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オットマーの最期(……え?!)

 奇しくも先ほどの〈剣聖〉エベラルド様が放った秘剣技(ソード・スキル)(昔は使える人間もゴロゴロしていたらしいけど、最近では簡単な技でも使えるのは五人にひとりといったところだ)“ソード・ストリーム”によって、一直線に開け放たれた屋敷の玄関から正門までの道筋を、悠然とした足取りで真っ直ぐに僕に向かって来る〈剣鬼〉(ソード・デビル)

 歩きながら手にしたカタナを無造作に鞘に納める。戦意を喪失したわけではなく、これが彼の戦闘モードなのだろう。

 剣――いや、カタナ(サムライ・ブレード)の鍔元(鯉口と言うらしい)へ左手を添え、右手は柄に。どこからどう見ても抜き打ちからの横薙ぎだと思うけど、フィルマンがほとんど反応できずに一刀の元に斬り伏せられたという事実を前に、安易に判断するには危険過ぎる。


「「…………」」


 無言で僕たちの間へ割って入ろうとするエベラルド様とジーノの動きを察して、おおよそ僕から見て七メトロンほど離れた位置で足を止める〈剣鬼〉(ソード・デビル)


年より(ロートル)連中には興味がない。俺の相手は〈神剣の勇者〉、貴様だ」


 爛々と光る目でもって宣言をして、吹き荒ぶ嵐のような膨大な量の鬼気を放つ。


「――ちっ!」


 思うところはあるのだろうけれど、形としては正面から堂々と一騎打ちを望んできた相手に対して、ここで不意打ちをするのを(いさぎよ)しとしないエベラルド様は、忌々しげに手にした『聖剣ゼファーナ』を白銀の鞘に仕舞った。

 生粋の剣客であるエベラルド様と違って、闇討ち騙まし討ち上等の〈影〉であるジーノ。

 代わって仕掛けようとしたジーノの機先を制す形で、「余計な邪魔をするんじゃねえよっ!」とばかり、エベラルド様はこちら側に殺気を飛ばしてきた。

 どっちの味方だかわかったもんじゃない。こんなんだから時代錯誤の化石扱いされるんだよ、剣術使いなんて奴は。


「……まったくもう……これだから嫌なんだ」


 ここまでお膳立てられたら仕方がない。覚悟を決めて僕は手にした木製のステッキを両手で構えた。


「……ふん、舐められたものだな。俺など〈神剣〉はもとより真剣を使う必要もないということか?」


 侮蔑だと思ったのか、微かに目を細める〈剣鬼〉(ソード・デビル)


「いえいえ、単に使い慣れているというだけで他意はありませんよ。まあ〈神剣〉はさすがに――」

 使えるわけがないよねぇ、あれ使ったら剣技とか関係ないし……と苦笑を送る僕。


「なら俺のゼファーナを使うかい?」

 手にした聖剣を鞘ごと突き出してくるエベラルド様だけど――。

「やめておきますよ。この人、一瞬でも隙を見せたら斬りかかってきそうですからね。納刀からの神速の抜き打ち――確か“霹靂刀(へきれきとう)”というんでしたっけ?」


 そんな僕の問い掛けに、〈剣鬼〉(ソード・デビル)はギラリと抜身の刃のような笑みで答えた。

「それは蒼陶国での呼び名だな。これを生み出したリャンポンでは正確には――」

 刹那、軽く七メトロンは離れた間合いから一陣の剣閃とともに、僕の前髪すれすれを鋼の切っ先が通り過ぎて行く。

「――“居合”という。挨拶代りだがさすがだな……これを躱しながら手首を狙ってきたな?」


 咄嗟に下げた頭の上を白刃が通り過ぎる。

 余裕をもって躱せると思ったのだけれど、想定を大幅に上回る踏み込みと抜刀の速度に、躱しながら手首を狙って一閃させるのが精一杯だった。

 空を切った白刃が僕の後方、二メトロンほど離れた屋敷の大人の胴回りほどもある木製のポールを両断した。

 〈剣鬼〉(ソード・デビル)はポールを斬り飛ばしながらも勢いを減じることのない刃を返して、手首と肘を同時に連動させて手前に引き戻し、伸び切った手首を狙って、僕が繰り出した突きを余裕をもってやり過ごす。


 そんな一瞬の――普通の剣士ならわけもわからず袈裟懸けに斬られていたろう――攻防を目前にして、

「……やるねえ」

 たまらんなぁ、と言わんばかりのウキウキした口調でエベラルド様が一言感想を口に出した。


 他人事だと思ってこん畜生。僕がやられたら次は自分の番だと思って、相手の手の内を窺っているんだろうな~……はあ。


「そういえばまだ名前を聞いていませんでしたね。僕らが知っているのは〈剣鬼〉(ソード・デビル)という通称と、冒険者ギルドに登録されている『イェルド』という名前ですが、本名ではないのでしょう?」


