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鉱山主のお宅訪問(ガサ入れだ~っ)

 漆黒の馬上でレースの日傘を差して優雅に揺られながら歩く僕と、その馬の手綱を握って脇を歩くエレナ。その周囲を微妙に釈然としない表情で包囲して進む五人のならず者たち。


 そうして歩くこと一時間あまり。

 案内された鉱山を挟んだ山向こうにある鉱山主オットマーの本宅は、貴族の別邸といってもいいほどの規模の大きな屋敷であった。ただし、まるで城砦か刑務所のように家の周りを取り囲んだ分厚い石壁と、等間隔に並んだ物見櫓を別にすれば……だが。


 で、おそらくは物見から報告があったのだろう。分厚い鉄製の門扉のところで舌なめずりをして待ち構えていた四十歳前後と思える、肉体労働よりも頭脳労働――正確には口八丁の詐欺師か女衒(ぜげん)――が似合いそうなそこそこ整った身なりをした男が、両脇に身長二メトロンほどもある筋肉の塊りのような用心棒を従えて待っていた。双子なのか大男たちは両方とも同じ顔をして、なおかつ鍛えられた肉体を誇示するかのように上半身裸に皮のベストを纏っているだけで、違いが有るといえば持っているが武器が大斧かモーニングスターかだけであった。


「ちっ、ヤードックの野郎だ」

「オットマーの旦那の腰巾着が、ナンバーツー気取りかっ」

「あの護衛のバラーシュ兄弟さえいなけりゃ、あんな野郎にでかいツラはさせないものを……」


 途端に僕たちをここまで連れて来た男たちが憎憎しげに舌打ちする。

 なるほど、つまりはアレは虎の威を借る狐ってわけね。

 ともあれ男たちの言動からそう見当をつけた僕は、エレナに言って持参した商業ギルドからの紹介状と領主代行から一筆したためてもらった手紙を、ヤードックとやらに渡して反応を窺ってみることにした。


 周囲にいる脳味噌まで筋肉で、強いほうがエライという価値観に支配されている――魔族でさえ最近はそういう時代じゃないんじゃないかなぁ? と気付きはじめている――連中とは違って、この手の小ずるく立ち回ってきたタイプは権威には弱いだろう。そして、こちらには名目上、正式なゲストとして町を訪問したという大義名分がある。


「ん? なんだね、これは……!? ――しょ、少々お待ちくださいっ」


 せいぜい世間知らずのお嬢様を手篭めにしてやろう……程度に思って鷹揚に構えていたのだろうヤードックは、面倒臭げに一瞥した文面の内容と、私が大富豪でもあるラスベード伯爵家に関係する『ミラネス子爵家御令嬢』であるという(偽の)肩書きを目にして、さすがに迂闊に手を出してはマズイと判断したのだろう(その程度の理性があったのは幸いだった)、あたふたと慌てた様子でバラーシュ兄弟とやらとともに紹介状と手紙を手に屋敷へと取って返した。


 で、待つほどなく、ヤードックが媚びるような薄ら笑いを浮かべて、用心棒の代わりにふたりの女性を連れて戻ってきた。一緒に来たのはどちらも二十歳ほどとこの町で遭遇する初めての妙齢の女性で、片方は結い上げた癖のある黒髪に褐色の肌という典型的なナトゥーラ人で、もう片方はコケティッシュな顔立ちの小柄な女性で特徴的なのは目と耳の形が猫――つまり、魔族であった。どちらもワンピースにエプロンをつけているところを見るとメイドのようだが、エレナ並に愛想がなくさらには死んだ魚のような目をして、無言でヤードックに従っているだけ。


(……『隷属の首輪』か。まさか実際に使っている現場を見ることになるとはね)


 さらによくよく見てみれば、お揃いのチョーカーのように彼女たちの首に回されているのは、ついこの間学園の倉庫で目にした『隷属の首輪』であった。

 半世紀も前にご禁制になっている魔道具とあって、どうせ装飾品と見分けがつかないだろうと高をくくっているのだろう。


(はい、悪党決定っ)

 早々に見切りをつけた僕に向かって卑屈な笑みを浮かべて、猫なで声で話しかけてくるヤードック。


「お待たせいたしました。旦那様もぜひお嬢様にお目にかかりたいとのことで、とり急ぎ歓待の準備をいたしております。ご案内いたしますのでどうぞこちらへ……ああ、荷物と馬はこちらでお預かりいたしますのでどうぞ」


 歓待って……アポイントメントなしとはいえ普通、貴族の御令嬢が紹介状を持って訪問したら、鉱山主とはいえ平民である館の主人が玄関まで出迎えにくるのがマナーじゃないかなぁ。気難しい御令嬢なら「何様のつもり!?」と、臍を曲げて回れ右するところだよ。


 ちらりと目配せをし合った僕とエレナ。


「――いえ。荷物に関してはさほどのものもありませんし、お嬢様には私もついているので大丈夫です。それよりもこの馬の取り扱いには注意してください。気性が荒くて私とお嬢様以外の者……特にむさい男に手荒に扱われると、激高して簡単に相手を蹴り殺しますので」


 その言葉に馬の手綱を手を延ばしかけていた男たちが、熱した鉄板に触れそうになったかのように慌てて手を引っ込めて、ついでに二、三歩距離をとった。

 そうすると馬のほうも『その通り』と言わんばかりの態度で鼻息荒く、歯を剥き出しにして蹄を何度も地面に叩きつけて男たちを睥睨する。


 並みの馬よりも三周りは大きく逞しい彼の威嚇行動に、すっかり腰の引けた表情でブルっている男たちを無視して、エレナは矢次早に指示を出す。

「ということで馬を厩に連れて行くのは貴女と貴女、そちらの女性ふたりにお願いします。大丈夫、女性に対しては紳士ですから、おふたりが傍にいれば大人しくしていると思いますよ。ああ、ついでに野菜や果物が好物なので、飼葉の代わりに与えてくれると助かります」

 言いつつさっき買っておいたリンゴを何個か荷物から取り出して馬に与えると、馬は一転して落ち着いた様子でシャクシャクと丸齧りするのだった。


「わ、わかりました。お前たち私が良いと言うまで厩でこの馬の番をしているのだぞっ」

 勢いに飲まれた形でヤードックがメイドふたりに命ずると、『隷属の首輪』の影響か素直に頷きながらも、やはり恐怖感は拭いきれないのか強張った表情で前に出てくる。


 その間にエレナの手を借りて馬から落ちた僕は、軽く馬の首筋を撫でながら、

「大丈夫ですよ。女性と自分が認めた相手には無体なことはしませんから。――ねえ、“ブリンゲルト”」

 そう語りかけると、ブリンゲルトは満面の笑みを浮かべた。


「ブリンゲルト? 噂の厄災竜、暗黒魔竜と同じ名前ですか。確かに見事に漆黒の馬体ですな」

「ええ、本物ですから」

 冗談だと思ったのだろう、追従の作り笑いを浮かべながら、「では、こちらへ」と先に立って歩き出すヤードック。


「じゃあ、よろしく。騒ぎが起きたら適当に暴れてくれてもいいけど、やり過ぎないようにね」

 最後にもう一度念を押してから、ふたりのメイドにブリンゲルトを預けて、エレナともどもヤードックについて歩き出した。

12/12(水)更新予定です。

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