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迷宮とアリアドーネの糸(おぼつかない蜘蛛の糸)

 学園の地下に存在する《ダイダラ迷宮(ラビリンス)》。

 秘匿されているもののその存在は半ば公然の秘密であり、深層へ行けばいまだ手つかずの先史魔法文明の遺産や財宝が眠るこの時代に数少ない〝いまだ生きた遺跡”――それも一国の王都のど真ん中にある好条件――ということで、考古学者はもとより冒険者や宝探し屋(トレジャーハンター)と呼ばれる盗人の垂涎の的となっている。


 当然のことながらここの所有権はオルヴィエール統一王国にあり、管理は上物(うわもの)であるオルヴィエール貴族学園にあるということになっているので、部外者が勝手に入ることも、内部の石ころ一つでも持ち出すのは禁止となっており、見つかれば即刻絞首刑と決まっている――が、そこは蛇の道は蛇。

 どういうルートをたどっているのか、明かに《ダイダラ迷宮(ラビリンス)》から発見されたと思しき魔術道具や、魔物の素材が定期的に闇市へ流れているのも確かな事であった。


 聞いた話では、中原大陸にある超古代の角錐(かくすい)形迷宮ピューラミス――現地語で『(メル)』とも呼ばれる――の傍には、盗掘目的の連中が集まって村まで作り、何代にも渡って生活を送りつつ、ものによっては三百年もかけて攻略を成功させるという。

 それでいいのかあなた方の人生!? もっと他に有意義な使い道はないのか?!

 と思うけれど、ともかくも異常なほどの執着を見せる人種はいるらしいので、おそらくはここ《ダイダラ迷宮(ラビリンス)》にもその手の人種が集まって、国や学園でも把握していない通路から日夜盗掘に励んでいるのだろう。


 地下通路の三階で朽ち果てている、さほど錆の浮いていない剣を傍らに置いた、頭蓋骨のない白骨死体を眺めながらそんな感想を抱いた僕。

 その傍らで、通路に等間隔で並んでいる発光する石英のような古代遺跡にありがちな照明の下、死体の状況を確認していたエレナが、ふと視線を頭上――地下にしてはかなり高く、暗がりに沈んで見えないけれど、もしかすると地下二階とつながっているのかも知れないそこ――を見上げて、

「――上から来ます。ご注意ください」

 いつもの淡々とした口調でそう一言告げた。


 その警告が終わらないうちに、

「きゃあああああああああああああーっ!!!」

 頭の上から丸太ほどの太さの、ぬめぬめと蠢く巨大な蠕虫(ぜんちゅう)のようなものが、人の頭など一飲みできそうな目も鼻もない口を大きく広げて襲い掛かってきた。

 同時に、愛用の双小剣を交差させたエレナがジャンプ一番――。

 跳び上がって空中で蠕虫の首を三つに輪切りにして、ほぼ同時に僕の長剣が落ちてきた胴体を目についた端から一~二メトロン刻みに刻み、とどめとばかりシビルさんが両手剣で尻尾のほうを叩き潰した。


 エレナの警告から斃すまで、およそ三秒といったところか。

「――ま、こんなもんかな」

「ですね」

 これ一匹を斃したとしても、依然として危険な迷宮の中にいるのは変わらない。

 緊張を解かないまま最小限の言葉を交わす僕とシビルさん。


「……出遅れましたか」

 半ばまで刀身を抜き出した愛用の剣――サイズとしては大剣だが、持っている人物が二メトロンを優に超える巨漢のために中剣にしか見えない――の柄に手を当てた姿勢で、ばつの悪い表情を浮かべるアドルフ・ライナー・カルバンティエ(十八歳)。

 昨年の王都剣術大会で準優勝をした剣の名手ではあるが、試合ではないこうした突発事態に対しては、どうしてもワンテンポ挙動が遅れてしまうようだ。

 このあたりは経験値の差だろうけれど、普段の稽古をきちんとしていれば不測の事態にも、考えるよりも先に体が動くようになるものだ。つまり、アドルフ(こいつ)この一年で格段に弱くなった……少なくとも、戦う者の精神ではなくなったということだろう。


「面目ございません」

 剣を戻しつつ僕に向かってアッシュブロンドの頭を下げるアドルフ。

 それから、背後でいまにも気死寸前で護衛たちに介抱されているご令嬢――先ほどの悲鳴の主であるオデット・プルデンシア・ショーソンニエル嬢(十七歳)――の蒼白の(かんばせ)を、咄嗟の反応が遅れたのはさっきの悲鳴のせいだとばかり、非難を込めた視線で鬱陶しげに一瞥する。


 八つ当たりなんだけどなあ。

 お前が弱くなったのは、オデット嬢が足手まといになっているからじゃなくて、心ここにあらずでいるからなんだ。

 俗に『心・技・体』が揃ってこそ剣士は剣士たりえると言われるけど、いまのお前は空っぽの体と技があるだけだよ。


 そう面と向かって言いたいけれど、いまだ取巻きAとして表向き唯々諾々とエドワード第一王子に従う僕が文句を言うわけにもいかず、次の瞬間にもアドルフの咎める視線を受けて、傷つくオデット嬢の姿を想像して歯がゆく思う僕。

