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魔獣の蠢動(けど、それどころじゃない)

いろいろあって遅れました。

申し訳ございません(。-人-。) ゴメンネ

 休憩を取ったはずなんだけれど、休憩前よりも明かに足取りが重くなったオデット嬢を気遣いながら、さらに地下二階層を下りて地下五階まで足を踏み入れる僕ら。


 アドルフは足手まといだと言わんばかりの視線を時折オデット嬢へ向けては、忌々し気に舌打ちをしていた。


 ――いや、彼女が意気消沈している理由は精神的なもので、お前(アドルフ)の心ない態度や思いやりの足りなさが原因なんだからな! お前が被害者みたいな顔をするなよな!!


 居たたまれない空気に、この場にいるほぼ全員がそう腹の中で思って、微妙に非難する視線をアドルフに向けるのだが、自分のことで手一杯の奴には、なんら痛痒を感じさせないようであった。


 ――こんな鈍い奴だったかなぁ……。


 少なくとも剣士としての資質は一流で、周りの気配や視線には敏感だった(少なくとも一年前は)アドルフのナマクラっぷりに、色々な意味で危惧を覚える僕。

 なんといっても、この辺りになると人跡未踏に近いらしく、モグリの冒険者や調査隊が足を踏み入れた形跡のない危険地帯なのだ。頼りになるのはオデット嬢の知識と、各自の臨機応変な対応力。何よりもチームワークに他ならない。

 だけど、肝心のオデット嬢がイマイチ本調子でない上、心技体がバラバラのアドルフに、なにを考えているのか不明なガブリエルという爆弾を抱えて、なおかつお互いに腹に一物抱えたままで疑心暗鬼の集団……という、およそすべての悪条件が重なった最悪の状況にある。


「――公子様。戦場では『嫌な予感がする』と感じた時に、『手ぶらで帰れない』『戦果のひとつくらい』『もう少しくらいなら』と、粘って下手にこだわると碌な結果にならないのが常です。いまのうちに撤退も視野に入れておいた方が賢明かと」

 シビルさんも同じ懸念を抱いているのか、小声でそう提言してきた。


 途端に僕にしか聞こえない歯車が、選択を促すかのように小刻みに鳴り始める。


「そうだね。責任は僕が持つから、この辺りで一度切り上げたほうが――」

 僕もそれに同意して、他の皆に声をかけようと思い、立ち止まって一同の顔を見回した――すると、どこかで歯車の間に小石でも詰まったかのような、ガリッ! という異物音が一瞬だけ聞こえて歯車の音が止まった――ところで、ガブリエルが怪訝そうに廊下の壁を触っているのに気付いた。


 僕の視線に気付いたのだろう。秀麗な顔を上げたガブリエルは、ひび割れひとつない石の壁を叩きながら、

「失礼しました。この階の壁や天井にコケひとつ生えていないのが不自然に思えましたので」

 そう肩をすくめて理由を口にする。


「……言われてみれば。この階ではネズミ一匹見当たりませんね」

「加えて言うなら、空気が異様に乾燥しています」

 シビルさんも警戒感を露わに周囲を見回し、合わせてエレナが不快そうに、心なしか艶気が失せた自慢の黒髪を一房抓んで、そう付け加える。


 その言葉を受けて、ハタと気付いた侍女を兼ねた女騎士たちが、

「――大丈夫ですか、姫様? どうぞ、水分を補充なされますよう」

 乾燥した空気に荒い息を放つオデット嬢に気付いて、慌てて腰に下げた革製の水筒から水を飲ませようと促す。

 水筒を受け取ったオデット嬢だが、地下に下りて半日以上経過して生温くなった水は嚥下し辛いのか、一口二口飲んで止めてしまった。


「セシーリア、魔術で水筒を凍らせて!」

「冷やし過ぎてはダメよ! 胃や腸への負担が大きくて逆に体に悪いから。常温かやや低い程度の水を飲ませてあげるの。それと合わせて塩分も補充させなさい」


 セシーリアと呼ばれた娘が魔術を使えるのだろう。仲間の指示に従って水筒を受け取った彼女に向かって、シビルさんが機先を制する形で注意を伝える。


「――っ……!? セシーリア、やや冷やす程度に加減はできる……?」

 その問い掛けに無言で首を横に振るセシーリア。

「だ、大丈夫ですわ。これで十分……お水、いただきます」

 彼女たちの焦りと困惑を受けて、オデット嬢が健気に生温い水で満足だと、再度水筒を受け取って口にするものの、それが周りを気遣ってやせ我慢しているは誰の目にも明らかだった。


「とりあえず水に塩と砂糖をひとつまみ入れて、果実の汁で口当たりを誤魔化すのがよろしいかと存じます」

 シビルさんの助言を得て、エレナに頼んで経口で補充できる液体の作成に取り掛かってもらう。


「……まあ、若君にも必要でしょうから」

 基本的に僕以外の人間には無関心な――ジーノ曰く「〈影〉の行動原理は、没人情。まずは情を捨てることですから」らしい――エレナも、そのあたりは割り切ってテキパキと仕事を始めるのだった。


