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ダイヤモンドに目がくれて(着けてはならぬ首飾り)

 打ち合わせが難航しているのだろう。なかなかオットマーもヤードックも隣室に行ったまま戻ってこない。


「――遅いね。この屋敷では来客に冷めた茶を出したまま放置するのが礼儀なのかね?」


 すっかり冷めた烟茶の入ったカップを持ち上げて、嫌味ったらしく言ってみる。

 好みにも寄ると思うけど、ただでさえ癖のある烟茶は、熱々ならともかく冷めるとおよそ飲めた代物ではなくなるというのが僕の持論だ。

 そもそも熱い時でも苦手なんだよね。子供の頃にジーノと山にキャンプという名の生存術(サバイバル)の修行に行った際に、自分で採った毒キノコに(あた)って(これも経験だとジーノは気付いていたけれど黙っていたらしい)、お腹を壊した際に(普通なら十中八九死ぬ猛毒だったらしい)飲まされた謎の黒い丸薬(がんやく)に匂いがそっくりなのでトラウマが刺激されるんだよねえ、これ。


「そうですね、あまり歓迎されていないようですので、そろそろお暇したほうがよろしいのではありませんか、ロレーナお嬢様」

「そのようだね」


 エレナも不快そうな表情で帽子掛けに掛けていたボンネットに手にそう退去を促す。それに同意して、わずかに僕が腰を上げる仕草を見せたところで、さすがにマズイと思ったのか、バラーシュ兄弟も若干慌てた表情でグローブのように大きな手を広げて、僕たちを押し止めるべく初めて声を出した。


「……お待ちくだせえ。おい、ジロン!」

「……わかった、タロン兄者」

 

 どうやら右側に立っていたのがタロンで左側に立っていたのがジロンだったらしい。

 以心伝心で頷き合って、ジロンのほうが大きな背中を丸めて、こそこそと隣へ続く部屋の扉をノックした。


「――なんだっ!?」

「へい、実はお客様が……」

 半分開けた扉越しに苛立たしげなヤードックの声が響いてきて、それに応えてジロンが何やらぼそぼそと言い訳をする様子が窺える。

 まあ、貴族の御令嬢が我儘を言っている……程度のことなのだろう、程なく「――ちっ!」という舌打ちの声に続いて、「止むを得ん。台所へ案内してやれ!」という指示が飛んできた。


「へい」と、頷いたバラーシュ兄弟の弟ジロンは扉を閉めると、僕の背後のエレナへ茫漠たる視線を向けた。

「では申し訳ありゃせんが、茶を入れるのを手伝ってもらえますかい?」

「――わかりました。では、お嬢様、少々お手伝いをして参ります」

「仕方ないね。気をつけてね」


 しぶしぶという態度で頷く僕に目礼をして、エレナはジロンの後に続いて通常の出入り口を通って部屋から出て行く。

 うん、エレナのことだから歩きながら仕掛けを施すことも忘れないだろうし、これである程度屋敷内の配置や人員の目安を付けられそうだね。


 それにしても――と、僕は相変わらず石像のようにヌボーっと突っ立ているバラーシュ兄弟の兄タロンと、閉じられたままの趣味の悪い金ぴかの扉を横目に見ながら思案を重ねる。

 僕が見たところオットマーは名目だけの鉱山主で、商売やダイヤモンドのことなんてろくすっぽわかっちゃいない素人――いや、ヨータ少年の言によれば、

『いまのオットマーは偽者だよっ。おいらは見たんだ、あいつが自分の顔を粘土みたいに――』

 とのことなので、魔族か妖精族が取って代わっている可能性が高い。魔族の中には変幻自在に化けられる“シェイプシフター”とか、妖精……というか妖怪の類いになるけれど“ヘドリーの(Hedley)牛っぽ( Kow)”とかいう種族がいたはず。

 そいつらあたりがオットマーに化けていて、専門的な知識はヤードックが補っていると見るのが妥当だろう。


 そうなるとオットマーは表向きの傀儡(かいらい)で、実際に裏で糸を引いている者がいることになる。実際のところはヤードックが主導しているのでは、とも思ったけれどそれにしてはアドリブでの対応力がなさ過ぎる。演技ではなくどう見ても小物だ。

