夢の彼方で逢いましょう(決着そして)
今回は真ヒロイン(笑)のサービスがあります(;゜д゜)ゴクリ
「まあ仕方ないですね。本当なら生きてる間に拷もn……尋問をして、正式な形で自白させたかったのですが、死体相手でも魂を呪縛することは可能ですから」
軽く肩を竦めてアンナの失態を流すエレナ。
人間の生死に関して、鼻紙一枚ほどの価値も見出していないクヮリヤート一族の〈影〉ならでは、サバサバした態度であった。
それから手にした双小剣の片方を太腿のフォルダーに仕舞い、慎重にうつ伏せに倒れた姿勢のオットマーの死体の傍まで近寄って行って、呪縛用の聖銀を織り込んだ紐を取り出してたわめる。
「――ん? なんか体が縮んで髪の毛の色と長さも変わっていませんか?」
抜身の両手剣を持ったまま、シビルがオットマーの変化に気付いて警戒を促した。
言われてみれば、やや肥満体系だった体が引き締まり、黒髪と白髪が混じって灰色だった頭髪も、くすんだ赤毛に変わって倍ほどにも伸びている。
「そういえばこの相手って〈シャエイプシフター〉って種族の魔族じゃないかって話でしたね?」
事前情報を思い出したアンナの言葉に、『ああ、なるほど』とその場にいた全員が納得した。
「つまり、死んだ今。変身が解けて本来の姿に戻っているわけか……」
シビルの一言に、アンナが興味津々と身を乗り出す。
「ど、どんな素顔なんでしょうね?」
「案外つまらない平凡な顔なのでは?」と冷めた反応のエレナ。
「意外とびっくりするほどハンサムな伊達男だとか?」と期待するシビル。
「顔なんて存在しない奇怪な卵みたいな怪物顔じゃないですか?」と怖いもの見たさのアンナ。
「「「…………」」」
無言のまま顔を見合わせ、はしたなくもごくりと大きく唾を飲み込む三人の乙女たち。
「か、確認しません……か?」
「そ、そうね。死体検分は必要よね?」
好奇心を押さえきれない様子のアンナにつられるように、シビルもどこかそわそわした様子でエレナの反応を窺う。
視線で促されたエレナは大きく頷いて、
「そうですね。こん畜生の素顔を確認するのは、ひとえに若君の安寧のため、正義の行いであり、別に野次馬根性やましてや娯楽で面を拝もうという下賤な動機ではありませんからね」
「そうです、そうです!」
「うむ正義ですね。正義の鉄槌ですね」
アンナは我が意を得たりと手を叩いて、シビルも鹿爪らしい表情で(口元が笑っているが)重々しく頷く。
それから示し合わせて『イッセイのセー』で、爪先や剣先をオットマーの死体の下に差し込み、一気に仰向けにひっくり返そうとした――刹那、
「がはあああああああああああああああっ!!!」
最期のあがきとばかり、死体と思われたオットマーは渾身の力で、手に持っていた気味の悪い人形を腕の力だけで床に叩きつけた。
「「「な――!?」」」
完全に死に体だと思ってた相手の突然の蘇生に慌ててその場から飛び退いて距離を置く三人。
後から確認したところ、魔族〈シャエイプシフター〉は表面だけではなく、ある程度内臓の配置も動かすことができたらしい。それでギリギリ即死を免れたようなのだが、どちらにしてもこの深手では長くは持たなかったのは確かである。
叩きつけられた人形はバラバラに砕け散ると――
『怨怨怨怨怨怨怨怨ッ!!!!』
真っ暗な、常人である三人にも目視できるほどの怨念を吹き出し、瀕死のオットマーを黒煙のように取り込むと、一瞬にして精気の欠片すら絞り尽くし、
『ウオオオオオ~~ッ! ロレーナ……オオ、ロレーナッ!! オマエハ俺ノモノダーッ!!!』
