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ショタ勇者さま育成計画  作者: めそ
11/51

9-2






「じゃあ先生が言ってた街の中心の噴水広場に行ってみるか」

「ええ」


 並んで歩き出す。

 しっかりと手入れをされたロングウェーブのブロンドに小ざっぱりした清潔感のある上等の服を着ているフレア。

 その隣には見事にくたびれた感のある服を着た黒髪の勇者。


「それにしても、改めて見ると随分とみすぼらしい格好ね……」


 眉をひそめ、キレイなアゴに指を当てて何かを考えた後、フレアは嘆息を吐いた。


「よし、先に私が服を買ってさしあげますわ」

「え、なんだよ。別にいいよ」

「お黙りなさい。いいこと、同門の後輩がそんな格好をしていたら私まで品格を疑われてしまうのよ。先輩として見過ごすわけにはいかないわ。

 ああ、お金は私が出すわよ、どうせその日暮らしで精一杯なのでしょう」

「だーかーら、今はそんな貧乏ってわけでもないんだって」

「はいはい。私にそんな分かりやすい見栄を張らなくてもいいのよ。ちゃんと分かってるんだから」

「わかってねー……」


 聞く耳持たず。

 普段から師匠との修行の話や、最近では周辺のモンスターも楽に倒せるようになってきているとフレアに世間話として話しているが、こうして大抵が話半分に聞かれている。仲間になったセアについても半ばエア友達扱いだ。

 だから勇者は早々に訴えを諦め、大人しくフレアがよく利用する仕立て屋へと向かう事になった。


 ちらほらと閉店の見える寂れかけた通りにある一つの店に入って行くフレアを追う勇者。

 中に入るとパリっとしたスタイリッシュな服に身を包んだ白髪の老人が、老いを感じさせないくらいの堂々さで出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ。おお、これはこれはフレア様、よくぞいらっしゃいました。おや、そちらのお方は……もしや勇者様で?」

「ええ。親方、あの子に一着服を仕立ててもらえないかしら。私の後輩なの」

「おお。かしこまりました。では採寸を」

「ノヴァ、こちらに来なさい」

「う、うん」


 勇者は初めて入る老舗の風格に圧倒されながらカチコチとぎこちない動きで歩いて来る。

 そして身体のあちこちをはかられ、生地とデザインを選ぶ。

 勇者は2,3回ほど尋ねられただけで、ほとんどフレアが親方と話を進めていた。


「そうね、ではこの生地で街着として着れるものを仕立てて頂戴」

「外出用の一着ですね、承りました」

「パターンオーダーで構わないから、無理を言って申し訳ないけれど今日中にできるかしら? お代は弾むわ」

「かしこまりました。では夕方ごろまでに仕上げておきましょう。なに、多少邪道になりますが看板の名に恥じぬ一着に仕立ててみせましょうぞ。仮縫いも一度だけで結構です」

「ありがとう、親方」

「よ、よろしくお願いします」

「はい。いい先輩をお持ちになられましたね」


 笑顔でそう言う親方に、思わず引きつった笑顔しかできない勇者だった。

 そうして一度だけ仮縫いをした後、二人は仕立て屋を出た。


「では仕立て終わるまで街を見て回るとしましょうか」

「なあ。お金、本当に大丈夫なのか?」

「平気ですわ。それにこれは税金ではなく、私が稼いだお金です。これでも荘園を一つ運営していますし、魔法使いとして軍の小隊にも属しているのよ。着道楽ならともかく、あなた程度の服一着でどうにかなる事なんてないから安心なさいな」

