お嬢様方の恋愛講座(初級編)
目標が決まればさすがはオルヴィエール統一王国最古最強、そして最大の〈影〉の軍団を統括するクヮリヤート一族。その動きは迅速である。
一時間もしないうちに広間に運び込まれた大テーブルに詳細な地図が広げられ(このレベルの地図は国家機密で本来は軍部にしかない)、その上に現在のロズリーヌ第三王女一行の位置を指す赤いピンが立てられ、『近衛騎士一個小隊十二名、騎兵五十名、弓兵三十名、従者及び侍女四十名、馬車二十台』と言う注釈が付けられ、さらに今後の予想進路、さらに逗留する予定の宿泊場所、そして途中で遭遇するかもしれない可能性のあるアクシデントの特定がなされていた。
そういった細々とした内容の詳細が書かれたメモが、ところ狭しと並べられ刻一刻と変化する地図上の情勢を前にして、
「くっ……いま……いまなら、ここの崖をちょっと爆破するだけで全員を生き埋めに……いえ、隊列に加わっている内通者を通じて、この町を拠点にしている盗賊〈野豚団〉を焚きつければピンポイントで邪魔者を拉致監禁……」
「もしもーし、ルネ様。正気に戻ってください。本音が駄々洩れですよ~~っ」
未練がましくロズリーヌ第三王女を人知れず排除する方策を検討するルネ。そして、その暴走を抑えるべく傍らでブレーキをかけるエディット嬢。
予定としては現在の快晴の天候が続くようなら、あと十日ほどでロズリーヌ第三王女は王都へ帰還するはずである。
逆に言えばまだそれだけ猶予があるというわけだけど、どーしたものかなぁ。
「そもそもなんでこの時期に蟄居させられていたロズリーヌ第三王女が戻ってくるのかなぁ……」
ただでさえ忙しいこの時期に。と、八つ当たり気味に慨嘆する僕。
「名目上は本来、先月に行われる予定だったジェレミー第二王子の十六歳の誕生パーティ……まあ、王族とはいえ公の場に出ることのない方ですので、あくまで内輪だけのホームパーティのようなものだそうですが。それが当人の体調問題で延期していたため、快気祝いを兼ねて行うのに合わせて、お祝いに呼ばれた……ということになっています」
と、エレナが事前に準備していたように(実際、準備したんだろう)、するすらと淀みなく答えてくれた。
「名目上ってことは、実際の思惑は別にあるわけかな?」
そう僕が重ねて聞くと、「勿論です」と間髪入れずにエレナは首肯するんだった。
「実は現在、元老院の一部から我が国とミネラ公国――具体的には即位したばかりの公王と、個人的な誼を結ぶべきではないか。潜在的敵国から縁戚関係に移行させたほうが得策ではないか。という日和った意見が出ていまして」
「――それはつまり、あの淫乱王女をミネラ公国の公王へ妃としてあてがう思惑がある。そういうことですのね!?」
即座にその意図を酌んだルネが喜色満面……とまではいかない。微妙に後ろめたそうな表情で、それでも取り繕った明るさで、「やった~っ、お邪魔虫が一匹片付きましたわ~!」と、快哉を叫んでいる。
「う~~ん、貴族や王族の子女に恋愛の自由はほぼないとは理解しておりますし、慶事として国民及び貴族としてお慶び申し上げねばならないとは思いますが」
「なんか釈然としないねぇ」
一方エディット嬢、ベルナデット嬢ともども微妙に浮かない顔である。
「と言うと?」
僕の問いかけにふたりとも示し合わせていたかのような阿吽の呼吸で答える。
「お話を聞く限りロズリーヌ王女はロラン様に思いを寄せていらっしゃる。それもルネ様が鬱陶しがるレベルで首ったけなのですわよね? そうしたお気持ちを斟酌しますと、同じくロラン様に思いを寄せる立場としては、国益のためとはいえ王女殿下のお気持ちを無碍にするというのはいかがなものかと」
