嵐を呼ぶ王女の帰還(また面倒な相手が…)
なんぞ面白い話はないのか? ロレーナの領地はどこなのじゃ? しかし美人じゃのォ、さぞかしモテるであろう――と、小さな膝の上にペットの〈剣歯猫〉を乗せ、次から次へと興味津々尋ねてくるナディア姫。
当然ながらあまり詳しい身の上話をするわけにもいかず、やむなくロレーナとして遭遇した事件――《ストロベリー・フィールズ》の一件を、世間話として話せる程度まで希釈して話し始めることにしました。
「――と、乙女の危難に憤慨した【暗黒魔竜ブリンゲルト】が、悪漢どもに掣肘を下さんと大暴れをして」
「ほうほう、それでそれで!!」
案内された翡翠宮の応接室のひとつで、お客様待遇で接待を受ける形で、木のぬくもりが優しいウォールナット材のテーブルを挟んで椅子に腰かけて、上座に座るレティシア太后陛下とナディア姫相手に、いつの間にか本腰を入れて熱弁を振るう僕。
ちなみにこの部屋はレティシア太后陛下のプライベートスペース扱いらしく、華美虚飾を排したいかにも気取らない彼女の人柄が感じられる、こじんまりとした非常に居心地の良い空間で、多少羽目を外しても問題のない空気を醸し出していました。
また、この場に招待することで、事情を知らない女官や侍女たちに対して、「この娘はどこの馬の骨ともつかぬ相手ではありませんよ」と、以前から個人的な親交があったことを示す狙いもあるのだろう。
もっとも現段階ではそうした不信は完全には払拭できないようで。壁際に並んでいる女官や太后様付きの侍女たちは、胡散臭い――可能ならばこの場で眉に唾をつけたいような――冷ややかな眼差しで、僕の語る冒険譚を聞き流しているようだった。
ま、当然といえば当然かな。逆にそうでなければ離宮の警備体制に疑問を抱くところである。
「――ということで無事に悪徳の町は正常化されて、ナトゥーラ王国の魔の手を退けたラヴァンディエ辺境伯家は結束を取り戻し、領内の治安は保たれのです」
「おおおおおおお~っ。大活躍ではないか!」
「ええ、本当に。ラヴァンディエ辺境伯領のことについては通り一遍の報告は受けていましたけれど、実際に現地で確認をした当事者からの話は、より明確で臨場感がありますね」
と、話を締め括ったところ、満面の笑みでナディア姫は喝采を送ってくださり、太后様は訳知り顔でそう頷かれた。
ふむ、お二方の反応を伺う限り、ナディア姫はこの話はまったくの初耳の様子。そうなるとあの組織――あるいはその裏で暗躍していたであろう、海洋国家アラゴン交易国本国との関連は(少なくとも本人には)限りなく希薄ということだろう。
太后様は……韜晦しているけど、実際はかなり詳細な内容まで掴んでいるな、こりゃ――と、直感的にそう感じた。
名目上は離宮に引きこもって、いまや表の政治の世界からは離れた形になっているけれど、流石は前王妃様だけのことはある。おそらくは彼女の目となり耳となる者は、いまだ王宮内に相当数いるということだろう。
そういえばエレナも言ってたっけ、
「メイドネットワークは侮れないものがありますからね。殿方の醜聞はもとより、閨房での性癖までほとんど掌握してますよ」
という……ならばこの男子禁制の翡翠宮に集まる情報は、必然的に凄まじいものがあることだろう。そしてこの離宮の女主人なのは太后様。王宮内の出来事はすべてこの方の掌の内ということか……。
そう畏怖と感慨を新たにした僕に向かって、ナディア姫が爛爛と目を輝かせて、
「のう、ロレーナ。いまの話に出てきたリャパウン人の子供であるが――」
「……ああ、はい。ヨータ少年ですね」
別なことを考えていたせいで、通り一遍の返答になってしまった。
「うむ。そのヨータとやらと付き合う気はないのか? もう接吻くらいはしたのであるか?」
「「「「「――ぶっ!!?」」」」」
斜め上の質問に、思わず壁際に並んでいた侍女たちと一緒に絶句する。
「――いやいやいやいや」
興味津々身を乗り出すナディア姫と、面白そうに「あら興味深いわね」と続きを促してくる太后様。そして、『余計な事吹き込むんじゃないわよ、新人っ!』という目で牽制する侍女たちの視線にさらされながら、慌てて手を振って全否定する僕。
「ないですよ。男どう……じゃなかった、相手はまだ十二歳の子供ですよ。私とは五歳も違ってますから!」