 これだけの腕前の人間がこれまで無名であったということが信じられない。

 ふと興味を引かれて、気まぐれに尋ねてみたのだけれど、返ってきたのは冷笑だけだった。


「そんなことを知ってどうする? 死んだ後の墓碑銘が名無しでは困るからか?」

 うわ~っ、ひねくれた解釈するなぁ。

「安心しろ。死ぬのはお前で、俺の名は今後〈勇者殺しの剣鬼イェルド〉として語り継がれるだろう。だから安心して死ねっ!」


 睨み合いの姿勢から怒涛の如き勢いで〈剣鬼〉(ソード・デビル)の連撃が繰り出される。

 上下左右あらゆる方向から放たれる剣先は常にこちらの急所狙いで、一撃でも身に受けたらそれだけで命取りとなるだろう。


 見て躱わしていたのでは間に合わない。常に初動を捉えて十手先、二十手先を読まないと躱し切れない。それでもたまに見切りがズレて刃の先が掠める。


 いつの間にやら屋敷の壁際まで後退したところで、左右の切り返しから放たれた片手突きを躱した――けれどこれはフェイントだったのだろう。刹那、〈剣鬼〉(ソード・デビル)の左手が霞んで、もう一本のやや短いカタナ(小太刀というらしい)が居合となって避けた先へと放たれた。


 ――駄目だ、躱せない!


「「――むっ!?」」


 絶妙のタイミングでの二刀流を前に、僕はこれを躱すことを諦め、エベラルド様とジーノがともに一瞬息を飲んだ。


 ガッ! と鋭い音を立ててアイアンウッドとも呼ばれる強靭な材質でできている筈のステッキの側面、四分の一ほどが削り取られる。

 ステッキの側面で脇へ受け流したつもりだったけれど、伯仲した腕の差か……ともかくも、

「これはこれは……。若君が直接打ち合いをする場面など、ここ五年ほどは見たこともございません」

 普段は飄々としたジーノまでも驚きに目を見張る。


「ひょう――!」

 こちらが本領発揮とばかり、〈剣鬼〉(ソード・デビル)は軽いフットワークと変幻自在の二刀を同時に使って、こちらに反撃する間を与えることなく、じわじわと僕を追い詰めてくる。


『――お前とよく似ている』

 

 鳥肌が立つような殺気を放ちながら、常に冷静に計算し尽くした動きで相手の先手を取る。

 流れるような体捌きと鋭い稲妻のような一刀が表裏一体となり、緩急自在の動きの中から何が出てくるかわかららない不気味さ……得体の知れなさを感じる剣だ。

 フィルマンが言う通り、確かに僕に良く似ている。

 もっとも、僕が『後の先』、つまり相手の動きに合わせてカウンターを取るのを得意にしているのに対して、彼はいわば『先の先』、相手が動く前に初動を叩き潰す剣を極めようとしているようだけれど。


 本領を発揮した〈剣鬼〉(ソード・デビル)相手に、さすがに全てを躱し切れずに何合か打ち合って捌かざるを得ない。


 ――凄い奴だ。


 素直な賛嘆の念とともに、その剣に込められたどうしようもない空虚さも同時に感じずにはいられなかった。

 強過ぎた弊害。同じ空の高さを飛ぶことができる仲間のいなかった鳥の孤独……。


 ――ああ、君も寂しかったんだね。


 爛々と目を輝かせて剣を振るう〈剣鬼〉(ソード・デビル)の狂気の中に、共感せずにはいられないものを感じて僕の胸にやるせない思いが去来するのだった。


 ◆


 似たような二階建ての建物が立ち並ぶ王都下町の裏路地。

 そのうちの一軒を仮の拠点(アジト)としていた中年商人――に扮したオットマー・ボイムラー(偽名)が、趣味の悪い色彩の絨毯以外、テーブルと椅子のセット(椅子の一脚には気味の悪い子供位の大きさの人形が鎮座している)がある以外、閑散とした居間をいらだたしげな足取りで行ったり来たりしていた。


