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幽霊からの伝言(ろくな物じゃないね)

 オルヴィエール統一王国の首都アエテルニタは現在、ひとりの殺人鬼によって厳戒態勢が敷かれていた。

 俗に『シングルナンバー』と呼ばれる貴族街。その中でもとりわけ王宮に近く、幾重にも防壁で守られた古参の上級貴族が屋敷を構える第一区でさえもそれは例外ではなく。現在は安全のために夜間外出禁止令が出されているほどである。


 日中であっても無用な外出を控える昨今、目につくのは街中で目を光らせる衛兵と、有志による『宮廷騎士団』(実際にそんな役職の騎士団は存在しない。単なる自称である)を名乗る完全武装した騎士姿の物々しい集団であった。

 ほんの数日前のお祭り騒ぎから一転。アエテルニタからは活気が消え、人々は俯いて歩きながらこの沈滞した空気が一日でも晴れる日を願うのみであった。


 で、その余波で……というか、もろに殺人鬼による第一の被害者が、学園の生徒にして知らぬ者はいないレーネック伯爵家の長男フィルマンであったことから、関係ない生徒もトバッチリを恐れて自然と学園を避けるようになり、講義もほとんどが休講となるといった具合だった。

 ここまで閑散としていれば、どこでも問題はないんじゃないかとは思うのだけれど、それでも悪事の露見を恐れ……もとい、万一を考えて衆目の目に付かない学園にある図書館の個室で密談することにした僕と、ラヴァンディエ辺境伯家の次期当主にして、艶やかな南国の花のような容姿をしたベルナデット嬢のふたり。

 それとプラスして、お互いの随員であるエレナと、あちらの似たような年頃の赤毛のメイドが、各々差し迎えで座る僕らの背後に控えていた。


 で、挨拶もそこそこにベルナデット嬢が開口一番、

「まさかいまさらロラン様がフィルマンの馬鹿をぶっ殺すとは……。提案しておいてなんですが、あまり寝覚めの良いものではないわね」

 手にした扇で口元を隠し、そう言って大仰な仕草で嘆息した。


 事前に話を聞いていなかったのか、ぎょっと目を剥いて僕と女主人であるベルナデット嬢とを交互に見比べるラヴァンディエ辺境伯家のメイド。


 対照的にうちのメイドであるエレナは、いつものふてぶてしい無表情で「――ふっ」と、失笑するのみである。

 見方によっては一笑に伏したようにも、逆に「ふ、ばれたか」と、開き直ったようにも見える思わせぶりな態度であった。


「いや、ぶっ殺してないし! 濡れ衣だ、冤罪だよっ!!」


 相手のメイドの瞳に脅えが奔ったのを見て、慌ててそこのところを強く否定するも、当事者の片割れであるベルナデット嬢から疑わしげな視線が返ってくる。


「……ですが、フィルマンの従者でそれなりに腕に自信のある剣士が合わせて三人、ほとんど抵抗らしい抵抗をできずに一刀のもとに斬って捨てられたとか。そのような真似ができる者といえば王都内では私の知る限り〈剣豪〉ハロルド様か、はたまた〈剣聖〉エベラルド様。そしてロラン様のみです」

 これ見よがしに指折り数えて、まるで名探偵が犯人を追いつめるように状況証拠を揃えて行くベルナデット嬢。

「このうち〈剣豪〉ハロルド様は公務中でしたのでアリバイは完璧――国王陛下と騎士団全員がグルになって偽証しているのでなければですが――だし、〈剣聖〉エベラルド様は最初に犠牲になった三人の師匠であり、凶報に接した際には冗談抜きで血相を変え、愛剣である『聖剣ゼファーナ』を引っ提げて犯人探しに乗り出したみたいだし……そういえば有志で構成された『宮廷騎士団』も、実際のところは仲間の復讐に逸る彼の門下生が中心になっているそうじゃない」


