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剣聖VS勇者(どうしてこうなる!?)

 オルヴィエール統一王国が誇る〈剣聖〉エベラルド様は(よわい)六十代半ばを超える白髪の老人である。

 もっとも鋼を寄り合わせたような筋肉は衰えを知らず、常に背筋に鉄の棒でも入っているような姿勢の良さの為に、二メトロン近い上背はふた回りは大きく見える。

 鷲のように鋭い眼光に獅子のような精悍さを常に発散させているこの人物を『老人』という括りに入れるのは、いささか躊躇われるところだ。


「ほほぅ。つまり儂に折れろ、と? 不肖とはいえ弟子たちを軒並み斬られて黙って見遅れ、と。そういうのか、坊主?」


 その〈剣聖〉が腰に長剣を引っ提げて、全身から殺気を(みなぎ)らせて僕らの前に立ち塞がっている。

 いや、形としては一晩掛りの説得も虚しく、いまから殴り込みに行こうとする彼を、玄関先で僕とジーノが押し留めている形になる。つまり邪魔者は僕たちの方だ。

 もっとも、ジーノはともかく僕は学園の制服に愛用のステッキを持っただけの丸腰だけれど。


「そういうわけではございません。ですが昨日の今日で一方的に剣術指南役の返上と仇討ちというのは無茶と言うものです。せめて別命があるまでエベラルド様の短慮を止めるよう王により仰せつかっております」

「…………」


 なんとか必死に会話で翻意を促そうと努力するけれど、エベラルド様は厳めしい顔のまま無言で僕とその背後に佇むジーノを睨みつけるだけである。

 そんな僕とエベラルド様を取り巻く形で、十人ほどの完全武装の男たちが事の推移を無言で窺っていた。


 おそらくは例の『宮廷騎士団』の生き残りなのだろう。血気盛んな面持ちで、いまにも僕らに斬りかかってきそうな塩梅だけれど、僕の立場と〈神剣の勇者〉にして王の代理人という肩書のお陰で辛うじて爆発しそうな感情を押さえているという雰囲気だ。

 そんな彼らをジーノが自然体で――この格好が一番怖い――牽制している。


「せめて王の御沙汰があるまでお怒りを収めていただけませんか?」


 重ねて訴える僕の呼びかけに、エベラルド様は一度だけ瞼を閉じて、

「……卿の言い分はよくわかった」

 思いがけず穏やかな声音(こわね)でそう口を開いた。


 一瞬だけ弛緩(しかん)した空気がその場に落ち――

「だが聞けぬっ!!」

 僕を真正面から射竦めるような勢いで、開いた双眸から凄まじい眼光が放たれた。


「未熟者ばかりとはいえ我が薫陶(くんとう)を授けた弟子たちが殺され、或いは死んだも同然の身となった。それはすなわち儂の不徳の致すところよ。この結果は〈剣聖〉などと持ち上げられておっても、まともな弟子ひとり育てられなかった愚かな師の罪じゃ!」


 血を吐くような後悔の叫びに、集まっていた男たちが一斉にエベラルド様へと訴えかける。


「そんなことはございませんっ、エベラルド様!」

「連中は単なる未熟者だっただけでございます!」

「我らが先頭となって今度こそ恥を(そそ)ぐ所存でございます!」

「〈剣聖〉の技。その真価をご覧に入れて見せます!」


 そんな彼らの言葉にも眉ひとつ動かさず、猛々しく――フィルマンが『黒若獅子』ならこちらは正真正銘の獅子吼(ししく)でもって――言い放った。


「無用っ!! 我が汚名は儂自らが雪がねば我が名の名折れだ! 未熟者どもは足手まといじゃ、来るでない!!!」


 その言葉になおも反論して付いていこうとした彼らだけれど、刹那エベラルド様の右手が霞んだ。ぞくりと背中が粟立つ。


「――やばっ! 距離を取って逃げろ!」

『――?』

 咄嗟に声を掛けたけれど反応できた者はジーノくらいで、ほとんど間髪入れずにエベラルド様の腰の長剣が抜き放たれ、

『なっ――うわあああああああああああああああああああああああああっ!?!』

 一閃……いや、実際には音速に数倍する切り上げと切り落としを同時に三回繰り出され、その剣圧と同時に放たれた“剣気”によって生まれた暴風が、まるで局地的な竜巻のように『宮廷騎士団』の男たちを吹き飛ばした。


