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辺境伯家の後始末(と、放心の義妹)

 野性に戻ってというか、これが地なんだろうなという具合に生き生きと暴れまくっていたブリンゲルトの横っ面を、召喚した〈神剣ベルグランデ〉で一発ぶん殴って正気に戻した僕らは、

「おおっ、すまんすまん。つい昔を思い出してしもうてのぉ。ん? 帰るのか? なら背中に乗るが良い。美女と美少女ばかりが儂の背中にしがみつくとは……ふぉふぉふぉ、別な意味で(たぎ)るのぉ!」

「なんで全員で寄ってたかって僕を女性枠に押し込むわけ!?」

 多少すったもんだあったものの、そのまま速攻でブリンゲルトの背中に跳び乗って、来た時と同様にとんぼ返りで王都へ戻った。


 通常ならどんなに急いでも片道三週間はかかる行程も、空を飛べば数時間で戻れる。

 この世界でも屈指の大国であるオルヴィエール統一王国の端であるラヴァンディエ辺境伯領から中央の首都アエテルニタまでほぼ日帰りで行って仕事をして帰ってこられるのだから、さすがはエンシェント……いや、レジェンドリィ・ドラゴンだけのことはある。〈神剣ベルグランデ〉を担いだ状態で神光にさらされていても、

「チリチリ鱗が焦げ付いて気分が悪いの~」

 で済んでいるのだから流石としか言いようがない。知性のないコモン・ドラゴン程度なら刀身に触った瞬間、炙ったナイフでバターを切るようにスパッと手応えなく切り刻まれてお終いだというのに。


 そんなわけで夜半過ぎに王都郊外へと静かに舞い降りたブリンゲルトに礼をして――ちなみに報酬はロレーナ(この格好)のままで膝枕をして、頬にキスをしてほしいという、どいつもこいつも頭が沸いているのではないかという法外なものだった(やったけどさ!)――エレナの手配で、王都近郊の町にある本物のホテルのロイヤルスイートに一泊して、翌日に馬車の中で着替えを終えてようかくロランへ戻ることができた――途端に、いつもの歯車のような音が聞こえてきた。

 ロレーナ(女装)の時はほとんど鳴りを潜めていたけれど、もしかして気に食わなかったのだろうか? いまだによくわからない幻聴である。


 翌日、迎えに来たお抱えの御者が鞭を振るう、四頭立ての普通の馬が牽く馬車に乗って僕らは堂々と正門から王都へと戻った。

 近づくにつれて妙に王都全体が活気付いていて、お祭り前夜のような賑わいを肌で感じたため御者に確認させたところ、どうやら『イルマシェの反乱』を鎮圧したことで、近日中に討伐軍が凱旋するという情報が流れていて、それに合わせて市民が盛り上がっているらしい。

 どおりで人通りが多いわけである。

 あと聞いた話では、実際には戦場へ行かなかった……どころか行く前に反乱が終結したため、ただ集まっただけのドミニク、フィルマン、アドルフ達三馬鹿も参加している領主軍も、勝ち馬に乗じて凱旋パレードに参加するらしい。

 ……僕が言うのもなんだけど、貴族の面の皮というのはレジェンドリィ・ドラゴンの鱗よりも硬いかもしれない。


 とは言え昔と違って現代はそのへんの情報も新聞や口コミで知れ渡っているらしく、実際に戦った国軍の兵隊に対する熱狂と興奮とは違って、領主軍に対する評価はかなり冷ややかなもので、そもそもの原因が領主の圧政であったこともあり、さすがに罵声はないだろうけれど針の筵のような冷たい視線を浴びるのは想像に難くなかった。

 特に元凶であるイルマシェ男爵(元伯爵)とドミニクなどよく臆面もなく凱旋パレードに顔を出せたものである。誰かの嫌がらせかも知れないけれど、僕ならこの状況で人前に顔を出せと言われたらその前に胃痛でぶっ倒れること確実だ。


 実際、後日の凱旋パレードの主役は汗と血と泥にまみれた国軍の将兵となり、彼らが沿道の歓声や子供たちの羨望と花と町娘からのキスなどの熱烈な歓迎を受けたのに対して、下ろしたてのような傷ひとつない鎧兜とマントを身につけた領主軍に対する市民の反応は、おざなりな拍手のみとなったらしい。



「――ま、それでも自分たちは賭けに勝ったと思っているんでしょうね」


 凱旋パレードのあった数日後――。

 再び〈神剣ベルグランデ〉を聖教徒大神殿の本殿『至聖所』へと戻す儀式(単なる様式)に参加して、数日ここで足止めを余儀なくされた僕の陣中見舞い――というか、後始末の件でベルナデット嬢が顔を出していた。


 ちなみに〈神剣〉を持ち出した名目としては、事前通告もなしに『帰らずの峡谷』からラヴァンディエ辺境伯領までブリンゲルトが散歩に行った(・・・・・・)事に対する示威行為ということにしてある。

