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side:黄色の実芭蕉の人(イニシャルA)

第二章いちおうここで終了です。

 こうして、王都を騒がせていた殺人鬼〈剣鬼(ソード・デビル)〉は〈剣聖〉エベラルド様と〈神剣の勇者〉ロラン様の活躍により討ち取られ、ついでに王都の裏社会を取り仕切っていたギャングや密売人なども軒並み壊滅の憂き目にあった……とのまことしやかな噂が流れ、無事に夜間戒厳令が解除された後には、以前にも増して平和で華やかな夜が王都へ戻ってきたとのことである。


 なお、後者については詳細が不明であるが、なぜか裏社会では『鮮血の令嬢事件』という隠語が流布され、あまりにもあくどい事をしていると、どこからともなく高級馬車(キャリッジ)に乗った“鮮血の令嬢一味”がやってきて、凄惨なお仕置きをする……という脚色された噂が燎原(りょうげん)の火のように広がり、王都の裏社会を震撼しせいめたとかなんとか。

 ま、あくまで噂であり、事の真偽については誰もが確認できないまま闇の中へと葬られていった。


 あと留意すべき件としては、十日前から体調を崩して臥せっていた第二王子のジェレミー・バーナード・ザカライア殿下が、なぜか今回の事件の一方の主役であるロラン公子に是非に見舞いに来て欲しいと熱望するという、非公式の打診があった――。

 人嫌いで偏屈な第二王子が進んで誰かに会いたいなどと口にするなど前代未聞。いや控えめに言っても驚天動地の出来事であり、話を聞いた両親である国王陛下と廷臣たちは、収まったばかりの〈剣鬼(ソード・デビル)〉の事件以上に混乱をきたした。

「いいのではないか?」

 と、好意的に受け取る国王陛下と、

「冗談ではない! ロランは俺の腹心中の腹心ですよ! 大方、俺とロランを分断しようとするジェレミ―の策略ですよ。乗ってはいけません!」

 というエドワード第一王子の強硬な反対意見が真っ向から対立し、あとついでに、

「わたくしも反対ですわ! ジェレミ―殿下は熱で混乱されているに違いありません!!」

 と、女の勘でそこに不貞の匂いを敏感に感じ取ったジェレミ―の婚約者であるコンスタンス侯爵令嬢の意見に後押しされた父親であるヒスペルト侯爵がエドワード第一王子に肩入れしたことで、なかなか宮廷内も収まりがつかなくなり、色々な意味で香ばしい様相を呈してきていた。


 ちなみに当の本人(ロラン)は、

「別に構いませんよ。いえ、できれば腹蔵なく、殿下とは話し合いたいと思っていましたので」

 と、割と乗り気であったそうである(義妹であるルネ嬢やメイドのエレナなどは、ロラン公子の危機感のなさに頭を抱えたそうであるが)。


 とはいえいまだ内部の意思統一が図れない現在、状況は流動的でどうなるかは不明であったが。

 だが、ここにただひとり、今後の推移をある程度予測している人物がいた。



【オルヴィエール貴族学園図書館・屋根裏部屋】


「……ジェレミ―殿下の看護イベントかー。てっきり本編に従ってストーリーが進んでいるのかと思ったけど、ロラン様のファンディスクの方の話も食い込んでたのかぁ~。でも、あれって学園祭の女装イベントをこなさないと分岐ルートが現れない筈だったんだけど……おっかしいわね? やっぱり齟齬があるか、もしかしてあたしが認識していない場所で行われたのか」


 写本のアルバイトの合間、書き損じの紙に思い出せる限りの可能性と今後のストーリーを箇条書きにしながら、現在と今後の展開(ルート)について思いを馳せ、クリステルは頬杖をついてため息をついた。


 幸いにして女子寮での嫌がらせはあの一件以来、寮母のサラ(二十三歳独身)が注意深く目を光らせるようになって鳴りを潜めているが、それでも食事時やお手洗いに行く時など、複数の寮生に好奇の視線を向けられ、クスクス笑われるなどの嫌がらせは続いている。

 まあ、もともとが世間知らずのお嬢様ばかりであるので、やっていることは幼学校の女児レベルの嫌がらせであるため、この程度で溜飲が下がるのならば……と割り切って、ただしこれまで同様に超然としているとなおさらエスカレートする恐れがあったため、露骨にその効果があったかのように見せかけるために、日中は部屋に籠もったり(趣味の同人誌の作成に没頭していた)、人目のあるところで頻繁にため息をついたりと、せいぜいしおらしい姿を見せつけるように苦心したものである。


 そう考えてわざわざノイローゼ風に普段からビクビク、ブツブツと心労が溜まっている風に見せかけながら、食堂の隅でひとりぽつねんと隠れるようにして皆に背を向けながら、その実、山盛りのブーダンノワール(ブタの血や内臓、脂で固めた真っ黒なソーセージ)を、定番の付け合せであるリンゴのソテーとマッシュポテトとともに、もりもりと口に運ぶクリステルの姿があった。


