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ショタ勇者さま育成計画  作者: めそ
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 ここはおどろおどろしい魔界の最奥にある魔王城。

 そこの玉座の間、言ってしまえば城の主が鎮座する場所で一人の女性がぶーたれていた。


「ねー。ヒマー。ヒマじゃよー」

「大魔王様。そんな事言って、この前A国のレベル58の勇者パーティを返り討ちにしたばかりじゃないですか」


 髑髏と骨とトゲトゲでできてる立派な椅子にあられもなくダラーっと寄りかかっているのは女大魔王その人だった。

 見た目は20代前半程度だろうか。雌豹のようにスラリとし、瑞々しい肢体は男の欲情を際限なく煽る。

 赤い髪は獅子のタテガミのように背中まで伸ばされ、金色の瞳は猫のような茶目っ気と奔放さをたたえている。

 黒いタイトなドレスを身に纏い、豊満な肉体からは隠そうともしない色気が振りまかれている。

 それは一言で言うなれば、神の創りし美貌と肉体。それに尽きる。


 そして何よりも目を引くのは、その背に折りたたまれている3対6枚の漆黒の巨大な翼。

 堕天使。それが今代の女大魔王だ。


 黄金の腕輪をはめるほっそりとした右腕には3メートルをゆうに超える長大且つ重厚な斧があった。

 斧の銘は『魔神の斧』。彼女の先代魔王が愛用していたという血塗られた禍々しい、魔界でも有数の強大な破壊力を秘める秘宝だ。


 レベル97。氷天のエリエル。

 弱肉強食、下克上上等の魔界でかれこれ300年以上魔王の座を守り続け、今なお最長在位年数記録をぶっちぎりで更新中だ。


 だがそもそも彼女は魔王の座に興味などなかった。

 天界からわざと堕天し、魔界にまで行ったのはただ強い者と殺し合いをしたかっただけ。


「儂より強いやつはいねがー!」


 血沸き肉踊る最高のドキドキとワクワクを求め、愛用の剣を片手に刃と魔法の乱れ咲く戦場を渡り歩き、ただ純粋に自分の限界を試そうと魔界を蹂躙して回っていたらいつの間にか魔物たちの圧倒的な支持を受けて、バラバラになっていた魔界を統一し、大魔王になっていた。


 戦闘中毒者(バトルジャンキー)。それが彼女の正体だ。


 己の肉体と力と技を存分に奮い、相手を打ち破る事こそが彼女の幸せ。

 大魔王となってからは、人間世界への侵略なんて面倒臭いと放棄し、世界の国々が送り込んでくる勇者との戦いが唯一の楽しみだった。


 今、世界には何人もの勇者達が大魔王を倒そうと、彼女を探す旅をしている。

 ある日は洞窟にもぐり、ある日は塔に登り、ある日は山を越え、ある日は海を越え、ある日は砂漠を渡り、ある日は吹雪を越えて。

 世界に放たれた凶悪な魔物達との障害を乗り越え、旅を続けて困難を乗り越えるほど一歩また一歩と強くなっていく勇者達。

 そんな強くなった彼らが仲間を引き連れて魔王城に乗り込み、自分の前に現れるのがエリエルの喜び。

 そして存分に強敵との戦いを味わい、刃を交え、叩き潰し、その手で打ち破る。

 大魔王となって300年。次から次へと現れ、もはや数え切れないほどの勇者のパーティを血の海に沈めてきた。


 そんな無敵の彼女は今まさに退屈という名の責め苦に襲われていた。


「だってー。不完全燃焼じゃよー。レベル58って言ったって、儂の所に来る前に回復役の神官が死んでたら、そりゃあパーティの力なんて半減してしまうじゃろうが。あー、もー。久しぶりにレベル60近くの高レベルパーティで、死闘ができるかと思ってたのにぃ!」