 幸いにしてラヴァンディエ辺境伯領には何ひとつ被害が(・・・・・・・)なかったという(・・・・・・・)報告が国へ上がっているために、今回のことについて当人というか当竜に対する罰則はなしと不問に付されたわけだけれど、名目上のこととはいえ無理を押してしまったので、そのうち大根でも持って謝罪に行くつもりでいる。


「市民の反応を見ればどちらかといえば領主軍の方が悪玉って感じで、冷ややかなものでしたからね」

「『どちらかといえば」ではなくて『確実に』そうね。本来なら反乱軍がその対象となるのでしょうけれど、いまや一般の認識では『欲の皮の突っ張った貴族の圧制に耐えかねた農民たちの精一杯の反抗と、それを苦しみながら鎮圧した国軍の兵士たち。そしてすべてが終わったところで勝利者面をして手柄を横取りした領主軍』と、まああながち間違っていない共通認識が広がっているようだから、この後、国王や貴族院がどう対処するかで国の舵取りも見極められるわね」

 いつものように珈琲を優雅に嗜みながら、綺麗に爪が磨かれた指を一本一本立てていくベルナデット嬢。

「一、厳正に対処する。二、なあなあで済ませる。三、今回勝ち馬に乗った無能な領主に報奨をを与える。あたしの予想では、2:5:3って予想ね」

「奇遇ですね。僕もそんなところだと思っています」


 一のパターンが望ましいのだけれど、おそらくは二の可もなく不可もなしのパターンが有力だろう。三は論外だ。

 そう思った刹那、歯車の軋みが将来の暗雲を示すかのように、ギシギシと大きく鳴り響いた。


「三だったら最悪ね。自浄能力のない泥舟に乗り続ける意味はないし、そうなったら無理やりあのフィルマンをあてがわれるでしょうからね。有志を集めて統一王国からの独立を宣言したほうがマシよ」

「また過激な意見を堂々と……」

「ならやっぱり貴方が王位について、周辺国に睨みを利かせたほうが手っ取り早いんじゃないの? 聞いてるわよ、〈魔王〉に〈暗黒魔竜〉ついでに今回は『アナトリア娘子軍(じょうしぐん)』まで味方に付けて、領内に専用の宿舎や訓練所も造らせたそうじゃない。あの気難しい彼女たちをどうやって部隊ごと……って、結構社交界では話題になっているわよ」


 さらりと簒奪を焚き付けながら、アナトリア娘子軍について興味津々で聞いているベルナデット嬢。

 さすがに全員を投げ飛ばしたら(怪我をしないように細心の注意は払った)勝手に懐いたとも言えず、苦笑いで済ませる。それからすまし顔で給仕をしているエレナへ視線を送って、わざとらしく嘆息してみせた。


「実のところ僕も宿舎とかそのへんの詳しい経緯は、王都に戻るまでまったく聞いていなかったのですよね。メイドを百人ほど雇ったとは聞いていますけれど」

「似たようなものです。実際、貴婦人などの要人警護の際にはメイドとして従事するそうですから」

 まったく顔色を変えずに堂々と開き直るエレナ。


「なるほど、エレナさんが〈影〉兼メイドをしているのと同じだけど、あっちは〈女傭兵騎士(アマゾーン)〉兼メイドってわけだ」

「正確には私の場合は、若君の内縁の妻兼メイドついでに〈影〉なのに対して、連中は若君の愛人兼〈女傭兵騎士(アマゾーン)〉時々メイドといったところですね」

「あ~~~~~っ……」


 おい、ちょっと待て! それだと趣味で〈影〉やっているみたいじゃないか。それとベルナデット嬢もエレナの嘘八百で合点がいった表情をしないでくれ。悲しくなってくる。


「……まあハーレムや後宮の話はとりあえず、後日ルネちゃんとエディットも交えて話し合わないとフェアじゃないので一時棚上げしておくとして」


 何がフェアじゃないのかツッコミを入れたら負けのような気がするので、聞かなかったフリをする。というか一時と言わずに一生棚上げでも全然問題はない。


「そうですね。まずは我が領の安寧のためにご尽力をいただいたことを感謝いたします」

 威儀を正したベルナデット嬢は、椅子から立ち上がって深々と膝と腰を曲げる。

馬鹿兄貴(トリニダード)の報告によれば、『ストロベリーフィールズ』は、鉱山を取り仕切っていた“オットマー・ボイムラー”の死体を発見したそうですが」

「えっ、あいつ死んだの!?」

「少なくとも死体になったのは数年前のような状態だったらしいね。つまり、公子たちが会ったオットマーは幽霊か偽者ってことになる。ま、こちらとしてはあくまでオットマーは死亡、また町を取り仕切っていた連中も軒並み一掃され風通しが良くなったこの機会に、正式に領内の資産と認めて直接管理することになったよ」

