敗者と勝者(そんなものあるのかなぁ?)
1/16 内容を大幅に変更しました。
先日の凱旋パレードの熱気冷めやらぬ王都アエテルニタの通りは喧騒に包まれていた。
市民のガス抜きを兼ねていたのだろう。パレード当日は一晩中大衆居酒屋は開放され、花火が打ち上げられ、市内はもとより近隣の町からも商売人が集まって露店を開き、路上の物売りはここが正念場とばかり声を張り上げ、大道芸人や人形芝居はおひねりを目当てに軽快な芸を披露していた――その残響と名残はいまも続いていて、ちょっと通りを歩くだけでもひっきりなしに声を掛けられる状況だ。
「美味いよ美味いよっ。今朝獲れたばかりのレインボーカープの塩焼きだ! どうだいそこの若様、話のネタに一口? 一切れ銅貨三十枚のところおまけして二十枚でいいよ!」
「おいおい、そんな野卑な食い物を上流階級のお坊ちゃま口にするわけないだろう。それよりもこっちのクレープはいかがですか、甘くてお上品な若様の口にもきっと合いますっ」
「色男のお兄さん、よろしければこのお花を買ってくださいませんか?」
地味な服装を選んだつもりなのだけれど、それでも仕立て服の材質や縫製、ついでにいかにもなメイドを引きつれて歩いていることから、上客と当て込んだ物売りが次々に群がってくる。
「……やれやれ。せめて乗合馬車でも利用するべきだったかな?」
そうボヤくと、エレナは神妙な表情で小考した後、小首を傾げる。
「微妙なところですね。箱馬車ならともかく、市内の乗合馬車は幌があるだけでほとんど中が丸見えですからね。おまけにストリートはこの通りの混雑ですから、逆に逃げ場がない状況で万が一にも若君の正体がバレたら大混乱になること請け合いですから」
ま、確かにそう考えればまだしも上流階級のお坊ちゃんが、市内の馬鹿騒ぎに浮かれてお忍びで歩いている……というこの格好の方がマシかも知れない。
そう思い直して改めて帽子を目深にかぶり直す。
「――ということでさっさと美術館へ行きましょう。それとも何か屋台で食べていきますか? さっき熊肉の串焼きが売ってましたよ」
そういって屋台の食べ物屋に視線を巡らすエレナ。
立錐の余地もないほど立ち並んだ屋台のそこかしこから、食欲をそそる香ばしい匂いが漂っていた。
「ふむ……?」
そういわれてみれば、小腹が空いたかな……といった腹具合である。
ちなみに露店で売っている肉は豚のような高級素材はまず滅多にみかけない(あっても本当に豚か信用できない)。
良いところで羊か山羊、あとは野山で穫れた禽獣。さらに場末の店では得体のしれない魔物の肉(死ぬほどマズイ)や乳の出なくなった廃牛(死ぬほど硬い)が格安で売られているといったところだ。
好みにもよるけれど、禽獣としての格は、鳥>鹿≧猪>>>熊といったところで、熊肉の評価はあまり高くないが、量だけはたっぷりあるのでそこがエレナの琴線に触れたのだろう。
「熊肉は癖が強いからなあ……。さっきのクレープくらいならいけそうだけど」
「そうですか。じゃあそこの屋台で買ってきますね。――そこのドネルケバブ二人前っ。お肉厚めで!」
速攻で露店で焼いている羊肉? 山羊肉? の屋台へ走るエレナ。
「クレープじゃないの!?」
「似たようなものですよ。どっちも挟んで食べるわけですから」
予想外の行動に思わず周囲の目もはばからずに大声でツッコミを入れてしまったけれど、エレナといえば気に介した風もなくホクホク顔で暴論を吐く。
「がはははっ、お嬢ちゃんは美人だから特別にサービスしておくよ!」
注文を受けた屋台の親父は上機嫌に分厚い肉切り包丁で回転する焼肉を捌きながら、余計な気の利かせ方をして、付け合せのパンにこれでもかというほど切り落とした肉を詰めて寄越す。