 だからこのふたりの可能性はかなり低いわね、とベルナデット嬢は指折り数えながら続ける。


「そうなると消去法でロラン様ということになるわね。なんだか当時のアリバイも曖昧だし、うちの〈影〉の報告でも第一の現場の周辺で見かけたという証言があるのだけれど?」

「…………」


 そのことを指摘されると胸が痛む。

 なぜフィルマンがあんな場所にいたのかは不明だけれど、それでも、もしかすれば僕は凶行が行われたその場に居合わせて、フィルマンたちを助けられたかも知れないんだ。


 ふと、瞼の裏にアドリエンヌ嬢と肩を並べて眺めた、夕日に染まるアエテルニタの旧市街の街並みが鮮明に蘇った。

「綺麗……。今日の夕焼けは怖いほど綺麗だわ」

 そううっとりと呟いたアドリエンヌ嬢の言葉がいまでも耳に残っている。

 もしかすると、あの日の夕日の赤はその足元で命を落としたフィルマンたちの鮮血の赤だったのかも知れない……。


「若君のアリバイなら完璧ですよ。その時刻、レオカディオ美術館の名物鐘楼台のある尖塔に登って、アドリエンヌ様と束の間の逢瀬を楽しんでいましたので」


 すかさず背後に待機しているエレナが、フォローなんだか冗談なんだか嫉妬(やっかみ)なんだかわからない一言を告げる。

 つーか、逢瀬言うな!!


「――あらっ! あら、あらあらあら……あらま」

 途端、名探偵から親戚の小母のような顔になったベルナデット嬢は、手にした扇で口元を隠して驚きを顕わにする。

「見かけによらず手が早いのね、ロラン様。見直しましたよ」


「いや、そのあたりは偶然というか、不幸な行き違いというか……」


 このことでは後でルネにも散々からかわれたけれど、アドリエンヌ嬢の名誉の為にも言葉を濁さざるを得ないのが歯がゆいところだ。


「まあ冗談はさておき――」

 苦渋の思いが顔に出たのか、一転して真面目な表情になるベルナデット嬢。


「冗談だったんですか?」

 いくらなんでも不謹慎ではないのですか? という含みを持たせた僕の確認の言葉に、悪びれることなくコロコロと笑うベルナデット嬢。


「勿論よ。だいたい既に下手人の風体も名前も判明しているんだし、いまさらロラン様がフィルマンを殺害する動機もないでしょう? 逆に私なんて直前に婚約破棄を申し出ていたこともあり、邪魔になった元婚約者を抹殺しようとしたんじゃないのか? とか、根も葉もない噂が蔓延するわ、枢密院から痛くもない腹を探られるわと大迷惑よ」


 憤然と肩を怒らせるベルナデット嬢だけれど、フィルマン殺害に関しては根も葉もあるし、探られると痛い腹もあると思うんだけどなあ。

 まあ、ここで僕に八つ当たりしている以上、その辺は上手いこと切り抜けたのだろうけどさ。


「確か〈剣鬼〉(ソード・デビル)と呼ばれる軍人崩れの冒険者、でしたか?」

 容疑者として挙がっている男の名前を告げるエレナ。


「そのようね。在野にフィルマンを一刀のもとに叩き伏せられる人間が他にもいたとは盲点だったわ」

 続けて、先に知っていればさっさと依頼したのに……と、呟いたベルナデット嬢の独り言は聞かないことにする。


「世間は広いということですね」


 肩を竦めて相槌を打った僕の顔を、ベルナデット嬢は興味津々たる顔つきで覗き込んだ。


「参考までにだけれど、もしも〈剣鬼〉(ソード・デビル)と貴方が戦ったらどちらが勝つのかしら?」

「さあ? できれば殺し合いなんてしたくないですね」


 心からそう願わずにはいられない。


「薄情ねえ。フィルマンの仇討ちをしたいとか思わないわけ?」

「いや、貴女の口からそんな白々しいことを言われても……」


 心にもない仇討ちを焚き付けてくるフィルマンの元婚約者殿。

 とはいえ、好むと好まざるとに関わらず、〈剣鬼〉(ソード・デビル)とは近いうちに雌雄を決することになる……そんな風に運命が収束することを暗示するかのように、複数の歯車の音が急速にひとつにまとまる気配を濃厚に感じていた。


