ダイヤモンドは砕かないと(その幻想ごと!!)
「わーっ…………」
案内された部屋を一望して、思わず漏れた驚愕の声をどう受け取ったものか、振り返ったヤードックは心なしが満足げな……してやったりの表情で堂々と言い放つ。
「どうです、素晴らしいでしょう。これが我が主人であるオットマー様の財力のほんの一部でしか過ぎません!」
いや、まあ、確かに豪華な部屋だとは思うよ。費やした金額でいえば公爵家であるうちの貴賓室と同等か、下手をしたら上回っているかも知れない。
けれども超一流の職人が素材と品質の段階から吟味に吟味を重ね、全体の調和を考え、訪れた来客がリラックスできる最高の状態へ持っていけるように拘ったうちの貴賓室と違って、壁は金と彫刻と絵画で(どれも高価ではあるけれど年代も作者も作風もバラバラ)びっしりと埋め尽くされ、さらには部屋の大きさに比べて異常に大きなシャンデリアや、白大理石でできているらしい半裸の女性像がダイヤモンドで装飾された文字盤を支えている大型置時計。いまでは絶滅が危ぶまれている剣歯虎などの剥製がこれ見よがし、所狭しと並べられているこの部屋はただただ押し付けがましく鬱陶しいだけであった。
(おえ~っ、悪趣味な成金丸出しの部屋っ!)
と、叫んで暴れだしたい衝動をどうにか抑えて、愛想笑いを返すに止める。
多分、田舎者はこの部屋のキンキラ趣味に気圧されて、金貨の入った皮袋で頬を殴られたみたいに従順になるんだろうなぁと思いながら。
そんな感想を抱いているところへ、奥の金張りの扉が開いて豹柄のガウンに白のストールをぶら下げた中年男が入ってきた。その背後にはバラーシュ兄弟が、さすがに武器は引っ提げていないもの相変わらずの格好で付き従っている。
おそらくはこの中年男性がオットマー・ボイムラーを名乗る人物だろう。一見すると小太りに見えるけれど、実際にはがっちりと骨太の体格で貫禄がある。もっとも年齢的なものか、頭部はものの見事に後退していて輝く光の戦士と化しているが……。
顔つきはお世辞にもハンサムとは言いがたいけれど、いかにも人に命令するのに慣れた良く言えば威厳のある、悪く言えばふてぶてしい顔つきであった。
「お待たせして申し訳ございません。――おおっ! なんというお美しいお嬢様でございましょう! さすがはミラネス子爵家の御令嬢だけのことはございますな。いやはや、大変な美女がこのような鄙びた辺境の町へやってきたと聞き及びましたが、いや連中の町の噂などあてになりませんな。大変な美女どころか、絶世の美姫! 目の醒めるようなお美しさだ。いや~、眼福とはまさにこのことでございます。日頃目にするダイヤモンドもお嬢様の前では単なる石ころも同然です」
入ってくるなり大仰な仕草で両手を広げて捲くし立てる。
「――はじめまして。ミラネス子爵家のロレーナ・ヴァネッサ・ミラネスと申します。本日はお忙しいところ、突然の訪問にてお時間を取っていただき誠にありがとうございます」
とりあえずこんな感じかな、と思いながら軽く挨拶をすると、ずんずんと目の前まで近寄ってきたオットマーらしき男は、ひょうげた笑みを浮かべながら自らのてらてら輝く脂ぎった頭を叩いた。
「おっと! これはしたり、お嬢様のあまりの美しさについつい自己紹介を忘れてしまいました。この鉱山の管理と商売を請け負っているオットマー・ボイムラーと申します。ようこそ我が町へ」
言いつつ右手を出してきたので、ああ握手か……と、以前にベルナデット嬢に会った際に知ったラヴァンディエ辺境伯領周辺の習慣を思い出して僕も右手を出す。
オットマーは背の高さはさほどではなく、目線の高さは僕とほぼ同じだけれど、その手は無骨でどちらかといえば剣士か軍人のような独特の力強い手だった。
(叩き上げの商人や富豪の手ではないな……)
余程の例外か特異体質でもなければ、どんなに顔や表情を誤魔化してみても掌を握れば、その人間がどのような人生を辿ってきたのか大まかに知ることができる。握ったその感触は明らかに戦う人間の手触りだった。
ちなみに僕は例外中の例外で、精霊王の祝福のお陰でどれだけ稽古をつけても手に豆が出来たり、筋肉達磨や逆に見る影もなく太ったりもしない体質となっている。お陰で女装しても違和感ないほど指先まで華奢なわけなんだけどさ。
