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似非天然娘は正義の味方(英雄ではなくて)

「どーなってるのよー!? フィルマン様がこんな風に退場するなんてシナリオ(・・・・)にはなかったじゃないの!!」


 女子寮の一室にて、可憐な月の妖精のような銀髪の美少女が頭を抱え、すっぽりとまるで絵本のオバケのような格好で毛布を被って震えていた。


「あ、あたしのせいじゃないよね? あたし何にもしてないもんっ。――っっ! まさか何もしなかったのがマズかったわけ!?」


 状況の急激な変化についていけずに疑心暗鬼、そして自縄自縛で少女はひとり混乱していた。

 或いは、彼女に誰かひとりでも心を許せる相手がいれば、「それは考え過ぎ」と言って多少なりとも心の負担を軽減させてくれたかも知れない。

 だが、自ら好んで――本人の自覚のあるなしを別にして、明確に――周囲と一線を引いて、関係を断ってきた彼女には、そうした心の安全弁は一切存在していなかった。


 そのためひとり自室に籠り切りになるしか、いまの彼女――クリステル嬢にはなく、不安と恐慌で圧し潰されそうになりながら、成すすべなく必死で耐えるしかなかった。


 カタンッ……。


 と、敏感になっていた彼女の耳が、自室の扉の外で小さな物音がしたのを確かに捉えた。


 一瞬震えたが、それだけで特に変化がないのを確認して、しばし煩悶してから毛布を引き摺るようにして出入り口へと向かい、

「……だ、誰かいるの?」

 消え入るような震える声でそう一言誰何して、返事がないのを確認して何度も深呼吸をする。


「…………」

 いつまでもこうしていては埒が明かないと覚悟を決めて、クリステル嬢は扉を開けた(寮であるため鍵などはない)。


 初めは小さく、そして徐々に大きく扉を押し開ける。

 扉の隙間から見える廊下はいつもと変わらず、何も不自然な点など――。


 と、四分の一ほど開けたところで、扉の下が何かにこつんと当たった音がして、反射的に音のした方へ視線をやる。

 扉の陰になっていてよく見えないが、何か小さな板のようなものが置いてあるようだ。


(寮母さんが何か置いていったの?)


 この部屋の前まで来るような相手には他に心当たりがない。だが、それなら一言あってしかるべきだろう。

 と、怪訝に思いながら開いた扉の隙間から顔だけ出す。


「――っっっ!?!」


 途端、そこにあったもの――バネ仕掛けのネズミ取りに掛かったままの鼠の死骸――を目の当たりにして息を飲むクリステル嬢。

 その慌てぶりを廊下の陰から見ていたらしい、数人の女子生徒の嘲笑と続いてバタバタと逃げて行く足音が響いてきた。


 咄嗟に扉を閉めて鍵をかけようとして、鍵自体がないことに恐怖しながら、手近にあった衣装箱や椅子などとにかく手当たり次第に積み上げてバリケード代わりにする。

 そのまま這うようにしてベッドに戻って窓のカーテンを閉めて、薄暗闇の中膝を抱えて震える彼女。


「何でよ……何なのよぉ……!」


 そうしながら何かに取り憑かれたかのように自問自答をする。

 エドワード殿下を筆頭にした学園の貴公子たちを虜にしていることで(本人(クリステル)にそのつもりはまったくないのだが)、いままでも女子生徒に無視されたり嫌味を言われることはよくあった、

 だが、先ほどの嫌がらせと嘲笑は明確な悪意を持ってなされた行動である。いままでの突発的なものではない。


 なぜ、このタイミングで!? もしかして、フィルマン様の怪我もあたしのせいにされているの!?!

 だとしたら背後にいるのは彼の婚約者だったベルナデッド様!?

 そんなっ、中立派の柱である彼女まであたしの敵に回ったの??!!


 全身がおこりに罹ったかのように震える。歯の根が合わない。腰に力が入らない……!

 知らず涙がボロボロと零れ落ちる。


 気のせいだと思っていたけれど、そういえば二週間ほど前にアドリアンヌ様があたしを妙な目で睨んでいた気がする。

 いままであたしなんて歯牙にもかけない素っ気ない態度だったのに、遂にあたしを敵と認定したんだ!!


