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side:遠い国から来た諜報員(実は〇〇だったのです)

「ガブリエル殿はこの後、ご予定がおありですか? 宜しければ拙宅で晩餐でもいかがですか?」


 と、いうようなお誘いを、すでに挨拶を済ませているエドワード殿下以外の全員から受けた私――ガブリエル・エンゲルブレクト・アルムグレーン――は、恐縮したていを装って一同の顔を順に見回しました。


 ――ふふっ、必死ですね。どうやら先ほどの私の占星術の結果がよほど気になると見える。誰が裏切り者であるのか、より詳しく知りたいといったところでしょうか。脆弱……実に脆弱な集団ですね。


 これが平和ボケ、大国ボケといったところでしょうか。我が国の貴族の御曹司であれば、常に最悪の事態を想定して(この場合は自分以外の全員が裏切っているという可能性を念頭に)水面下で即座に行動に移っているものですが、なんとも長閑(のどか)というか、手応えのない相手であることか。


 そうした内心をおくびにも出さず、今回は断腸の思いで辞退しなければならない……といった沈痛な表情を浮かべて、

「大変に心惹かれるお申し出ですが、この後、故国の胞胚(ほうはい)とささやかながら夕餉(ゆうげ)を共にして旧交を懐かしむ予定がございまして、誠に申し訳ございませんがまた後日お誘い願えれば幸いでございます」

 そう事実を交えて一礼をすると、私の一挙手一投足を注視していた彼らの間に、落胆と安堵(全員が一律に断られたことで面子が保たれた……といったところでしょうか)の空気が広がったのでした。


 それからお互いの反応を伺うような、疑念を交えた視線を交差させる彼ら――エドワード殿下の取巻き連中。

 先ほどの「裏切り者がいる可能性がある」という私の打った(くさび)が、予想以上の効果を発揮しているのに満足する反面、この場における私に対する注目度がさほど高くないことに微妙なジレンマを感じていました。


 ――なぜだ?


 故国であるミネラ公国のパーティでは、たとえ壁の花に徹していても、男女問わずに自然と注視され熱い視線にさらされていた私ですが、この場にあっては『珍しい他国の貴族』程度の薄い感慨で済まされている気がいたします。こんなことは初めてのことであり、さすがは腐っても超大国の大貴族の御曹司ばかり、私程度は見慣れているゆえのによる余裕……といったところでしょうか? 少々屈辱ですね。


 ――或いはクリステルの〈魅了〉(テンプテーション)の影響か? それとももっと他に要因があるのか。なかなか一筋縄ではいかないということですか。これは予想外でしたね。


「それでは、せめてそれまでの間、サロンで雑談に興じませんか? いや、実は前々からミネラ公国(御国)のことに興味がありまして……」

「――ふっ。亡命先の候補にでも挙がっていましたかな、ドミニク男爵(・・)?」


 そう断りを入れた私に、ただ一人だけなおもしつこく食い下がってくるドミニク・エアハルト・イルマシェ(元)伯爵令息。

 そんな彼の態度を横目に、ふふんと鼻で嘲笑する(わらう)エストル・ルイ・バルバストル侯爵令息。

 あからさまな挑発に、ぐっと言葉を飲み込んだイルマシェ(元)伯爵令息が火を噴くような眼差しでバルバストル侯爵令息を睨み付ける。


 おやおや、こちらはなんとわかりやすい。水に落ちた犬は叩かないと気が済まない……といったところでしょうか? 私なら弱った相手に手を差し伸べて、便利な駒として懐柔するところなのですが、所詮は苦労知らずの坊ちゃん集団ということでしょうか。

 なるほどなるほど。これなら金・名声・権力・そして女……といった余計な出費をせずに、自尊心を満足させれる方向でコントロールするほうが手っ取り早そうですね。とはいえ今日のところは、先ほどの〈楔〉だけで満足すべきでしょう。


 そう密かにほくそ笑みながら、対立するふたりの態度に困惑するていを装いつつ、

「申し訳ございません。せっかくのご厚意ですが、この機会に古今東西の蔵書を集めた知の殿堂として、音に聞こえたオルヴィエール貴族学園の大図書館棟を覗いてみる予定を立てておりまして……」

