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あの夏の日の剣術大会(挑戦者の視点)

 ふと、フィルマンの脳裏になぜか去年開催された王都剣術大会の本選の模様が甦った。

 当然のようにロランが四連続優勝を果たして、アドルフが準優勝。自分は準決勝でロランに敗れて三位決定戦でどうにか食い下がれた大会である。


 あの日は、夏の盛りであっても比較的過ごしやすい王都には珍しく、微風ひとつ、雲ひとつない快晴の空の下、照り付ける太陽がじりじりと肌を焼くような強い日差しの下、それ以上に詰めかけた数万の大観衆の興奮と熱気がうねりとなって、体の芯まで焼けつくような暑さに包まれていた。


 陽炎の立つ炎天下、五百年前に造られて以降、国の重要文化財にも指定されている闘技場(コロシアム)に中央で、準決勝の試合開始の合図を待っていたフィルマンら。


 覚えているのは拭っても拭っても流れ出る汗と、生涯経験したことがない冷めやらぬ興奮。

 そして、眩しいほどの陽光を燦々と浴びて自然体で佇む対戦相手……“絶対王者”として目前に聳え立つ〈神剣の勇者〉ロランの姿だけだった。


(なぜいまさらそんなことを……?)


 怪訝に思いながら春の空を見上げる。

 あの夏の日を髣髴(ほうふつ)とさせる雲ひとつない快晴であるが、まだ肌寒さを感じるこの時期の太陽はうららかで、あの暴力的なまでにギラつく灼熱の熱気には程遠い。


 またこの場所も、血と興奮と熱狂渦巻く闘技場(コロシアム)とは無縁であり対極である、統一王国屈指の静寂と芸術、気品を誇るレオカディオ美術館の丹精に造られた中庭に面した静かな廊下の端であった。


 建物のみならずその庭園もまたひとつの芸術であるとの美意識の下、幾つもの賞や叙勲を受けている超一流の庭師が丹精を込めて造り上げた王国式庭園の最高峰と謳われる隠れた名所であるレオカディオ美術館。

 その庭園はどこまでも典雅で、お昼時を過ぎて幾らか人も疎らになったとはいえいまだ八割程度のテラス席が埋まっており、名物のカプチーノを味わいながら上流階級(ブルジョア)らしい身支度を整えた老若男女が、優雅にカップを傾けて午後の一時を楽しんでいた。


 貴族であっても無骨な自分でさえも場違いだと思えるそんな中、綺麗に整えられた芝生を意にもかえした風もなく、乱雑な足取りで荒らしながら明らかな異物――三人組のチンピラがやってくるのを――フィルマンの視界が捉えた。

 芸術とは無縁の凶暴さと傲慢さを剥き出しにした顔立ち。また、それを裏付けるような趣味の悪い鋲打ちの黒革のジャケットにスラックス。さらには懐に何か剣呑な代物を持っているのか、膨らんだ胸元に手を入れた連中が、テラス席の一角を占める赤い帽子の御令嬢を目指して、舌なめずりをしながら向かって来る。


(――どうする!?)


 物陰からこれを予想して窺っていたフィルマンが逡巡するのとほぼ同時に、いつの間に現れたのか黒髪をポニーテールにした硬質な美貌のメイド服を着た娘が、席に座ってカプチーノを飲みながら、遠目に見た限り微妙な雰囲気のまま言葉少なに談笑していた(?)男女の男の方――ロランの傍らへ近寄っていって耳打ちをした。

 途端、一瞬だけロランの鋭い視線が中庭に土足で足を踏み入れた連中へと向けられる。

 その視線の凄まじさに、遥か……まだ相当の距離があった筈のチンピラ連中が、その一瞥で射竦められたかのようにその場へ足を止めた。


 直接殺気をぶつけられた三人組のチンピラ以外でそれに気付いたのは、この場ではフィルマンと……おそらくはロランの従者であろうメイド服の娘だけだっただろう。


 同時にガチャリとスプーンが落ちる音が聞こえて、金縛りが解けたフィルマンがその音がした方を反射的に見れば、いかにも田舎からきたばかりという野暮ったい身なりの中年紳士が、銀のスプーンをタイル張りの床に落としたらしくバツの悪そうな笑みを浮かべていた。


(まさか、あんな中年男がロランの殺気に気付いて動揺したわけではないだろうが……)


