9-4
王宮でパーティが開かれている頃。
同じ夜、同じ時間の王都の正門。
そこでは大量のモンスターの群れが押し寄せていた。
「明かりを絶やすな!」
「門付近の住民は神殿に避難させろ!」
「神官と魔法使いはもっとモンスター避けの結界を強めてくれ!」
兵達の怒号があちこちで交わされる。
「くそっ、最近よくモンスターの姿を見ると思ったら、なんだこの数は!」
「奥の方からまだ次々現れてきてやがる。こりゃあゆうに100匹以上はいるぞ」
「将軍様はどうしたんだよ!」
「城でパーティだとよ。今、副官様は大慌てだろうな」
想像の通り、後方の副官は次々と舞い込む報告に冷や汗を流していた。
「くそっ、この人数じゃ持たん! 応援が来るまでの間で構わんから他の所からも兵を引っ張ってこい!」
「し、しかしそれでは……」
「他が手薄になっても構わん、急げ!」
「は、ははっ!」
慌しく駆け回る兵達。
街の外壁が一度、二度と揺れる。モンスター達の攻撃で壁は少しずつ削り取られていた。
「ったく、これが他国なら勇者サマが頼りになるってーのに」
「アレに期待するようじゃ終わりだべ」
「来ても追い返すだろ。邪魔にしかならねえ。そこまで落ちぶれてねーよ、俺ら」
「確かにな。ああ、くそったれ!」
「てめーら! くっちゃべってねえで前線が押し留めてる間に早く柵と追加の矢を持って来い!」
兵達の熱い夜が続く。
★★★★★
一方。
正門とは真逆にある門。街壁の外からそこへ走って向かう一人の若い女性がいた。
「ああ、遅くなっちゃったな。もう、カールったらキスが長いんだから」
先ほどまでの隠れた逢瀬を思い出し、頬を染めながら駆ける。
静かな夜だった。
誰にも言えない秘密の甘い時を過ごしたその帰り、魔物避けの水を片手に女性はスカートを翻して王都の中へと帰ろうとしていた。
既に門は閉じられているが、門の衛兵とは顔なじみだ。声をかければこっそり入れてくれるだろう。いつものことだ。
「……ん?」
ふと、空気が揺れた。
なにかがいる、そう思って茂みに目を凝らす。
現れたのは二種類のモンスター。
眼窩から目玉を垂らし、破かれた腹から胸骨を覗かせ、死臭を撒き散らす狐。
そして、大人の人間ほどの大きさで二足歩行する、武器と鎧と盾を身に着けたトカゲ。
レベル8。生命なき狐。
レベル10。トカゲ男。
この付近ではまったく見かけないはずの強力なモンスター。棲息地域も離れているはずだった。
それが総勢30を超える数でまとまって、爛々と闇夜に瞳を輝かせながら女性を見つめていた。
「う、うそ……なんで、こんな」
それらは密かに逆側からの襲撃を狙い、進行していたモンスターの群れ。
不幸にも女性はそれにかち合ってしまった。
2,3匹相手ならともかく、この数相手では魔物避けの加護など紙も同然だ。
「や、やめてよ。冗談じゃないわ」
喰われる。
全身の肉を噛まれ、骨をかじられ、無残な死体となって翌朝発見される自分の未来を想像する。
いや、死体すら残らないかもしれない。
「いっ、や――」
一歩、また一歩とモンスターの群れが近づいてくる。
それに腰が抜け、無様に尻餅をつく。
座り込んだまま必死に後ろ手に腕をうごかし、後退る。
あまりの恐怖に喉がひきつり動かず、悲鳴すらあげられないまま女性はただひたすら強く目を瞑った。
神よ――
その祈りは、無慈悲な現実の前にあまりにも頼りなく。
「セア、そこのお姉さんを守ってて」
「はい。勇者さま」
だが、奇跡は起きた。
唐突に降りかけられた救い主の幼い声が閉じられた暗闇の世界に届く。
恐る恐る目を開けると、目の前にいたのはボロボロな姿の男の子と女の子。
目には隈をこさえ、髪は油ぎってボサボサ、今にも倒れそうなくらい憔悴した様子の子供二人。
二人の師匠による5日間山篭り訓練(合計睡眠時間4時間)帰りの勇者ノヴァと神官見習いのセアだった。
「だいじょうぶですか。すこしまっててください、今勇者さまがたおしますので、じきに終わると思います」
プラチナブロンドの髪をした法衣服の小さな女の子が女性の側に来る。
そして魔物避けの呪文を一定間隔で唱え続ける。
「え、勇者? あれが?」
見れば、黒髪にサークレットを被った男の子は左腕に盾を構え、右手に短剣を抜いて躊躇することなくモンスターの群れに突っ込んでいた。
あっという間に囲まれ、全方向から降り注ぐ刃と爪。
すぐに袋叩きにされ、血まみれの惨劇を思い浮かべて女性は小さく悲鳴を上げる。
しかし、そんな光景はどこにもなかった。
勇者はまるで軽業師のような軽快なステップと身のこなしで敵の群れの間を縫うように跳び、絶えず踊り続ける。
本人は知らないが、それは師匠である堕天使エリエルの動きに近い。
風のように舞い、水のように流れるままにまかせ力を受け流す。
まるで背中に翼があるように、剣と盾と共に軽やかに舞い踊る。
勇者のそれはまだまだ荒削りながらも、優美な剣舞の片鱗を覗かせていた。
師匠の剣技を以って勇者は戦う。
何かの呪文を唱えると、手の平から真っ赤な炎が生まれ、また群れの中の一匹のモンスターが炎に包まれる。
また、盾を持つ手で腰から棒手裏剣を引き抜き、打つ。放り投げられた棒の刃はセア達に向かおうとした一匹の頭蓋骨を貫いた。