「ふ~~ん」


 やっぱりあのオットマーには逃げられたか。脱がされ損だね。


「ああ、それと今回の功労者である少年がいたそうだけれど、なかなか聡い子だということで、奨学金を与えて領都の学校へ通わせることにした……と、馬鹿兄貴(トリニダード)からの伝言が添えられていた」

「へえ。それは良かった」


 ヨータ少年のことはずっと気にかかっていたから、その報せは何よりも嬉しいものだった。


「そうですね。そのうち王都の学校に転入するかも知れませんね。その時にはまたロレーナ嬢の出番ですね。ルネお嬢様もお喜びになるかと」

「――うっ……!」

 まるで預言のようにのたまうエレナの言葉に、思わず飲んでいた珈琲を思いっきり嚥下してしまう。


「なんのことだい? そういえばしばらくルネちゃんを見てないけど、調子でも悪いのかな?」

 怪訝な表情から一転、本気で心配している様子のベルナデット嬢に向かって、エレナが割りとどうでもいい口調で答える。


「ま、確かにしばらく臥せっておりますが、精神的なものですので心配には及びません」

「いやいやっ。もしかしなくても、あたしの依頼が原因ならこの足で見舞いに行かないと気がすまないよ!」


 そういって今すぐにでも席を立って出て行こうとするベルナデット嬢を押し止める僕。


「いや、大丈夫ですよ。ちょっとした別れが堪えたみたいで……さしずめ『お義姉様喪失症候群エルダー・ロスト・シンドローム』ったところですね。それに関連してエディット嬢が何やら協力して励ましてくれているようですから、そのうち元に戻ると思います」

「――はあ?」


 トリニダードもロレーナの件までは報告していなかったらしい(あるいは詳細は後日なのかも)。狐につままれたような不可解な顔でベルナデット嬢は小首を傾げた。


 ま、何をしているのかは知らないけれど、

「ああっ、もうロレーナお義姉はいない。お義姉様との思い出がこんなにもわたくしを苛むなんて!」

 と、煩悶していたルネだけれど、最近は毎日のように顔を出しているエディット嬢と長時間話し込んで憂さを晴らしているらしい。

 もうこの世には存在しないロレーナお義姉を(はかな)むルネを、現実主義者であるエディット嬢がきっと救ってくれるだろう(僕だと色々と逆効果になりそうなので)。

 そう信じて、ベルナデット嬢と今後のことについて話し合いを深めるのだった。


 ◆◇◆


 すべて純白の長手袋とガーダーベルト、ストッキングだけを残して一糸纏わぬ姿にされたロレーナの絹にも負けない純白の肌を、褐色の中年男が執拗に愛撫する。

「あ……く……っ」

 必死に声をあげまいと羞恥に染まった顔を顰めるロレーナであったか、海千山千の中年男のテクニックを前に無垢な姿態は余すところなく蹂躙され、知らずに切ない嬌声が漏れていた。


「くくくくっ。そろそろいい塩梅か」

 にたりと嗤った中年男の体の下でぐったりとしたロレーナは、もはやいいなりになる人形だった。


「――あ……」

 十七年間誰にも踏み入らせたことのない秘密の花園。その喪失の予感にロレーナが全身を戦慄(わなな)かせた――刹那。


「ロレーナ――いや、ロランっ!!」

 間一髪、扉を押し破って金髪碧眼の美丈夫であるエドワード王子が部屋の中へと踊り込んできた!


 ◇


「――って、なんですのこれは!? ここは年下の少年だと事前に話した筈ですわよ!」

 ネームとラフの描かれた原稿を前に、ルネが声を荒げる。


「確かに聞きましたけれど、そんなポッと出の少年よりも、やはり王子と公子(女装)の絡みの方が需要があると思うのですよね」

 続きを描いていたエディット嬢が悪びれることなくそう答える。


「いきなり王子が伏線もなく現れるほうがおかしいですわ!」

「ですが読者が期待しているのは美少年同士の絡みです。読者の期待に応えてこそ作品の成功と言えるのではないでしょうか?」

「それは商業主義の悪しき弊害ですわ。わたくしが目指しているのは、いかにロレーナお義姉様が可憐で美しいかという一点でございます。不特定多数の読者に迎合することではございませんっ」

「甘いですっ。ルネ様、自己満足ならそもそもこうした媒体として広く世間に知らしめる意味が――」


(……さて、どうしたものでしょうな)


 ここ数日の意気銷沈ぶりが嘘のように、活発に創作活動に邁進しているルネと手伝いを買って出てくれたエディット嬢であったが、描いている内容がどう転んでも絶対に世に出してはいけない代物であった。

 その様子を逐次確認していたジーノは、万が一にもロラン(とエレナも危ない)に露見しないうちに、何らかの手を打つことを密かに誓った。

次回更新は1/8(月)予定です。


1/7 脱字の訂正をいたしました。

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