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勇者の出陣(めちゃコソコソと)

「〝善行に轍跡てっせきなし”と申しますが、かつて数多の国々を震撼させた古代の魔獣。封印から蘇ったそれを掣肘(せいちゅう)する勇者の壮行が、このような人目をはばかるものというのも随分と侘しいものですわね」


 早朝の朝もやの中、動きやすい学園の運動着に革製の軽鎧。腰に長剣を一振り(屋敷の武器庫にあったものを適当に選んできた)、背中にもう一振り装備しただけの身支度を終えて、オリオール家の家紋の入った箱馬車(ブルーム)に乗り込もうとした僕を、見送りに来たルネが見とがめてそう言って嘆息した。


「まあ仕方ないさ。学園地下の《ダイダラ迷宮(ラビリンス)》は、本来は管理しているショーソンニエル侯爵家と王族以外は足を踏み入れること禁じられた禁裏(きんり)の地だからね。問題があったとしても、おいそれと公表するわけにはいかないさ」


 ましてその元凶が、アホ王子とそれに協力した勇者(ボク)のうっかりミスとあればなおさらだ。


「それは理解しておりますが、せめてお義父(とう)様やお義母(かあ)様のいずれかでもこの場にいらっしゃればと、そう思ってしまいますわ」

「そのへんも……まあ仕方ないさ。仰々しいのは苦手だし、それにふたりとも遊んでいるわけじゃないからね。国王陛下と折衝を行ったり、太后陛下にお誘いを受けたりとお忙しい身の上だから」

「お義父様はまだわかりますが、お義母様のほうは絶対にイベント関係の打ち合わせですわ。なにしろあの世界を裏から支配する『ビッグ・マザー』と大幹部『十傑夫人』のひとりという関係ですから」

「なにそれ?」

「いえ、なんでもございません。お二方ともわたくしなどから見れば雲上人ということですわ」


 そう言ってため息をつくルネ。

 そうはいうけどルネもオリオール家本家の娘なのだから、そうそう卑下することないと思うのだけれど、もともと分家からの養女ということでいまだにわだかまりがあるのだろうか?

 この間のルネの誕生日パーティでは、国内外の貴族や有名人、国王陛下夫妻まで招待されてきて、ルネがオリオール家の紛れもない姫君だと知らしめられていて、当人もそれを喜んでいたと思ったのだけれど。


「……ああ、大丈夫ですお義兄様。お義兄様のご懸念とはまた別な意味での疎外感ですので。いわば壁サークルの大御所と、島すら難しい弱小新人の間の越えられない壁と申しましょうか」


 ルネはたまに僕にわからない理由で思い悩むなぁ……。女の子だからだろうか?


「それでまあ華々しくお見送りできずに、こうして人目を忍んでコソコソと火事場泥棒のように出発しなければならないのは理解できるのですが――」

 そう言っておもむろに周囲を見回すルネ。つられて眺めれば、玄関先に集まっているのは、今回の視察? 討伐? に同行するエレナとシビルさん。それと執事のジーノとメイドのアンナ。あとは待機している馬車の御者くらいなものである。

「クヮリヤート一族なり元アナトリア娘子軍(じょうしぐん)組からなり、もう何人かは随員をつけるべきではないでしょうか? あ、無論のことエレナやシビルの腕を信用してないわけではないのだけれど」


 ふたりの方を向いて、そう言い添えるルネの慌てぶりにシビルさんが苦笑して、エレナは特に気分を害した風もなく、飄然と一礼をした。

 ちなみに今回は地下の探索とあって、ふたりともさすがにいつものメイド服とはいかず。

 エレナは黒一色の体に密着した戦闘服を着込み、さらに全身の各所(当人曰く五十六箇所)に暗器や短剣、ナイフ、投擲武器などハリネズミのように装備している。

 シビルさんのほうは、もともとアナトリア娘子軍時代に使っていた鎧を参考に、より強靭な素材の体に密着した白金色の板金鎧をまとい、両腰に長剣を佩き背中に愛用の両手剣。ついでに左手に凧形盾(カイトシールド)を装備するという、完全に僕の上位互換でなおかつ防御に主眼を置いた戦闘を意識していた。