「魔神の斧をやたらめったら振り回さないでください。ほら、また斧の斬撃が飛んでいって柱が一本スッパリいっちゃったじゃないですか」

「お主が魔法で直せばいいじゃろー。ほらぱぱっとやっちゃって」

「しょうがないですねぇ……ぱぱっと」

「おー。さすがさすが。あっという間に元通りじゃ!」

 ぱちぱちぱち。


 長年魔王エリエルの側近を勤めるのは魔王軍の誇る第一の将、大魔導士にしてレベル68という世界トップの実力で知られているデーモンロードだ。

 人間の頭に羊のようなグルグル角を二本生やし、赤黒いローブにすっぽり身を包む悪魔。それが彼、デルフォードだった。

 その力は大魔王に次いで強い。また、大魔王と長年の付き合いであり、大魔王を最も敬愛している。

 その力は悪魔が得意とする闇系統や精神系統より呪氷系統に特化している。

 最近頭がハゲてきてないか気になっているらしい。主にストレスで。


「むぅー。じゃあ今他の各国の勇者の状況はどうなってるのじゃ?」

「はいはい。ちょっとお待ちくださいね。資料は……あったあった」

「おう、こちらに寄越せ。直接見る」

「はい、どうぞ」

「ふむふむ。B国の勇者はまだレベル31で精霊の洞窟を攻略中か。まだまだ先は遠いの。あ、こやつは珍しく女勇者か。

 S国の勇者は、おお、レベル51ではないか。しかも随分と儂の城近くまで来ておるの。こやつは確か西の国を攻略していた魔王軍八魔将の一人を討ち取った有望株じゃったな。うむうむ。そろそろ突入してくる頃かの。うふふふふ。仲間も手だれが揃っているようじゃし、早く儂の所まで来ないかのぉ。わくわく」

「いや、大魔王様。そんな簡単に大魔王様への謁見を許されたら私達魔王軍の立場がありません」

「何を言う。ぶっちゃけ、お主らは邪魔者以外の何者でもないじゃろうが。まったく小難しいことばかり言って儂の楽しみを奪いおって。ぶつぶつ」

「勘弁してください。大魔王様が万一やられでもしたら私達魔王軍は大黒柱を失ってあっという間に離散してしまいますよ」

「そんなん知るか。儂はもっと強いやつと殺りあいたい! それで死ぬなら本望じゃ!」


 バトルジャンキーの美女さん、ここにあり。


「はぁ。昔みたいに魔界で反乱でも起きんかのぅ。今の魔界はどうも儂に従順でいかん。敵対してくれればまた戦えるのに」

「やめてください。200年前の悲劇をまた引き起こすつもりですか。大魔王様が暴れたあの地域一帯、20万の反乱軍ごとまだ呪黒氷に覆われたままで、大魔王様の恐怖の代名詞になってるんですからね」

「確か蛇と巨人鬼と熊の3部族じゃったな。いやー。あれはゾクゾクするほど楽しかった。しばらく戦いの埋火が消えずに体が火照りっぱなしじゃったの」


 その昔「大魔王が気に食わない」と魔界の大勢力を持つ3部族が一斉に蜂起したのだが、その報を受けた途端に大魔王エリエルは退屈そうな顔を一転して一瞬で喜びに輝かせ、漆黒の翼を大きく広げて城を飛び立ち、一夜の内にたった一人で首謀者らの首を刈り取っていった。

 彼女が暴れた地では氷雪吹き荒れる竜巻がいくつも巻き起こり、空は一面の雪雲に覆われ、大地は黒い呪氷で凍てつく死の大地と化し、空に舞った血しぶきは一瞬で凍りついたという。


 20万もの軍勢の中に単身飛び込み、容赦なく魔法と毒と武器が雨あられと降り注がれる中、高らかに喜声を上げながら巨大な斧を振り回し、吹雪と竜巻を従えた閉ざされし白の世界で敵陣を縦断していくその姿。

 3部族の長はそれぞれレベル78、72、69と、歴代魔王のレベルが70から80であった事を考えれば、現大魔王エリエルがいなければ魔王の座についていたであろう強さだった。

