黒幕との意外な邂逅(お前もか!?)
今年の更新はこれで終了です。
今回はえっちな内容ですが、懲りずにまた来年もご愛顧いただけますようよろしくお願いいたします。
やたら巨大なダイヤモンドが付いたネックレスを首に掛けられた瞬間、ぱたりと意識がスイッチを切られたように途絶え、次に気が付いた時には窓のない広々とした部屋に居るのに気付いた。
部屋の大きさは意識が途切れる寸前までいたオットマーの屋敷の応接室と同程度で、天井の高いゴシック様式な……ような気がするけれど、どうにも判断がつかない。
なぜそんなあやふやな言い方になったかといえば、魔術的な光源が照明に使われているのか、揺らぎのない明るいまるで真昼のような光の元、目の前に広がっている部屋の有様に圧倒されたからである。
まず目に飛び込んできたのは、床の緋色と緑緑で織られた複雑怪奇な格子模様の絨毯だ。その上に無造作に置かれた白熊や狼、得体の知れない魔物の毛皮と爬虫類系のいわゆるエキゾチック・レザーのマットレスと箪笥及びテーブル掛け。
壁の色は紫と金色のじっと見詰めていると目が回りそうな唐草模様。さらには紅白おめでたい垂れ幕が壁の上部をぐるりと一周して、ついでに空いた隙間には千花模様、幾何学模様、古典的な花と鳥のコンビネーションといった大きさも種類も様々なタペストリーが、配置も考えずにベタベタと飾られている。
さらには額に入った高価そうな絵画――印象派のものから、ロマン主義、写実主義、シュールレアリズムと脈絡のない陣容――と、なぜか新聞の三面記事がこれ見よがしに展示されており、部屋の四隅を飾る柱は金張りでそこへ登り竜と迦陵頻伽の象牙の彫り物が交互に巻き付き、その先の見上げた天井には、天使(全部半裸の女性)と雪の女王(裸)とマーメイド(もちろん全裸)が隙間なくびっしりと描かれている。
部屋に並ぶ家具の数々もいずれも様式も素材もバラバラで、黒檀から金属製、貝殻で象眼されたテーブルと椅子などと統一性は皆無。
見ているだけでも色彩と美的感覚の暴力とも言える趣味の悪さに、部屋の中にいるだけでもくらくらと眩暈がしそうな部屋の中央に、どーんと巨大な天蓋付きのキングサイズの寝台があり、これもまあマーブル模様の柱に回転木馬のような飾りが飾られ、あと何のつもりかリャパウンの天狗のお面が四方に配置され、四~五人が一緒に寝られるスパンコールの亀甲模様のベッドカバーと、金襴緞子の寝具一式を睥睨していた。
ものの見事なまでの悪趣味極まりない部屋である。ここに比べれば、先ほどの応接室がまだしも常識の範囲内に見えてくるから恐ろしい。
(――上には上があるということか、悪趣味の世界選手権があれば覇を握ることもできるかもね)
その寝台に腰を下ろした姿勢で、唖然としながらもそう嘆息をする……が、それ以上身動きすることは出来ないでいた。
首元で怪しく輝く巨大なダイヤモンドのネックレス。
肌にかかる感触で相変わらずそこに鎮座しているのはわかるけれど、そこから体の末端に至るまで神経を束縛する魔力によって、呼吸や発汗のような不随意筋の動き以外は瞬きすら数秒に一度行うように抑制され、ピクリとも動くことができないからだ。
(少々侮っていたかな。通常の魔具や呪物の類いなら《妖精王の祝福》のお陰で抵抗できると踏んでいたんだけれど、どうやら“イロコイの星”は邪神の神器らしい。並みの魔力じゃないな。おまけに直接接触をして体内に魔力を流されたせいで、さしもの《妖精王の祝福》も効果がないか)
この反省を今後に生かせなければ。と、そうしみじみ感慨に浸っていたところで、ドアが開く音がしてオットマーが部屋に入ってきた。
ニマニマと好色そうな目つきで寝台に腰を下ろした僕を見据えるオットマー。
「気が付かれましたかな、ロレーナ嬢?」
言いつつ後ろ手にドアを閉めて鍵をかける。
「さぞかしご不安かと思いますが、なあにちょっとした契約のようなものでございますよ」
こちらが返事を出来ないのをわかっているだろうに、いや、わかっているからこそ悦に浸って喋りながら、ゆっくりと寝台に近づいてきた。