「でも……」

「それより、あなたはもっと身だしなみにも気をつけなさいな。お師匠の方も女性ですし、もっとお洒落に気を使ったほうが喜ばれるわよ」

「そ、そうか……?」

「ええ」

「そっか……うん、もっとちゃんとキレイにするかな」

「……こう言えばすぐ素直になるのね。あーあ、ほんと単純なんだから」

「ん? なんか怒ってねーか?」

「気のせいではないかしら」

「いや、怒って――」

「き・の・せ・い・で・す・わ!」

「お、おう」


 反論を許されぬ何かに気圧され、つい頷いてしまった勇者。


「なんだよ。急に不機嫌になって……コイツ、わっかんねーな」


 そんな子供二人はチクチク突っつき合いながらも仲良く街を歩いて回る。


「師匠はずっと前にでっかい大猿を一人で倒したんだぜ!」

「師匠はすっげーんだぜ。本気で走ったら王都の大通りなんてすぐに駆け抜けていくんだぜ」

「師匠がこの間褒めてくれたんだよ。すっげえ嬉しかった!」

「師匠はな――」

「師匠――」

「師匠――」


 勇者は口を開けば師匠、師匠と。

 そのあまりにも変わり映えのない話題にフレアの堪忍袋の緒はチリチリと切れかけていた。


「……レディと話をしている時に別の女の話をするのはどうなのかしらね。

 まったく、デリカシーのない男の子はこれだから」

「なあ、聞いてるのか?」

「ええ。聞いてますわ。それでお師匠さんと一緒に新しい鉄の剣を造ってもらいに鍛冶屋に行ったんですわね」

「そうそう! 師匠がもしガーゴイルを倒したら褒美にくれるって言うんだよ! 子供ぼくの背丈に合った剣なんて売ってないから特注になっちまうんだってさ」


 嬉々として語る勇者は、これ以上ないというほど誇らしげで頬が緩んでいた。

 よっぽど自慢の師匠なのだろう。

 そんな足に地がつかずにふわふわと宙に浮いているような、ほとんど惚気のろけに近いそれを聞くはめになっているフレアはたまったものではない。


「ガーゴイルなんてレベル30近くのモンスター、レベル1のあなたが倒せるものではないでしょうに。まったく、すぐ分かる嘘なんてついて……せいぜいレベル3程度のモンスターを誇張しているといったところかしら」


 フレアは内心、そう落胆を覚えることを禁じえない。

 いくら格好をつけたいからといっても、こんなすぐ分かるようなホラ話をするなんて。

 とはいえ、嘘をつきたくなる気持ちも分からないではない。それほど今の勇者の環境はひどいのだろうとフレアは同情した。


 よわいわずか9歳という無茶苦茶さ。そして万年レベル1。

 E国の国民全員にとって、それほど今勇者が語っていた内容は薄っぺらで一笑に付すものだった。


 そう。この国の誰もが知らない。信じられない。

 勇者が事実を話していることを。

 既にレベル1ではなくなっていることを。

 フレアは知らない。


 やがて街の中心部にある噴水広場に着くと、そこでは近年の不況を吹き飛ばそうとするかのような大市場が開かれていた。

 大道芸人がクラブとボールを放り投げ、魔法使いが精霊を呼び出して舞い踊らせ、詩人が楽器をかき鳴らし、流れの歌姫がその美声で異郷の物語を歌う。

 通りに沿っていくつもの露店が立ち並び、そこかしこから威勢のいい声と香ばしい匂いが届いてくる。

 冬の寒さなど吹き飛ばす熱気がそこにあった。


「へえ。いいじゃない。商人達も民の皆も頑張ってるわね。海路を封鎖しているモンスターさえどうにかできれば……きっと毎日これくらいの活気を取り戻せることでしょうね。閉まった店もまた開くようになるに違いないわ」


 王女フレアがその様子を見て嬉しそうに感嘆した。


「そういえば、お前もっと護衛とか側にいなくて大丈夫なのか。王女なんだろ? 見た感じ物陰とかに2,3人くらいしかついてきてないみたいだけど」

「……私には兄が2人、双子の姉が2人いるのよ。もともと王位継承権は直系の中では一番低いわ。これで十分なのよ。

 その上、私には王女としての価値も低いの」

「え?」


「小さい頃に山火事に巻き込まれて背中にひどい火傷を負ったの。その傷は魔法でも癒しきることはできず、醜い痕として今も残っているわ。

 傷物の王女なんて欲しがる人は少ないわ。それこそ王族との縁故を繋いだり、血を繋げるだけしか求められないでしょうね。けれどその上、第3の末姫とあれば血の補完としての価値も低い。血を残すなら他に二人も予備がいるのだから」


