時には荒療治も必要です(嫌な予感しかしない)
お待たせしました!
とりあえず下手な鉄砲も数撃てば当たるとばかり、オデット嬢の興味を引きそうな事柄を探ってみることにしたルネたち。
ま、通常の貴族の御令嬢であれば、他人の噂話にファッション、演劇といったところが鉄板だけれど、幸か不幸かそういった通俗的な趣味には興味のないルネたち――
「ま、別な意味でルネお嬢様は通俗趣味の最先端を走っていますが……」
エレナが何やらボソリと呟いたけれど、ともあれ贅沢品などは全員があまり興味がないようで、あっさりと選択肢から外してそれ以外の手軽に行える趣味の模索をすることになったらしい。
ついでに言えばファッションに関してもまた、ルネ、ベルナデット嬢、エディット嬢ともに、自分の趣味を他人に押し付けるのを良しとしない(逆もまた然り)自立自存を主義としているので、「流行だから」「周りが付けているから」というフワフワした理由で、他人のコーディネイトにとやかく口出しはしないのだ。
勿論、オデット嬢から話を振られたり、助言を求められればきちんと答えただろうけれど、彼女にはそうした自主性があまり感じられず、嫌々とまでは言わないまでも常に受け身の姿勢は、傍らで見ていて少々危なっかしくも歯がゆく思える。
念のためにちょっと離れた場所から様子を窺っていた僕ですらそう思えたのだから、直接相手をしている三人はなおのこと、相当に手古摺っているようで、段々と鬱憤と焦燥が溜まってストレスを感じているように見えた。
で、いっそ他人の感情の機微に疎ければ逆に幸せだったのかも知れないけれど、得てして不器用な人間は他人の顔色――特に負の感情――を窺う能力に長けているようで、そうした周りの雰囲気を感じ取ってオデット嬢はなおさら萎縮して、余計に失敗を重ねる結果となってしまった。
幾つか例をあげるなら――。
「簡単に体を動かす遊びはいかがですか? 最近、巷で流行っている遊びで『輪回し』と申しますの。この金属の輪を先端が二股に分かれたこの棒で転がして、輪を倒さないように競争をして進む遊びです」
そう前置きをしてからエディット嬢が、持参したらしい直径一Mほどの樽にはめる箍に似た細い金属製の輪と、その五十CMほどの木の棒を取り出して見せた。
それからその場で簡単にやり方を実践して見せてくれる。
「――ねっ、簡単でしょう?」
なるほど、これなら子供でも簡単にできそうだ。
「人数分は準備してありますから、外に出て競争しませんか?」
ということで屋敷の庭に出て、ルネ、エディット嬢、ベルナデット嬢、オデット嬢とで横一列になって競争を始めた。
ベルナデット嬢はいとも簡単に(そして退屈そうに)エディット嬢の真似をして見せ、ルネは最初こそ危なっかしかったものの、程なくコツを掴んで器用に輪をコントロールすることができるようになった。そして、肝心のオデット嬢と言えば……。
「――え……うそっ、なんで?! そっちっ行っちゃ駄目~~っ。ひえぇ……いや~~ん!」
エレナ、シビルさん、アンナのいずれも運動神経抜群のメイドが三人がかりでついているのに関わらず出鱈目に、そしてまるで狙っているかのように、三人の死角を突いて明後日の方向へと逸れまくり、挙句の果てに、
「きゃあああああああああああああっ!?!」
頭から植え込みに突っ込んで、ものの見事にスカートを逆さまにしてヒップを丸出しにしてくれた。
「…………」
その光景に背を向けながら、僕は深い深いため息をついた。
続いて――。
「オデット様はあまり運動は得手とされていないようですので、ここは簡単にあやとりなどはいかがでしょうか?」
部屋に戻ってそう提案したのはルネである。
それから背後に控えているエレナに目配せをすると、
「――それでは僭越ながら、私が簡単な手本をお見せいたします」