 ――ほほほほほっ、溺れた牝犬(めすいぬ)は棒で叩かないとね。


 先ほどの死んだ鼠に重なって、幻影のアドリアンヌとベルナデッドが自分を見下した目で高笑いしている姿が浮かび上がる。

 まるで孤立無援で裸のまま敵に囲まれたような絶望的な気持ちで、自分を取り巻く闇――自らの心が生んだ影であるのだが――に恐怖する彼女だった。


 ◆


 正々堂々と一対一での直接対峙に拘る僕と、罠に嵌めて確実に始末する方を主張する女性陣。

 結局のところ話し合いは平行線をたどった。

 気が付けば個室を借りられる時間を過ぎてしまい、遠慮がちにノックをする司書さんに扉の外からそれとなく促されて――ここを貴族の令息令嬢が密談だか逢引だかで使うのは多いので、そのあたりは心得ているのだろう――僕たちは一時話し合いを切り上げて、図書館を後にすることにした。


「――はあ~~っ」


 思わずため息をつく僕のすぐ後を付いて歩きながら、ベルナデッド嬢が肩を竦める。


「辛気臭いわね。元婚約者の私がフィルマンのことはどーでもいいって言ってるんだから、気負わないで闇討ちでも人質でも爆殺でもいいから手段を選ばす()ればいいのよ」

「そーですよ。たかだか犯罪者。わざわざ若君が手を下すまでもありません」


 それに追従するエレナ。案外気が合うらしい。

『よほどのことがない限り、わざわざ危ない橋を渡る必要などない』

 というのが彼女らの言い分だ。そりゃそうかも知れない。一応は僕は公爵家の一粒種で、なおかつ〈神剣の勇者〉と認定されている国家の重鎮中の重鎮である。本来なら一生涯平民と口を聞くことすらない、まして冒険者崩れの殺人鬼など言わずもがなだ。


 万が一にも独断でやり合った……などと知れたら、下手をすれば王都の役人の首が物理的にダース単位で飛ぶかも知れない不祥事となるのだから(実際、フィルマンの時には何人か免職になったらしい)。自制するのが普通だろう。


 だが、そこまで割り切れないのが僕である。

 そりゃ確かにフィルマンは自業自得だよ。クリステル嬢にいいとこ見せようとした挙句、空回りの上、関係ないところで人生終わるんだから。

 その上で肝心のクリステル嬢に軽蔑され――伝え聞いたところでは、〈剣鬼〉(ソードデビル)の恐怖に半狂乱になって部屋に籠ったままで、時折フィルマンを罵倒する声が聞こえてくるとか――それを知ったエドワード第一王子とその他の取巻きたちの怒りは凄まじく、下手をすれば瀕死のアイツに刺客を放ちそうな塩梅である。

 いくらなんでも不憫すぎる……。そう思ってしまう僕は甘すぎるのだろうか?


「あら~? ベルナデッドとロラン様ではないですか~? 珍しい組み合わせですわね~」


 そんな風にうじうじ悩んでいたせいか、ウッカリ周囲への目配りを怠っていた僕は、迂闊にもベルナデッド嬢とほとんど同時に学園の図書館から出るという失態を演じてしまった。

 しかも、そこのところを見知った御令嬢に目撃されるという、言い訳もできない進退窮まった状況である。


 ――しまった!


 と、臍を噛んでも遅い、蒼くなる僕を尻目にベルナデッド嬢は気軽に手を上げて、彼女(・・)へ挨拶を送った。


「や、ルシール。こんな時にでも学園に顔を出すなんてなんかあったの?」

「ん~~? 特別な用事はなかったんだけど~。こ~いう時になにか~、面白いことがあるんじゃないかと思ってね~」


 ベルナデッド嬢同様にまったく動じることなく、明るいピンクブロンドの髪を軽くカールさせたほんわかした笑顔の御令嬢が、独特の間延びした喋りで応じる。

 なんで休講中の学園にいるのか。

 我らがエドワード王子派とはいまや不倶戴天の敵であるアドリエンヌ派のナンバーⅡ、立場的に僕と重なるエメラルドグリーンの瞳の下にある泣き黒子(ほくろ)が印象的な、ボードレール公爵家の御令嬢ルシール・ヴァネッサ・ボードレール(十六歳二ヶ月)であった。