「やはり重要な取引ともなれば、金銭以上にお互いの信頼関係が大事になる。おわかりですね?」
まあそうだろうね、と胸中で適当に相槌を打つと、体の方が勝手に動いて首肯する。
「おお、やはりお嬢様は聡い方だ! ですが我々が知り合ったのはつい先ほどのこと。お互いに何も知らないのも同然です。ですが、幸いに我々は男と女……であるならば、比較的早急に信頼関係を結ぶことが可能でございます。互いに肌を重ねることで」
いやいや、その理屈はおかしいし、そもそも男女関係でもないから。
その内心のツッコミに応じて今度は首が左右に振られる。
いつの間にやら目の前寸前まで迫っていたオットマーが、芝居がかった仕草で天を仰いだ。
「おお、残念ですな。肝心な部分で意見の一致を見ないとは……しかしまあ、事が終わればすぐに考えも変わるでしょう。何しろ私のオンナになるのですからな」
ぎらつくオットマーの目が僕の全身を嘗め回すように何度も上下され、だらしなく緩んだ口元から唾液が漏れて、喋るたびに口の端で泡になっているのが見える。
見るに見かねる醜態であり、気が遠くなるほどのおぞましさであった。
無垢な御令嬢であればこの時点で絶望から自暴自棄になってもおかしくはないだろう。
「そうそう、念のために確認するが、俺の前に男を知っているか? 男に抱かれた経験はあるのか?」
あるわけないので、当然否定する。
「くくくくくっ。はやり生娘か。ならば俺がたっぷりと男を教えてやろう。たっぷりとな」
いつの間にか一人称が『俺』になっていたオットマーは、鼻息荒く盛り上がりなら、生臭い息を吹きかけつつ体を密着させるように隣へ座った。
そのまま片手で胸から腰へかけてねっちょりと撫で回し――くっそ-、ヒトの体だと思って好き勝手しやがって――もう片方の手はスカートの裾から突っ込んで、脹脛、太股へとそれはもう執拗に蠢かしながら這い上がていく。
それに伴って当然スカートもペチコートと一緒に捲れ上がって、その下の下着――白で統一されたストッキング、ガーターベルト、そして細かなレースとフリルがあしらわれたバックレースのショーツがあらわになった(ルネとエレナに無理やり穿かせられた代物で、当初はもっと透け透けで際どいラインのものを穿かせられるところだったけれど、さすがにそれは断固抵抗をした)。
「おおおおおおお~~~っ!!!」
ボルテージが最高潮に達したオットマーが歓喜の叫びを放ち、辛抱たまらんとばかり上の手――いつの間にかブラ一枚まで脱がされていた。ある意味職人芸である――も下ろして、パンツの両端を掴んで一気に引き摺り下ろそうとする。
(別に珍しいものがあるわけでもないんだけどなあ……)
「ぬっ、もうちょっとなのだが……ちょっと腰を上げろ!」
ぎりぎりのところで引っかかったパンツの抵抗に、苛立った様子で命令をするオットマーの指示に従って……いや、僅かだけど僕自身の抵抗の意思が事を成したのか。少しずつだけど体内の魔力を打ち消すコツを掴み始めた。
たぶんあと二~三時間もあれば完全に体のコントロールを取り返せるとは思うんだけれど……。
「えーい、何をノロノロしておるかっ。まだるっこしい!」
当然、それまでオットマーが待つはずもなく、強引に寝台にうつ伏せにされて、そのまま力任せにスカートを外され、最後に喜色満面のオットマーに無理やり脱がされたパンツとブラが宙に舞った。
『――だりゃあああああああああああっ!!』
刹那、突如床板が下からぶち破られた。
「なっ、なんだ!?」
唖然とするオットマーが振り返り、僕も辛うじて視界の端で捉えたそれ――。
木屑と砂埃の中、浮かび上がってきた小柄な人影。
「ねーちゃん、無事かっ!」
使い込んだ鶴嘴を持ったヨータ少年が血相を変えて、床下から飛び出してきた。あと、なぜか小脇に妙なツギハギだらけの気持ちの悪い一抱えほどありそうな人形を抱えていた。
「――ぬっ、貴様は……リャパウン人の鉱山発掘人の餓鬼か! どこから……まさか?!」
顔色を変えるオットマーの疑問に答えるように、
「いざという時の抜け穴を用意しておくのは結構ですけど、鉱山の町では誰が見つけるかわかったもんじゃないですなー。にしても、一発でこんだけ分厚い床板をぶち破るとは、子供とは言え穴掘りのプロは違いますなァ」
