偽名
私は、この世界を廻す歯車ではない。
私など存在せずとも世界は廻ってゆく。私にそんな価値は無い。
私はこの世界に必要無い。産まれてきた事さえ否定され名前も与えられなかった。私には個体識別番号が無い。それはつまり、存在しないと同じ意味。私がロールアウトされ、はじめて聞いた言葉は祝福ではなく、歓喜でもなく、ただ残酷な呪詛だった。
「ナンデ死ナナカッタノ」のただ一言だけだった。私は呪った。他の何者でもなく、産まれてしまった私自身を延々と呪った。
ある時私は世界という名の機械のパーツはおろか、螺ですらないと気付く。周りの人間に擬態し、結果を残し、誰かに認められようと思った。だが誰も私のことを見ようとはしなかった。
愚かにも、この時初めて親だけでなく世界から必要とされていないと知る。全てが無駄だったとここで知る。
ここで終わらせようか、と何度も考えた。だがその度にあの時死んだ私の片割れが囁くのだ。
「その行動に意味など無い。君が死んでも誰も見向きもしない。いや、それどころか君の死にさえ気付かないだろう。」と。
生きることも死ぬことも意味がないなら私は何をすればいい。
きっと答えなど何処にも有りはしないだろう。
彼等は私に言った。
「オマエハイラナイ」と。「死ニ損ナイ」だと。
いい得て妙だ。否定するつもりはない。全てに否定された私に、何かを否定する権利など与えられていない。
すがるもの全てを失い、この世に留まる意思を亡くした時私はそれを最期の時とし、こう遺しておく。
「私は千早、苗字だ。残念ながら名前は与えられなかったから墓石には、適当な名前を彫っておいてくれ。死ぬ瞬間に初めて私という記号を手にし、存在が認められるなんて最高ではないか。」と。