 それから僕はこの機会を利用して一同に、

「そろそろ限界のようだから、ここで無理をせずに余力があるうちに引き返そう」

 と提案をした。


「――なんの成果も得られないで戻るつもりですか、ロラン公子?!」

 難色を示したのはアドルフだけで、他は全員、ガブリエルも含めて理解を示す。


「少なくとも『地下五階(ここ)までは目立った異変は見当たらない』という現場の状況を確認することができたよ。一度の調査でいきなり結果を出せるほど甘くはないってことさ」


 そう控え目に肩をすくめてアドルフに言い聞かせるのだが、奴は早急に結果が出せないことにいたく不満な様子だ。


「……つまり、また、何度か足を運ぶ必要があるということですか?」

 足手まといをつけて? と言わんばかりの眼差しをオデット嬢へ向けるアドルフ。

 エレナの作った経口補水液を、かなり無理して口に運んでいたオデット嬢も、さすがにアドルフの責めるような眼差しの意味に気付いたのか、居たたまれないような表情で力なく俯くのだった。


 ――いや、誰が悪いかと言われれば僕たち全員、チームが悪いんだけどね。


 そう言いたいところだけれど、貴族の名誉にかけて相手を面罵することなどできるわけがない。……まあ、それを言うのだったら、貴族の子息がご令嬢を無下に扱ったり恥をかかせるなど言語道断。必要とあれば〈ラスベル百貨店〉の屋上から飛び降りるくらいの無茶振りも甘んじて受ける度量が必要とされるのだけれど。


「とにかく撤収だ。最短距離を通って戻ろう」

 そう有無を言わせずに僕が結論を伝えると、不承不承アドルフも続く文句を飲み込んだ。

「そのようなわけで、オデット嬢。もう少しだけ我慢していただけますか?」

「は、はい。申し訳ありません……」消え入りそうな声でオデット嬢が身を縮ませて、それから躊躇いがちに付け加える。「あの……上階へでしたら、ここから来た通路を戻るよりも、もう少し行った先に昇降機がございますので、そちらの方が早いかと存じますが……」


 そういうことなら先に進んだ方がいいだろう。

「なるほど」

「なら最初からその昇降機を使えばいいものを!」

 アドルフが忌々し気にオデット嬢を恫喝する。

「す、すみません、ライナー様。昇降機の具合が悪いらしく、外から乗り降りを操作できないようで、前回……記録によれば三年前に、手違いで無人のまま地下五階へ降りたきりになっていましたから」

 自分が悪いかのように何度も謝るオデット嬢。その反面、ここにきて初めてアドルフに直接話しかけられた、その事実に少しだけ精彩を取り戻したようにも見えた。


「ふむ。では、いまもその昇降機がこの階にあるかどうか。きちんと動くかどうかは微妙なところですね」

 迂回したほうが賢明か。

 そう含みを持たせた僕の言葉に、

「あ、でも。ここから本当に五十メトロンほど行った場所にありますので」

 やはり疲れと渇きを隠し切れないオデット嬢が、そう言って先を促す。


「――ならば確認するだけでも確認しましょう」

「あの、それでしたら何人かで偵察するだけでも……」


 オデット嬢の侍女兼護衛で、先ほどの小休止の際に僕たちに差し入れをおすそ分けしてくれたカタリナが、躊躇いがちに……僕から話しかけたわけでもないのに先に口を利く不敬を避けるため(僕は気にしないんだけれど)、シビルさんに提案する形で口にした。


「いや。こういった入り組んだ場所で人数を分散する愚は犯せない。常に全員で行動するように心がけるべきでしょう」

 シビルさんの判断に従って、再度オデット嬢を促して先を急ぐことにした僕ら。だけどこの時、オデット嬢の消耗を考えて僕たちは判断を誤ったのだろう。

 奇しくも先ほどシビルさん本人が口にした、『もう少しくらいなら』という根拠のない理由に拘って、『マズいと思ったら即座に引き返す』その機会を逸してしまったのだ。


 そうして、その後も問題なく生き物の気配すらない通路を五十メトロンほど進んで、ちょっとしたホールになっている円筒形の部屋にたどり着いた。

 見れば部屋の対角線上に昇降機のゴンドラが釣り下がっているのが見える。

〈ラスベル百貨店〉にあるエレベーターと違って、扉は存在しない一見して石造りの箱に見える昇降機で、床との間に若干の段差があって一メトロンほど下がっているので、僕やエレナたちはともかくオデット嬢は乗るのに大変そうな状態だ。


 だけどそれよりも僕たちの目を引いたのは、ホールの右手壁際にコンコンと湧き出している、いかにも清涼で冷たそうな湧き水だった。


「姫様、水です! すぐにお持ちしますねっ」

 ちょっとした泉ほどもある水たまりを目にするや、カタリナは目を輝かせて水辺へと駆け寄って行く。


 カチカチカチカチ……!


 刹那、僕の脳裏で歯車が警鐘のように鳴り出し、『変だ』『こんなに水があるのになぜ空気が乾いたままなんだ』『なぜ水場の周りにコケひとつ生えていない』断片的な疑問がパズルのピースのように浮かんで、形となって結び付くよりも早く、

「ダメだ、近寄るなっ!!」

 そう警告を口に出した――のも一瞬遅く。


「え――!?」

 振り返ったカタリナが泉へあと一歩というところまで近づいた。

 その瞬間、透明な水が一瞬にして獲物に食らいつく蛇のように盛り上がり、鎌首をもたげてカタリナを丸ごと飲み込んだのだった。

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