 それに単純にふたりで相談するにしても、時間がかかりすぎているのが気にかかるところだ。

 ハッタリで焦らしているという可能性もあるけれど、もしもあの扉の向こうに第三の人物にして真の黒幕がいるととすれば平仄(ひょうそく)は合うのだけれど……。


 『ストロベリーフィールズ』の町を本拠地に置く、複数の組織によって構成されたオルヴィエール統一王国の崩壊を目論む秘密結社が存在する。


 ラヴァンディエ辺境伯家の次期女領主であるベルナデット嬢の情報と、旧イルマシェ伯爵領にいた反乱軍の関係者をジーノが拷問……もとい、熱心な質疑応答を行った上で、情報の整合性が取れたので一気に殲滅しようと、大急ぎで乗り込んできたのだけれど、どうも本命かと思われた鉱山主のオットマー・ボイムラーは組織のボスではなく単なる手先っぽいし、どうしたもんかなぁ。


 と、思案したところで、まさにその当人であるオットマーが、微妙に浮き浮きした表情で足取りも軽く隣室から出てきた。その背後に宝石箱のような美麗な細工が施された一抱えほどもある箱を持ったヤードックが従者よろしく着いてきている。

 ふむ、エレナはまだ台所か。もしかすると分断されたかな?


「いやいや、お待たせして申し訳ございません! 思いがけないお話でしたので、こちらとしても早急な結論が出せずに大変申し訳ないことをいたしました」

 悪びれることなく朗らかに笑いながら、こちらが良いとも言わないうちに勝手に僕が座っている長めのソファの隣へと、無遠慮に腰を下ろした。

 脂ぎった感触と葉巻の臭い……あと、男の加齢臭を肌で感じて、ぞくりと肌が粟立つ。むかむかする気持ちを抑えながら、

「いえ、大事なことですから当然ですね」

 と無難な回答をするけれど、本心ではさっさと隣の男を蹴飛ばしてこの場を後にしたかった。


 そのあたりの心境を知ってか知らずか、じりじりと体を押し付けながらオットマーは続ける。

「確かにロレーナ嬢のお話は魅力的でございます。ですが正直申し上げてこれは法を犯す行為であり、我々としても危ない橋を渡ることになることは当然お分かりのことと存じます」


 ねっとりとした口調でもったいつけながら、役得とばかり太股のあたりや胸のあたりに回される腕を躱しながら、

「ええ、そうでしょうね」

 と、表面上はにこやかに交渉をする僕だけれど、これはもう本気で生理的に無理というものだ。おまけに見た目に反してオットマーは腕力が強いので、油断をすると洒落抜きで犯されそうな恐怖がある。

 女性が男に触られてどの程度嫌悪感を抱くものか想像もつかないけれど、この半分でも嫌悪感を感じているのだとしたら、どれほどの恐怖感を覚えるのかと、つくづく心から同情をした。


「それでもまあ魚心あれば水心と申しましょうか。こちらとしても儲け話を目の前にしてただ指を咥えて見送るのも業腹だという結論に達しましたが……」

 はあはあという荒い息がうなじの辺りにかかる。おえ~~っ!!

「『が?』」

「こちらの取り分として、純益をお互いに折半するという条件でいかほどでしょうか?」

「折半? それも純益をですか!? それは幾らなんでも無理というものです。こちらは持ち込まれた原石をただ売ればよいというものではないのですよっ。職人の手によってカットし、最新の技術をもって研磨し、そして提携しているラスベード商会や社交界の人脈を使って売り出す。およそ一筋縄ではいかない手間隙をなんと心得ているのですか! 話になりませんね。それならば正規のルートで他国からダイヤモンドを輸入したほうがマシというもの。このお話はなかったことにします」


 一分一秒でもこのオヤジの隣に居たくなくて、僕は席を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がって踵を返す。


「お、お待ちくださいお嬢様!」

 そこへ慌てた様子で追いすがってくるヤードック。

「性急な結論はいささか早計かと。仮に我々との契約……いえ、密約を行った際のメリットは莫大なものでございますよ」

「メリット? どのようなものでしょうか?」

 もったいぶらずにさっさと言え、とばかりになるべく苛立たしげな表情で先を促してみる。


「まずは物流に関してですが、我々は独自のルートを開拓しております。ラスベード商会はなるほど国内最大の財閥であり、他国へも足場を持つ大商会ですが、その力が直接に作用するのはあくまでこの近隣数国に対してでしょう?」