前に進み出て一礼をした。
「――では」
エプロンのポケットから取り出した赤い毛糸の紐で作った輪を両手に通して、流れるような動作で一本の紐を目まぐるしく組み合わせる。
「秘技・踊る蝶」
複雑な紋様を象った翅の蝶がその場に現れた。
「「「「「「「おおおおおおおお~~~~っ」」」」」」」
期せずして僕たちの唇から感嘆――いや、驚嘆の声が上がった。
さらにエレナはその状態から紐をより複雑な形へと変化させる。
「奥義・荒ぶる鷲」
猛々しく翼を広げた猛禽の姿が、ほとんど立体で浮かび上がった。
「「「「「「「すごぉぉぉぉ~~~~いっ!」」」」」」」
「秘奥義・大銀河」
もはや表現する言葉もないほどのパノラマが、たった一本の紐から作られたのだった。
「「「「「「「うわあああああああああああ!!!」」」」」」」
感動で言葉にもならない僕ら。
「――お粗末様でした。と、かようにあやとりというものは奥が深いものですが、今回は初心者の方も多いようですので、まずは基本の『梯子』から初めて、『カニ』。さらに連続技として、『ブランコ』→『糸まき』→『とんぼ』ができるようにしたいと思います」
事も無げに妙技を披露したエレナが、その場で人数分の紐の輪を作って手渡す。
まあ、さすがにこれで失敗したところで、さきほどのような醜態を見せることは……。
「いやあああぁぁぁっ!! 見ないで、こんな私を見ないでくださいまし……きゅうぅぅぅ……っ」
五分後――。
何をどうやったのか全身を自分の紐で巻き付かれて、ギュウギュウと体の線もあらわになったオデット嬢は、羞恥のあまりその場に卒倒した。
がんばって気を取り直して、
「……あー、んじゃもう小動物でも愛でるとか?」
やや投げやりな口調でベルナデット嬢が提案した言葉に従って、アンナが密かに拾って飼っていた仔猫三匹が連れてこられ、
「「「きゃあ~~~っ、可愛いっ!!」」」
ルネ、エディット嬢、オデット嬢が声を揃えて一斉に甘い嬌声を上げ、
「可愛いですわ~。『借りてきた猫』という諺がございますが、元気で毛糸玉が動き回っているみたいですわ~っ!」
「雑種のようですが、この毛並みと顔立ちからして、おそらくはオルヴィエール固有種の割合が五割と、残りが商人や船乗りが運んできた……」
文字通り猫っ可愛がりするルネと、興味深そうに隅から隅まで観察をするエディット嬢。
ベルナデット嬢は、「あたしが弄ると壊れそうだから」と、傍観の構えだ。
で、問題のオデット嬢はと言えば――。
「いや~ん! ダメよ、ダメダメ、猫ちゃん。駄目~~~~~ッ!!」
手を滑らせた猫がドレスの胸元に入り込んで大暴れ。結果、ドレスが着崩れして肌もあらわに上半身を衆目に晒す状況へと発展したのだった。
三十分後――。
本日だけで百年分は使用したのではないかと思われる、我が家の失神ソファの横になって気を失っているオデット嬢の枕もとで、沈痛な表情で彼女の容態を窺っていたルネが、
「――エレナ」
「御意」
阿吽の呼吸で呼ばれたエレナが、銀色の円盤に乗せた銀のスプーンを差し出す。
無言のまま受け取ったルネが、それを無造作に床に投げた。
文字通り『匙を投げた』という意味だろう。
「私にも貸していただけますか?」
「あたしにも頂戴」
エディット嬢、ベルナデット嬢ともどもスプーンへ手を伸ばす。
「えー……いくら何でも無責任じゃないかな。こっちから呼んでおいて」
さすがに僕が一言抗議をするも、
「そうはおっしゃいますが。オデット様のウッカリ具合はもはや一種の才能、あるいは芸風ですわ。人事は尽くしました、もはやかくなる上は『アドルフ様はオデット様に飽きられましたので、すっぱり諦めて婚約破棄された方が建設的ですわよ』と、面と向かって事実を告げるぐらいしか方法は残されておりません。それともわたくしの実益を兼ねた趣味である射撃訓練でもさせますか?」