魂の底まで震わすような慟哭の叫びとともに、何処へともなく飛び去って行った。
後に残されたオットマーの木乃伊のような抜け殻は、もはや役目は終わったとばかりひび割れ崩れ落ちる。
「「…………」」
目の前で起こった事態を理解できず、無言で粉々に砕けた元オットマーの破片を凝然と見据えるシビルとアンナのふたり。
「――執念ですねえ」
死人まで魅了するとは、さすがはロレーナお嬢様。
と、頓珍漢な感想を口にする、割とこの手の超常現象には慣れているエレナの感想に、
「そんなものですか?」
「というか、もしかしていまのでロラン様の助けになったどころか、足を引っ張る結果になったのでは?」
気の抜けた相槌を打つシビルと、真っ当な懸念を示すアンナであった。
◆
暴風雨のような〈剣鬼〉の連撃に対して、こちらは清流のような足運びと体術で受け流す。
お互いにピタリと寄り添って繰り返される、傍目には剣舞のような優麗な何十……或いは百を超える攻防。
強靭無比な下半身の支えがあってこその連続攻撃であり、留まる事のないステップであった。
恐ろしく密度と殺意が高い舞踏を経て、ふと〈剣鬼〉は剣と足を止めて、手にした二刀をだらりと下げた。
「……〈神剣の勇者〉。その看板に偽りなし、か」
再び距離を置いて――まあ、お互いに十メトロンほどの間合いなどあってないようなものだけれど――対峙する僕と〈剣鬼〉。
だらりと両手のカタナを垂らした姿勢で〈剣鬼〉は心底愉しげに嗤う。
「――かかかかかかっ。愉しいなぁ……愉しいなんてもんじゃねえなぁ。どっちが死ぬかわからねえ、ギリギリの死合いなんざ初めだ。年甲斐もなく猛るぜ」
「そんなもんですかね。僕としては貴方と命のやり取りをするほどの恩讐があるわけでもないので、この辺で切り上げたいのですけれど?」
そんな僕の提案を一笑に付す〈剣鬼〉。
「馬鹿を言うな。これからが本番じゃねえか。つーか、お友達の仇討ちはいいのかい正義の勇者様よ。俺のような悪党を見逃したら、またぞろお友達が斬られるかも知れないぜ?」
「“正義”ですか」
ふと脳裏に『正義の味方』という異名を持つルシール嬢のわざとらしい天然ぶった顔が浮かんだ。
同時に、彼女と話をしていてどうにもモヤモヤと割り切れなかった気持ちの正体に、卒然と気が付いた。
「別に僕は正義の味方ではありませんから」
「――ほう?」
「どうやら僕は自分が思っているよりも自分勝手な人間のようでして。ただやりたいことだけをやっているですね。まあ、公爵家の嫡男として、また〈神剣〉に選ばれた人間として、恩恵だけを享受して責任を果たさないなどという半端な生き方はしたくないので、それだけは心に留めていますけれどね」
「フン!」と、僕よりも数段我儘な〈剣聖〉エベラルド様が、それがどうしたとばかり鼻を鳴らす。
「かかかかかかっ。それで誰はばかることない〈勇者〉であり〈剣聖〉か。羨ましいもんだぜ」
「羨ましい……ですか?」
面倒事ばかり降りかかってきて碌な事ない気がするんだけどなぁ。
「ああ、俺は生まれた場所と時代を間違えた。今日日千人を斬ってら大罪者だが、これが戦乱の時代なら英雄扱いされただろう。俺もそうなりたかった」
「それで意味もなく人斬りですか。自分の力を持て余す貴方の気持ちもわからないではありません。ですが、〈勇者〉も〈英雄〉も必要とされないいまの時代に生まれて僕は良かったと思いますよ」
それにいまや剣と魔法の時代は終焉を迎えようとしている。
近い将来、この空をドラゴンが飛んでいたことも、妖精が隣人にいたこともお伽噺となってしまうのだろう。