 何も言わなくてもそのあたり感じるものでもあったのか、ベルナデット嬢は軽く目を細めて「ふぅん……」と、意味ありげに嘆息する。

 それから、割とどうでもいい口調で、

「――で、それはそれとして当の死人の様子はどうだったの?」

「ああ、まあ……思ったよりも元気でしたよ」

 尋ねられた僕は、つい先ほど会ったばかりのフィルマンの表情を思い出して、気休めではなく思った通りの感想を口に出した。


 奴が凶刃に倒れてから一週間あまり。

 ずっと面会謝絶状態ということで、エドワード第一王子でさえ見舞いを断っていたフィルマンから、「会いたい。渡したいものもある」という連絡を受けて、取るものも取りあえず訪れたレーネック伯爵家の別邸での様子を思い出して僕はため息をついた。

 神殿の神官たちの懸命の努力によって、ギリギリ黄泉路に旅立たなかったフィルマンだが、さすがに顔色は悪く寝台(ベッド)からも起き上がれない状態で、聞いたところでは下半身に麻痺が残って生きてはいても、剣士としても貴族の子弟としても死んだも同然の状態だとか。


 言葉につまる僕に向かって、

「――よう。ありがとう来てくれて。ずっと会いたかったんだ」

 げっそりとやつれ、寝台に横になったままの割に、意外と明るい……どこか憑き物が落ちたような表情で迎えてくれたフィルマン。

 戸惑う僕に向かって、

「神聖魔術で傷は治ったらしいんだが、腰の神経をやられたもので治癒魔術でも医術でもこれ以上はどうしようもないらしい。お陰でいまじゃ下の世話もメイド任せだ」

 そう足元に置いてある尿瓶を指さして笑ってみせた。


「あ、ああ。災難だったね」

 そんな通り一遍の慰めの言葉しか口にできない僕とは対照的に、妙にさばさばした様子で、「まったくだ」と、苦笑するフィルマン。


「治安維持を司る軍務卿の馬鹿息子が通り魔に一刀両断にされた。親父は責任を取って職を辞するつもりだそうだ。俺も傷を癒すためにお袋の実家で静養……いや、勘当かな? ま、しばらくは田舎暮らしをして英気を養うさ」


 その言葉に思わず部屋の隅に待機している、メイド長らしい四十歳代と思える貴婦人の表情を窺うと、彼女は目を伏せたまま微かに首を横に振って、回復の見込みが乏しいことを示唆した。


「――そうか。一日でも早く回復することを願っているよ」

「ああ、今年は無理だろうけれど、来年……再来年の剣術大会では、今度こそ雪辱を晴らしてみせるぜ」


 一周回って痛々しいフィルマンの空元気に、「それはどうかな?」と、軽口で僕は応じる。


「ま、できればその前にあの凶賊――〈剣鬼〉(ソード・デビル)だったか?――をこの手で斃して汚名返上と行きたいところだが、いまはちょっと無理っぽいからな」

「ああ、そっちは衛兵や〈剣聖〉エベラルド様を筆頭にした腕自慢が出張っているみたいだからね。寝ながら吉報を待っているがいいさ」


 途端、いままでの明るい雰囲気から一転、フィルマンの表情が張り詰めたものに変化した。


「止めさせた方がいい。はっきり言うが有象無象がいくら集まってもアイツの相手にはならん。我が師が聖剣を持ってしても、場合によっては遅れをとるやも知れない相手だ」

「……それほどなのかい?」

「ああ、あれはとことん人を殺すことに特化した剣を使う化け物だ。様式美に染まったところは一切ない。おまけに嫌になるほど人を殺しているから覚悟が違う。倒せるのはお前くらいなものだろうが、悪いことは言わん最初から本気で殺すつもりで戦わなければ、ことに寄ればお前でも危ない。できれば〈神剣〉を……いや、お前の性格的に無理か。だが、まあ負け犬の助言だが、常に真剣は持っていたほうがいいだろう」