 言うまでもなくボードレール公爵家は五公爵家の一角をなす伝統と権威ある家柄であるが、代々司法長官を歴任していることからもわかるように、ボードレール家は実利よりも名声を求める傾向が強いためか、正直言って五公爵家の中では一番領土領民領税が少なく、そのため清貧を心がける……というか、はっきりいって家格が高いだけで中級貴族にも劣る実体のはっきりした斜陽の一族であった。

 さすがに危機感を抱いた先代及び当代の当主は、家門の建て直しのために積極的に事業や他家との結び付きを求めているらしい。

 

 そのために目の前の彼女(ルシール)もまた、家柄で劣るものの大領主でもあるバルバストル侯爵家長男エストルの許嫁となる運命が決められていた。


 まあ、貴族の結婚など競走馬と同じで本人の意向を無視して決められるが普通ではあるのだけれど、フィルマンとベルナデッド嬢が徹底的にお互いに無関心であったのと対照的に、エストルとルシールはそれはもう誰が見ても一目瞭然なほどお互いを嫌い合っている不幸なものだった。

 特に顕著になったのは、エストルがクリステル嬢に夢中になってからだけど、それ以前から反目し合っていたらしい。

 この調子では形式的に結婚しても、子供なんて無理だろうなぁ~というのが大方の予想だった。

 

 で、そんな関係で僕とも疎遠になっていたわけだけど、よりにもよってマズイ場面を見られたものである。


「来て良かったわ~。珍しいものが見られてねぇ。ふたりともいつの間に仲良くなったの~?」


 ほえほえした雰囲気をばら撒きながら、無垢な乙女のように小首を傾げるルシール嬢。

 だが油断してはならない。

 同じ五公爵家の関係で古い付き合いのある僕は、何度もこの天使のような笑顔の裏で泣かされた男女を見てきた。

 天然を装ったこの笑顔は擬態であり、綺麗な薔薇には棘がある……どころか、一皮剥いたらまっ黒けなのが、彼女の真の姿である。

 だいたい痩せても涸れても公爵家の御令嬢が学園の敷地内とはいえ、供もつけずに歩くなどあり得ない。おそらくは近くに待機させておいて、偶然を装い油断させるために単身で来たのだろう。


 ――相変わらずの似非天然女狐だなぁ。


「……ロラン様~。な~んか、失礼なこと考えてな~い?」


 早速の勘の良さ――いや、この場合は観察と予測による論理的な推測だろう――を発揮して唇を尖らせるルシール嬢。顔は笑っているけれど、目が真剣(マジ)である。


「気のせいですよ。それと今日は学園の課題を調べるために図書館に用事があっただけで、ベルナデッド嬢とも偶々ご一緒しただけですよ」

 なにげない仕草で『たまたま』と偶然を強調する僕。


「ふ~~ん? ――相変わらず綺麗な顔をして尻尾を掴ませない狸ね~」

 口元に人差指を当てて首を傾げつつ、なにやら失礼な僕に対する評価を呟きながら、ルシール嬢は意味ありげに視線を横にずらしてベルナデッド嬢へと目配せをした。

「で、実際のところはどうなの~?」


「密会してた。あたしの婚約も解消されたし、晴れてフリーになった身としてロラン公子に粉を掛けていたところだけど?」

「ちょっ――!?」


 悪びれることなく逢引していたと堂々と言い切るベルナデッド嬢。

 目を剥く僕とは対照的に、ルシール嬢は動じた風もなく口元へ手を当てて、

「あらあら……もしかして、前の婚約者(フィルマン)に対する当て付けかしら~?」


 そう言われて、初めて気が付いた顔をしてポンと手を叩くベルナデッド嬢。

「……ああ、勘ぐればそういう見方もあるわね」


 そんな彼女をまじまじと観察をして、ふぅ……と気の抜けたように嘆息するルシール嬢。

「本気で前の婚約者のことはどーでもいみたいね~」

 無言で肩を竦めて肯定するベルナデッド嬢の淡白さに、やれやれと首を横に振る彼女。

「勿体ないわね~。私が同じ立場だったらお見舞いと称して、身動きできないエストルの枕元でタップダンスを踊って『ざまぁ!』って、心行くまで高笑いして、ついでに婚約破棄の賠償金を山盛り毟り取ってきてあげたのに~」


 黒いっ! 黒すぎる!