「イェルドはどこだ!? 朝から姿が見えんぞ!」


 何度目かになるかわからない問い掛けに、五人ほどいる金で雇われた用心棒たち(モグリの冒険者たち)が顔を見合わせる。


「いや、その……気が付いたら部屋の中がもぬけの殻でして」

「イェルドの兄貴が勝手に部屋を出るのはいまに始まったことではないですし」

「多分、そのあたりで適当な連中を斬ってるんじゃないんですかい?」


 人相の悪い連中が腫れ物にでも触るような口調で口々にそんな言い訳をする。


「そうならんようにきちんと監視しておけと言っておいただろうが!」


 オットマーの一喝にも困惑した表情で顔を見合わせる用心棒たち。


「旦那、そりゃ無茶ってもんですぜ」

「そうですぜ、イェルドの兄貴の邪魔をしようものなら、俺らも試し切りの材料にされますぜ」

「何しろ人間なんざ、生きた肉の塊りくらいにしか思っていないですからね」

「どうしてもというなら、この仕事は降りさせていただきやす」

「最初の契約はただ女の相手をするだけって話でしたしね」


 辟易した表情でそう口々に言われては、「ぐぬぬぬぬっ……」と、オットマーも歯噛みするしかなかった。


「くそっ! ロレーナ嬢と交渉する手順が無茶苦茶だ! イェルドの奴めが――」


 オットマーが頭を抱えた刹那――。


「旦那っ、大変でさあ! 殴り込みです!!」

 表を守っていた用心棒のひとりが血相を変えて居間に飛び込んできた。


「なにっ、官憲か!?」

「違います、滅法腕の立つ女三人で、一見すると貴族の令じょ」


 その途端、轟音とともに居間の扉が吹っ飛んで、状況を説明していた用心棒がそのままボロ雑巾のように跳ね飛ばされる。


「ちょっと火薬の量が多かったですかね?」

「不意を突いた形になったので問題ないのでは?」

「それもそうですね。中にいるのもいかにも悪党面ばかりですし、無問題です」

「……いろいろと大問題のような気もしますけど」


 瓦礫と化した居間の出入り口をさらに粉砕しながら、双小剣を持った黒髪のメイドと幅広の両手剣を持った男装の美女、手に弓と背中に矢筒を背負った金髪の令嬢が居間の中へと上がり込んできた。

 黒髪メイドは無表情に男装の麗人は愉しげに、金髪の令嬢だけはうんざりした表情を浮かべている。


「な、な、な……っ!?!」


 意表を突いた突然の襲撃と予想だにしなかったチグハグな相手を前に唖然とする一同であったが、その中でオットマーだけが逸早く正気を取り戻した。

 正確には見覚えのある黒髪のメイドを前に我に返った。


「き、貴様はロレーナ嬢のメイド! なぜここに!?」


 指をさされて問われたエレナは軽く小首を傾げ、

「……もしかしてオットマーですか? ふむ、なるほど顔は違いますが確かに気配は同質ですね」

 納得した表情で仲間ふたりを振り返る。

「アタリました。十一件目で正解でしたね」

「おーっ、よかったよかった。だが〈剣鬼〉(ソード・デビル)はいないようね」


 喜び半分落胆半分という口調で一同を見回してそう感想を口に出すシビル。


「隊長、だからって腹立ちまぎれに主犯(オットマー)を殺さないでくださいよ。きちんと背後関係を白状させないといけないんですから」

「わかってるわよ。半殺しくらいにしておけばいいんでしょう」


 三人の中でも唯一の良識人(苦労人とも言う)であるアンナが、これまでの勢いのまま全員を血祭りに上げかけないシビルに釘を刺す。


「な、なにをしておるか、お前ら! 相手は女三人だぞ! 捕まえろっ、その後はお前たちの好きにしていいぞ!!」


 オットマーの一喝で我に返った……というか、(見た目は)美女・美少女を目前にして疑念や戸惑いが一瞬にして獣欲に取って代わられた。


「「「「「うおおおおお~~~っ!!!」」」」」


 雄叫びとともに一斉に襲い掛かってくるむくつけき野郎どもを前に、一見するとか弱い乙女たちは、

「では、早い者勝ちということで」

「あ、ズルい!」

 まずはエレナが勇躍、双小剣を閃かせて素早く二名の喉笛を切り裂き、一歩遅れてシビルが相手の構えた中剣ごと一刀両断。


「「なっ!?!」」

 あまりにもあっさりと仲間をやられたことで、一瞬にして上った血の気が下がってたたらを踏む残りふたりを、身を翻したエレナとシビルが各々心臓を一突き、頭から唐竹割りにした。


「……出番がなかったですね~」


 つがえた矢を撃つ暇もなく、オットマー以外は全員始末された居間を見回してため息をつくアンナ。


「貴女の出番はこれからです。――さて、オットマー。そちらの要求通り“ロレーナお嬢様”をお連れしました。言いたいことがあれば一応聞いておきますよ?」

 そう勿体ぶった言い方で、ひとり残ったオットマーに向かってロレーナ(アンナ)を紹介するエレナ。


「……?」

 あっという間に追い詰められたオットマーは、椅子の上にあった不気味な人形を掴んだ格好で、まじまじとアンナが扮装をしている“ロレーナ”へと視線をやり、即座に「はっ!」と鼻で嗤う。

「馬鹿を言うな。ロレーナ嬢がそんな不細工な色黒のわけがないだろう。どうせ偽物を用意するなら、そんな品のない山猿ではなくもうちょっと――」


「――むんっ!」

 刹那、無言のままアンナの手が霞むほど高速で放たれた矢――彼女の特技である一度に三本の矢を連続して三連射――合計九本の矢が、狙い違わずオットマーの全身をハリネズミへと変えた。


「「あ」」

 と、エレナとシビルが止める間もなく、脳天から両目、喉、心臓、脾臓等など、撃ち抜かれてもんどりうって倒れるオットマー。誰がどう見ても即死であった。


「――てへっ、つい手が滑って殺っちゃいましたぁ」

 ちょっとした失敗を報告するみたいに、こつんと自分の頭を叩いて悪びれることなく言い放つアンナ。


「……こういう女なんですか?」

「……こういう奴なんです」


 そんな彼女を前に閉口した表情でため息をつく、エレナとシビルであった。

次回は、2/23(金)頃に更新いたします。

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