 ともかくも自分に向けられていたわけでもない殺気に強張っていた体をほぐして、深呼吸をしたフィルマンが視線を戻せば、最前に放った殺気が嘘のような柔和な笑みを取り戻したロランは、いかにもちょっとした小用ができたといった様子でアドリエンヌに一言二言断りを入れて席を立った。


 すぐに戻ると言わんばかりにコートとステッキをメイド服の娘に預けて手ぶらで立ち去るロラン。

 メイド服の娘のほうは引き続きその場に立って待機するようで、そうすることでそう間もおかずに戻る意思表示をしているのだろう。


 いずれにしてもいまが千載一遇のチャンスである。


 ロランが連中にケリをつけて戻る前に(すぐに終わるだろう)事を成就させる。

 ただ懸念材料としてはあの黒髪の娘(まず間違いなくあの娘も護衛であり、それなりの手練れである筈)の存在だが、それとてロランに比べればまだマシというものだ。

(いける……か?)

 腰に佩いている愛剣の柄に手をやったまま自問自答するフィルマン。


 いつの間にかじっとりと汗ばんでいた掌を拭って、フィルマンは背後を振り返った。

 

 当然ながら、貴族の令息が出かける際の常として彼も従者もふたりほど連れて来ている。

 いずれもフィルマンと同じ〈剣聖〉エベラルドの門下生で騎士爵家の息子ではあるが、いまはわざと平民のような恰好をしてさり気なく他人を装って、壁際の絵を鑑賞するフリをしてフィルマンの合図を待っている状態であった。


 当初の予定では彼らはあくまで保険であり、いざという場合の証人役をやらせるつもりでいたのだが、こうなっては彼らにチンピラ役をやってもらうことで……多少、博打に近くなるが、ここは無理やりアドリブで押し切るしか方法はない。

 ともかくもロランがいないいまが絶好のチャンスである。


 そう無理やり自分に言い聞かせて、再度アドリエンヌが座っているカフェの席へと視線を戻した。


 アドリエンヌは変わらず気軽な調子で顔見知りらしいメイド服の娘に話し掛け、黒髪の娘の方も如才なくそれに応じている。

 ロランの方はと見れば、ぶらぶらと気軽な散歩にでも行くような足取りで、体が竦んで動けない三人組の方へと歩いて行き、そのまま知り合いにでも話しかけるような自然な様子で話しかけた。


 連中の中でも一番年上で兄貴分らしい大柄な男が、間近にまみえるロランの自分の顎ほどまでしかない背丈と少女のような面立ちに、ちっぽけな優越感から虚勢を取り戻したのか、何やら気炎をあげてアドリエンヌのほうを顎で示して無理やり押し通ろうとする。

 それを止めようとするロランとしばし押し問答をした後――。

 溜息をついたロランに「河岸(かし)を変えようと」とでも促されたのか、そのまま四人揃って中庭のさらに奥の方へと足を向けるのだった。


 予定ではアドリエンヌにからむはずだったチンピラ連中だが、さきほどの失態の落とし前(・・・・)でもつけようと考えているのか、本来の目的であるアドリエンヌよりも目前のロランのほうへと、完全に目標を変えて()る気満々……本末転倒の極地であった。


 馬鹿が。所詮は金で雇われたチンピラか……と、段取りが破綻したが、同時にロランという邪魔者がいなくなったのを確認して、

(――よし、いなくなった。いまだ!)

 そう内なる声――ドミニクの声にも似ていたし、エドワード殿下の命令にも、はたまたクリステル嬢の蠱惑的こわくてきな囁きにも聞こえたそれら――に従って、行動を開始しようとしたフィルマンであったが。それと同時に、拮抗する形でもうひとつの思いが弾けた。


 形にならない衝動――最後に残った彼の剣士としての矜持か、絶対王者に対する挑戦者(チャレンジャー)としての闘志だったのかも知れない――それに突き動かされるかのように、しばし葛藤をした後、

「――っ。先にロランを追いかけるぞ!」

 そう叩きつけるように指示して、足早にロランたちが消えた木立の向こう側を目指して小走りに走り始めるフィルマン。


 と、もう一度だけアドリエンヌたちがいるカフェの席を見回したフィルマンの視界の隅で、先ほどのスプーンを落とした中年の特徴のない顔立ちの田舎紳士が、自分たちの方を眺めてなぜか渋い顔をして、そそくさと席から立ち上がったのが見えた。

 その様子になぜかフィルマンは一瞬だけ不吉な、何か言い知れぬ予感を覚えるのだった。

明日、再度続きを更新いたします(*-μ-`*).゜。.

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