「そうそう。ましてあたしらは禄でもない婚約者から解放されて、こうしてロラン公子の側妃の地位が確定してるわけじゃん」
「いや、もろもろ含めて確定しているわけではないと、前提が変だといつも口が酸っぱくなるほど言っていますよね……?」
僕の文句は当然のように全員から受け流され――おかしいなー。ここ僕の家で、ここにいる女性陣全員が僕側の筈なんだけど、なぜか敵地の洗礼を受けている気がする――ベルナデット嬢が続けるのだった。
「その立場からすれば、本人に落ち度や瑕疵があったわけでもないのに」
「「いや、本人の性格や言動に落ち度も瑕疵もあります(わ)」」
僕とルネの反論も華麗にスルーして続けられる。
「未婚の王女であるからという理由で、まるで生木を引き裂くように恋する相手から無理やり引き離され、見ず知らずの他国に嫁がされるって聞いちゃあ、こりゃ気の毒としか思えないわ」
「「う~~~ん……」」
思わず僕とルネは視線を交差させて唸った。
確かに字面だけ見れば悲恋であり、可能であればどうにかしてあげたい……と思う反面、相手があの王家の恥部(文字通り)にして歩く下ネタ兵器廠とも言うべきロズリーヌ第三王女かと思えば、いまいち興が乗らない。
だいたいがもともと僕に心酔するようになった切っ掛けが、大巨獣に踏みつぶされそうになっていたところを助けたのが縁となってしまったのだから、ここで下手に仏心を出して再度助けの手を伸ばしたら、絶対にいまよりも色々と拗らせること請け合いである。
わざわざ自分から焼けぼっくいに火をかけ、ついでに油をかけた火事場に飛び込むようなものだろう。大火傷だ。
「――あ、だけどさ。ロズリーヌ第三王女とはもう一年半も会っていないわけだし、冷却期間を置いた現在は彼女ものぼせ上った頭も冷えているんじゃないかな? だからこそ元老や国王陛下も彼女を呼び戻した可能性も」
一縷の望みをかけて、そう僕が希望的観測を口に出した途端、
「「「「「「ないない。あり得ない(わ)(わね)(です)」」」」」」
即座にそれを一蹴する室内の女性陣(ルネ、エディット嬢、ベルナデット嬢、エレナ、シビルさん、アンナ)たち。
「まったく、これだから男って連中は……」
「恋する乙女の気持ちを甘く見てますよね」
ベルナデット嬢は「は~~」と、広げた羽扇子の向こうでため息をついて、エディット嬢も深々と同意を示す。
「まあ普通の恋愛でも、どうしたって気持ちが揺れる時ってものはあるものなんですよ。だいたい三ヶ月、半年、1年くらいのペースでしょうかね。その時に対処を誤ると別れることになるのですが、ただこの場合は……」
「そうですね。本来が冷静になる機会を得る前に相手が手の届かない場所へ行ってしまった。そのことが逆に思いを深める結果になってしまったのではないかと」
訳知り顔でシビルさんが恋愛についてのノウハウを語り、さらに補足としてアンナがロズリーヌ第三王女の気持ちを推し量る(ちなみにふたりとも年齢=彼氏いない歴だった筈だけど)。
なにか釈然としない周囲の反応に憮然とする僕に対して、
「つまり、期せずして倦怠期のカップルに有効な『焦らし作戦』を実践してしまったわけです」
既定の事実といった口調で話を総括するエレナ。
思わず「なにそれ?!」と確認をする僕を、なぜか女性陣が阿呆の子を見るような目で見る。えっ!? これ聞き返す僕って非常識なの!?