 まだしも元婚約者に無関心なベルナデッド嬢が良心的に思える腹黒さである。


「あの~、仮にも再起不能の怪我を負った相手に対して、あまりと言えばあまりの言葉なのでは……?」


 さすがに友人としていたたまれずにそう一言口を挟まずにはいられなかった。


「ほ~っほっほっ。片や無知で権力を持った馬鹿。片や見境のない殺人鬼。いずれにしても世の中に不要なモノ同士が潰し合った結果ですから、目出度いことではございませんか~」


 そんな僕の抗議には一切頓着せずに、「おほほほほほ~っ、いい気味ね~」と、口元に手を当てて高笑いしているルシール嬢。


「それはさすがに暴論だと思いますよ。別にフィルマンは罪を犯したわけでは――」

「無知は罪ですわ~」


 絶句する僕に向かって、滔々と歌うように続ける。


「ご存じかしら~。アドリエンヌが九歳の時から毎週四日は離宮の太后様の下で王妃教育を受けていることを? 好きでもない、尊敬もできない、自分を疎んじている相手の為に歯を食いしばって頑張ってらっしゃるのよね~。それとオデットは毎日毎日幼馴染の婚約者の為に手作りのお弁当を贈ってらっしゃるのよね~。毎日ゴミ箱に捨てられて泣く結果になるのに~」

「…………」


 別の意味で絶句する僕の顔を愉しげに眺めながら、

「私、前々から思っていましたのよ~。悪人は大抵が自分が悪いことをしていると自覚した上で悪事を働くでしょう? なら処罰に対して因果を含められるだけまだマシだと~。と~こ~ろ~が、昨今は『自分は特別な立場だから』とか、『法律で決められていないから』な~んて屁理屈をこねて、他人を傷つけ何とも思わない馬鹿が増えてきたと~」

 ほんわかした作り笑顔に冷笑を上乗せした。

「おかしいわですわよね~。もともと法律なんて常識を補完したものなのにね~。『こうしちゃいけな~い』って当たり前のことがわからない、お馬鹿さんの為に明文化しただけよね~。そのあたりを自覚してくれたら、お馬鹿さん達の罪で傷つく御令嬢も減るのにね~」


 現在進行形で彼女たちを傷つけているエドワード第一王子とその取巻き(シンパ)で構成される集団。その名目上のナンバー2である僕は、そう対立する御令嬢集団のナンバー2から、面と向かって糾弾されて何も言えずに黙り込むしかなかった。


「こらこらっ、アンタが“正義の味方(ホワイトハット)”を標榜(ひょうぼう)しているのは知ってるけどさ。あんましあたしの未来の旦那をイジメなさんな」


 そんな僕の苦境を見かねてか、ベルナデッド嬢が割って入ってくれた。ドサクサ紛れに何か聞き捨てならない台詞を挟んだような気もするけど……。

 ルシール嬢は苦笑しているベルナデッド嬢と、面罵される僕の様子を見て腹に据えかねたのか、無言で両手の荷物を置いて自然(ニュートラル)な体勢になったエレナの無表情――この姿勢が飛び掛かる寸前の彼女の戦闘態勢である――を見比べて、

「ん~~?」

 と、考え込むようなポーズを取ってから、「……冗談よ、冗談だってば~。本気じゃないわ~」ほにゃ~という笑顔を振りまく。


「……そうですか。では、そういうことですね」

「そーいうことよ~。昔馴染みの馴れ合いよ~。なんなら握手でもする~?」


 ここで事を荒立てるわけにはいかないので、あくまで『ジョーク』という――頭に『ブラック』と付きそうだけれど――ことで、お互いに手打ちにする。

 握手については、「未婚で婚約者のいる女性の手を不用意に握るわけにはいきませんから」と、言って固辞しておいた。勿論、関係が冷え込んでいるエクトルとの仲を知っていての韜晦(とうかい)だ。