 そんな僕に対してヤードックは立て板に水で滔々と“メリット”とやらを提示する。

 オットマーは立ち上がって、さり気ない足取りで僕と出入り口の間に割り込んで退路を絶つ態勢となった。

 とりあえず気付かない振りを(カマトトぶっ)して、意味不明という風に小首を傾げて先を促す。

「それで? まさかこの鉱山にラスベード商会以上の物流のルートがあるとでも?」

「左様でございます! おや、お疑いのごようすですね? さもありなん。ですが事実でございます。その証拠がこれ……この通り!!」


 論より証拠とばかり、持っていた宝箱のような箱の蓋を開けるヤードック。

 途端、現れた代物を前にさすがの僕も目を疑った。

 ものは黄金製の首飾りで、造りはシンプルだけれど一際目を惹くのは、その中央で燦然と輝く子供の握り拳ほどもあるダイヤモンドである。いったい何百カラットあるんだ?! いや、下手をしたら千カラットを越えるかも……!


「これぞ“イロコイの星”と呼ばれるイリアコイ大陸の原住民が所持していた最大のダイヤモンドです! ダイヤモンドの質・量ともに一大産出地は中央海を挟んだ反対側、イリアコイ大陸ですがここは別名暗黒大陸とも呼ばれる未開の地です。一部入植は行われていますが原住民との対立や、こちらの大陸では駆逐されて久しい魔獣も大量に闊歩しております。ですが、我々には安全に交易を行うための伝手があり、また中央海を通ってこの地へと運ぶための船便(あし)もございます!」

「――それはつまり、隣国のみならず中央海諸国とも繋がりがあり、なおかつ海上貿易の雄であるアラゴン交易国の協力も得ている……という理解でいいのでしょうか?」

「さて、そのあたりはこちらも商売上の生命線ですので、易々とお答えするわけには……」


 ――ちっ、さすがに迂闊に口に出したりはしないか。


「ただ、まあ独自の商業ギルド……いわば裏の国際商業ギルドのようなものがある、とだけお答えいたしましょう。いかがでしょう。お嬢様のお持ちになっていらっしゃるダイヤモンドの研磨技術は確かに革命的なものでございますが、それもより高品質の原石があってこそ。ならば当鉱山では研磨用の二級品を、そしてイリアコイ大陸からはより大きく高品質のものを取り寄せてお渡しする。それであればお互いに対等な利益を享受できる関係となるのではございませんか!?」

「……確かにそのお話が事実であれば、魅力的なお話ではありますが」

「信じられないのも当然ですな。ふむ――?」


 ちらりとヤードックがオットマーに目配せをすると、オットマーは鷹揚な仕草で頷いてとんでもないことを口に出した。


「ふむ。ではこの話が事実であることを証明するためにも、この“イロコイの星”をお嬢様に差し上げ……献上することで証拠といたしましょう。確かに痛い出費ですが、なーに、ロレーナ嬢ほどの美女の胸元に納まるのなら、これこそが本懐っ、類い稀なる美しいもの同士、まさに天の巡り合わせでしょう!」

「はああああああああっ!?!」


 これには素で驚愕の声が漏れた。こんな馬鹿みたいに巨大なダイヤモンドがついた首飾りを、いくら相手にが好みの美人だからといって、今日逢ったばかりの他人にホイホイとくれるなんて、お前らエドワード第一王子か!?


 唖然とする僕が沈黙を肯定と捉えたのか、

「それでは僭越ながら私めが――」

 妙に手馴れた仕草でテキパキとヤードックが僕の首筋へと“イロコイの星”を取り付けにかかる。


 ふと、その瞬間にここの屋敷のメイドの首にかかっていた首輪――実際のところは『隷属の首輪』という魔道具であった――のことが脳裏に浮かんだ。

 オットマーがニヤリと粘ついた笑みを浮かべるのと同時に、“イロコイの星”が僕の首へとかけられたのだった。

次回の更新は12/19頃を予定しています。

残されたルネたちの動きになります。

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