確認する。

 そこにノックの音がする。ドアを開けると片手を上げたザイフリートがいた。

「よっ、クリエ。正式な騎士に叙任してからの初任務だってな」

「ジギ、わざわざ来てくれたの」

「おう。二つ先の町からの帰りに寄らせてもらった」

「へえ。時間あるの? あるならゆっくりしていきなさいよ」

「もちろん! 土産も持ってきたぜ。美味い果物でさ、おじ様とおば様に渡してある」

「そっか。じゃあ帰ってきたら頂くわね」

「聞いたけど……定期的なモンスター掃討による周辺地域の安全確保だってな」

「ええ、そうよ」

 今回の出兵は大半が新兵で、それをベテランの隊長数名が率いる構成だ。

 新兵に実戦経験を積ませるのが主な目的だった。

 そしてその新兵にクリームヒルトもまた入る。

「……今まで2,3人でのモンスター討伐なら経験はあったろうけど、今回みたいな数十人規模でのモンスター駆逐は初めてだろ。くれぐれも帰り着くまで気を抜くんじゃないぞ」

「ん? あ、心配してくれてるんだ。ありがとう」

「心配するのは当然だ。いいか、くれぐれも無茶だけはするなよ」

「う……ジギ?」

 そこにいつものおちゃらけた雰囲気などなかった。

 つい鷹のように鋭い灰色の瞳に気圧される。

「だ、大丈夫だって! ぐるりと山を回ってモンスターの数を減らすだけだし、事前調査でどこのどのモンスターを探してどのくらいの数を討伐するのか決まってるし」

「それでも……いや、やっぱいい。本当は俺がついていければよかったんだろうけど……」

「あはは。その気持ちだけもらっておくわ。まああんたについてこられちゃ逆に私が心配になるわよ。私を守るっていうならもっと強くなってから言ってよね」

「クリエ……俺は、吟遊詩人になりたいんだ」

「ん? あんたまだそんな事言ってるの……って、あ、そろそろ行かなきゃ。それじゃあね、ジギ。帰ってきたら色々と今回の話をしてあげる」

「気をつけてな……」

 こうしてクリームヒルトは騎士となって初めての出兵に赴く。


 これが四日前の事。

 そして今、帰還の予定日になってもクリームヒルトら討伐隊は帰ってきていなかった。

「どうしたのだろうか」

「まだ何か伝令は来てないのか?」

「こちらからも人を出すべきではないか」

 クリームヒルトの屋敷で家族らがそんな戸惑いと不安が鎌首をもたげてきた時、その時にはもう既にザイフリートは剣を持って屋敷を飛び出していた。

 ザイフリートは駆ける。

 その灰色の瞳はどこまでも冷たく、鋭く引き絞られ、ただクリームヒルトらの向かった先を見据えていた。

 一路、目指すは幼なじみの少女の元へ。

 疾駆する彼の足は風に並ぶ。

 その走力はクリームヒルトはおろか、彼の兄達すら容易く置き去りにする。

 湿地を越え、森を突きぬけ、山に入り、崖を駆け飛ぶ。

 焦燥を抱えながら二つ目の山頂を越えた時、彼の目は燃える高原の野を見つけた。


 クリームヒルトらは本隊と分断されていた。

 討伐自体は上々の首尾に終わった。問題は帰還中に発生した。

 野営中に水を汲みに行った数人が戻らない事に不審を覚え、クリームヒルトらが探しに行った時、巧妙に偽装され隠されていた崖から足を踏み外して転落したのだ。

 転がり落ちた先には川があり、落ちた皆が皆それに呑まれた。

 そうして合計二小隊近くの人員がはぐれる事となる。しかも全て新兵。

 それからクリームヒルトらは必死に連絡を取ろうとしながらも連日連夜モンスターの影に怯えながら過ごし、そして何度も小競り合いを繰り返しながら山を降りようとしていた。

 そして最後に凶暴な魔狼と魔鳥、更に妖猿の3つの群れに追い立てられていた。

 炎や風の魔法が飛び交う中、額から血を流して憔悴しているクリームヒルトの姿を見つける。


 渦中に飛び込んだザイフリートは躊躇わなかった。


 結果、高原には怒りの紫電が乱れ撃たれ、次々とモンスターは黒焦げになり、或いは体のあちこちを吹き飛ばされた。

 剣を振るえば的確に次々と首を飛ばす。その剣技は荒削りながらも天才的なセンスがあった。

 モンスター一匹たりとてその背に通さない。

 ザイフリートに向かってきたモンスターは全て例外なく粉砕させられる。


 ザイフリートはただ一人でモンスターの戦線を押し止め、跳ね返した。

 その光景はあまりにも苛烈で、あまりにも鮮烈にすぎた。


 わずかな間でモンスターの駆逐は為された。

 後には肉の焦げた匂いと溢れた血の池、そして一面のモンスターの骸。

 新兵らは、そしてクリームヒルトはそれをただ一人で成し遂げた恐るべき青年を、ただ見ている事しかできなかった。

 骸の野に一人で佇むザイフリート。

 誰も近づこうとしない彼に、クリームヒルトは顔を俯かせ声を震わせながら言った。

「……ずっと、嘘ついてたの?」

 ザイフリートは答えない。

「ずっと、心の中で私の事バカにしてたの?」

 口を閉ざし、俯いたザイフリートの顔は見えない。

「こんなに強いのに何も言わないで。私なんかよりずっと強くて。それなのに私はあんたを守ろうって……これじゃあ私がバカみたいじゃない!」

 無言のままクリームヒルトの糾弾を受け続ける。