「「お~~~~~っ!?」」
その光景にエレナの口からは歓声が、僕の口からは嘆声が漏れた。
◇◆◇
人間……いや魔族であってもこの世には生れ落ちた時からの勝ち組と負け組がいる。それは厳然たる事実だ。
この場合の勝ち組と負け組というのは、貴族と奴隷のような目に見える格差――顕著過ぎて勝ち負けを競う以前の断絶。アリが天の星を羨むような想像を絶する代物――ではない。同じスタートラインから走り出したとしても、確実に生じる個人の勝ち負けの問題だ。
他人は他人、自分は自分。いちいち他人と比較するなど不毛である、愚かな事だとしばしば綺麗ごとを口にする連中もいるが、そもそも人は群れで行動して社会を形成する生物である。他者を完全に無視したとしたら、そこに社会は形成されないだろう。
つまり人の世で生きるとは常に他者との比較・競争であるのだ。そこに優劣が生じるのは当然の帰結であろう。優劣を競うな、気にするななどという無知蒙昧な綺麗事はその事実に目を背けた気休め、もしくは机上の空論にしか過ぎない。
そのため彼は努力を惜しまなかった。
もともとの生まれは北の寒村。
さらに付け加えるのなら、人間ではない〈魔族〉と呼称される一族に連なる系譜であった。
〈魔族〉といっても往年の恐怖と畏怖の代名詞であった時代は遥かお伽噺の当世。まして彼の一族は見た目・魔力・能力ともにほとんど人間と変わらず、緩やかに衰退して消滅するか、もしくは人間との混血が進んで〈魔族〉のカテゴリーから外れるか。
いずれにしても先細りの未来しかない村に嫌気がさした彼が、故郷の村を出奔したのは十二歳の時であった。
無論あてなどなかったが、幸いにして彼には――彼の血族にはひとつだけ特有の能力があった。
〈シェイプシフター〉
それが種族としての彼の名称である。
変幻自在。物語の中ではおよそありとあらゆるものに化けられる魔族とされているが、種族が衰退したいまでは、顔と体型を少しばかりイジれる……百面相がいいところとなっていた。
とはいえ人の世界ではなかなか重宝する能力であり、最初はまずは年を幾つか誤魔化して冒険者として冒険者ギルドへ登録し、しばらく雑用を行って小銭を貯める事にした。この世の中でモノを言うのは金だと思ったからだ。
だが冒険者というのはつまるところ日雇い労働者。それも不定期のと頭につく底辺の集まりである。
このままではいつまで経っても金など貯まらない。
そう考えた彼は一念発起をして翌年、その国の兵士――それも最前線へと志願した。勿論、目的と目論見があってのことだ。
まずは軍隊であれば飯の食いっぱぐれがないだろうという、当時成長期であった腹ペコの胃袋を満たすため。いくら体格が微調整できるといっても、基本になる肉がなければどうしようもないその差し迫った欲求を適えるため。
次に我流であった武器や格闘術の習得――筋肉同様、身につけた技能はそう簡単になくならないと思ったからだ。
そして何よりも社会的な地位と名声を得るためであった。
その目論見は大方のところ達成できたと言える。
〈シェイプシフター〉の能力を使って諜報・破壊活動・場合によっては邪魔な味方を陥れるため思う存分に使い、身元のあやふやな一兵卒から十年の軍隊生活で軍曹まで上り詰めることに成功した。
だが、若かった彼はやり過ぎた。
その行動に不審をもたれて、徹底的に調査され彼の正体はあっさりと露見したのだ。
魔族として石もて追われた彼がどうにか国境線を越えられたのは僥倖としか言いようがない。
それから流れ流れた彼が裏社会に入ったのも当然の成り行きであったろう。
そのことに後悔はない。危険は付きまとうがそれは軍隊も同じ。