「とはいっても場所が地下迷宮という限定された空間だからね。あまり多人数で行っても身動きが取れないし、万一罠や遊弋(ゆうよく)している魔物の襲撃とかで一部でも分断されたら、その捜索……下手をすれば二重遭難の危険もあるから、少数精鋭で探索するしかないんだ」

 それにこちらは三人だけど、オデット嬢にアドルフ、そしてエドワード第一王子のごり押しで推挙されたガブリエルに加えて、何人か従者や護衛もいるだろうからこれでも多いくらいだ。

「本当は僕ひとりで〈神剣ベルグランデ〉を使って、面倒な罠や階層を一気にぶち抜いて行った方が手っ取り早いんだけど……」


 そうもいかないだろう。何しろ迷宮の管理者であるショーソンニエル侯爵家の御令嬢と、名目上はエドワード第一王子に忠誠を誓う朋友であるアドルフ。そして、他国からの留学生であるガブリエルがなし崩しに同行するよう圧力がかかったわけだし。僕だけのワンマンプレイとは行かない。

 それでわざわざエレナとシビルさんにも付いてきてもらうことにしたのだけれど、これはどちらかと言えば、お荷物(オデット嬢)のサポートと、獅子身中の虫(ガブリエル)に対する牽制の狙いの方が強い。

 なんといってもエレナはクヮリヤート一族というブランド力があるし、シビルさんは豊富な実戦経験と部隊の指揮能力、それになによりガブリエルとも面識があるので、今回出し惜しみする必要がないと判断したからだ(アンナに関しては見た目の押し出し(インパクト)がないのと、地下では弓の腕が生かしきれないと判断したことから、今回は留守番になってもらった)。


「そうですわね。お義兄様が本気になれば一時間とかからないでしょうに。とはいえ、そうなった場合は下手をすれば……いえ、まず間違いなく王家の避難壕でもある《ダイダラ迷宮(ラビリンス)》は崩落いたしますわね。場合によっては上にある王立学園もろとも」

 ルネもそう言って嘆息をする。


 うん。さすがにそれはマズいので、今回は普通の剣(一応は退魔の力を持つミスリル製の剣と強度に不足のないアロンダイトの剣を準備したけどさ)で対応するしかないんだ。


「……ですが、考えてみれば学園上層部も王家も、最悪の場合は〈神剣ベルグランデ〉の使用も視野に入れてるのは確実でしょうね。そのためのお義父様がたの根回しであり、こうして休日の早朝、そして学園内の一斉清掃という名目を立てて、教職員から寮生、用務員の家妖精(ブラウニー)に至るまで、学園の敷地内への立ち入りを禁じているのですから。もうこれは既定路線といっても過言ではございませんわ。あるいは事故に見せかけて、不確定要素であるミネラ公国からの留学生を亡き者にすることも……」


 なるべく自制しようと心掛ける僕の決意とは裏腹に、ルネがまるで悪魔のようにそう心の(たが)を外すべく(そそのか)す。


「いやいや! 普通に何事もないのが一番だよ。それに魔獣だって実際に封印を破って復活したのかどうか、不明なままなのだからね。杞憂ってこともあるだろうし、いくらなんでもそこまで悪辣な真似はしないよ!」


 そこらへんをきちんと周知できるように僕が大きめの声で断言すると、ルネは訳知り顔で頷いて同意を示した。


「……ええ、わかっておりますわ。お義兄様の崇高なお志は。ですが他人までそうだとは言えません。――エレナ、シビル。万一のことがないようにお義兄様の背中をお守りくださいね。お義兄様は人が良すぎて、他人の悪意に無頓着なところがあるので注意してください。お義兄様>オデット様の優先順位を誤らないようにお願い。あと、最悪他の面々は切り捨てても問題ありません。特に件の留学生が怪しい動きをすれば、即座にこれを排しても構いません」

「わかりました。お任せください、ルネお嬢様」

「簡単明瞭ですね。あと魔獣の名前はボゲードンだったと思いますけど」


 ルネのぶっちゃけた(げき)に対して、エレナは当然という顔で淡々と、シビルさんは軽く肩をすくめて気楽に答えるのだった。

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