「なんとか言いなさいよ!」

 身を切るような叫び。

 そして、彼は。

「俺は……」

 その言葉は。

「クリエ、俺は……吟遊詩人に……なりたかったんだ……」

 ザイフリートは今にも泣きそうな顔をして、力なくそう小さく吐き出した。


 その日暮らしの厳しい生活でも構わない。

 色んな町の人と楽しく歌って踊ってお喋りして。

 血も刃も憎しみも争いもない。

 子供達の笑顔に囲まれ、好きな歌を歌って、色んな土地を自分の足で気ままに巡って。

 自分の好きな時間で、のんびり自由に、夢を追う。

 そんな世界に生きたかった。


 その言葉はザイフリートの胸の内だけに留まり、クリームヒルトに届く事はなかった。




 数ヵ月後。

 ザイフリートは一連の報告を受けた国王から召喚状が届き、エリートの王宮騎士団を相手にその剣の腕を奮う事になった。

 そして無傷のまま全てを圧倒。連続十人抜きを達成。更にはその後の王国最強たる三銃士の一人とも決闘。僅差ながらもこれを破る。

 結果、F国から勇者になるよう正式に通達を受ける事になる。

 元々下級貴族、しかも武官たる騎士の家であったザイフリートの家族は反対意見などあるはずもなく。

 授与式で勇者の紋章を授かる間、ザイフリートは終始笑顔だった。

 今までずっと一緒にいたクリームヒルトをして見たことのない性質の笑顔だった。

 かつて「吟遊詩人になりたかったんだ」と小さく漏らした青年ザイフリート。

 それは自らが望んだ夢を潰され、代わりに望んでもない道を与えられ、それを甘受した顔。

 クリームヒルトがそれに気付いたのは授与式が終わってしまった後だった。




 おそらくザイフリートはこうなる事が薄々分かっていたのだろう。

 自惚れでもなんでもなく、己こそがF大国で有数の実力を誇る騎士であると。自分の力がどんなものであるのかを。

 そしてそれを公の場で奮った時、勇者候補として持ち上げられるであろう事を承知の上でザイフリートはクリームヒルトを助けに行った。


 吟遊詩人になって色んな町に行きたいと少年は夢を膨らませていた。

 だがそれはもう無くなってしまった。

 あの時、その夢をザイフリートは自ら捨てた。

 剣を取り、表に出る覚悟をもって。




 クリームヒルトはザイフリート家の屋敷の庭を落ち込んだ様子でぼんやりと歩いていた。

 この間、彼女の姉であるブリュンヒルトはザイフリートの実力を知っていた事が分かった。

 ザイフリートの隠し事が偶然発覚した相手が彼女であり、それ以後ブリュンヒルトはザイフリートの願い通りに秘密を守り続け、そしてザイフリートの相談相手、そして稽古相手にもなっていたという。

 それを聞いた時、クリームヒルトはどんな顔をすればいいのか分からなかった。

 結局、自分は長い事一緒にいてもザイフリートの事を何も知らなかったんだと思い知らされていた。

「ジギ……」

「よっ、クリエ」

 後悔を胸に、思いつめた表情でクリームヒルトはザイフリートの元へとやって来た。

「その……私――」

「なあ、クリエ。俺、決めたよ」

「え?」

 口を開きかけたクリームヒルトを遮り、ジークフリートは言う。

「俺、勇者になるよ。そして世界を乱す魔王を絶対に倒す」

「ジ、ジギ……?」

「そして、そしてな」

 そしてザイフリートは、もったいつけるように一度間を溜める。

 そう、まるで子供がすごい思いつきを発表する時に焦らすように。

 それにクリームヒルトはただただ戸惑うしかなかった。

「いつかモンスターが大人しくなって平和な世界になったら……その時こそ俺は吟遊詩人になる! この暗い世の中の空気を吹っ飛ばして、皆が明るく笑う村や街にして、そこで俺が歌を歌い楽器を奏でるんだ。それで……その時はクリエも一緒に行こうぜ」

「え?」

「一緒にたくさんの街を回って色んな物を見てこよう! 戦いのためじゃなく、吟遊詩人として! 皆に俺の歌を聞いてもらうんだ!」

 両手を大きく広げ、ザイフリートは新たな夢を語る。

 そこにはもう影はない。

 クリームヒルトは呆気にとられて思わず口を小さく開いたままザイフリートを見つめる。

 差し出されたザイフリートの手。それを無意識に手にとる。

 ザイフリートは途端、これ以上ないほどの明るい満面の笑顔になる。

「俺はやるぞ、クリエ」

 強い意志をした灰色の瞳。

 自信に溢れ、真っ直ぐ前を向くその顔。

 今までクリームヒルトが見た事の無いザイフリートがそこにいた。

 クリームヒルトは徐々に火照っていく顔にも気付かず、魅入られたようにずっと幼なじみの少年から目を離せないでいた。


 そう。

 ここから二人の旅が始まる。




 いつか世界が平和になったら――


 その時は――


 クリエ、一緒に……







































































 そしてその願いは白き果ての地にて埋もれた。







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