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ショタ勇者さま育成計画  作者: めそ
19/51

11-3






 酒場での一件より数日後。

 F国勇者ザイフリート一行は王都の外れ、人気のない一角で顔を突き合わせていた。


「もぐもぐ。うーんスパイシー。結局、大神殿に行っても新しい事は何も分からず、か。ごくごく。ん、酸っぱ甘い飲み物だなぁ。大神官さんとそのお兄さんにも話を聞いてみたけどあまり手持ちの話と変わらなかったねぇ。あ、グンターそのポテトもらうねー」

「現地に足を運んでみても、もう痕跡も何も残ってませんでしたね。はいどうぞ」


 童顔で小さな探検家ヒルデブラントは幸せそうに露店で買ってきた大量の食べ物を腕に抱えて飲み食いしながら。大柄な神官グンターは屈みながら残念そうに細い目を閉じて言った。


 この世界の植物達は生命力が非常に強い。破壊されて荒野になった森があっても、一ヶ月あればまた緑に包まれるほどだ。

 エリエルと猿王の戦いは削られた跡だけを残して既に元通りになっていた。


「成果なしは残念だったな。何か大物が引っかかるかもしれないと思ってたんだが」

「無駄足踏んだってことかしらね」

「んー。あたしはこの国のフレア王女と話ができただけでも十分収穫だったかしら。いや、あれは噂に違わずすごい有望株だよ。将来が楽しみね。さっすがあの大魔導士が弟子に取ってるだけあるわ」

「………………」


 勇者ザイフリートが緊張感なく背伸びをしながら言う。それに言葉を繋げる生真面目なお嬢さんの騎士クリームヒルト。その姉で派手な装飾品をいくつもぶら下げた魔女姿のブリュンヒルトはあくびを噛み殺している。武道着姿の筋骨隆々した大男のエッツェルは横に酒樽を置いて蜂蜜酒を黙々とあおっていた。


「最後の寄り道もこれで終わりか」

「では、いよいよ聖都に戻って魔界へ行きますか?」

「だな。魔界の扉を開くために必要な力は全て集めた」


 グンターが確認するように尋ねる。その声には緊張が隠せない。

 ザイフリートは神妙に頷いた。そこに今までの緩んだ空気はない。その灰色の瞳は百戦錬磨の英雄たる勇者の底知れない威圧感の片鱗を覗かせていた。


「決戦、ね」

「魔王城の大まかな位置は分かっている。けれど、そこに突入して生きて帰ってきた人は誰もいない……いいね、僕のチャレンジャースピリットが燃え上がるよ」


 両手を組み強く力を篭めながらピリピリとした空気を発するクリームヒルト。その隣で頭の後ろに手をやりながら不敵に笑みを浮かべるヒルデブラント。


 一触即発。目に見えない空気すら重量を伴っているかのような感覚を覚える空間。

 そこへスルリと涼やかな風が割って入る。

 最初にザイフリートが、わずかに遅れて他の面々もそちらに目をやった。

 そこには獅子のタテガミのような赤い長髪を風になびかせて堂々と歩いて来る女剣士エリエルの姿があった。


「エリエルさん、でしたか」

「うむ。その節は世話になった」

「大した事はしてませんよ。今日はお一人ですか」

「そうじゃ。今日はちと勇者殿に改めて礼をしようと思ってな」


 そう言って腰の袋から取り出したのは丸まれた数枚の羊皮紙。それをザイフリートに手渡す。


「これは?」

「魔王城の見取り図と設計図じゃ」


 全員二の句が続けられなかった。

 慌てて紙を開く。そこには魔王城の間取りとモンスター兵の配置図が詳細に載っていた。加えて隠し通路らしきものも見受けられる。挙句は警備の抜け穴まで。

 これを使えばほとんどの交戦を避けて大魔王の所に辿り着ける。そう確信できる出来だった。


「昔、儂の友が魔王軍八魔将第一位と戦い、死に物狂いで奪い取ったものじゃ。最初は何の紙か分からなかったがの。勇者殿達なら安心して託せる。ぜひ役に立てておくれ」

「あのデルフォードから!」


 大魔王に次ぐ恐るべき脅威。死を運ぶ悪夢の権化。それが人間に伝わっているデルフォードだ。

 正体不明のベールに包まれた大魔王と違い、彼はしばし前線に顔を出す。そこで人間に振るわれた力は悲惨としか言えない。それこそ彼こそが大魔王と明かされても不思議ではないほどに。

