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ショタ勇者さま育成計画  作者: めそ
12/51

9-3






 ノヴァとフレアが一緒に出かけた数日後の夜。

 王宮では久しぶりに大規模なパーティが開かれ、多くの貴族が招かれていた。


 金髪の上に王冠を戴く厳しい顔の国王と、この国ではやや珍しいプラチナブロンドを輝かせながらしっとりと微笑む王妃。

 実りのない冬と不況の中、精一杯集められた食べ物とワインとでテーブルが埋め尽くされ、思い思いに着飾った紳士淑女達があちこちで輪を作り、雑談を交わしている。

 大国とは言えない国では非常に頑張って捻出したと言える。

 幼い王国第3王女のフレアの姿もその中にあった。


 ロウソクと明かりの魔法で大きなホールが照らされている。

 青と白とでまとめられた、ふんわりとしたドレスを着た小さなレディが優雅に会釈をすると、周りの大人の男たちは酒の入った赤ら顔で頬を緩めた。


「いやぁ、実に可憐な佇まいでいらっしゃる」

「本当に。フレア殿下におかれましては国の宝ですなぁ」

「いや、まったく。はっはっは」


 腹の突き出た親父貴族が満面の笑みで褒め称えると周りもまたそれに追従する。

 手の中にはピッツァが一切れあり、チーズと油で手がベトベトだった。


「皆様、わたくしなどいまだ若輩者の身なれば、一層勉学に励み国の礎となる心積もりでおります。どうかこれからも共に我が国を盛り立てていかれますよう、変わらぬ力添えをお願い申し上げます」

「おお。もちろんですとも」

「いやはや、殿下の将来が楽しみですなぁ。必ずや立派な才媛になられることでしょう。わはは」

「まあ、ありがとうございます」


 フレアが可愛らしく微笑む。

 作り笑いの仮面を被って。


「そうそう。殿下は我が国が誇るかの大魔法使いに師事しておられましたな。そう、周辺諸国にも名の知れ渡った高名な魔法使いで、恐れ多くも国王陛下の招聘を断り街で私塾を開いているとか。もっとも講義代をふっかけてくるとかでまったく生徒がいないらしいですが」

「ええ。陛下に無理なお願いをして生徒として通わせてもらっておりますわ」

「殿下の武勇伝は私の領地にも届いておりますぞ。まさに神童と呼ぶに相応しい、立派な魔法の腕をお持ちとか。その御歳で既に魔法をいくつも覚え、魔力も高く、もはや中級魔法を覚えるのも時間の問題とか。いや、既に大人以上の魔法使いであるともっぱら評判になっております」

「殿下ならば必ずや高名な勇者パーティに誘いがかかることでしょう。いや、なんでしたら今の我が国のあの役立たずのろくでし勇者が死にでもした後、改めて選ばれた本物の勇者のパーティに加わるというのはどうでしょう!」

「そんな、気が早いですわ」

「はっは。それは失礼!」


 コロコロと笑う。

 じくりと体が毒に蝕まれるような息苦しい感覚がフレアを襲う。


 母は大切にしてくれているが、父王からはやや疎んじられている。やはり強い美意識を持つ父王はフレアの醜い傷物の体が許せないのだろう。

 そのため、フレアは半ば放り出される形で魔法使いの先生の私塾に通っていた。

 そして父王との離れた距離はそのまま貴族社会の地位の低さとなる。


「まったく、あれときたら少しも使えない勇者で困ったものですな」

「無駄に金ばかり使いこんで……モンスターの一匹も退治できやしない」

「奴は勇者という自覚があるんでしょうかなぁ」


 嫌悪と侮蔑を隠そうともしない貴族達が吐き捨てるように言った。

 それにフレアの眉が一瞬だけわずかに跳ねる。

 口から飛び出しかけた言葉を慌てて喉まで押し戻す。


「そんなことはありませんわ」


 そのフレアの言葉は愛想笑いに取って代わられ、発せられることはなかった。

 何の実績も結果も出していない、悪評しかない勇者を擁護するなど、自らの評価を下げるだけでしかない。


「大魔王が交代し、もう300年……世界各地で盛んに暴れるモンスターの被害は数知れず、その勢いは衰える気配もない。上がってくる被害報告の数も右肩上がりで頭が痛いですな。その上、地震や竜巻、台風、落雷と大魔王が逐一揺さぶってくるのもまた……」

「L国の国王夫妻もこの前、大魔王の呪いで事故にあい、命を落としたと……」

「犯罪や将来への不安で治安が乱れるのを引き締めるのも一苦労ですわい」

「今まで大勢の勇者達が拍手と歓声に見送られて旅立ちましたが、魔界に向かった者は誰一人帰ってこない。恐ろしい話です」

「私の町はおろか、各地で活気は火が消えたようになってしまい参っております」


 苦く、暗い顔を突き合わせてグラスをあおる貴族達。

 フレアは黙ってそれを聞いていた。


 なおモンスターの活発化は大魔王の存在のせいではあるが、事故や天災は完全に濡れ衣です。

 そもそも大魔王は人間の世界は基本的に放置のスタンスを取っている。攻め込まれたりちょっかいかけられない限りは面倒なので完全にスルー状態。

 魔王軍八魔将もその意向を受けて主に守勢だ。


 政治? 外交? 軍事?