「ほう、勉強熱心ですね」


 そう私が重ねて釈明をすると、一見して無邪気な笑みで即座に相槌を打たれる〈神剣の勇者〉ロラン・ヴァレリー・オリオール公爵令息。

 ふむ、少々不信感を持たれたかな? この場合は「それではお言葉に甘えて」と適当なところで折れておいたほうが、或いは自然であったかも知れません。どうにも細かな計算違いがあったため、少々柔軟性に欠けていたかも知れませんねぇ。


 そう反省しつつ、前もって考えていた大義名分を口にする。

「いえいえ、ミネラ公国(我が国)は所詮は四百年程度の歴史しか持たない辺境国家ですからね、三千年以上の歴史と伝統を持ち、常に文化文明の中心であり(かなめ)でもあった大国オルヴィエール統一王国へ足を踏み入れる機会を得たのですから、少しでもその進んだ文化をこの身に焼き付けねば留学生としての本分を全うできませんからね。ま、本音を言えば山出しの田舎者による単なる好奇心ですよ」

「ふふ、謙虚な方ですね。とはいえ留学してきたばかりでは、当然(・・)いろいろとご不便でしょうから……宜しければ、案内役を兼ねて従者を手配いたしますが?」

「なるほどいい考えだな。流石はロラン、そつがない。その調子でジェレミーの件も頼んだぞ」


 自国のことを持ち上げられて、目に見えて上機嫌になったエドワード殿下がオリオール公爵令息(ロラン公子)へとねぎらいの言葉をかけた。


「……殿下にお褒めいただくとは身に余る光栄。恐縮至極にございます」


 ロラン公子も慣れたもので、そう流れるような仕草で一礼をしたが、阿吽の呼吸のわずか一瞬、ジェレミー第二王子の名前が俎上(そじょう)に挙がった瞬間だけ、わずかにその眼差しに動揺が見られたのを、私の目は見逃さなかった。


 ――どうやらここらへんにウイークポイントがありそうですねぇ。ふむ、先ほどの占星術を装ったマインドコントロールでも、ロラン公子だけは一切の魔術を受け付けなかったことですし、不確定要素は早めに排除したほうが賢明といったところでしょう。邪魔者は消しておきましょう。


 何よりもこの私よりも美しいというのが気に食わない。

 それも物心つく以前から魔術や薬品によって作られた……いわば(まが)い物である私と違って、生まれ持って神と精霊に愛されたが故の美貌ともなればなおさらである。


 幸いにしてエドワード殿下の指示によって、ロラン公子はジェレミー殿下と逢瀬(おうせ)を楽しむように仕組まれている。ふふ、もちろんそこまでお膳立てしたのは私と、そして協力者であるクリステルの示唆(しさ)によるものだ。

 細工は流々仕上げを御覧じろ……といったところで、あとは高みの見物とさせていただきましょう。

 成功すればジェレミー第二王子がこの国の象徴である、目の前のこの可憐な勇者様を掌中に収め、場合によってはこの国を滅ぼすことにも繋がるでしょうし、仮に失敗したとしてもこちらの懐は痛みませんからねえ。


 そう俯いてほくそ笑む私の様子を見て何か勘違いしたのか、

「ああ、それなら私が案内しよう。なに、ちょうど調べたいこともあったのでついでだよ」

 エドワード殿下のサロンにいる間中、針の筵のような――まあ当然でしょうね。先頃勃発した領内での反乱の一部始終は、国を隔てたミネラ公国でも詳細な報道がなされたほどですから――面持ちで円卓に座っていたイルマシェ(現)男爵令息が、率先して案内役を買って出てくれた。


「――ふっ。新顔への御機嫌取りか。堕ちたものだな、元ナンバーⅢともあろう者が」


 円卓の上に肘を乗せた両手で組んだ掌で口元を隠したエストル・ルイ・バルバストル侯爵家令息が、そう相手に聞こえるか聞こえないかの声量で嘲笑う。


「~~~~~~っ!!」


 そんな当てつけが耳に届いたらしいイルマシェ男爵令息が、席を離れかけた中腰の姿勢で、バルバストル侯爵令息を睨み据えるも、睨まれた当人は逆にその無様さが滑稽(こっけい)だとばかり、涼しい顔で銀縁の奥の瞳を細めるのみです。


 ――やれやれ。子供同士のマウンティングなど時間の無駄でしょうに。


 そう私が嘆息した刹那、絶妙のタイミングでロラン公子が、

「なるほど。それでは、ドミニクにガブリエルの案内をお願いします。確か図書館の終了まであと二時間ほどのはずですから、調べ物があるのでしたら早目に向かった方がいいでしょうね」