 氷系統の魔法を最高クラスで使いこなし、その証である呪黒氷はあらゆる障壁を侵食し、破り捨てる。彼に立ち向かった幾多もの戦士はことごとくその刃と魔法を叩き折られてきた。

 人類に最も高く立ち塞がる恐怖の悪魔。

 その魔力は絶大。

 死を運ぶ白魔の王。


 そのデルフォード相手に一矢報いたというのだ。

 名も知らないどこかの強者が。

 自然とザイフリートの手に汗が伝っていた。


 もちろんエリエルの友云々は嘘八百。

 守るべき大魔王自らの手によって売られた哀れな魔王軍。

 まさに涙目である。


「ではの。健闘を願う(・・・・・)


 興奮と驚愕に翻弄されたままのザイフリート達が止める間もなく、エリエルは用は済んだとばかりに颯爽と立ち去った。

 後に残されたのは羊皮紙を囲んで顔を突き合わせている一行。


「皆、どう……思う」

「いくらなんでも偽物、じゃないの?」

「さすがに善意を疑いたくはありませんが……これは少々慎重に考えた方が良さそうですか」

「例え本物だとしても、人間の手に城の最重要機密が渡ってそのままにしておくのは考え辛くないかしら。多少の変更はあると思ったほうがいいかと思うわ」

「…………あの女、嘘は言っていなかった」

「ふーん。エッツェルがそう言うなら信憑性は高くなるね……さて、この劇薬の取り扱いをどうしたものかなぁ」


 結局、この羊皮紙は扱いを保留して魔王城まで持っておこうという結論になった。




 ☆☆☆☆☆




 時は流れて魔王城。


「まさか本物だったとはな……」

「2回だけの交戦でまったく気付かれる事なく大魔王の間まで辿り着けるなんて……ちょっとでき過ぎじゃない?」

「扉を開けたら大魔王はいなくてモンスターがびっしりでした、ってオチじゃないといいなぁ」

「いや、それにしては静か過ぎるでしょう。これは本当に千載一遇の好機だと考えたほうが良いですね」

「じゃあ、この大扉を開けた先に……大魔王がいるのね」

「恐らくね……大魔王は城からまったく出ないって分析だったし、外出中ってことはそうそうないでしょうよ」

「しかし、大魔王の大扉の前には常に八魔将の誰かが付いていると図に書かれていましたが……見当たりませんね」

「……潜んでいる気配もない」

「もし地図が罠だったら、既に何回か仕掛けてくるチャンスはあった。だが、今までまったくの素通りだ。俺はここは虎穴に入るべきだと思うし、もはやここに至ってはそれしかない」