 とはいえ、石物ではないので嫌がらせがまったく堪えていないわけではない。

 周りが敵で孤立無援という状況は神経をすり減らして、実際に眉間の皺とため息の回数が多くなったのはたしかであった。


(おまけに明日から休講していた学園も平常通りに再開されるわけだし……)


 現在の自分はおそらくはエドワード殿下のヒロイン、もしくは逆ハーレムに沿って運命が巡っていると推測される。もっとも逆ハーレムというには、すでに現時点で数名の脱落者が出ているのは意外ではあるが、現実なんてもものはこんなものだろう。

 とはいえ概要はアレ(・・)に沿っていると考えると、今後は学園内でのアドリエンヌ派の嫌がらせがエスカレートする筈で、対抗手段としてはエドワード殿下やその他の取巻きたちが出現するポイントで、イジメの現場を目撃されるか、泣いている姿を見られるかすれば好感度が鰻上りで、ついでにイジメの実行犯たちにも厳罰(学園からの退学、実家の領地と爵位返上、生涯修道院行きのフルコンボ)が下されるはずで、それはさすがにあんまりだと思う。


(つーか、婚約者がいる身で浮気しているエドワード殿下やその他が異常なのであって、アドリエンヌ様とあっちの取巻き令嬢たちは、「非常識だからベタベタするのは辞めなさい」と苦言を呈しているだけなのよね~。一部熱烈なシンパが暴走しているだけであって)


 冷静に状況を見据えながら、こそこそと食べ終えた食器を返して、その足でアルバイト先である図書館に向かう。

 道すがら本校舎の影に隠れるようにして生えている並木の影で、軽く苛立ちまぎれに蹴りを入れるクリステル。理性的には彼女らの行動指針も理解できるし、そもそも子供の悪戯程度の嫌がらせに対して、中身アラフィフに突入した腐女子が感情的になるのはどうかとも思うが、それでも割り切れないし頭にくるのも確かであった。


 で、ついつい人目のないここでストレス解消をするのが多く、もっぱら最近の癒しスポットと化していた。

 途端、ふと梢の上のほうから視線を感じた気がして、振り仰いでみたが……特におかしな物はなく、

「……気のせいかしら? まあ、野性の猿ならともかく、学園の生徒が木登りなんてするわけないものね」

 知らず神経質(ナーバス)になっているのね。と判断をして、足早にその場を後にする。


「!!!」

 ふと、気のせいか木の上のほうから『猿』という言葉に憤慨したかのような気配が炸裂した気がしたけれど、逆光のせいもあってまた気のせいだろうと、一度振り返っただけでそのまま通り過ぎるのだった。


 ということで、現在のバイトへと戻る。

 貧乏男爵家の妾腹の娘であるクリステルは見た目に寄らず苦学生である――そのあたり、貧乏が珍しい(娯楽の一部と勘違いしている節のある)エドワード殿下一派の興味とハートを掴んだ遠因ともなっているのだが――学園の学費や寮費は、男爵個人の支援と奨学金制度によってどうにか賄えているが、その他のこまごまとした雑費や遊行費の類いはこのバイトにかかっているといっても過言ではなかった(それともうひとつの秘密の副業によって)。


 なるべく無駄な出費を押さえたいクリステルとしては、学園再開後のイジメ問題は看過できないところである。

 特に精神的なイジメならともかく、文房具を壊されたり、一張羅の制服や体操服を破られたりしたら大変なことになる。どうにか回避できないものかと、バイトの合間にフローチャートを作って呻吟しているが、これはという名案も浮かばなかった。


「――いっそ能力(・・)を全開に使ってアホ王子の一派を完全に骨抜きにして味方に……って、先のことを考えたらないわよねぇ」

 開き直って国妃や国母を目指すには、あまりにも現実が見え過ぎていてクリステルには無理であった。

「庶民の娘が王子様に見初められてめでたしめでたし、なんて物語の中だけよ。血統と後ろ盾が物を言う貴族社会でそんなことすりゃ、一発でお陀仏だってなんで理解できないのかしら、あのアホ連中は」


 そもそも真っ当な貴族教育も施されていない自分が、年齢ヒトケタ当時から英才教育を受けてお妃候補として血のにじむ努力をしてきたアドリエンヌ様の代役をはたせられるわけがない。

 その取巻きたちに言われるまでもなく、クリステルはそのことをよーーく弁えていた。


 いちおう学園に特待生として迎え入れられた自分だが、それも事前知識があってさらにレベルの低い市井の学園あってこその才媛と呼ばれる程度の才能であり、この学園に通うことになって目の当たりにした真の天才連中とは月とスッポン――なにしろあの(・・)エドワード殿下でさえ、

