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新たなる円卓の取巻きG(スパイじゃね?)

「……聞き間違いでしょうか、殿下。私には殿下が私にジェレミー第二王子の要望を聞き入れて、お加減の悪い弟殿下の見舞いに行くよう、おっしゃられたように聞こえたのですが?」


 念のために持って回った言い回しながら、いまエドワード第一王子が口にした内容をもう一度確認をする。


「うむ。お前の耳は正常だ。確かに俺はそう言った」


 いつも通り鷹揚な仕草でそう肯定するエドワード第一王子。

 いや、だけどあなた、先日まで国王陛下のご面前で「冗談ではない! ロランは俺の腹心中の腹心! それに見舞いに来いとは、何をのぼせたことを言っているんですか、アレ(・・)は!? ――ははぁ……さてはジェレミ―め。病気にかこつけて俺とロランの仲に楔を打ち込もうとする策略でしょう。断固として反対致しますっ!!」と、自慢の喉を振るっていたではないですか!?


 その舌の根も乾かない内になに朝令暮改で主張を変えてるんですか!? 即断即決と頑固なのが、数少ない貴方の取り得だというのに(そこが短所という見方もあるけれど、物事の方向性によっては長所へ変ずる)、その長所がなくなっては本気で褒めるところがどこにもありませんよ!


 と、そう胸倉掴んで怒鳴りたいのを我慢して、僕は思わず救いを求める視線を、サロンの円卓を囲んでいる他の取巻きたちへと向ける。


 途端、ある者は皮肉な笑みを浮かべ、ある者は追従の笑みを浮かべ、ある者は決まり悪げに視線を逸らす……そんな中、てっきり学園を辞めたかと思っていたドミニクが舞い戻っていたのと、ひとり見覚えのない顔が、当然のようにフィルマンの席に座っているのに気付いて、僕は思わず目を瞬いた。


「ああ、そういえば紹介が遅れたな。彼はミネラ公国からの留学生で、ガブリエル・エンゲルブレクト・アルムグレーンだ。療養のためにやむなく学園を退学したフィルマンの後釜……と言っては言葉が悪いが、いつまでも円卓を空かしたままというわけにもいかんだろう? 先日、王宮に挨拶に来た際に当人が是非にと望んだので、俺の独断で我が円卓の一員として迎え入れた。問題はないだろう?」


 爽やかなイケメンスマイルで、さらりとさらに重大発言を口にしやがるエドワード第一王子。

 刹那、グラリと僕の世界が右に四十五度ほど傾いた。

「なああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!?!?!?」

 『ミネラ公国からの留学生』を『円卓の一員として迎え入れた』というパワーワードを前に、そう咄嗟に絶叫したくなった驚愕を、辛うじて抑えた反動だろう。


「ガブリエル卿、こいつがロラン・ヴァレリー・オリオール。俺の一番の腹心だ。何かあればこいつに頼れば問題はない」


 そんな僕の内心を一切斟酌することなく、お互いの紹介をしつつトントン拍子に話を進めるエドワード第一王子。

 立ち上がったガブリエル・エンゲルブレクト・アルムグレーンが、恭しくオルヴィエール統一王国式の拝跪礼(はいきれい)を取った。


「お初にお目にかかります、ロラン公子様。ガブリエル・エンゲルブレクト・アルムグレーンでございます。祖国では代々伯爵位を賜るアルムグレーン家の次期継承者に当たる若輩者ですが、このたびは栄誉あるオルヴィエール貴族学園での学びの機会を得た上、さらにはエドワード殿下のサロンのメンバーへ推挙していただくという望外の幸せを賜りました。また、こうして名高い〈神剣の勇者〉であるロラン公子様にご挨拶ができるなど、卑小なる我が身には余る幸運でございます。卒業まで三月という短い間ですが、どうぞよろしくお願いいたします」


 一分の隙もない礼儀を示す彼、ガブリエル(仮称『取巻きG』)は、僕が言うのもなんだけれど、ぱっと目には性別不明な中性的な魅力を持った白皙の美少年だった。

 ハスキーな女性の声のようにも、声質の高い少年のようにも聞こえる独特の声音(こわね)――耳元で囁かれたら、男女問わずに背筋がゾクゾクするような、どこか淫靡で蠱惑的な響きを伴ったもの――を耳にした瞬間、頭の中で歯車がガチャガチャと鳴った。


 ――“扇動者(アジテーター)”に特有の声だな。


 無自覚に聴衆を魅了し、自然と意図する方向へ纏め上げ、熱狂させる。そのくせ自分だけは安全地帯に潜んでいるような、そんな類いの人間に共通する――ある意味エドワード第一王子にも似た――魅力的でありながらも、どこか空虚で無責任な声である。


「ご丁寧な挨拶痛み入ります。ロラン・ヴァレリー・オリオールです」

 どうにか自然な笑顔を貼り付けて返礼をする僕。

 そうしながらも油断なくガブリエルという人間を値踏みする。


 ややウエーブした長めのハニーブロンドの髪を、ゆるい三つ編みにして肩口から前へ垂らしているのが特徴で、付け加えるのなら切れ長の瞳の色はなかなか珍しい金色であった。

 年齢は十八歳といったところか。身長は僕より若干高い百七十五cm強といったところ。

 あと、一見細身の体は良く見ればしなやかで躍動感に溢れている。以前この席にいたフィルマンが『若獅子』に例えられていたけれど、こちらは同じ猫科の猛獣でも『(ひょう)』という印象だ。