「了解、リーダー。ま、罠だったら探検家の僕にお任せあれ。絶対に直前には見破ってみせるし、壊滅だけはさせないよ」


 玉座回廊を抜けた先でザイフリート達が鋭い目で目の前の不気味な威圧感を放つ大扉を睨んでいた。

 人類の命運を賭けた最終決戦を前に、クリームヒルトが自然とつばを飲み込む。


「大丈夫だ、クリエ。俺がついてる」

「ジギ……」


 潤んだ目でザイフリートを見上げ、クリームヒルトは軽く人差し指で目元を拭う。

 そんな彼女をザイフリートが黙って抱き寄せる。そして優しく髪を撫でた。


 パーティの面々は誰もそれに余計な茶々を入れようとはしなかった。


「さあ、準備はいいか皆」

「……おう」

「皆、ここが正念場だ。絶対に大魔王を仕留めて帰るぞ」


 力強い、勇気付けられる言葉をもらい、メンバーのそれぞれが頼もしい表情で頷いた。


 さあ、これより挑むはアンノウン。全てが謎に包まれた未知との戦い。

 できる事はやり尽くした。今、このパーティこそが最高のメンバーだ。

 皆頼もしく、命を預けるに相応しい面々。

 だから怯える事も臆す事もない。必要なのは胸を張って前に進む事。

 ザイフリートが先頭に立ち、皆を信じ、そして全力を以って全ての巨悪に立ち向かう。


 勇者の中の勇者ザイフリートは気を引き締め、一つ大きく息を吸う。

 戦闘準備を終えて臨戦態勢に入る。目がどこまでも細く、鋭く引き絞られていく。

 身に纏う闘気は人類の歴史を紐解いても有数の錬度といえる。前に立つ者はまるで巨人と相対したかのような圧迫感を覚えることだろう。


「いくぞ」


 そして今、最後の大扉に手がかけられ、ゆっくりと開かれた。

 赤い絨毯が敷かれ、恐ろしい彫刻が刻まれた柱がいくつも並び立つどこか寒々とした広大な空間が目の前に広がった。


「よくぞ来た! 待ちわびたぞ!」


 奥には顔をこれでもかというほど輝かせ、極上の笑顔でニッコニコと仁王立ちしている女性がいた。

 長大な斧を手にした白い鎧姿ではあるが、その声と長い赤髪は紛れもない……E国で出会った女剣士エリエルだった。


「さあ存分に――」

「あ、部屋を間違えました」


 ギイイ、パタン。


「……」


 沈黙がパーティを包む。


「おい、あの女性がいたんだが。例の地図をくれたあの人」

「ねえ、ここ本当に魔王城かしら」

「やっぱり地図が怪しい。偽物じゃないの?」


 ひそひそひそひそ。


「……もう一回入ってみるか。何かの見間違えかもしれないし」

「き、気をつけてね、ジギ」


 一体何を気をつければいいのか。

 曖昧なまま頷き、そろそろともう一度大扉を開く。


「これ、ちゃんと入ってこんか。ここが魔王城玉座の間であり、儂がそなた等の捜し求めていた大魔王ぞ」

「えーっと……エリエルさん、でしたよね」

「うむ。相違ない」

「貴女が、大魔王? じゃあこの地図は……」

「さっきから言うておるじゃろう。儂は正真正銘の大魔王であり、この城の主じゃ。それはここからコッソリ持ち出しただけじゃ」


 一同絶句。

 戸惑いながらも周囲への警戒を続ける中、それは現れた。


「ンー! ンンンンンンー!」


 簀巻きにされ、猿轡を噛ませられた何者かが玉座の後ろのカーテンから芋虫のように這い出てきた。

 それは大魔王の唯一無二の側近のはずのデルフォードだった。

 ザイフリート達も知っているその恐るべき大物悪魔の登場に思わず一同慌てて顔を見合わせた。


 今日の大魔王の近衛担当だった彼は、ザイフリート達が突入してくるのをエリエルが察知した瞬間に大魔王本人によって後ろから襲われ、あっという間に色々と高性能な布と紐で縛り上げられた。

 そしてポイッと玉座の後ろに引かれたカーテンの裏へと投げ捨てられていた。


 なんとか猿轡だけを噛み切り、唾を飛ばしながら側近は叫んだ。


「何を考えてるんですか、貴女様はああああぁぁぁぁ!」

「やかましいぞ。そんなに怒鳴らんでも聞こえておる。

 第一、いつもお主達の言う事を聞いてこうして城の奥で大人しくしておるのだ。たまには儂の好きなようにさせてくれても良いではないか」

「よくありません! 今! すぐ! これを! 解いて下さいっ!!」

「やじゃ」

「そんな子供のわがままみたいに言わないで! 大体地図ってもしかしてずっと前に持ち出して紛失したとか言っていた見取り図の事ですか! あれ、大魔王様がこいつらに渡してたんですか! いくらなんでもフリーダムすぎます!」