 そんなわけ分からん、つまらなんものはどうでもいいから強いやつをもっと儂のところに寄越せ。

 以上。過去の大魔王様のコメントでした。


「神剣さえあれば……」


 貴族の一人がぽつりと呟く。


 神剣とは千年前の伝説の勇者が携えた武器だ。

 わずか8才で選ばれた、たったレベル10の幼い女の子の勇者。彼女が雑に振るうだけで光の奔流がモンスターの群れをなぎ払ったという。

 史上でも2体しか確認されていないレベル90台の大魔王の内の一体を倒し、当時暴虐の限りを尽くし誰にも止められなかった猿王ゴズクウを撃破できたのは勇者の実力ではない。

 ひとえに神剣の力によるものだ。


 史上最強の武器。

 それが神剣。


 今、この世界に現れさえすれば伝説を再現してくれるに違いない。

 そんな淡い期待があった。

 生憎と千年前に大魔王を倒した後、仲間を置いて突然勇者だけが姿を消してしまい、そのまま神剣もまた行方不明になってしまったが。


 宮廷楽団の演奏がホールに響き渡る。

 調和の取れた物語を紡ぐ音色は、しかしフレアには空虚な不協和音としか届かない。


「ですがまあ、来年こそは武闘大会を開催できると伺っておりますが、少しずつ明るい話も増えているようですな」

「耳がお早いですこと。ええ、その通りですわ」


 昨年は隣国の商人達に散々お金をむしりとられて首が回らなかったせいで中止となってしまったが、来年はいくらか余裕ができたので開催の見通しがたっている。


 武闘大会。

 国の内外から腕の立つ者を集め、競わせる事で神を楽しませる祭事だ。とはいえ賞金や褒美も出るし、実態は単なるお祭りだ。


「騎士団長も張り切っておられますよ。3連覇を狙っているそうで、訓練を張り切っておいでですわ。それはもう、一緒に訓練する兵たちが可哀想になるくらいに」

「ははは。それは楽しみだ。最近若手の兵でも何人か活躍している有望な者がいるそうではないか。いや、実に楽しみだ」

「そうおっしゃられると、開催致しますこちらとしても準備に熱が入るというものですわね」


「あと、まだ噂ですが……『聖拳老師』の秘蔵の弟子が大会に参加を希望しているとか」

「なんと」

「それはまた、噂とはいえ嬉しい知らせですな。もし本当に参加するとなれば、大会も大いに盛り上がることでしょう」


 輪の全員が色めき立つ。


 聖拳老師。

 かつて千年前の伝説の勇者パーティでは大神官と並んで中核として活躍した格闘家がいた。

 その武術を今なお正統に受け継ぎ続ける者であり、無手の戦闘者としては人間世界最強、いや近接戦闘者として随一の腕を誇ると謳われる老人だ。

 その老師は多くの弟子をとっているが、中でも最近一人の幼い弟子の才能を見出して直々に鍛え上げているという話があった。

 それが秘蔵の弟子で、未だ誰も知られていない未知数の実力を自分の国で披露してくれるとあらば、物見高いヒマを持て余している貴族らの客寄せとしては絶大な効果を約束されたものだ。


 人が集まれば金もまた動く。

 金が動けば人もまた動く。


 底の見えない暗闇の中で、ほのかな光明が見えたといわんばかりに国の貴族達は舞い上がっていった。


「そうそう。良い知らせといえば、この間商人から聞いた話ですが、どうやらF国の勇者が今こちらに向かっているそうですぞ」

「F国……あのF国の!?」

「レベル63の勇者……弱冠26歳ながら現在世界最強の勇者と謳われている彼を輩出した国ですな。今まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで爆発的に名声・勇名が各地に広まっているという」

の勇者の活躍でF国は人も物も大盛況だそうです。それに引き換え我が国の勇者ときたら……まったくもって忌々しい」


 勇者が活躍すればするほど国の名と威信が上がり、また国の求めに応じて勇者がモンスターなどの被害を解決した場合は、勇者の国に相応の謝礼を払うのが暗黙の了解となっている。