 そこまで一気に喋ったところで、フィルマンは何度か咳き込んだ。

 話していたのはほんの僅かな間だけだったのだけれど、その表情にはべったりと疲労が色濃く滲み出ていた。


「公子様、申し訳ございませんがあまり長時間は……」

 メイド長に促されて、僕はステッキと帽子を持って面談を切り上げる。


「わかった。肝に銘じておくよ。それじゃあね」

「ああ。ありがとうな」


 臥せったまま微笑むフィルマンのその姿を前にして、僕はようやく昔からの“友人”が戻ってきたのを実感して、嬉しさと遣る瀬無さを同時に味わうのだった。


「――なあ」

 メイド長に促されてフィルマンの寝室から出ようとしたその僕の背中に、思い出したように声がかかる。

 振り返った僕に向かって、フィルマンは切羽詰ったような口調で捲くし立てた。

「さっきはああ言ったが、お前は〈剣鬼〉(ソード・デビル)とは戦わないほうがいい――いや戦うなっ。奴の剣とお前のとは対極で……そのくせどこか似たところがある。お前が勝ってもひどく嫌なシコリになる。そんな気がするんだ、だから卑怯と言われても〈影〉でも罠でも、なんでも使ってさっさと始末して忘れたほうがいい……」

 そう言って今度こそ疲れきったのか、大きく息を吐いて、「……しばらく眠る」そう呟いて瞼を閉じたかと思うと、そのまま半ば気絶するように寝息を立て始めた。


 眠ったフィルマンに一礼をして部屋を後にする僕と、見送りのつもりなのかメイド長が神妙な表情で粛々と、廊下の中ほどまで僕の数歩後ろを着いて歩く。

 別室で待機していたエレナを筆頭にしたうちの従者と合流したところで、彼女は深々と僕に対して膝を曲げた。


「本日はありがとうございました。意識を取り戻して以降、フィルマン様はずっと塞ぎこんでおりましたが、公子様のお陰で久方ぶりにあのような朗らかな笑顔を拝見することができました。衷心より感謝いたします」

「いえ。これから大変だと思いますが、どうかフィルマンをよろしく支えてやってください」


 僕の言葉に再度、深々と腰を屈める彼女。

 そうして今度こそ僕らはレーネック伯爵家の別邸を後にするのだった。


 帰りはこのまま直接学園に向かいベルナデット嬢と待ち合わせする予定になっていた。その馬車の中で、僕は先ほどのフィルマンの助言を思い出しながら、そうはいかないだろうな……と、半ば諦観めいた気持ちで懐にしまっていたそれ(・・)を引っ張り出して、走り書きされた内容を何度も確認する。


「なんですか、その紙切れは?」

 向かい側の席に座っているエレナに聞かれて、僕はその紙片をエレナへ渡して見せた。

 一読したエレナの視線が鋭くなる。


「フィルマンからの預かりモノだよ。なんでもフィルマンの死体……と思われていたポケットに、知らないうちに入っていたそうだけど」


 書かれている内容はほんの一行だけ。


『オリオール公子へ ロレーナ嬢との再会を期待する。 byオットマー・ボイムラー』


 死んだはずの男からのメッセージだった。

次回は2/3(土)頃更新の予定です。


なお、作中でもちょっと触れていますが、『宮廷騎士』というのは存在しません。

そう名乗っていた、貴族の次男三男のなんちゃって騎士はいたそうですが。

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