 淡々と語るフレアに負の感情はない。

 ただただ王族としての事実と自分の立場を客観的に述べるだけ。

 輝く金髪が頼りなげに風でなびいていた。


「……おまえ」

「この国ではそれなりに有名な話よ。有閑マダムに知れわたっている以上、あなたもいずれは耳にしたことでしょうし、気にすることでもないわ。

 そういうわけだから私は何か別のもので自分の価値を見出さなければならないと思ったの。それが魔法で、今こうしてあなたの先輩としてここにいるというわけよ」


 勇者より一つだけ年上の王女はそう言いながら、露店に近づいては「あら、このカメオのアクセサリーはキレイね」と小さく口元を緩めていた。

 それからややあって、怪訝そうに目をわずかに細めながら勇者に振り返った。


「それにしてもあなた、よく護衛に気付いたわね」

「いや、索敵は師匠に習ってるし、一定間隔でずっと同じやつらがついて来てれば一発だぞ」


 勇者はもぐもぐと香草に包まれたジューシーな肉を頬張りながら言う。


「そ、そう……」


 こんなレベル1勇者にあっさり看破されるなんて……。

 護衛の給料を下げるべきか、こっそり護衛の評価に悩むフレア王女だった。

 そしてちょっとばかり頭の中の勇者像が微妙に歪んでしまった。そう、例えるなら白雪姫の王子様が泥と草のペイントをした服を着て現れたような。


 それからも二人は人波の中をもまれながら、あちこちを見て回る。

 勇者は相変わらずの腕白元気に突っ走るエスコートっぷりで、女の子への気遣いなどどこへやら。その振る舞いにフレアは不満たらたらだった。

 が、フレアもまた勇者に紳士的な応対を求めるのは犬にテーブルマナーを教える事と同じだと思い、早々に諦めた。その方が建設的である。きっと。


「おーい、フレアこっちこっち。なんか面白そうなもんがあるぞー」

「はいはい。今行きますわ。まったくもう、連れを置いて一人で先に行くなんてこれだから男の子は……」

「おせーぞ。ほら、これ。串に肉を通して壷で焼いてるんだって。初めて見るな」

「タンドリーチキンね。異国の料理よ」

「へえ」


 そうこう勇者がはしゃぎながら、その後をフレアが幾分か仕方なさそうにゆっくりついて行く。

 けどまあ、時々口喧嘩で剣呑に衝突したりするものの、先輩と後輩は時折小さく笑い声や歓声を交えながらこの時間を楽しんでいた。




「さて、そろそろ仕立て屋に戻るわよ」

「ん。分かった」


 来るときとは違って二人、主に勇者が女の子(フレア)の歩調に合わせるように並んで街を歩く。

 夕日が長い影法師を石畳に映し、くっついていた。


「おお。お待ちしておりました。既に服はできておりますよ」

「ご苦労様でした、親方」

「あ、ありがとうございます、親方」


 仕立て屋につくと親方が会心の笑顔で迎えてくれた。

 慣れた様子で笑顔と共にねぎらうフレアと、慣れない緊張した様子でつっかえながら礼を言う勇者。


「いえいえ。服ですが、今回は威厳や気品よりも動きやすさを重視して仕立て上げました。肩を大きく回しても袖が引っ張られることはないでしょうし、足を大きく動かしても股が破れることはないでしょう」

「丁寧なお仕事感謝致しますわ」

「私どもの服を気に入っていただければそれが幸いです」

「す、すげえ。見た目重くて窮屈そうなのに、着てみると全然軽いし体に馴染むみたいに動きやすいぜ。靴もピッカピカで履き心地いいし。すっげえ! すっげえ! じいちゃん、フレア、ありがとうな!」

「もう。ほら、こんなところでそんな大声を出さないの。まったく恥ずかしいわね」


 連れの余りの感動っぷりにフレアがやや頬を染めて顔を上げられないでいた。

 それを微笑ましそうに親方が笑っていた。


 薄暗くなってきたその帰り道。

 どこからかシチューの匂いが漂ってくる中、二人はゆっくりと歩く。


「よし、今度ぼくが何かフレアに何か買ってやるよ! 何がいい?」

「はいはい。そのうちにね。期待せずに待っておきますわ。今ははやいところレベル1から卒業してくださいな」

「ちぇっ、まったく可愛げねーの」

「私に何か返したいのでしたら、あなたはまず自分の事をなんとかしなさいな」

「だーかーらー。何度も言ってるけど、今は少しずつお金も貯まってきてるんだって。なんで信じねーかなぁ……」

「そんな見え見えの嘘なんて私には通じませんわよ。ほら、それより今度服の手入れについて教えてさしあげますから、それまでその服を乱暴に扱わないようにしなさい」

「へーいへい。へへっ、師匠この服見てなんて言うかなぁ」

「そこは服単品よりむしろ着ている人との調和を見てもらうべきでしょうに……せいぜい服に着られないようにしなさいよ」


 幼い子供二人が連れ立って歩いていく。

 足取りは軽く、その表情も明るい。


 厳しい冬風が吹きすさぶ中、二人の周りはどこか温もりに包まれていた。。







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