 僕の言葉に、「うふふふふふっ」と、口元だけで笑うルシール嬢

 脳裏で学園の制服を着た雌狐と雄狸が形だけ握手している図が浮かんだ。


 まあ確かに本気で怒っているというよりも、こちらの反応を確認しているようなワザとらしい態度だったけどさ。


「それじゃ~、そろそろ私は行くわ~。ああ、面倒臭いから。今日ここであった出来事はなかったことにするわ~」


 “正義の味方(ホワイトハット)”の割に案外いい加減だなぁ、と思いながら踵を返した彼女の普通に歩いている筈なのに、なぜかフラフラして見える後姿を見送る僕ら。

 とはいえ、結果だけ見れば思いがけない形とは、いえこうして彼女と再び(よしみ)を通じることができたのは僥倖だったのかも知れない。


 と――。

 数歩歩いたところで、「そうそう」と、いかにもいま思い出した風にどこか胡散臭い仕草でルシール嬢は振り返って、

「最近いろいろあって、なーんか変な具合に生徒の鬱憤が溜まっているみたいよ~。へ~んなところにガス抜きするかも~。ま、私は度を過ぎない限り静観するつもりだけど~」

 そう意味ありげな捨て台詞を残して、またふらふらと去って行った。


「……どういうこと?」

「ハッタリじゃないですか? もしくは我々が右往左往するのを眺めて溜飲を下げる挑発か。少なくとも学園内で目立った事件・事故が起こったという報告は受けていません」


 首を傾げる僕に向かって、エレナがどこか憮然とした口調で答える。

 諜報活動に関しては統一王国随一と豪語しているクヮリヤートとしては、先ほどの言葉は聞き逃せない侮辱にも匹敵するのだろう(勿論、僕に対する敵意にも反応したと思える)。


「まあ、あんまり嫌ってやりなさんな」

 敵意を隠そうともしないエレナに向かって――同時に僕に対しても――ルシール嬢の取り成しをするベルナデッド嬢。

「ルシールはルシールで、最初の頃は頑張って婚約者(エクトル)を理解しようとか、妥協しようとしたらしいんだけど、何しろ『貴族以外は人間にあらず!』って骨の髄から思っているバルバストル侯爵家じゃない? どうあっても無駄と悟って、持ち前の正義感から敵対することに決めたんだと思うよ。だからそれでも健気に頑張っている――あたしは早々に匙を投げたけれど――アドリエンヌたちを貶めるエドワード殿下たちには我慢がならないんだろうね」


 自嘲するような寂しげなベルナデッド嬢の笑いに、ふと気になって尋ねた。

「確かにフィルマンは馬鹿なことをしましたけれど、いまでも許せないと思っているのですか?」


「許すも許さないも……そもそもフィルマンは最初から何もなかったからねえ」


 肩を竦めるベルナデッド嬢だけれど、軍務長官であるレーネック伯爵家の長男で王都剣術大会で三位に輝き、学業も優秀でエドワード第一王子の腹心のひとりであったあのフィルマンに、『何もない』ということはないと思うんだけど。

 それを言ったらこの世の大抵の男はそれこそ何も持たないつまらない男ってことになるんじゃないのかなぁ?

 そんな僕の考えを見透かしたように、ベルナデッド嬢はどこか包容力を感じさせる笑みを浮かべた。

「世の中の男ってのは、地位やお金や名声があれば女が満足すると思っているみたいだけど、本当に欲しいのはそんなもんじゃないわ」

「…………」

「本当に欲しいのは嘘偽りのない真心。愛でも情でもいい、真実真心で接してくれる、そんな相手が誰よりも大切だと……それなくしては、心に潤いがなくなって、やがて心は涸れてしまうものよ」

 あたしみたいにね、と寂しげに付け加える。


 いつの間にかしんみりした空気に気付いて、ベルナデッド嬢は一転して陽気に笑いながら、

「なのでロラン公子には期待してるんだから。勝手に無茶して死んだりしちゃ駄目よ!」

 バンバンと背中を叩く。


 そんなわけで有耶無耶になった感のあるこの時のルシール嬢の忠告だけれど、その意味を僕たちが知ることになったのはこのずっと後のことで、なおかつ意外な人物が活躍したのだった。

 そしてしばらく思い出すこともなかった。

 何しろこの日、帰宅した僕らに『宮廷騎士団』の一派が〈剣鬼〉(ソードデビル)によって皆殺しにされ、責任を感じた〈剣聖〉エベラルド様が王家に剣術指南役の返上と弟子たちの仇討ちを申し出た――という衝撃的なニュースがもたらされたからである。


「これはさすがに“よほどのことで”で、切羽詰まった状況だよねえ!?」


 ジーノの報告に、僕は屋敷の玄関先で天井を振り仰ぐしかなかった。

次回更新は2/12(月)頃を予定しています。


2/8 ベルナデッド嬢に対するご批判が多かったので、ちょっとフォローのつもりで付け足しました。

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