 だが、アドルフの視線に気付いたオデット嬢がそちらへ向き直るよりも早く、

「いや~、鮮やか鮮やか。素晴らしい。さすがは音に聞こえた〈神剣の勇者〉とその従者だけのことはありますね。〈ダンジョンワーム〉をこれほど呆気なく斃すとは」

 この場にそぐわない朗らかな声で、男とも女ともつかない中性的な容姿をした青年――ガブリエル・エンゲルブレクト・アルムグレーン(自称十六歳)――が、小さく拍手しながら護衛の輪の中から前へ踏み出してきた。


 ミネラ公国からの留学生でありながら、魔術や魔物に造詣が深いことから今回の探索に半ば無理やり同行してきた彼。

 てっきりこの機会に《ダイダラ迷宮(ラビリンス)》の内部構造を確認する目的で、ミネラ公国の息のかかった随員を多数取り揃えてくるのかと思ったのだけれど、

「生憎とこの手の探索に向いている人員が手配できませんでしたので」

 と言って単独で同行を申し出たのは意外だった(それが逆に不気味だけれど)。


 その彼が楽し気に僕らの方へと進み出てくるのを、ショーソンニエル侯爵家の護衛とアドルフの随員が、どうしたものかと顔を見合わせ――彼らにとっての守るべき優先順位は、オデット嬢≧オリオール公爵子(僕)>>>アドルフ>ガブリエルなので――とりあえず静観の構えを取ることで落ち着いたらしい。


 で、助け舟を出してくれたものかどうかは不明だけれど、ガブリエルが周囲の視線を一身に浴びる形となったお陰で、アドルフとオデット嬢の視線も逸れて、予想していた悲劇も回避された。


 いまだ床の上でピクピクとのたうち回っている巨大蠕虫の輪切りの傍まで来たガブリエルは、屈みこんで興味深そうにその切断面を観察し始める。


「〈ダンジョンワーム〉。別名『脳味噌喰らいエンセファロン・イーター』。ダンジョンの天井などに張り付いて、下を通った人間の足音を感知して真っ先に首を捥ぐ。そうして残った肉をゆっくりと消化するダンジョンに特有の魔虫ですが、十五メトロンもある大物は私も初めて見ました……実に興味深い」

「ああ、それで頭蓋骨がなかったわけか」

「骨が異様に綺麗に残っていたのも納得ですね。後から肉だけ(ついば)まれたからですね」


 恐れげもなくしげしげと怪異な口吻(こうふん)の辺りを、両手で掴んで観察をするガブリエルが開陳する〈ダンジョンワーム〉の生態に、納得して剣を鞘に戻す僕とエレナ。


 一方、目の間にある〈ダンジョンワーム〉の怪異な姿と、その恐るべき食性を耳にすることで、改めて恐怖を巡らせたものか、オデット嬢は「――うっ」と一声唸って失神しかけた。

 慌ててその傍にいた護衛の女性騎士(オルヴィエール統一王国では、女性の爵号は認められないのであくまで便宜上そう呼ぶだけであるが)が支えて、素早く気付け薬を嗅がせて正気に戻すのだった。


 オデット嬢の随員は六人で、うちふたりが統一王国では珍しい女性騎士であったので(あくまで私兵だろうけど)不思議に思っていたけれど、こうなることを予期して、ショーソンニエル侯爵家で女性騎士を護衛に付けたのだろう。


 なにしろ未婚の女性に男性が勝手に触ることは、本来であればたとえ相手が王族であっても許されることではない。例外として家族と婚約者であれば別ではあるが……。

 その婚約者殿(アドルフ)は、面倒臭そうにそっぽを向いているわけで、心なしかショーソンニエル侯爵家の家臣たちの視線も刺々しい。


 ……せめて形だけでも婚約者にして、主家筋のお嬢様であるオデット嬢を気づかう様子を見せてくれれば、もうちょっと人間関係が円滑になるんだけどなあ。

 アドルフの随員は三人だが、もともと仕えるカルバンティエ子爵家がショーソンニエル侯爵家の寄子ということで、力関係的に風下の立たなければならないため、どうにも居心地の悪そうな顔で、ちらちらとアドルフとショーソンニエル侯爵家の家臣との顔を見比べている。

 立場的に一番弱い彼らが、もっとも心労をため込んでいることだろう。


 ――マズいなぁ……。


 密かに懸念する僕。

 ここ三階層まで下りてくる途中で出会った魔物の類は、ほとんどエレナと僕とシビルさんで瞬殺しているし、罠や抜け道については、この迷宮を代々実質的に管理している(表向きの学園の管理とは別に、超法規的な手段も含めて取り仕切っている)ショーソンニエル侯爵家。そのご息女であるオデット嬢が、普段のポンコツぶりからは考えられない正確さで、微に入り細に入り指示してくれるので、わずか一時間ほどでここまで踏破できたのだけれど、時間が経つにつれて人間関係がギスギスしてきて、どうにも居たたまれない。