 魔王軍八魔将第一位の大魔王という言葉をザイフリート達は聞き逃さなかった。

 そしてようやく目の前の彼女が大魔王であるという事を受け入れた。


 一方、勢い良く捲くし立てる側近にエリエルは耳を押さえ、唇を尖らせて不満を表明した。


「ほれ、いいからお主は少し下がっておれ。えっと、魔力封じの猿轡をもう一度かませなおしてっと」

「ンー! ンンンンーーーーーーーーーー!」

「これでよし。後はまたカーテンの後ろにポイっと。さて、待たせたの勇者殿。あれは気にしないでおくれ」


 一仕事終えたかのような無駄に爽やかな笑顔でザイフリート達に向き直る。

 途端に各々武器を構え、緊張の糸を張り詰める勇者パーティ。だがその顔には微かに戸惑いが残っている。


「ふむ。まだすっきりせぬか? それなら何かあれば答えるが、どうじゃ」

「……では、貴女が大魔王ならば何故俺達に地図を渡した」

「それは無論、儂が損耗のないそなた等と全力で戦いたかったからじゃ」


 さも当然の如く言い放つ。暗に自分が討ち取られる事は決してないとも取れる発言。

 それにザイフリートの気迫が更に増す。


「俺達を甘く見ているのか……」

「甘く? とんでもない。儂はそなた等を高く評価しておる。或いは、この身が打ち滅ぼされるやもしれぬと思う程度にはな」


 今度はザイフリート達が大魔王の真意を図りかね、戸惑った。

 嬉々として語る目の前の女性が分からない。

 自分達人間の世界を乱す元凶、魔王軍全てを率いる諸悪の権化の言葉とは思えない。本気だとしたら、何故わざわざ心臓を狙う刃を自ら懐に招き入れるような真似をするのか。


「歴代の魔王達を見よ。人間に滅ぼされたケースはほぼ全てにおいて自身より劣る者らによってじゃ。レベル70を超える魔王、80を超える大魔王をレベル40や50の遥かにちっぽけな人間達のパーティが打ち破る事の実に小気味よい事よ! 知る度に血が沸き立つのを抑えられぬわ! そなたら人間は真に面白い。力を合わせ、時には想像もできぬ奇跡を起こしてくる。目も眩むばかりの光景を見せてくれる。

 だからこそ、儂もそなたらとの戦いを至極楽しみにできるのじゃ」

「……貴女、は」


 それはまるで敬遠な巫女のよう。

 その恍惚とした嘘偽りのない表情を前に、ザイフリートはうっすらと目の前が暗くなる。

 嫌な想像が頭に浮かび、離れない。


「大魔王になったのは何故だ」

「何故と言われてもの……成り行きでとしか言い様がないの」


 300年前、エリエルが魔界で好き勝手に暴れてたら何故か後ろに付いてくるモンスター達ができ、付いてくるに任せたまま暴れる度にそれが雪だるま式に増えていって、気がついたら当時の魔王を倒して次の大魔王に祭り上げられていたという。


「なら、大魔王を今からでもやめて、どこかで大人しく新たな生活を始める事はできないのか。幸い貴女は俺達の世界では全く知られていない。俺達は誓って口外しないし、協力もする。

 なんとか、貴女を慕っているあの子供達と一緒に穏やかに暮らせないのか」


 大魔王は当然ながら既に全国家から大敵(アークエネミー)の認定を受けている。彼女の存在が300年の間に間接的に及ぼした被害は計上するのがバカらしくなるくらいだ。問答無用で処刑対象となっている。