「では、いまいち乙女心に無理解なお義兄様にご説明いたしましょう」
満を持して……と、いう面持ちでルネが口を開いた。
「仮にお義兄様に恋人がいらしたと仮定いたします。お互いにラブラブでしたが、お付き合いをしだして三ヶ月ほどしたところで、その方が急に距離を置き出しました。さて、お義兄様はいかがなされます?」
「ふむ……? 理由は?」
「特に明確に……ああ、他に好きな方ができた。当人の口からは明示されませんが、間接的な情報や証言からそのような結論を得たといたします」
なんだかその状況って、アドルフとオデット嬢みたいな関係だね。となると……。
「きちんとした話し合いの場を設けて、お互いの気持ちの折り合いをつける?」
途端、室内の女性陣が一斉に「はっ――!」と、鼻で笑って肩をすくめた。……なにげに腹が立つな。
「不正解ですわ。それではお互いの気持ちがすれ違ったまま、失恋街道をまっしぐらに転落すること請け合いですわね。それに、仮に万が一それで運よく復縁できたとしても、また時間が経てば『得魚忘筌』……いえ、この場合は『喉元過ぎれば熱さを忘れる』でしょうか。また同じことの繰り返しになる危険性が高いですわ」
「そうそう。興味の薄れた相手からアプローチされても鬱陶しいだけだし、だいたい自分に未練たっぷりな様子を見せるのは悪手ってものよ。相手がマウントを取って図のぼせるだけだからね」
すかさずベルナデット嬢が補足する。
「つまり、オデット嬢みたいにストーカーじみたやり方は――」
「一番マズいやり方ですわ。大失敗ですわね~っ」
ふ、やれやれ……とかぶりを振って、ため息をつくルネ。
「そもそも復縁はお互いに相手を大切に思う気持ちがあって初めて実現するものです。一度気持ちの冷めた相手と復縁したいのでしたら、冷めた相手に別れた相手を「あんなに魅力的だったのか」「手放すんじゃなかった」と思わせることが最重要なのですわ」
まるで百戦錬磨の恋愛のプロのように蘊蓄を語るルネ(十四歳)。
「……まあ女は大抵耳年増ですから」
そんな僕の心情を斟酌したのか、エレナがボソリと呟く。
「これがいわゆる『焦らし作戦』ですわ。つまり、あえて自分からはコンタクトを取らずに、それでいて別れた後に趣味や異性と親し気に、なおかつ楽しい自分を見せつけることが大事なのですわ。そうやって意図的にコントロールして情報を小出しにすることで、もう手の届かなくなった相手に、「こんなに素敵な人だったのか」「あの時別れなければ」「惜しいことをした」と後悔させることが出来れば九分九厘成功です。そのタイミングを狙って再会を果たせば、自然と相手の方から復縁を求めるようになるに違いありません」
「そうそう。女の方の価値を下げずに、逆に希少価値を上げておけば、その後も男の方のコントロールも容易だからねえ」
「へ~~……」
ルネとベルナデット嬢の説明を受けて感心するべきか、女性って皆こうして駆け引きを駆使しているのかと畏怖するべきか、そんなことを思いながらお座なりに相槌を打つ僕だった。
「……つまり、今回のロズリーヌ第三王女の蟄居謹慎に関しては、冷却期間を置いて頭が冷えたどころか、期せずして『焦らし作戦』を実行してしまった形になってしまったので、逆に彼女の中の僕のレートが上がってしまった可能性があるってこと?」
「そういうことですわね。お義兄様に関する評判は、この国にいればいかなる辺境にいても耳に入るでしょうし。ましてここ三月ほどは〈神剣ベルグランデ〉を使用したり、〈剣鬼〉を相手取ったりと頻繁に話題になっていましたので、あの雌犬王女のことですからもはや手のつけようのない状態かと……」
その推測が正しいとすれば、その精神状況で他国へ政略結婚を持ち込まれた場合、ロズリーヌ第三王女がどう弾けるか。
「「「「「「「う~~~~~~~~~~~~~~~~~~む」」」」」」」
考えれば考えるだけ切羽詰まった状況を前に、この場の全員が深刻な表情でうめき声を漏らすのだった。
話が進まないです(´・ω・`)
次回は4/26(木)頃更新の予定です。




