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連れ攫われたロレーナ嬢(貞操の危機?)

 遠慮するヨータ少年を半ば無理やり同じテーブルの隣の席につかせ(その流れでエレナも同席させた)、注文するのとほとんど同時に出てきた(作り置きなのだろう)昼食というには遅くて、夕食というにはいささか早い食事を口にする僕たち。


「大味ですけれど、思ったほど悪くはありませわね」

「オーブンを使わずに、竈を使って火加減の調整もしないのが原因でしょうね」

「このブランデー、半分近くが地元の仙人掌(サボテン)から作った酒との混ぜ物ですなぁ……あ、オッちゃん、自分はパンとミルクはいいんで、代わりにポリッジ(オートミール)があればポリッジね」


 思い思いの感想を口に出しながら、和気藹々と食事に没頭する。

 その雰囲気に触発されたのか、単に育ち盛り、空腹ゆえによるものか、最初は遠慮がちに食事を口に運んでいたヨータ少年も、ガツガツ皿ごと食べる勢いで食事に没頭し始めた。


 素朴に竈で焼いただけのパンも、レンズ豆を挽肉と唐辛子で味付けしたスープも、茹でたターニップ(かぶ)とベーコンも、味はともかく量だけはしっかりとあって、僕とルネは一人前で十分にお腹一杯になったけれど、ヨータ少年とエレナは物足りなそうだったので、トリニダード(トマス)に併せてポリッジを追加で注文する。


 で、食後の紅茶や珈琲はなかったけれど、ミルクはあったのでそれを飲みながら、頃合を見計らって人心地ついているヨータ少年に尋ねた。

「そういえばヨータ君はこの国の生まれなのかね?」

「さあ? 親父が言うには嵐で船が難破して、命からがらたどり着いた浜辺の村で二~三年言葉や風習を覚えながら働いていた時に母さんに会って、おいらが生まれたって言ってたけど」

「ふーん、じゃあこの国ではなくて隣国のナトゥーラ王国の方かな」

「そうかもね。で、おいらが五歳のときに儲け話に騙された親父が借金を背負って借金奴隷堕ち。父子ふたりでここの鉱山に売られてきて、その日から鉱山発掘人(ガリンペイロ)になって朝から晩まで穴掘りと土運びの毎日ってところだね」

「ま、世間ではありふれた話ですなぁ」


 聞けば聞くほど悲惨な身の上だけど、トリニダードは瓶ごと買ったブランデー(もどき)を手酌で飲みながら、さらりと気楽な口調で相槌を打ち、ヨータ少年もそれが当然という顔で頷く。


 彼の境遇に関して、恵まれた立場にいる僕たちが口先で同情を示しても何の意味もないだろう。

 そう考えて押し黙った僕だけど、ルネは何か気付いた表情で、はっと目を見開き口元に手をやった。

「――っっ!? ここに着た時に父子ふたりだけだった……ということは、ナトゥーラ人だったらしいお母様は、もしや……」

「死んだか。離れ離れで他の場所に売られたんですか?」

 強張った表情で言葉を濁すルネに変わって、エレナがずばり直截に尋ねる。


 それに対してヨータ少年は、憮然とした表情で首を横に振って、

「いや。親父の借金がわかった時点で、金目のもの洗いざらい持って若い男と駆け落ち(トンズラ)した」

 そうそう劇的な展開があってたまるか、と言わんばかりの口調で吐き捨てた。


「「あ~~~~~…………」」

 思いっきり生々しくも説得力のある言葉に、心から納得する僕とトリニダード。


 一方、ルネとエレナはまた別な見解を持ったみたいで、

「――なんだか彼、ロレーナお義姉様とわたくしに対する態度に差がありますわね」

「――マセたガキですね。さっきから視線もロレーナ様の唇とか剥き出しの首筋とかを舐めるように……」

 聞こえよがしな陰口を叩いて、「う、うっせーな!」と少年の怒りを買っていた。


 そんな外野の声は置いておいて、

「つまるところ天涯孤独か。苦労しているんだねえ……」

 しみじみと同情して頭を撫でてやったのだけれど、ヨータ少年は鬱陶しそうに身を逸らして、

「やめろよ、ねーちゃん。あと少なくとも俺は親父と一緒だったお陰で、他の子供みたいに豚の餌奪ったり、蛆の湧いた残飯や“野原のパンとチーズ”なんてもの食わずに、馬鈴薯とターニップ(かぶ)ばっかりだったけど、ちゃんとした飯は食えた。だからこれでも恵まれた方なんだぜ」


 ちなみに“野原のパンとチーズ”というのは、野バラの実や葉、クローバーやアルファアルファなどの野草の事で、大部分の子供たちはそれを懐一杯に取ってきて、ご飯代わりに塩さえかけずに食べて飢えをしのいでいるという。