 風が収まったそこに立っていたのは、技を繰り出したエベラルド様と、風の刃を躱したジーノ、そしてステッキの先端を加速させて風を相殺した僕だけだった。


「うわ~……いきなり“ソード・ストリーム”とか……」


 ざっと見た感じ幸い死者や重傷者はないいようだけれど、それなりに広い庭の隅々まで飛ばされて、死屍累々たる有様で転がっている彼ら。

 おそらくは不意打ちで僕らを排除する目的で振るったのだろうけど、あんなもの見境なく撃たれたら、そりゃこうなるよ。とんだトバッチリだね。


 さすがにやり過ぎだよ、そう思って非難がましい目をエベラルド様へ向けたのだけれど、当の本人は妙にサバサバした表情で僕へと視線を向け、心なしか口の端に笑みを浮かべていた。

 手にした長剣――これこそがエベラルド様愛用の『聖剣ゼファーナ』であり、風の精霊が鍛えたという伝説の剣である――を肩にポンポンと当てながら、

「……フンッ、(まま)ならんもんじゃの」

 そんなことを口にした。


「???」

 僕たちを足止めできずに逆に弟子たちの足を引っ張ったことかな? いや、ちょっとニュアンスが違うような……。


「無様なものだ。“ソード・ストリーム”は儂の奥義のひとつ、などと言われておるが実際には単なる小手先の技、せいぜい牽制目的で使うものよ。それでこの体たらくとは、な」

 今度こそ確実に苦笑を浮かべるエベラルド様。

「毎年、儂に弟子入りしたいという人間はごまんとおるが、弟子入りを許すのはせいぜい二十人にひとりといったところか。こやつ等はそれなりに剣才があると認めたつもりだったのじゃが、全員がまともに喰らいおった」

 それから妙にしみじみとした眼差しで僕と、ジーノを眺めて続ける。

「所詮、凡愚の中の秀才。努力は真に才能ある者には及ばぬ。いかに月を恋ても亀には届かぬのと同じじゃのぉ……」

「……そんなことはないと思いますけど」


 というか僕やジーノ、エベラルド様のような特殊な事例をあげつらうのがそもそもの間違いだと思うのだけれど。


「――ハッ! なら聞くがお主は今以上に強くなりたいと思うか?」

「いえ、別に」


 このご時世に剣の腕があったところで無意味だし。それならまだ外国語のひとつも覚えた方がよほど有意義だろう。

 間髪入れずにそう答えた僕の脳裏に、色々な才能を持ってさらには確固とした信念をもって頑張っている御令嬢がたの顔が浮かんだ。

 僕なんかよりもよほど彼女たちの方が、この世界では有意義な存在だろう。


 そんな僕の答えに、エベラルド様は我が意を得たりという表情で頷いた。


「そうだろうな。女が欲しいと思うのは所詮はモテない男であり、金が欲しいと言うのは貧乏人だけだ。何かを渇望する者はつまるところ足りない人間なのよ。真の強者はより強くなりたいなどとは思わんものだろう?」

「……エベラルド様は違うのですか?」

「――ふっ。どうじゃったかな? 若い頃は何も考えずに、目に付く相手……人・魔物・ドラゴン……とりあえず手当たり次第に斬って斬って斬りまくっていたが」


 聞けば聞くほどはた迷惑な人生を送ってきたらしい。やっていたことは〈剣鬼〉(ソード・デビル)とあんまし変わらないような気がする。


「さすがに最近は斬るのにも飽きてきたので、後進に道を譲ろうかとも思っておったのだが――」

 なぜかそこで一呼吸置いて、意味ありげな視線を僕へと送ってきた。

「〈神剣の勇者〉――老い先短いこの時になって、お伽噺の英雄と剣を交えられるとは思いもしなかったぜ」

「え゛!?」


 獲物を見定めた狩猟生物の面持ちで、聖剣を構えるエベラルド様。


「え?! えーっ!? えーと、あのフィルマンを筆頭にした弟子たちの仇を討つために〈剣鬼〉(ソード・デビル)と一騎打ちをするつもりだったんじゃないですか!?!」

 なにこの展開!?


「んなもん方便に決まっておる!」

 そんな僕の問い掛けを一蹴する〈剣聖〉エベラルド様。

「儂よりも強いかも知れん相手がいる。なら剣を交えなければ気が収まらん! その相手が〈剣鬼〉だろうが〈勇者〉だろうが、俺にとっちゃどっちでもいいことだっ」


「うわ~~っ、なんか聞きたくない本音をぶちまけたよ、この〈剣聖〉!!」

 どこが剣聖=『剣の聖人』だ! ただの戦闘マニアじゃないか!!