「いいえ、これは愛の力ですわ! 愛する女性であるロレーナお義姉様の危機に、彼の想いが奇跡を起こしたのですわ!!」
続いてトリニダードとルネまで顔を出す。
「ぬ、ぬぬぬぬぬ……っ」
女子供がいるとはいえ多勢に無勢、どうしたものかと歯噛みをするオットマーだったが、ヨータ少年が抱える人形に気付いた途端、顔色を変えて視線が釘付けになった。
「それは!? ――っ、貴様だったのかそれを盗んだのは! 返せっ、それは俺のものだ!!」
「うるせえっ、このド変態ジジイ! よくも親父を殺してねえちゃんにひどい事をしやがったな! 全身の骨がバラバラになるまで鶴嘴でぶん殴ってやる! そんなに大事なら、まずはこの人形からバラバラだっ!」
そう啖呵を切って床の上に人形を置いて、有無を言わせず鶴嘴を振り上げるヨータ少年。
「ま、まてっ!」
少年の不退転の覚悟を前に、慌てた様子でオットマーが静止に入る。
「よし、ならば取引だ。この娘はいま古代の祭器によって俺の命令以外は受け付けないような呪いがかかっている。見えるか? このネックレスがそれだ。これを外さない限り一生このままだ。そしてこれを外せるのは一部の者だけ……何が言いたいかわかるか、小僧?」
(いや~、多分、もうちょっと時間が経てば自力で解呪できると思うよ)
そう言いたいけどまだ言葉を発することができるほど抵抗が進んでいない。それに……と、僕は少しだけ動くようになった首の角度を変えて、部屋中に視線を飛ばす。
先ほどから僕だけに集中してピクリとも動かない、穴から這い出してきたトリニダードとルネでもない、謎の第三者の視線を感じて落ち着かないからだった。
(どこから……?)
と、床に転がったままの不気味な人形と視線が交差した気がして、思わず瞬きをする。
(……もしかして人形?)
半ズボンを履いた男の子を模したらしい灰色の髪に鉄で出来た瞳が片方だけ入っている不気味な人形。その眼差しを人間のものと誤認していたのだろうか?
「いいか、一、二、三だ。俺はネックレスを外して娘を自由にする。お前は人形をこちらへ投げる。それで条件は同じだろう、どうだ?」
「…………」
オットマーの提案に、しぶしぶ同意を示しかけたヨータ少年だけれど。
「駄目ですわね。そんな一方的な条件は飲めません。そもそもそのネックレスが外れる保証もないですし、実際にその効果でお義姉様が束縛されているという証拠もありません。空手形という可能性が高い以上、条件が同じとは言えませんわ」
代わって前に出たのはルネだった。
「姉……ということはロレーナお嬢様の妹さんか。信じる信じないはそちらの勝手だが、条件を飲まなかった場合は姉さんはずっとこのままだぜ」
せせら笑うオットマーに向かって、室内だというのに持っていた日傘の先を向けるルネ。
一瞬、怪訝な表情をしたオットマーだが、日傘の先端が銃口になっていることに気付いて顔を強張らせた。
「最新式のゲベール銃が仕込んであります。わたくしはこれでもクレー射撃が得意でして、ましてこの距離なら確実に心臓を狙い撃ちにできる自信がございますの。おわかりですか? もともと条件は五分五分ではありませんの。そちらの人質がお義姉様ひとりなのに対して、こちらは人形とあなたご自身の命の二つ。つまり交渉を提案できるのはこちら側というわけですわね、いかがですか?」
「ぐっ……何が望みだ?」
「まずは先にお義姉様のネックレスを外すこと。それでそちらの言い分が正しいか確認したところで、ネックレスと人形との交換と参りましょう。そんな物騒なものは処分するに限りますから」
ルネの提案にしばし「ぐううう…」と、呻吟していたオットマーだが、焦れたルネが引き金に指を当てたところで、「わかった、その通りにしよう」ようやく折れた。
幸いというべきか、僕はうつ伏せのままなので(いい加減寒いんだけど……)止め具は外れやすい位置にある。
オットマーは、ぶつぶつと呪文を唱えて案外あっさりと“イロコイの星”を外して、寝台を挟んでルネたちと対峙できる位置へと降りた。