ならば裏も表も関係ない。でかい家、美味い酒、有り余る金、群がる女たち――すなわち人生の勝ち組になることが、彼の目標だったのだから。
だが、どれほど金を貯めても、裏社会でのし上っても、或いは美男子に化けて美女を侍らせても、そこには満足感はなく、それどころかますます飢餓感が……渇望が膨らむばかりであった。そして何よりも、血を吐く思いで手に入れたものが、またしても一夜にして奪われるのではないかという恐怖が彼を突き動かしていた。
つまるところ世の中には勝ち組と負け組がいる。だが、それを決めるのは運命という不合理で不条理な存在である。そいつが選ばれた者と選ばれない者と……勝つ者と負ける者を峻烈に選別する。そんな自明の理。
そんな運命の流れの中で必死に泳いできた彼。
だが、今度ばかりは徹底的に運命に見放された……おのれが選ばれなかった負け組であることを痛烈に思い知らされたのだ。
せっかく預けられた国境付近の町と金の卵であるダイヤモンド鉱山。何よりも組織の壊滅という弁明の仕様もない失態という形で。
いっそこのまま他国へ高飛びしようかとも考えたが、組織に加入する際に血で羊皮紙に書かれた“誓約”は、彼程度の魔力しかない魔族には致命的である。
逃げた瞬間、どのような報復をされるものか……死ねる程度ならまだ生易しいのだが。
せめてもの弁明を一刻も早く行おうと、通常馬車で三週間近くかかる距離を、馬を数頭使い潰しながら一週間ほどで走破して、お祭り騒ぎの王都へ潜り込み、夜になるのを待つつもりで時間を潰しがてら、言い訳の言葉を考えていた。
そんな彼の視線が、ふと店の外に立ち並んでいる屋台のひとつ。
中原人らしい異国人が開いている出店の店先で焼肉相手に大騒ぎをしている、主従らしい男女ふたり――そのうち従者らしい黒髪黒瞳の娘に釘付けになった。
見違えるわけがない。この国では珍しい色彩に同じメイド服。怜悧な美貌は見間違えるはずもない。
自分がこうまで落ちぶれた原因の一端である。
――俺はツイているっ!!!
そう胸中で喝采を叫ぶ彼――人混みで賑わう王都の立ち飲み屋で、今後の事を考えながらちびちびと昼酒を飲んでいた旅行者風中年男。
中肉中背でこれといって特徴のない彼――ついこの間まだ『オットマー・ボイムラー』を名乗っていた魔族の男は、この数奇な運命の再会に歓喜した。
まさか百万都市とも謳われる花の王都アエテルニタで、まったくの偶然でひとりの娘と巡り会えるとはっ!
――まだまだ俺の運は尽きちゃいない。
ほくそ笑みながら足元へ置いてある荷物へ視線を送る。
アレ以来沈黙を守っている人形だが、あのメイドの主らしい娘――確か『ロレーナ・ヴァネッサ・ミラネス』子爵令嬢だったか? ――に対してみせたあの取り乱しようは思いがけないもので、やりようによっては十分に失点を回復することもできるだろう。
生憎と今日はあの娘は一緒ではないようだが、いまいる若造も立ち振る舞いからして貴族だろう。
ロレーナとも無関係とは思えない。ひょっとすると身内かも知れない。じっくりと背後関係を洗えばいいだけのことである。
「――勘定だ。釣りはいい!」
舌なめずりしながらカウンターへ料金を叩きつけるように置いた彼は、荷物を背負ってそそくさと店を出た。
そうしながら俯いて顔を変え、人混みの中、徐々に体型を変化させながら人の流れに乗って何食わぬ顔でふたりのあとを追って歩き出す。
幸いにも雑踏が彼の気配を完全に消して、なおかつ両手で持ったドネルケバブ(若造が半分食べたところで渡した)に夢中にかぶりついているメイドは、こちらの尾行にまったく気づいている様子はなかった。
女装はなしの方向で修正しました。