「まあ武芸者など、つまるところは根っから人を斬ったり斃したりするのが好きで、好きが高じて極まった人種ですからな」


 ジーノが自明の理という顔で肯定をする。


「くくくくくっ。実は二~三年前からお前さんとは本気の真剣で殺りあってみたかったんだぜ。立場上そうはいかんし、かといって試合じゃあ抑えきれそうになかったので、普段は居留守を使っていたがなぁ」


 満面の――悪魔のような笑みを浮かべて迫りくる〈剣聖〉。


「こ、こうなったら手足の二、三本もへし折って止めるしかないか?」

「承知いたしました。及ばずながら私めもお手伝いいたします」

「二人がかりでもいいぜぇ。〈影〉の技なんざ小手先の手品ばかりだが、ジーノ、お前さんは別だ。一度本気で()りあってみたかったぜ」


 僕とジーノ双方を相手にしてもまったく後退する気はないらしい。

 これは本気を出さないと駄目かも知れない……と、覚悟を決めかけた瞬間、

「「「――っ!?」」」

 僕とジーノは弾けるようにその場から飛び跳ね、エベラルド様は気合一閃、真正面に向けて聖剣を振り下ろした。


 一点に集約された剣圧が僕らがいた場所の中央を駆け抜け、真一文字に正面玄関へと奔った。


 正面の分厚い木の門が一撃で破砕される。

「――ふんっ!」

 それに合わせて門の正面側から放たれた同様の剣圧が、エベラルド様の一撃を先ほどの僕同様に相殺した。


 パラパラと土煙と木片が舞う中、

「……ヌルイな」

 腰に二本の細剣――いや、カタナを差した幽鬼のように痩せ細った三十がらみの男が、ゆらりと門の残骸を潜って邸内に足を踏み入れる。


「こいつはぁ――」

「まさか〈剣鬼〉(ソード・デビル)!?」


 眉を寄せるエベラルド様と、聞いていた特徴にぴたり当てはまる眼前の男の出現に思わず素っ頓狂な声を上げてしまう僕。ジーノは無言で懐へ手をやっている。


「世間ではそう言われているらしいな。最近周りが鬱陶しくなってきたので、こちらから出向いてみたが、〈剣聖〉の他に〈神剣の勇者〉まで一緒か。それともう一人もただ者ではないだろう? くくくっ、獲物が選り取り見取り……俺は運がいい」

 陰鬱に嗤う〈剣鬼〉(ソード・デビル)


「――正気か、手前? この面子を前にして大口を叩きやがる」


 さっきまで正気の沙汰とも思えない行動を取っていたエベラルド様が、〈剣鬼〉(ソード・デビル)の非常識さに呆れたような声を上げる。


「くくくっ、弱い犬ほど群れたがる。別に俺は三人がかりでも構わんが……」

「ほう? だが、逸気(いっき)が隠し切れないようだな。お目当ては俺たちじゃなくて、この可愛い子ちゃんか?」


 揶揄するような口調で囃し立てながら、エベラルド様の視線が僕の方へと向けられる。〈剣鬼〉(ソード・デビル)もそれを肯定するかのように口角を上げた。


「モテモテだな、おい」

「……勘弁して欲しいですねえ」


 何でこう次から次へと厄介事が降りかかってくるんだろう。

 思いっきり僕は自分の生まれの不幸を嘆くのだった。


 ◆


 同時刻――。


『ぎゃああああああああああああああ』


 ある者はハリネズミのように全身に矢を浴びせかけられ。またある者は長剣の一撃で真っ向から斬られ。また逃げようとした者は容赦なく追い討ちの双剣で(なます)に切り刻まれる。

 もともとこの辺りを(ねぐら)にしていた犯罪組織『腹を切り裂く者(ベルヒタ)』のボスから末端のチンピラまで、あっという間に血祭りに上げられ、屠殺場に様変わりした下町の裏通りにあった廃工場。


 カモと思われて誘拐されかかった貴族の御令嬢とその従者……に扮したエレナ、シビル、アンナの三人は、動く者のいなくなった廃墟を見回して肩を竦めた。


「四件目。またハズレのようですね」

「つまらん。どいつもこいつも素人同然じゃないの」

 手にした弓を下ろしてボヤくアンナに、いまいち消化不良の様子で血と脂を拭き取った長剣を仕舞いながら鼻を鳴らすシビル。


「まあ、とりあえず怪しい場所で武装している連中を潰していけば、そのうち本物の〈剣鬼〉(ソード・デビル)に行き会うでしょう。次に行きますよ」


 懲りた様子もなく、淡々と事務仕事のように続きを促すエレナの指示に従って、他のふたりも馬車の停めてある場所へと戻るのだった。

 まだまだ今日という日は始まったばかりである。

立て込んでいるため、次回の更新は2/20頃の予定です。


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