「ふん、平和なんざクソくらえだが、それでも貴様のような相手と剣を交えられたことだけは感謝しよう」
再び構えを取る〈剣鬼〉。併せて僕も構えを取る。
「個人的には貴方のような人は嫌いではありません。別な出会いをしていれば友人になれたかも知れません。けれど、やり直すにはもう遅すぎるのですね……」
僕がこの場で彼を見逃したとしても、〈剣鬼〉の犯した罪が消えるわけではないし、消えた命も戻ってはこない。
「そういうことだ。本気を出せっ。次の一撃で俺は決めるぞ」
その宣言とともに、〈剣鬼〉の解き放たれていた膨大な殺気が一点に……極限まで研ぎ澄まされた刃のように収束された。
いままでの遊びを捨てた必中必殺の剣を放つつもりなのだろう。
相対す僕も全神経を構えたステッキに込める。
刹那、いきなり〈剣鬼〉が仕掛けてきた。
目にも止まらぬ小太刀の突き――いや、小太刀を投げてきた。これを右に避けたところへ、信じ難い速度でカタナが薙ぎ払いにきた。
薄皮一枚、ギリギリのところで胸元が裂けて、下にぶら下げていた巨大なダイヤモンドのネックレス『イロコイの星』があらわになる。
だが、やり過ごしたと思った瞬間、翻ったカタナが頭上から迫りくる。
これは避け切れない。そう瞬時に判断をしてバック・ステップで躱しながら、ステッキで受けた。
ガッ、と音を立てて鋼鉄並みの強度を誇るアイアンウッドのステッキが先端部分を両断された。なんという連撃だ。
だけど僅かながらその剣閃を逸らすことに成功した。
一気に後方へ飛び下がった僕は、いささか短くなったステッキを上段に構えて、〈剣鬼〉へと全身の運動エネルギーを変換させる。
最初の攻防と同じ手首を狙っての一撃。
『こんなものか』と言いたげな顔で左へ躱す〈剣鬼〉。
その瞬間、ギアを入れ替えた僕のステッキがまずは〈剣鬼〉の片膝をあらぬ方向へと曲げ、続いて両手首を瞬時に砕いた。
「がああああああああああっ!」
一拍置いて、〈剣鬼〉の手からカタナが地面に落ち、続いてどうっとその身が横倒しになる。
「……両手と片足の膝を砕きました。もう貴方は剣を握ることも、剣士として生きることもできないでしょう」
もんどりうって倒れた〈剣鬼〉へ、僕は淡々と事実を告げた。
達成感はない。
粘つくような後悔が胸を占めるだけである。
剣士としての人生を終わらせる。或いはこの場で死んだほうが彼にとっては楽なのかも知れない。
僕はきっととんでもなく残酷なことをしたのだろう。
「……馬鹿な! クソっ――こんな、こんなことが……!!」
悶絶しながらも火を噴くような目付きで僕を見上げ、歯噛みする〈剣鬼〉。
――哀れな。
そう思った瞬間、
「ふざけるなーーーッ!!!」
血を吐くような叫びとともに、あろうことか折れた両手でカタナを掴んだ〈剣鬼〉は、片足で跳ね飛ぶようにして僕へ突きを放った。
「!!?」
信じられない執念と気迫に、度胆を抜かされる僕。
満身創痍の状態とは思えないほどの速度で繰り出された〈剣鬼〉の突きが僕の胸元に届く。
「――がっ……」
わずかに一瞬だけ速く、エベラルド様の『聖剣ゼファーナ』が背後から〈剣鬼〉の心臓を貫いた。
「おらよっ」
どういう力の掛け方をしているのか、そのまま大根でも引っこ抜くかのように、〈剣鬼〉の体を串刺しにしたまま『聖剣ゼファーナ』を横薙ぎに振ると、痩身とはいえ大の男の体が五、六メトロンは飛んでいった。
今度こそ完全に息の根を断たれて絶命した〈剣鬼〉。
「油断大敵だな、坊主」
「……はあ。あっ、ありがとうございます」