「……まさかとは思うけど、オリオール公爵(うちの)領では子供にそんな扱いをしていないだろうね?」

 悲惨すぎる児童労働者の実態に、思わずテーブルの一番末席に座るエレナに確認を取った。

「当家の領内にも神殿等の救済施設から集団で働きに来ている児童労働者――いわゆる“教区徒弟”が多数おりますが、子供の健康を害するほどの過酷な労働は禁じておりますし、労働後は牧場で自由に遊ばせ、食事も工場長と同じものを食べさせております」

 朝食はポリッジとベーコンかソーセージ、それに三日に一度は卵。夕食には必ず肉がついている他、デザートにプディングかパイ、それと隣接する果樹園の果物は食べ放題。豚を潰した日には、たっぷりのミートボールやミートパイが振舞われる……と、十分に配慮していると太鼓判を捺す。


「いいなぁ、ここじゃ子供の鉱山発掘人(ガリンペイロ)は狭い穴にモグラみたいに潜らされて、ゴミ箱を漁って五年と生きられないのが普通なんだ。だから、八年以上生きられた俺はとびっきり運のいい部類なのさ」

 虚勢でもなく皮肉でもなく本気でそう思っているらしい台詞に胸が痛くなる。


「ふーん、そうなるといま鉱山で働いている人数はどのくらいいるのかな?」


 そう何の気なしに僕が尋ねたところ、ヨータ少年は「う~~ん」と難しい顔で考え始めた。

 あ、もしかして数を数えることができないのかな? と、口に出してから気付いたけれど幸いそれは杞憂だったらしい。


「女も混ぜて大人は千五百人くらいかな。子供の方は三、四百くらいだと思うけど……けど、しょっちゅう死んだり生まれたり、どっかからか連れて来られたりするから正確なところはよくわかんねえ」


 言葉の端々から語られるあまりにも非道な環境に怒りすら湧いてくる。可能であれば子供たちだけでも、うちの領へ連れ帰ってしかるべき施設や治療院へ預けたいところだけれど……。


「……さすがに一度に四百人からは無理か。場所はともかく、どう考えても手が足りないし」

 そう思わず愚痴った言葉の端から僕の考えを推し量ったのだろう。エレナがなんでもないことのように提案してくれた。

「子供の面倒ですか? それでしたら何とかなるかも知れませんよ」

「ナントカって?」

「あくまで予定ですが、急遽領内にメイドを百人(・・・・・)ほど雇用することになりそうだと、お頭(ジーノ)様がおっしゃってましたから」

「へー……。まあ、人事に関してはジーノに任せているから、それが必要だと認めたわけだろうから文句はないけど。新たに別邸でも建てるのかな?」

「そのようなものらしいですね。私もちょっと面接しましたが、そこそこ有能で……何より実戦豊富な百戦錬磨のメイドばかりですから、あれなら即戦力になると思います。――ま、帰ったら誰がエライのか少しばかり体に刻み付ける予定ではおりますが」


 なんだろう。普通に新規採用のメイドの話をしているはずなのに、なぜかエレナから群れのボスを狙う新顔を迎え撃つ獣のような、はねあがり急進弟子を目にした武闘派の先輩のような、どことなく剣呑な覇気を感じるのだけれど……気のせいだろうか?


 一方、ルネとトリニダードは感傷よりも気になることがあるようで、

「合わせて約二千人ということになりますわね。五百人と届出のある町で……」

「明らかに商業ギルドへ届出のある人数と乖離がありますな。下手したら五倍の採掘量があり、五倍の人の出入りがあると見るべきかと」

 そう真剣な表情でささやき合っていた。


 これはまあ領主貴族としては当然の懸念だろう。本来、領内の鉱山の権利は領主(もしくは神殿)にあって、鉱山主は一定の賃租を領主と国に払わないといけない決まりなのだけれど、ここではそれをおおよそ五分の一に報告しているという不正が横行している状況なわけなのだから、見過ごすわけには行かない。


「ま、いまみたいに酷くなったのは三年前に鉱山(やま)の持ち主が変わってからで、その前は鉱山切符で支払いなんてしなかったし、町に変な連中やヤクザみたいな連中がたむろすることもなかったんだけど……」