恐ろしいモンスターに囲まれながらも、その顔には恐怖も絶望もない。
後ろに目があるかのように、あらゆる方向からの攻撃を全てひらり、ひらりと避け続け、或いは盾で押し返している。
その上、短剣を振るう腕は精密極まりない。
一度短剣が閃くたびに、大地に転がる骸が一つずつ増えていく。
本来大人の兵士を100人と必要とするモンスターの群れの中、勇者は一人でそれらを翻弄し続ける。
モンスターの攻撃は一度も勇者の体に届かない。
攻撃動作を予測し、攻撃ポイントを見切り、先に動いて先手を取り続ける。
「こいつら弱っちいけど、数が多くて面倒だな」
豊富なスタミナを元に息一つ乱さずに淡々と屠り続けていく。
苦戦とはまったく無縁のその姿。
勇者を押し潰さんと迫り来るモンスターの群れ。
それを、勇者は一歩も引かずに短剣を振るい続ける。
そこには正しく勇者の姿があった。
――突然、月が雲に隠れた。
「嘘っ、こんな時に!」
わずかな月明かりさえも失い、完全な暗闇が三人を襲う。
もうだめだ。
こんな状況では満足に相手も見えず、抵抗もろくにできやしない。
ここで皆食い殺されるんだ。
そうして喉元まで悲鳴がこみ上げてきた時だった。
「勇者さま、平気です?」
「ああ、大丈夫。夜間修行と一緒だな。こっちはいいからセアはお姉さん守ってて」
「うん。まかせて!」
咄嗟にその会話がよく分からなくて、女性は呆然となる。
信頼感。
あのレベル1の勇者に向けられるにはほど遠いはずの言葉。
幼い法衣服姿の女の子にはそれがあった。
一寸先も見通せない真の闇の中。
しかし勇者の動きに乱れがでることはない。
見えないはずなのに、勇者はモンスターをかわし、新たな骸を増やし続ける。
確かにほんのわずか動きの精彩は欠いてしまったが、それでもモンスターを倒し続ける姿に変化はない。
血と内臓の匂いだけがむせ返るように満ちていく。
そしてそれに釣られ、狂ったようにモンスター達は勇者に牙を向く。
まるで引き寄せられるように、全てが勇者に向かって行く。
だが、その爪も牙も虚しく空を切り、盾に弾かれる。
わずかな距離。あと一歩で牙の届く距離。
しかし。
絶対の隔絶がそこにあった。
それから戦闘という名の一方的な駆逐が終わるまでそう時間はかからなかった。
「で、こいつらなんだったんだろうな」
「ごめんなさい、わからないです……」
「ああ、セアがそんな落ち込むことねーって。まあこうして全部倒したんだし、大丈夫だろ」
「は、はいっ」
「そんなことより、早く宿に帰って寝よーぜ……何回やってもヘルウィーク後はきっちい。今日はこんなオマケもあったし、セアも早く休みたいだろ」
「……うん」
あらかたのモンスターを倒し、残りの数匹だけ逃がしてようやく三人は落ち着いた。
再び月明かりにうっすらと照らされる中、ただただ女性は放心したように座り込んでいた。
「お姉さん、大丈夫。立てるか?」
「え、ええ」
自分が今、生きている事が信じられない。
女性は目の前の現実がまったく分からなかった。
「どうする、送っていこうか」
「あ、だ、大丈夫よ! もう一人で平気! ケガもなかったし」
「うお。そんな急に立ち上がって、びっくりした」
無事をアピールしようと、女性が勢いよく両手を広げる。
「じゃあ、もう一人で平気なんだな」
「う、うん。平気……」
「門もすぐ近くだし、大丈夫か。そういや、ぼくらと一緒のところ見られたら何言われるか分かんねーし。よし、じゃあぼくらはもう行くけど、気をつけてな」
「ばいばい、おねえちゃん」
倒したモンスターから出てきた魔力結晶を全て回収し、幼い子供二人が去って行く。
後に残されたのは呆然と狐に抓まされたような顔の女性。
「あれ……黒髪の男の子って……勇者さまよね? え? 万年レベル1の勇者様、だったわよね」
レベル1の最弱勇者。
よく友人と一緒に笑い話のネタにしたものだった。
その子と、先ほどまで一緒にいた。
周りを見渡す。
そこには夥しい数のモンスターの死骸が積み重なっていた。
これを、全てあの勇者がやったのだ。
レベル1のはずの、この国の汚点と嘲っていたあの勇者が。
「…………………………夢」
ポツリと呟く。
「そう、夢よね。こんなの、夢に違いないわ。だってありえないでしょう。あははは」
乾いた笑いだけが夜風にさらわれていった。
★★☆☆☆
翌朝。
門の外れに謎のモンスターの大量の死骸が発見された。
昼間の間には何も目撃もなかったことから、それは夜の内に現れたことになると結論付けられた。
そして報告を受けた者達は同時に背筋を凍らせた。まさか正門にかかりきりの間にこのようなモンスターの群れが忍び寄っていたなどと。
もしこれらのモンスターが襲撃を行っていれば、混乱と多大な被害は免れなかっただろうとうすら寒くなる思いだった。
しかし、そうなると一体誰がこの山を築いたのか。
街の民も兵達も首を傾げるだけだった。
唯一該当する時間に出歩いていたらしき若い女性も、何も知らないと首を振る。
結局は、きっと誰か、謙虚な名のある戦士やパーティが人知れず倒してくれたのだろうと落ち着いた。
そう。知らないのだ。
今、勇者のレベルを知る者は大魔王ただ一人を除いて誰もいない。
そして王都の民が驚愕と共にそれを知るのはまだ先の事だった。