「町を代表して心より歓迎いたしますよ、ロレーナ嬢っ」
と、単なる握手かと思っていたら、いきなり右手の甲に派手な音を立ててキスをされた。
「――ぬにゃあっ!?」
気色悪さに思わず変な悲鳴を上げたところ、何がツボだったのか楽しいげにカラカラ笑うオットマー。
対する僕は生理的嫌悪からこの場に〈神剣ベルグランデ〉呼び出して、有無を言わせず抹殺しようかと本気で錯乱しかけた。
「ロレーナお嬢様、短慮を起こしては台無しです。お気を確かに。ベルナデット様のためにも男をみせるのではないのですか?」
「お、おう……?」
素早く耳元で叱咤激励するエレナの囁きに応じて、どうにか気を持ち直す。
「さて、立ちっぱなしもなんですのでお座りください。ああ、お嬢様にお飲み物を――と言っても紅茶と珈琲くらいしかありませんが、どちらがお好みで?」
一方、気のいい中年の伊達男を演じるオットマーは、そう言いながらソファにどっかと座ってチーク材のテーブル越しに対面の長椅子を勧めるのだった。
幸いにして手には二の腕まで覆う繻子の長手袋をしていたので、素肌にやられるのよりはマシだったけど、この長手袋は後で焼却処分しようと決める僕。
「それでは紅茶をお願いします」
「わかりました。おい、最高級の紅茶を用意しろ! 砂糖も忘れるなよ!」
「――ははあっ。お待ちください!」
最初の尊大な態度はどこへやら、見事に小物臭さを前面に押し出してパシらされるヤードック。ついでにバラーシュ兄弟の兄だか弟だけもその後に続いて部屋を出て行った。
部屋に残っているのはソファに腰掛けた僕とオットマー。そしてお互いの背後に立って付き従っているエレナとバラーシュ兄弟の片割れの四人である。
「ところで不躾な質問で申し訳ございませんが、そもそもなぜ子爵家のお嬢様ともあろうお方が、わざわざ手前共のような卑賤かつ取るに足りない鉱山町においでになられたのでしょうか?」
「それは勿論、商売の話をするためです。そのために最大限の誠意を見せるために、ぼ……私自らが足を運んで現地を視察して、適切なビジネスパートナーとなれるのか、見定めるために参ったしだいです」
「ビジネス……ですか? しかし、手前どもの鉱山はさほどの規模でもありませんし、算出するダイヤモンドの質も一級品には届かぬ二級品がほとんどですが」
困惑した表情を浮かべるオットマー。どことなく芝居がかった仕草で肩を竦めて、いやいや……とばかり首を左右に振る。
そこへ紅茶のカップと砂糖壷を持ったヤードックとバラーシュ兄弟の片割れが戻ってきた。
「――おやっ。このスモーキーな香りは。蒼陶国の烟茶、もしやラプサン産では?」
松葉のような独特な芳香に思わず感嘆の声が漏れる。
「おおっ。さすがにお目が高い! その通り、はるばる取り寄せました最高級のラプサン・スーションでございます」
途端に満足そうに表情を緩めるオットマー。併せて僅かに警戒が薄れた気配を感じて、なるほどこれは一種のテストだったのかと合点がいった。
普通の庶民や小金持ち程度では蒼陶国の烟茶のことなど、まして産地まで香りだけで判断するのは不可能だろう。
「……よいご趣味をしていますね」
半分当てこすりでそう言いながら紅茶を口につける。
オットマーも上機嫌で自分の分の紅茶を口に運んだ。
「ところで先ほどのお話ですが――」
一息ついたところ、僕は当初にエディット嬢やベルナデット嬢と示し合わせていた設定をもとに話を続けた。
「こちらでも少々調べさせていただきましたが、なるほど確かにこの鉱山から産出されるダイヤモンドは大半が二級品、三級品……或いはそれ以下といったところですが、その埋蔵量と実際に産出される数量は莫大なものであると看做しております」
途端に狼狽して用心棒のバラーシュ兄弟へと目配せをするヤードック。
対照的にオットマーは悠然たる態度を崩さず、
「おやおや。とんだ濡れ衣だ。それではまるで手前どもが商業ギルドや領主様を偽って、過少申告をしているようというようなものではありませんか! 確かに場末の鉱山主などヤクザな商売と思われるかも知れませんが、手前どもは法と契約に従う真っ当な商人でございますよ。どこからそのような不本意な噂を聞かされたのか、ぜひ教えていただきたいものです」