「五歳くらい許容範囲であろう。わらわと許嫁であるシャミナード子爵家の嫡孫マクシミリアン殿とは七歳違いであるぞ。それともやはり物足りぬかや? わらわのような子供が相手では……」
僕の言い訳を前にして、一転して悄然と肩を落とすナディア姫。
「そのようなことはございませんわ、御姫様!」
「殿方が五歳年下なのと、七歳年上なのではまったく意味が違いますっ」
「おまけに相手は平民、それも解放奴隷とあってはとてもとても」
「そうした意味で『あり得ない』と言ったのでございますよ。――ねえ?」
有無を言わせない目付きで同意を促されて、僕は「ソノトオリデス」と、機械的に頷くことしかできなかった。
なだめられ慰められてどうにか気を取り直したナディア姫は、それでも若干心細そうな……すがるような眼差しで質問を重ねてくる。
「のうロレーナ。ロレーナはマクシミリアン殿と面識があろうか? 人づてに聞いた噂では、明るく品行方正でエドワード殿下やロラン殿とも親しくされている好男子――とのことであるが」
刹那、マクシミリアンの何も考えてないような太平楽な顔が脳裏に浮かび上がった。
嘘ではないけれど事実の一面でしかないなぁ……。
まあ箱入りのお姫様に婚約者の悪い噂を吹き込むわけにはいかないだろうけどさー。
実物を見た際に幻滅しないように、多少なりとも注意しておいたほうがいいかな――と、思った僕だったけれど、その気配を察したのか再び侍女たちが、『下手なこと喋るんじゃねえぞ、ゴラッ!!』と、視線で威嚇してきたため、
「……え、ええ、と。申し訳ございません。私はマクシミリアン様にお会いしたことがございませんので、ナディア様のご期待には沿えないかと……」
しどろもどろに(確かに“ロレーナ”が会ったことはない)弁明すると、
「……そうか。残念であるな」
ナディア姫もそれ以上拘泥することなく、嘆声とも安堵の吐息とも取れる息をひとつ吐いて椅子に座り直した。
白けた空気が室内に蔓延しかけたところで、応接室の廊下に面した扉から控えめなノック音がして、侍女のひとりが扉越しに一言二言やり取りをしてから、太后様へ向き直って伺いを立てるのだった。
「――太后陛下。マリー・ルイス侍女長と使いの者が『灰天の塔』よりお戻りになられたそうです」
「あらそう。引きこもりの孫は一緒ではないないの?」
「いえ、いらっしゃらないようです」
「ふん。相変わらずねえあの子は(……せっかく初恋で意中の相手が足を運んでくれたっていうのに、大方薬でも盛って意のままにする魂胆だったんでしょうね。正しく純愛なら性別を越えて応援もしたっていうのに)……まったく」
案の定といった感じで鼻を鳴らす太后様。あとついでに何か抜き差しならぬことを呟いていたような気がしたけれど、さすがにこの距離ではニュアンスくらいしか感じ取れなかった。
「まあいいわ。マリー・ルイスには無駄足を運ばせてしまった詫びを言いたいから呼んでちょうだい。――ロレーナ、あなたにも余計な手間を取らせてしまったわね」
軽く頭を下げられた太后様の畏れ多い態度に、僕は弾かれたように立ち上がって膝と腰を折った。
「と、とんでもございません! こちらこそ太后陛下のお手を煩わせたこと、斬鬼の念にたえません」
「ふふ、そう畏まらないで。それにしても我が孫ながらどこで教育を間違えたのからね。親が甘やかし過ぎたのかしら? そういえば謹慎させられていたロズリーヌも、近く王都へ戻されるみたいだし……」
「……え……?」
何気なくポロリとこぼされた重大情報に、僕は自分の耳を疑う。
「ほう、ロズリーヌというとロズリーヌ第三王女であるか? わらわは寡聞にして詳しくは存じあげぬが、ロラン殿と一時期ロマンスが報じられた王女というではないか。楽しみであるな――ど、どうしたのじゃ、ロレーナ!? 急に蹲って。気分でも優れぬのか?!」
知らないうちに床に手を突いていた僕。
慌てる周囲の様子を硝子の向こうのようにぼんやりと瞳に映す。僕の脳裏を占めていたのは、
(ロズリーヌ第三王女が帰ってくる!? あのお騒がせ王女が!?! なんてことするんだ!!)
そのこと一色だった。
パソコンを変えたら付属の無線キーボードがいままでより一回り小さくなったせいか、やたら誤字が増えてしまいました(´・ω・`)
4/15 誤字脱字修正いたしました。
4/15 ご指摘により再度修正いたしました。
4/16 まだあったので修正しました(゜∀゜)アヒャ
次回は、4月17日(火)更新予定です。