「いや無理だろう! あやとりや仔猫の相手ですらアレなんだ。銃なんて扱ったらうっかり自分の頭を撃ち抜きかねない……いや、銃が暴発してなぜか衣装だけが吹っ飛んで素っ裸になる可能性の方が高いか?」
普通ならあり得ない可能性だけれど、オデット嬢の場合は高確率でやりそうで怖い。
「それにしても、まさかオデット様がここまでドジ……あ、いえ、失態の多い方だとは思いも知りませんでした。学園では目立たないなりに卒なく学科などはこなしていると見えたのですけれど――あ、もしやして、婚約者のアドルフ様がひたすら体を鍛えてらしたのは、普段からオデット様をお守りするためだったのではないかしら? ここにきてそのフォローがなくなったのでメッキが剥がれただけで」
エディット嬢の結構身も蓋もないボヤキに、ベルナデット嬢が言葉を挟む。
「ま、もともと貴族の令嬢としての技能は、生まれながらの蓄積でどーにかなってたんだろうね。他の御令嬢同様に。ただ問題は、応用性が皆無なのと、本人にやり気が欠片もないので、これ以上無駄な努力をするなら、すっぱりと事実を告げるのも慈悲ってもんだよ」
「そうですわ。時として優しさが人を傷つける場合もございます。状況に応じて荒療治も必要ですわ」
「そうですね」
「そうそう。――と、いうことで、オデットが目を覚ましたらよろしく頼むわ、ロラン公子」
それが当然という顔でいきなり僕に問題を丸投げしてくれるベルナデット嬢。ルネもエディット嬢もそれに合わせて頷いていた。
「いやいや! なんでそんな役目を僕が受け持たなければならないわけ!? 『女は女同士でどうにかする』って、最初に明言していたよね?!」
「それはそれでございますお義兄様。女同士は今後も大事なお付き合いがございますので、『貴女振られましてよ』と、面と向かって忌憚のない意見は言い辛いのですわ」
「……つまり僕に悪者になれ、と」
話は分かるけどなんか釈然としない役割分担だな。
「そういうこと。ああ、でもそのまま直線ど真ん中で斬り込まないでね。女の子はいろいろと繊細なんだから」
「男の子も男の子でいろいろと傷つきやすいんですけどねー」
その上で注文を付けてくるベルナデット嬢に、思わずボヤキ返したところで、「……ぅぅぅぅぅっ……」すぐ傍らから声を押し殺したうめきのような涙声が漏れ聞こえてくることに気付いた僕ら。
恐る恐る視線を落としてみれば、失神ソファに横になっていたオデット嬢が、いつの間に目を覚ましてさめざめと涙を流して慟哭していた。
「ううううう……やはり……やっぱり、アドルフ様は私のことを足手まといだと思われて、嫌いになられたのですね……」
そうこの世の終わりのような悲痛な表情で、泣きながら呟くオデット嬢。
((((やばい……!!))))
結果的に全員共犯のど真ん中で事実を告げる形になってしまった僕らは、お互いに顔を見合わせ視線で誰がどう言葉をかけるべきか牽制し合うのだった。
『お義兄様出番ですわっ』
『いやまて、ここから挽回する魔法の言葉なんてないよ!』
『面倒臭いわね。この際、さっき言った荒療治で一切合切喋ったらいいんじゃないの』
小声でお互いに矛先を向け合う僕ら。
『……荒療治? あ、もしかしてあの件が使えるかも?』
と、何やら考え込んでいたエディット嬢が何か思いついたらしく、小さく頷いてひとつの提案を出したのだった。
その途端、久々に歯車――それも思いがけない箇所の、思いがけない機構をつかさどる車輪――が、連動して動き出した音が聞こえた。
本日の活動報告において、来月発売予定の書籍版『王子の取巻きAは悪役令嬢の味方です』のキャラクターラフの一部を公開いたします。
吉田依世先生の手になる美麗なキャラクターは必見です!