 各地で高名なモンスターを討ち取り続けているF国の勇者は、祖国に莫大な金を動かし続けている随一のビッグネームだった。

 無論、パーティのメンバーもまた同じ恩恵を受けられる。


「おお。そうだ。フレア殿下もF国の勇者パーティに入られてはいかがですかな。殿下ならばすぐに活躍なさるでしょうし、陛下も喜んで送り出してくれるでしょう」

「そこまで私の事を買って頂けるのは恐縮の至りですわ。心の内に少しだけ留めておきましょう」


 さすがに現在のフレアの実力では同行したとてお荷物となるであろう。

 だが、その将来性は本物だ。

 しっかりと経験を積んでいけばいずれ世界最強のメンバーに相応しい力を奮うことだろう。それだけの価値がフレアにはある。

 実際に各国のレベル10はおろか、レベル30の勇者からも密かにパーティに加わらないかと打診がかかっているのだ。


 超大国に名が轟く魔法使いがとった数少ない生徒。そして幼いながらも既に一人前以上に扱う数々の魔法。

 魔法使いとしてのフレアの名はその道では有名だった。


「ええ、ええ。F国の勇者と共に行けば我が国の名声も轟くことでしょう。ぜひとも考えてくだされ。わっはっは」

「うふふ」


 口を開くたびにフレアは自分が嫌になる。

 偽りの表情。偽りの言葉。偽りの仕草。

 もう偽る事に何ら痛痒を覚えず、心は磨り減りきってしまった。

 油断すれば蹴落とされる世界で自らを守るために覚えたはずの処世術。けれど、そんな守りがあっても自分はいつの間にか空っぽになっていた。


 ああ、疲れる。

 息苦しさを覚え、息を吐いた。


「申し訳ございません。少々空気に酔ってしまったようで、夜風に当たって参りますわ」


 丁寧に辞して一礼。

 目を横にやるとエスコート役である兄の第二王子は別の婦人方の輪に捕まっていた。

 無味乾燥な笑みを浮かべ続ける貴族らの輪から離れ、フレアは一人バルコニーへ向かった。


 冬の冷たい風がフレアの悪酔いを冷ましていく。

 少し落ち着く。


「勇者……か」


 思い出すのは後輩の男の子。

 一緒に学び、指導し、衝突ばかり繰り返している単純イノシシのような彼。


”まったく、あれときたら少しも使えない勇者で困ったものですな”

”無駄に金ばかり使いこんで……モンスターの一匹も退治できやしない”

”奴は勇者という自覚があるんでしょうかなぁ”


 先ほどの貴族達の言葉が蘇る。


「私ならともかく、たった9才に何を求めてるのよ」


 フレアは見ている。

 ノヴァが頑張っていることを。

 勇者としてなんとか上に行こうとしていることを。

 真摯に学び、努力していることを。


 だがそれでも。

 今は何の力もない子供だ。


 努力だけでは認められることはない。

 いずれはどこかで一人、野垂れ死ぬであろう未来が待っていることだろう。

 もしくは勇者の紋章を剥奪されるか。そのような不名誉。そうなればもはやこの国に居場所はない。


 そこまで考え、フレアはあの男の子の将来を哀れに思った。


 とはいえ、もはやフレアは自他共にこの国でも有数の使い手だと認められている。

 だからこそ、見込みのない万年レベル1の勇者のパーティに加わることなど自ら崖から底なし沼に飛び降りるようなものだ。

 周囲は猛反対するだろうし、フレアの事を狂ったのかと不審な目で見るだろう。


「情に動かされるのは執政者としては2流」


 だから、フレアの理性はこのまま勇者に近づくなと言う。

 これ以上、心を傾けるなと。


 それでも、頭から離れない言葉がある。


 それでいいの。

 本当にいいの、と。


「このまま本当にノヴァの勇者追放を待ち、その後の本命の勇者パーティに入っていいものか……」


 ふと、あの日を思い出す。

 街に二人で出かけたあの時、彼は自分の思うままに振舞っていた。

 素直な感情。衝動のままに話し、動く。

 そこに裏も表もない。

 それは既に自分にはなくなってしまったもの。


 羨ましい。

 少しだけ、ほんの少しだけそう思う。


 チクリと胸に錐で突かれたような痛みが走る。


 あの男の子の顔を思い出す。

 楽しそうだった。

 自分も、楽しかったと……思う。

 そうだ。心がすごく軽かった。それだけはしっかりと思い出せる。


 あれが、失われる。


 惨めに背を向けて、一人王都を去る姿が浮かび上がる。

 力なくうな垂れて夜の荒野を一人追い出されて……


「……ふう」


 首を横に振る。

 自分の中の愚かな情動を振り払うように。


「しっかりしなさい、私」


 もう心には先ほどまでの温かさはなく、冷えきっていた。


「ノヴァと一緒に行ってどうなるっていうのよ。せいぜいがレベル10程度で頭打ちになって身動きが取れなくなるに違いないわ。第一、そこまで義理はない。私まで奈落に付き合ってどうなるっていうのよ。

 そうよ。だから、私は次の本命の勇者を待てばいい。それまで研鑽を積み、新たな勇者と一緒に高みを目指せばいい」


 それでいい。

 それがいい……

 それがいいに決まってる。


 胸の内で繰り返される言葉。


 胸に圧し掛かる鉛のような重し。

 後ろからは澄んだ弦楽器の音色が届き、楽しそうに交わされる煌びやかに着飾った人々の声。


 夜空に浮かび煌々と輝く星々を一人仰ぎ見る。

 幼くも将来を嘱望されている才ある魔法使いの王女はずっとテラスの手すりを強く握りしめ、動かなかった。







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