そう逆に問い詰めてくる。
「…………」
すっ呆けるか威嚇してくるか……ま、両方だったわけだけれど、そう来るのは予想していた僕は、事前にエディット嬢から借りていた秘密兵器を導入することにした。
さっきの手袋越しのキスを思い出して、ちょっと躊躇しながら右手につけていた長手袋を無言で外し、右手薬指につけていた指輪をオットマーにも良く見えるように二の腕から立てて見せた。
「ん? ダイヤモンドの指輪ですな。なかなか大きい四カラットほどですが、その程度のものなら」
「……っ!? な、なんだその輝きは!?!」
見慣れた宝石に食傷気味の一瞥を送って鼻を鳴らしたオットマー。
だけれど、代わりに目の色を変えて食いついてきたのは、その背後に立っていたヤードックだった。驚愕の叫びが耳朶を打つ。
「なんだ、どうしたというのだヤードック? ただのダイヤモンドだろう?」
「ええ、ええ……ただのダイヤモンドです。ダイヤモンドで間違いありません。ですがこの輝きはただのダイヤモンドではありませんっ。これに比べたらうちの鉱山から産出されているダイヤモンドは曇った硝子玉と言ってもいい代物ですぞ!」
困惑するオットマーに鼻息荒くヤードックが言い聞かせるが、いまいちピンとこない様子で曖昧に僕の指先のダイヤモンドと飾り時計の文字盤に付いているダイヤモンドとを見比べて首を捻っている。
仮にもダイヤモンド鉱山の鉱山主とも思えぬ、素人のような鑑定眼であった。
「こ、この輝きのもとは……? カットか? ダイヤ自体も包有物が最小でおそらくは透明度は最高のDカラー(無色透明)。傷ひとつないところをみるとグレードスケールもIF以上、そしてなによりこの内部から光を放つような見事なカットは一体……?」
喘ぐような口調で問いかけられ、僕は付け焼刃で頭に入れていたエディット嬢から聞いた知識を披露した。
「これぞダイヤモンドに革命をもたらす“ブリリアントカット”と申します。これまでは二級の宝石扱いだったダイヤモンドがこれにより宝石の王者になる嚆矢となることを、私どもは確信を持って断言できるでしょう」
その言葉を大言壮語と受け取ってたのか、オットマーは顔を顰めてヤードックのほうを向いたが、ヤードックが興奮した表情で僕の持つ指輪から目を離さないのを見て、もしかして大変な話なのではないか……と、ようやく頭が追いついてきたらしい。
そのタイミングを見計らって、僕はニッコリと無邪気な笑みを向けた。
「おわかりになりましたか? ですがいま現在この技術を独占しているのは我がミラネス子爵家のみ。ですが我が領内にはダイヤモンドの鉱山は残念ながら存在しません。さらに付け加えるのなら、このカッティング技術を使用した場合、原石の半分を犠牲にせねばならず、さらに細かな面取りとために同じダイヤモンドの研磨剤が大量に必要になります」
そこまで含みを持たせればこちらがなにを言いたいのか、どんなボンクラでもわかるというものだろう。
「つまり、それを当鉱山に密かに融通して欲しいと、そういうわけですかな……いや、しかし……」
困惑するオットマーは考えるフリをして、ちらちらと横目でヤードックを窺う。
そのヤードックは真剣な表情で考え込んでいたが、「少々考える時間をいただけませんか?」と言って、オットマーを促して別室へと続く金張りの扉の先へと潜っていった。
(な~んとなく、見えてきたな……)
その背中が消えたのを確認してから紅茶を口にした僕だけれど、すっかり冷めているのに気付いて、
「すまないけれど冷めているので代わりをもらえるかな? 何なら私のメイドのエレナにつき合わせるけど?」
そう残っていたバラーシュ兄弟に頼む。
それに併せてエレナが「お任せください」と一礼をした。
「「…………」」
どうする? という感じで顔を見合わせるバラーシュ兄弟。
12/13 誤字脱字訂正しました。
今期アニメは『宝○の国』が面白いですね~。
ちなみにこのレベルのダイヤを購入する場合、現代だと億の単位の相場になるようです。
次回更新は12/16 18:00を予定しています。