 自然な流れでそうやんわりとイルマシェ男爵令息に声をかけ、無邪気な笑みを向けるのでした。


「あ、ああ……だな」

「――ふむ。では、今日はこれで解散だな」


 その執り成しを前に、毒気の抜けた表情でついつい勢いに飲まれて頷くイルマシェ男爵令息。

 一方、徹頭徹尾(てっとうてつび)そうした水面下の火花散る攻防を眼中に入れず、泰然自若たる態度で表面だけの和やかな雰囲気に満足げな顔をしていたエドワード殿下(まあ、ただ単に他人の心の機微を理解できないだけに見えますが)。

 話の区切りがついたと見たのか、空気を読まない鶴の一声を発した――お陰で、この場は有耶無耶(うやむや)のうちに解散となったのでした。


 ――なんともはや、ペースの崩される会合ですねえ。


 こうなった以上、図書館までイルマシェ男爵令息と肩を並べなければならないでしょう。

 仕方なく、

「恐れ入ります、なにぶん不慣れなものですから。お手数をおかけします」

「いや、気にしないでくれ。確かにロランの言う通り急いだほうがいいだろうし」

 先に席を立った形になった私がそう礼を述べると、イルマシェ男爵令息は満更でもない顔でそう答えて、さっさと先に立って部屋を出て行くのでした。


 そのあとに続いて出ていこうとした私へ、涼やかなロラン公子の声が。

「ああ、せっかくですから玄関まで僕とシビル……うちの武装メイドとでお見送りしますよ」

「――っ!? い、いえ、そんな恐れ多い」

「はは、ついでですよ。それにガブリエルとは同じエドワード殿下の円卓の一員――口さがない者ども曰く、『王子の取巻き』の仲間――になったわけですので、今後のこともありますので『取巻きA』としては、より貴方のことを知りたくもありますしね」


 そうざっくばらんに言われては否というわけにもいかずに、

「ほほう、そのような呼ばれ方もされているのですか。さしずめ私は何と呼ばれるのでしょう?」

「『取巻きG』といったところですね。GOODな関係を期待していますよ」

 馬鹿話に興じながら、いつの間にか背後についてきていた、一目で百戦錬磨とわかる巨大な両手剣を背負ったメイドとともに、サロンのある別館の出口へと足を運ぶしかありませんでした。


 他愛のない話をしながら、やはり警戒すべきはこのロラン公子ですね……との認識を新たにし、国元へしたためる報告書の内容に思いを馳せる私。


 ❖


 さて、もっと食い下がるかと思ったのですが、途中までロラン公子とその従者が睨みを利かせていたお陰でしょうか、意外とあっさり図書館のカウンターで別れを告げたイルマシェ男爵令息。


 ――つくづく小物ですねぇ。


 と、思いつつも表面上は大仰に謝辞を述べ別れた私は、そのカウンターで地味な容姿をした妙齢の司書の女性に説明を受け、専用の図書カードを作成したのち、彼女に選んでもらった歴史書を何冊か抱えて、同じく借りた個室へと案内されました。

 幾ばくかのチップを渡して部屋に籠った私は十五分ほど時間をつぶしてから、こっそりと小部屋を抜け出して目的の場所――クリステルがアルバイト先にしているという図書館の屋根裏部屋を目指します。


 途中、誰にも見られておらず、また人気がないことを確認した私は、ほっと息をついて制服の胸元を緩める……ついでに、矯正下着の紐をほどいて、胸から下の線を隠し膨らみを埋めるために巻いていたタオルを抜き出しました。


「……やれやれ、ここだけは無駄に育ってしまったものですねぇ」


 隠しようもない双丘に手を当てて苦笑する。

 まったく邪魔な胸ですが、場合によっては役に立つこともありますしね。

 そう、例えば胸の大きさにコンプレックスのあるクリステル(お嬢さん)を揶揄う際などに、ね。


 そうして、せいぜい面白おかしく先ほどあった内容を話して、今後の方針を伝えねばなりません。そのためにこそ二年間も一切の連絡を入れずに、機会を伺っていたのですからね。


 自然とこぼれる笑いを押し殺しながら、私はクリステルの籠る屋根裏部屋の扉を、定められた手順に従ってノックするのでした。

実は――『巨乳』『女性』『腹黒』、さあどれだ!?

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