 いまのところオデット嬢が、アドルフが同じ空間にいてくれる。それだけで舞い上がって、それはそれは幸せそうな顔をしているので、表立って苦言を呈する者はいないけれど、間に立っている者の方が先にプレッシャーに押しつぶされそうな塩梅だ。

 だから、先ほどオデット嬢とアドルフの間の不協和音がさらに広がりそうな、一触即発の事態を回避できたのは僥倖としか言いようがない。

 いや――。


「……わかっていて、空気を緩和してくれたのでしょうか?」

 両手剣を検分して、刃こぼれやゆがみがないのを確認して背中の鞘に収納したシビルさんが、「ほー、なるほど」と独りで納得しながら、懐から取り出したルーペで〈ダンジョンワーム〉の組織を確認しているガブリエルの背中を眺めながら、小さく僕へ囁く。


「かもね。まあこうして見る限り、単純に好奇心が押さえきれなかった……っていう風にも見えるけど」

 これが演技だとすれば大したタヌキだ。


「いや~、これは貴重ですね。少しサンプルで持って帰ってもよろしいですか?」

「……いや。それはマズいでしょう。ここにあるものは石ころ一つまで国の財産ですから、勝手に外へ持ち出すことは禁止されています。まあ、そこに転がっている遺体の身元を証明するものくらいは、人道的に持って帰るのはやぶさかでないでしょうけれど」


 ガブリエルに訊かれた僕は、通り一遍の答えを返して、この迷宮を実質的に管理しているショーソンニエル侯爵家――直系であるオデット嬢へと視線で伺いを立てた。

 無言でこっくりと頷いて肯定を示すオデット嬢。

 それを見てガブリエルは諦めたのか、軽く肩をすくめて立ち上がった。


「残念ですが仕方ありません。ですが、迷宮から外に持ち出すのがダメなら、中にいる間に消費する分には問題ないのでは?」

「……ど、どういうことでしょうか?」


 ガブリエルが言わんとすることが理解できずに、思わず……という風情で小首を傾げて尋ね返すオデット嬢。

 途端、よくぞ聞いてくださいましたとばかり、満面の笑みを浮かべたガブリエルは、一抱え程ある〈ダンジョンワーム〉の胴体部分を抱え上げるように持ち上げて、

「食べるんですよ。こいつはかなりの美味な上に、栄養豊富で滋養強壮にも効果があるといいますから、この場で焼肉にして全員で食べるというのはいかがですか?」

「――ひっ!?!」

 それを聞いてオデット嬢は、今度こそ完全に気を失ってしまった。


「――おっと。これはしたり。淑女に対して、少々刺激が強すぎましたか?」

 悪びれることなく頭を掻くガブリエルだが、相変わらずその手には〈ダンジョンワーム〉をぶら下げたまま、

「それでは他の皆さんで試食会と行きませんか?」

 にこやかにゲテモノ食を進めてくる。


 護衛たちはもちろんのこと、ここまで無関心を貫いていたアドルフでさえも、辟易した表情で僕に視線で助けを求めてきた。

「――何を考えているのかは不明だけど、少なくとも生粋のサディストであるのは確かなようだね」

 ため息をついた僕は、やんわりとガブリエルを制して、ついでに一度休息を取ることを提案した。


「まだ一時間程度しか歩いていませんし、体力的にもまだまだ余裕がありますが?」

 これまで一度も活躍の機会を得ていないアドルフが不満げに異を唱えるも、

「こういったサバイバル下では人は知らずにストレスを溜めるものです。適度な休憩を取ることは従軍する者にとっては必須であり、任務の一環とお考え下さい」

 こういった環境や部隊を指揮する経験豊富なシビルさんにピシャリと言い含められ、また周囲の同調する雰囲気を悟ってか、しぶしぶ自分の意見を引っ込めた。


「そうですね。人間ストレスを溜めるのが一番怖いですからね。特に今回の任務では《ダイダラ迷宮(ラビリンス)》を知り尽くした、オデット嬢の知識が迷宮を突破できる唯一の『アリアドーネの糸』となるわけですから、十分な安全マージンを取るに越したことはないでしょうからね」


 ちなみに『アリアドーネ』というのは、かつてこの《ダイダラ迷宮(ラビリンス)》に挑戦して、そこから脱出できた〈勇者〉を助けた娘の名前で、その時に彼女は糸玉を彼に渡し、〈勇者〉が迷宮の入り口扉に糸を結びつけ、魔獣を斃した後、糸をたどって戻ってきた故事があり――当然おとぎ話の類である――それに由来して、代々ショーソンニエル侯爵家では直系の娘に迷宮の知識を叩きこむことを身上としているそうだ。


 ま、このあたりも、今回の探索に伴って情報が開示されたわけだけど、そうすると普段オデット嬢がポンコツなのは、迷宮に関する知識を子細漏らさずに覚え込まされている弊害なのかなぁ……でも、なんか本気でポンコツ臭いぞ。と密かに思う僕だった。

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