「――それにしても、このような時期に留学とは珍しいですね?」


 それから軽く牽制をしてみる。

 卒業までもうすぐの時期に編入とか明らかに不自然だろう!? それにミネラ公国といえば、いま凄い勢いで軍拡を行っている軍事独裁国家で、周辺国はもとより我が国でも脅威と感じている潜在的な敵国。

 証拠はないけど、先日の反乱軍を支援していた謎の犯罪組織にも、確実に一枚噛んでいる……どころか黒幕だと看做されている相手だ。


 そこからの留学生がこんなやたら中途半端な時期に編入してきて、さらにはエドワード第一王子の取巻きに収まるなんて、誰がどう考えても間諜(スパイ)以外の何者でもないだろう。

 なんで誰も不審に思わないんだ!?


「ええ、確かにその通りではあるのですが、私の家柄は現在の公国では冷遇……とまでは行きませんが、いささか肩身が狭いものでして、留学という名目で国外に出る理由が欲しかったのがひとつと、実際に少しでも学生気分を味わいたかったのもひとつ。それに何よりも、噂に名高いエドワード殿下やロラン公子様とお会いしたかったのが大きいですので」


 臆面もなく口に出すガブリエル。


「噂に名高い……ですか? それでは私など実物を見て失望されたかも知れませんね」


 そう謙遜して言っておくと、ガブリエルはニヤリと獲物を前にした猛獣のような笑みを浮かべた。


「いえいえとんでもない。さすがは〈神剣の勇者〉の肩書きに偽りなしですね。この時代にこれほどの魔力――まるで超大型の竜巻を目前にした蝋燭の如き心境でございますよ」

「……魔力?」


 いまどき珍しい言い方をするな、と思って小首を傾げて聞き返すと、当人に代わってエドワード第一王子が口を挟んで寄越す。


「ガブリエルは代々魔術師の家系らしい。それで魔術やオカルト嫌いの現公王とソリが合わずに、こうして国外へ出奔したそうだ」

「ほう……?」


 話としては良くできているけど、出来すぎていて胡散臭い。

 そう思った瞬間、こっちの方が本題とばかりエドワード第一王子は気色ばんで、いささか早口で付け加えた。


「それになによりも、クリステル嬢とは昔からの知人らしい。先ほどまでクリステル嬢も同席していたのだが、『流浪の生活をしていた際に、母とともにお世話になった恩人であり、実の兄も同然の方ですから、どうぞよろしく』とのことであった」


 途端、ぐらりと僕の見る世界がさらに十五度ほど傾いた。

 いやいやいやいやっ! ここにきてクリステル嬢の関係者で他国の貴族とか。何ですか、その取ってつけたような怪しさ満載の設定は!? そんな話聞いたこともないですよ!! なんで不自然だと思わないの、あんたら!?!

 ただ単に『クリステル嬢の兄も同然』で『よろしくお願いされた』という表面上の事実に舞い上がって、明らかに背中にナイフを隠し持っている相手に、思いっきり警戒心なく胸襟開きまくりですよね!? それでいいの、大国の王子と国の重鎮たちの御曹司が揃いも揃って!!


 と、そうこの場で絶叫をしたいけれど、現状あくまで僕の印象と状況証拠でしかない。

 とりあえずは周りの緩んだゴムのような雰囲気に併せて、僕も愛想笑いで、

「へ~~っ、クリステル嬢の身内も同然なのですか。それはそれは……」

 そう媚を売っておく。それから思い出したかのように、エドワード第一王子へ確認をした。

「そうしますと、いままでクリステル嬢がここにいらっしゃったのですか? 入れ違いでしょうか。勿体ないことをしましたね」


「ああ、ほんの五分ほど前までな。タイミングが悪かったな」

 肩を竦めて気の毒がるエドワード第一王子に、鹿爪らしい表情で「まったくです」と同意しながら、内心では「ラッキー♪」と、顔を合わせずに済んだ幸運を密かに感謝するのだった。

「ついでに言っておくと、お前がジェレミーの見舞いに行くように取り成したのもクリステル嬢の言があったからだ。ガブリエルとの仲を引き合いに出されて、兄弟で不仲なのはよろしくない。まして病気で弱っている時であれば尚更で、王者たるもの度量の大きなところを見せねばならん……そう言われては、な」


「……なるほど」

 つまりクリステル嬢に言われていいとこ見せようと安請け合いしたってわけか。

 状況は理解できたけれど……。


 大人物を気取って胸を張っているエドワード第一王子と、そんな彼を微笑ましげに眺めているガブリエルの妖しい魅力を持つ整った横顔を確認しつつ、僕は重いため息をつきたくなったのを必死に我慢した。

 今になってそんなことを言い出すなんて、タイミング的にどう考えてもガブリエル(こいつ)の差し金じゃないか!


 罠だろうな~。どう考えても罠だろうなぁ……。

 今日に限ってエレナを連れて来なかったことを大いに後悔しながら、僕は適当にエドワード第一王子の空虚な言葉に相槌を打ちつつ、決められた円卓の席へと腰を下ろすのだった。

風雲急を告げる謎の麗人・取巻きE。なおEはENDのEなので新しい取巻きはもう出てきません。


3/14 タイトル等修正しました。

取巻き№Eじゃなくて、Gでした。おう……。

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