微妙に釈然としない気持ちはあるものの助けられたのは確かなので、きちんとそのことは礼を言っておく。
「気にするな。もともと俺がひとりで決着をつけるつもりだったんだしな。ま、坊主には不満かも知れんが、あの手のやからは負けてすっぱり引導を渡してやった方がお互いのためってもんさ」
殺す奴は殺される覚悟もあるもんだしな、と付け加えるエベラルド様。
だとすれば僕はまだまだ覚悟が足りないのだろうな、と自分の至らなさを改めて再認識せざるを得なかった。
「ともかくも〈剣鬼〉の事に関しては、早急に報告をしなければならないでしょうね」
「おう。いいか、坊主じゃなくて俺、この〈剣聖〉エベラルドがきっちりトドメを刺したことを忘れるんじゃねえぞ。――つーか、結果的に俺が坊主を助けたんだから、俺の方が強いってことに……」
なにやらブツブツと思案しているエベラルド様を見ていると、僕だけ悩んでいるのがアホらしく思えてきた。
何はともあれ〈剣鬼〉の死骸をきちんと――
「若君っ!!」
今後の手順を思案し始めた僕の耳へ、ジーノの切羽詰まった叫びが。
「――なっ!?!」
同時に全身の毛が逆立つような悪寒とともに、突如として現れた禍々しい黒い闇のようなものが僕の胸元――『イロコイの星』へと吸い寄せられるように舞い降りてきて、
『ロレーナァァァァァ!』
地獄の底から響いてくるような軋む声とともに、躱す間もなく僕の全身にまとわりつき、
「ふぎゃあ~~~~っ!!!」
一瞬にして着ていた上着とシャツをズタズタに引き裂いて離れた。
「な、なんだ、これ!?」
上半身裸で下半身は半ズボンだけという情けない格好で、得体の知れない闇と対峙する僕。
エベラルド様も聖剣を構えて、ジーノもいつの間に取り出したのか両手に小型のソードブレイカーのような、片刃で背中側へ櫛のようなギザギザのある小剣を取り出して警戒する。
『ロレ……ロレーナ……? ロラ……?』
その闇はといえば、なぜか困惑したかのような気配を僕に向かって放っていたが、
『ロラン…ロレーナ……ロラン!』
何やら葛藤を経ていきなり身を翻し、倒れ伏したままの〈剣鬼〉の死骸へと奔った。そうして乾いた地面に水が吸い込まれるように、一瞬にして闇は〈剣鬼〉と一体化するのだった。
「ご無事ですか、若君!?」
「うん。特に傷とか呪いとかはないみたいだね」
ジーノの問い掛けに、とりあえず剥き出しの上半身を目視で確認して、特に異常がないことを答える。
「ふ~~む……」
そんな僕をなぜか妙な目で見据えるエベラルド様。
「――な、なんですか?」
なぜか不穏なものを感じて、反射的に片手で胸元を隠す僕。見た目では筋肉の欠片も窺えないので恥ずかしいんですけど……。
あと腰回りとか、ルネ曰く「男の骨格ではありませんわこの細さは! あと、ムダ毛のひとつもないとかっ」とか言われるほど貧弱なので、密かにコンプレックスがあったりする。
「……とんでもなく色っぽいな、女以上の色気じゃねえか? なあ、ものは相談だが俺の孫息子の嫁にならねーか? お前と俺の血筋を引いた曾孫ならさぞかし剣才があるだろうぜ」
「なんでそうなるんですか!? つーか、僕は男ですよ! 子供が生めるわけないじゃないでしょう!!」
「お前なら赤ん坊のひとりやふたり生めるんじゃねえのか? ものは試しだ、ちょっと息子の屋敷で孫に抱かれてこいやっ!」
真顔で馬鹿な提案をするエベラルド様。
そんな風に馬鹿なやり取りをしていると、案の定……予想していた通り、死んだはずの〈剣鬼〉が無言で立ち上がったのだった。
ということで、真ヒロインのロランちゃんでした。