「ねえちゃん、大丈夫か!?」
「ロレーナお義姉様、動けますか? 貞操は奪われていませんか!?」
他に心配することないのかなぁ、と思いながらようやく自由に身動きができるようになった腕を動かして、とりあえず蛍光ピンクの毛布を引きずり出して、マントみたいにすっぽり被って上体を起こす。
「……大丈夫。そっちのほうもギリギリ間に合った」
「「(ほっ)」」
同時に大きく安堵のため息をつくルネとヨータ少年。
一方、その間も小揺るぎもしない銃口を前にして、オットマーは苛立たしげに持っていた“イロコイの星”を左右に振って、
「これでわかっただろう! さあ人形と交換だっ」
「……いいでしょう。では、一、二、三で」
手隙のトリニダードが人形を拾って投げる仕草をする。
「よし――」
「では――」
「いち、にぃ……の、さ――」『バカモノっ! その娘を確保しろ! 命令だ!!』
「「は……?」」
思いがけない怒声に、その場にいた全員が虚を突かれて唖然とした。
お互いにすっぽ抜けた“イロコイの星”と人形とが、へろへろ~~と空中で交差する最中、その声の主――まだ少年のような叫びを発した隻眼の人形――の鋼鉄の瞳が動いて、確実に僕を見詰める。
「――う、うわああああああああああっ!!」
受け取った人形とその視線の先にいる僕とを見比べて、一瞬だけ躊躇したオットマーに向かって、逸早くわれに返ったヨータ少年が鶴嘴を振りかざして襲い掛かる。
「――ちっ」
これ以上長居は無用。命令の遂行は不可能と判断したオットマーは身を翻し、見た目とは裏腹の機敏な動きで、間一髪ドアの鍵を開けて逃げて行った。
その背中を狙おうとしたルネだけれど、ちょうど射線上にヨータ少年が入り込んでしまったため、追撃を断念して、
「ご無事でなによりですわ、お義姉様っ」
散らばっていた衣類を集めて僕の方へとやってきた。
「うおおっ、キモっ! なんだったんでしょうね、あの人形は?」
あの手のオカルトは苦手なのか、オットマーとあとついでにそれを追い駆けてヨータ少年が出て行ったドアの向こうを眺めて(もしかすると女性(?)の着替えということで、気を使って背中を向けているのかも知れない)、さぶいぼの浮いた二の腕を擦るトリニダード。
「さあ? 何かの呪物だとは思うけど『命令』って言葉を使ったってことは、確実にオットマーよりも上位の存在。もしかすると黒幕に繋がる手がかりだったのかもね」
「……だとしたら惜しいことをしましたわね」
僕の着替えを手伝いながら、ルネも唇を噛む。
「ま、いまどき呪術なんてやる酔狂な奴はそんなにいないと思うから、虱潰しに関係者に当たれば案外すぐにわかるかも知れないから、あまり気にしてもしかたがないよ」
「そうですわね。後でエレナに調査をお願いいたしましょう。――そういえばエレナはいずこへ?」
「さあ? でも多分、いまごろブリンゲルトとひと暴れしてるんじゃないかな」
実際その通りだったわけだけれど、後になって思った。もしもこの時にエレナがこの場にいて、あの人形と声を聞いたら、黒幕の正体を即座に喝破しただろうと。
「とりあえず、ヨータ少年が心配だからすぐに追い駆けよう」
着替え終えてローファーの具合を確かめながらそうふたりを促して、僕たちもふたりの後を追ってこの悪趣味な部屋から撤退したのだった。
◆
同時刻――。
外部からの光が一切差さない薄暗い塔の最奥で、漆黒に染まった大人の頭よりも大きな水晶球を通して、とあるものを眺めていた、幽鬼のように痩せた灰色の髪に鉄色の瞳をした少年が、おそらくは生涯初めてになるであろう歓喜の叫びを放っていた。
「見つけたぞっ! 彼女こそ私の理想の女神! 彼女こそ私の比翼の鳥! 彼女こそ私の光っ! 私は彼女と出会うためにこそ生まれたのだ!!」
そう自己完結をして狂騒的にいつまでもそれはそれは不気味に笑い……慣れない笑いで胸を痛めて、その後半月ほど寝込んだという。
では、来年も良い年でありますよう。
あと来年発売予定の書籍版『取巻きA』もよろしくお願いいたします。
12/31 脱字を修正しました。