「三年前に鉱山主が変わった? 妙ですな、そんな申請は商業ギルドへ上がってませんよ。紹介状の宛名も当初の持ち主である“オットマー・ボイムラー”になってますけど」

「いまのオットマーは偽者だよっ。おいらは見たんだ、あいつが自分の顔を粘土みたいに――」


 半信半疑で首を傾げるトリニダードに向かって、ヨータ少年が勢い込んで食って掛かろうとした。その時、足音荒く数人の男たちが宿の食堂へ入ってきた。

「よう、邪魔するぜ」

 洗濯など絶対にしていないだろう小汚い身なりに剣やら斧やら鎖やらを、これ見よがしにぶら下げたどこからどう見てもゴロツキである冒険者風の男が全部で五人である。

 宿の親爺はいつの間にか帳場の奥に引っ込んでいた。――なるほど。


「お前らっ、また(・・)おいらを殺しにきたのか!?」

 警戒感もあらわに椅子から立ち上がるヨータ少年。

 そんな怒りの矛先もなんのその。男たちの方は無頓着な様子で薄ら笑いを浮かべながら、

「無事だったみたいじゃねーか」

「おまけにえらく目立つ綺麗どころが一緒だって聞いてな。ちょいと覗きに来たんだが……」

 男達の視線が主に僕とエレナの全身をなめ回すように動く。非常に気持ちの悪い助兵衛な下心が満載な顔つきであった。

「確かに聞いたとおりの別嬪じゃねえか。旦那が連れて来いって言いたくなるのも当然だな。俺にもお裾分けが欲しいくらいだ」

「俺はこっちの黒髪が好みだな。澄ました表情がぐっとくるぜ」

「妹の方は……まあいいか。ガキは面倒だし」

「「「「だな」」」」


 ルネに関しては全員が趣味の範疇外だったみたいで、軽くスルーされた。その事に密かに安堵する僕とは違って、当の本人はいささか不満な様子で頬を膨らませている。

 それはさておき目の前のゴロツキ連中は、ヨータ少年を私刑にかけた鉱山の監督連中ということになる。そいつらの親玉らしく人物が僕たちを連れて来いと命じた。つまりは、わざわざ目立つ格好で目立つように堂々と町の通りを闊歩した効果があったということだろう。


「念のために聞くけど、私たちを連れて来いと言ったのは鉱山主の“オットマー・ボイムラー”で間違いないのかな?」

「ああそうだ。オットマーの旦那だ」

 男のひとりが頷く。

「なるほど。なら手間が省けた。――エレナ、行こう」

 僕が立ち上がるのと同時にエレナも立ち上がって一礼をする。

「はい、では私は日傘と小物を持って参りますので、トリニダード(トマス)はルネお嬢様のお世話をお願いいたします。ああ、それと(うまや)に繋いである馬に鞍をつけてを連れて、玄関前につれて来てください。ロレーナお嬢様、馬車は必要ございませんね?」

「うん。そのまま背中に乗るから大丈夫。――じゃあ行ってくるね」


 テキパキと準備を進めるエレナに頷いてから、僕はあっけに取られた表情をしているヨータ少年と、テーブルに座ったまま、「いってらっしゃいませ、お義姉様~っ」と気楽にヒラヒラ手を振っているルネにウインクを送った。

 おそらくはもっと抵抗されると思っていたのだろう男達のほうも、戸惑ったような表情をしていたが、もとから物事を深く考える脳味噌はないのだろう。よくわからんが、トントン拍子に進んでラッキー……という感じで下品な薄ら笑いを浮かべている。


「……あ……」

 ただひとり死にそうな表情のヨータ少年が、この場で唯一の味方で大人の男であるトリニダードに助けを求めるように視線をやるが、『いいから言うとおりにしとけ』と、無言で首を振りながら、半ば無理やり少年を引っ張って馬小屋の方へと連れて行った。


 ほどなくエレナが荷物を持って戻ってきたので、日傘だけ受け取って、僕たちは男達の前を通って玄関へと向かった。

 なんとなく毒気を抜かれた表情で男達がふらふらと僕らの背後を付いて来る。


 玄関を出てすぐに日傘を差して十五分ほど待っていると、馬の手綱を持ってトリニダードがひとりで来た。

「あれ? ヨータ君は?」

「――なんで助けないんだとか、それでも男か、とか喚いて煩いので当身を食らわせて藁のところへ寝かせてきました」


 面倒臭そうに肩を竦めるトリニダードの言葉からその光景が目に浮かんで思わず苦笑する。


「そっか、目を覚ましたら無茶をしないようにちゃんと見張っといて……あと、ついでに心配してくれた礼を言っていたと伝えておいて」

「わかりました~」

 大仰に一礼をするトリニダードとエレナの手を借りて、ちょっと苦労しながら馬にまたがった――何しろドレスで馬に乗るなど自分の生涯にあるとは思わなかったので――一瞬、「「「「「おおおおおおおおっ!!!」」」」」と、ゴロツキどもの歓声が上がったのは、スカートが捲くれてガーダーと太股があらわになったからだろう。


 なんか複雑な心境のまま男のひとりに尋ねる。

「で、どこまで行くの?」

「あ、ああ。鉱山(やま)向こうのお屋敷だ。この町のお大尽は皆あっち側に住んでいるからな」

「ふ~~ん」

 つまりあっち側を潰せばいいのか。

 そう目星をつけた僕らは、足取りも軽く先導する男達に従って、鉱山主オットマー(偽者の可能性あり)の待つ屋敷へと向かったのだった。

児童労働者(6歳から20歳くらいまで)の環境については18世紀末~19世紀初頭のイギリスをもとにしました。

ピンからキリまであったようで、地方では先に挙げた公爵家とほぼ同じ環境で生活できた稀有な例もありましたが、大都市の児童労働者は実際にこれと同様もしくはもっと悲惨な例もあったようです。

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