「予習復習? 別に必要ないだろう。学園で何時間も講師の講義を聞く時間があるのだ、それで十分だろう。暇な時間? 宮廷では帝王教育と外交問題を主に学んでいるかな」

 と、心底不思議そうに話しながら常にトップレベルの成績を残しているほどである。


 所詮は自分は鍍金(メッキ)の存在であり。どこまでいっても凡人でしかないと自覚させられた瞬間であった。


「……ともかくも、持ち物と周囲の状況に注意して、あと今後の流れには細心の注意を踏まないと。にしても、どこがどう変化するのかポイントを見極めないとマズイわね」


 ひとりごちながら、ふとロラン公子の看護イベントへ思いを馳せる。


「確かあれだと、もともと警戒していたロラン公子だけれど、話している間に体調が悪くなったジェレミー王子を放っておくわけにもいかず、反面、苦しい息の下でも他者と関わろうとするのを頑なに拒むジェレミー王子の頑固さに負けて、一晩中献身的に看護をするのよね。で、そうしたロラン公子の姿にだんだんと心を開いていくジェレミー王子……そうして、三回目でついにキスをして五回目で初――ぐふふふふっ」


 いや~、やっぱりBLはただ濡れ場があればいいといものではなくて、その過程が大事なのよね。と、訳知り顔で頷きながら、次のネタ用にメモを取るクリステル。そのメモの途中でふと思いついた。


「そっか、実際に看護イベントを推奨させて、結果がどうなるか経過を観察すれば、現実との齟齬が掴めるかも知れないわね」

 上手くいけば、最近、どーも自分に不審を抱いている節のあるロラン公子を、イマイチ動向が不明なジェレミー王子とをまとめて排除できるわけだし、誰も困らないわよね。

 そう結論付ける彼女。


 ◇


 同時刻。なぜか猛烈な悪寒を感じたロランが、思わず食べかけのスコーンを取り落としたのを見て、同じテーブルへついていた義妹のルネ嬢が小首を傾げた。

「どうされましたの、お義兄様?」

「いや――」自分でも良くわからない感覚に、どこへともなく視線を送りながら「なんだか普段聞こえる歯車の音が、猛烈に腐ったような音を立てたような……」

「はあ……?」

 曖昧なその説明に何とも言いがたい表情で相槌を打つルネ嬢であった。



 ◇


(そーなると、まずは反対派のエドワード殿下の説得かあ……気が進まないけど、やるしかないか)


 悶々としたままバイトを終えて、学園に隣接された女子寮への帰路につくクリステル。

 状況を変動させるためにはもう一押しが必要であり、その鍵を握っているのは自分である。

 おそらくはかなり渋るであろうが、自分が適当におだて上げてお願いすれば、エドワード殿下も折れて、ロラン公子のジェレミ―殿下への見舞いを許すだろう。


(ただ、その反動があたしにどう返ってくるか、なのよねぇ……)


 それを考えると頭が痛くなってくる。

 ふと、いつの間にか来るときにも通ってきた並木通りに出ていた。

 思わず反射的にいつもの大木へ蹴りを繰り出した――刹那、梢の上から何かが地面に落ちてきた!


「な、なに!?」

 吃驚して飛び退いたクリステルだが、その姿勢のままたっぷりと三十数えても、それ以上、何も異常がないことを確認をして、恐る恐る落ちてきたものを確認してみたところ――。


「バ、実芭蕉(バナナ)!? そんなバナナ!」


 鈴なりの黄色く熟れた実芭蕉(バナナ)が転がっていた。

 ベタな親父ギャグをついつい口に出しながら、目の前の巨木――ポプラの木を見上げる。

 当然ながらバナナが生えるはずもないし、実っている様子もない。

 そもそも実芭蕉(バナナ)は南国からの輸入に頼って食べられる超高級フルーツであり、一応は貴族であるクリステルであっても、今世では学園のパーティでほんのちょっと焼きバナナを食べたのが唯一の記憶にあるほどである。こんな風に無造作に転がっているような代物ではない。


 何かの罠かも!? そう警戒するクリステルであった。

 それからよくよく見れば、実芭蕉(バナナ)(ふさ)の間に一枚のメッセージカードが添えられているのに気付いて、躊躇してから思い切って引き抜いてみた。


『がんばって。貴女を応援しています。 -A-』


 そこには短くも優麗な文字でそう一言書かれていた。


「……“A”?」

 思いがけない、そして誰だか想像もつかない励ましのメッセージと贈物に際して、クリステルはかつてないほど混乱し途方に暮れるのだった。

パイナップル『鳳梨』で、このあたりは見覚えがあるのですが、バナナ『実芭蕉(もしくは「甘蕉」)』やメロン『甜瓜』あたりは日常的に漢字では見ませんね。


あと前回、クリステルが必要以上に怯えていたのは半分演技です。

「……クリステル、恐ろしい子! 」

そして密かに彼女を応援する紫の……ではなくて、“黄色のバナナの人”ということで。誰がどの人か正体は不明です(棒)。

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