 それでも、大魔王エリエルは獰猛な笑みを浮かべて終始上機嫌で躊躇することなく魔神の斧を振り下ろした。


 側近デルフォード曰く「大魔王様は馬鹿力の脳筋です」。

 その細腕から想像もつかないほどの力で放たれた一撃は、怪力無双で知られる熊の部族の長を受けようとした武器ごと頭から真っ二つにした。


 氷の大地にはその当時の軍勢のおびただしい骸がそのまま丸ごと腐敗も風化もすることなく、時が止まったかのように恐怖と涙と絶望の表情のまま氷の中に埋まっているという。


 反乱軍を一兵残らず呪黒氷の海に沈め、鼻歌まじりに魔王城へ凱旋した大魔王エリエルはただ一言言った。


「うむ。満足じゃ! 反乱起こしたいならいつでも歓迎するぞ!」


 血肉のこびりついた魔神の斧と剣を引っさげて帰還した大魔王エリエルの姿はもうひどいものだった。

 片腕は折れ、霜と小さな氷柱が全身を包み、打撲と裂傷は全身に広がっている。

 激しく消耗している今襲い掛かれば大魔王を倒す事も夢ではない。そう確実に思えた。

 それでもなお、大魔王に挑みかかる者は誰一人とていなかった。


「あ、無理無理無理」


 それは大魔王を迎えた全員が心の中で一つになった言葉だ。


 満身創痍でありながらその肉体から発せられる気力は見たこともないほどの高ぶりを見せ、艶めいた唇からは荒れた熱い吐息が漏れ出し、赤い獅子のタテガミのような長髪は興奮に逆立っているかのよう。

 何よりも周りをギョロギョロと見渡す金色の瞳が雄弁に語っていた。


「他に相手はいないのか」


「もっと。もっとだ。もっと戦いたい」


「まだ儂は戦える」


「誰か。誰か。いないのか」


「この身の内に燃え盛る炎をより焚きつける相手はいないのか」


「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」




 以後、魔界では二度と反乱は起きていない。

 そして魔界の民は去勢されたチワワになった。




「……む? E国の勇者はここずっとレベル1ではないか。どうしたのじゃ?」

「ああ、詳しい資料はこちらに」

「ふむふむ。あー。今あの国、経済ガタガタになって勇者を出す余裕すらないのか」

「なんでも旅○の服とど○の剣を渡すだけで精一杯だそうですよ。なんでも公務員とデモとストライキで大荒れだそうで」

「情けないのぅ。大の男がたったそれだけでまごまごしておるのか。男なら体一つ、拳一つでどうにでもなるじゃろ」

「いや、その理屈はおかしいです」

「ああ、思い出した思い出した。こやつはこの前砂漠で行き倒れた勇者の国の後釜じゃな」

「剣士と格闘家ばっかりの物理オンリーで脳筋パーティでしたからねえ。

 魔法で身を硬くする習性のある緑のカニに囲まれてやられたそうです。

 まあどうせ大神殿の南に住む緑色したスライム貝の大群でやられてたでしょうが」

「あーあ。レベルさえもっと上げてれば硬くなってもそのままぶち破れてたろうに」

「いや、貴女様と一緒にしないでくださいよ。脳筋大魔王様」

「なんじゃとー!」


 玉座の肘掛に豊かな胸を預けたまま離れた側近にデコピンをする。

 弾かれた高圧縮の空気が側近の頭めがけて飛ぶ。が、即座に側近の目の前に展開された5層の呪結界のうち3層まで突き破って霧散した。


「危ないですね。この呪結界1つ突破できる者なんてレベル40オーバーしかいないのに、殺す気ですか」


 つーん。

 ふて腐れたようにそっぽを向く大魔王。

 けれどやがて何かを思いついたのか、頭にピコンとランプが灯る。


「うー……ん、と」


 大魔王が気だるげに体を起こすと、鮮血のような長い赤髪もまたゾロリと動く。


「よし。儂、ちょっとばかり外に行って来る」

「え」


 真っ黒な闇に大魔王の体が覆われたかと思えば、闇が消えた後には人間の女剣士よろしく、真っ赤な服とズボンの上に革鎧と剣を身に着けた姿が現れた。

 そのまま魔王城の窓を開き、枠に足をかける。


「あ、そうそう。S国の勇者が城橋まで来たらすぐ教えるんじゃぞ。儂の羽を置いていくから、これを斬るのじゃ。

 そうすればすぐ戻って飛んでいくからな。いやー。次の勇者との殺し合い、楽しみだなぁ。わくわく」

「ラスボスが真っ先に飛んでいくのはお止めください。L国の勇者の時なんて玉座で待ちきれず、魔王城の城門前で待ち構えるなんてどんだけ欲求不満なんですか。飼い主が綱を手に取った途端、玄関前に走っていって尻尾をふりながら散歩を待つ犬ですか、貴女様は。

 何度も繰り返しますが、あなたが死んだら我々は瓦解します。

 それはともかくどこ行くつもりですか。次はどんな騒ぎを起こすつもりですか。

 あーもう。いいから自重しろ。頼むから」

「ヤじゃ!」


 大魔王は窓枠を蹴り、大空へと飛び立った。

 魔界のおどろおどろしい空に漆黒の翼が大きくはためいた。







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