 大魔王によって不幸になった人間は数知れず。人間は決して大魔王を許しはしない。


 だが、その上でザイフリートは勇者にあるまじき提案をした。

 もし仮に大魔王がこの提案を受けるならば、これ以上の無用な犠牲を払う必要がなくなる。万一自分達の力が及ばなかった時の事を考えれば、そう悪くはない。

 そういった思いもある。


 だが何よりも、ザイフリートはE国の酒場で出会った時が忘れられない。

 じゃれ合う若い女性と幼い少年少女の姿を。

 笑い、確かな愛情を見せていた3人の姿を。


 だが期待は届かない。

 大魔王その者の存在の在り方によって。


「それはできん」

「何故!」

「大魔王をやっていると、こうしてそなた等のような強き者がそちらから戦おうとやって来るからの。どうしてやめる事ができようか」

「やはり、そうか……」


 ザイフリートは確信した。

 これまでに旅を続けてきた中で、大魔王と同じ目をする者と幾人か出会った事がある。それらは皆、一様に一部どこかが欠け、狂っていた。破滅的な空気を辺りに撒き散らしていた。


 濃密な死臭と血臭を漂わしてなお色(あで)やかに微笑む。それはまるで鮮血の華。

 そんな目の前の彼女は、正しく戦闘狂だろう。

 ならばこれまでの大魔王の行動も納得もできよう。


「……」

「ふむ、終わりかの。では付いてくるが良い。ここは少々手狭でかなわん。良い場所がある。私設闘技場(コロッセウム)へと案内しようぞ」

「――その必要はないわ」

ブリュンヒルト(ブルン)!?」


 主導権を握ろうと、後ろで密かに準備していた大魔法を魔女が解き放つ。

 使った魔法は逃げ場のない広範囲に渡って撒き散らされる振動の嵐。衝撃による破壊の波。

 床が割れ、崩れる。壁に大きなヒビが入り、柱が次々と破壊される。

 大津波すらも弾き返す遥かに強固な防護魔法を敷いていてもなお、その破壊の力に城は耐え切れなかった。

 小さな城砦くらいなら軽く崩壊せしめる力の奔流。


「ふふ。そう慌てるでない。まあ大人しく来ないというのであれば、少々強引になろうぞ」


 そして、それでもなおエリエルは髪一本すら傷つく事はなかった。

 片手に握っていた3mを越える長大且つ重厚な禍々しい大斧。魔神の斧という銘のそれを振りかぶり、力任せに振り下ろす。

 魔女の破壊の波が真正面から打ち砕かれる。


「相殺!? 武器の生み出した衝撃波だけで! 嘘!」


 致命傷には及ばずとも少しはダメージを与えられると踏んだブリュンヒルトの大技。例え八魔将相手でもまともに食らえば戦力ダウンは免れない威力。

 それが呆気なく破られた事は目の前の存在が八魔将とは圧倒的別格である事をパーティに知らしめた。


 更に、相手に構わずにエリエルの口が動く。するとその傍らに現れた8本の脚を持つ軍馬が身を寄せる。

 大地の上位精霊スレイプニール。司るは滑走。


 精霊が無言のまま(いなな)く。

 球体状の光の膜が大魔王と勇者達を素早くまとめて包もうと伸びる。咄嗟に神官グンターが分断されまいと仲間を集め、結界を張る。光の膜は結界ごと覆い尽くし、玉座の間から消え去った。後にはもう誰の姿も残らない。

 こうして戦いの場はコロッセウムへと移っていった。




 誰もいなくなり、静寂に包まれる玉座の間。

 そこに再びズリズリと出てきた側近が簀巻き姿で床に転がったまま呻く。


「くっ、既に戦いに行ってしまわれたか……」


 事ここに至ってはもはや側近には手出しはできない。

 仮に駆けつけたとしても、大魔王その人の手で排除されるだろう。大魔王は自分の始めた戦いに他の手が入る事を極端に嫌う。

 邪魔をする者はおしなべて惨殺してきた。それが敵味方どんな相手であっても。

 長年の付き合いでもあるデルフォードもまた例外ではないと断言できる。


 だから、いつも側近は大魔王が出る前になんとしてでも侵入者を処分しようとしていた。戦い始めてしまっては手遅れなのだ。

 しかしこうなってしまってはもはや後は願うしかない。

 大魔王の帰還を。

 大魔王の勝利を。

 手の届かない場所でただ無力をかみ締めながら。


 幾重にもぐるぐる巻きにされた簀巻き姿のままポツンと床に転がって。







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