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アドリエンヌ嬢は胡乱な目を向けるようです(キツイ)

「とはいえ、現状エドワード第一王子派を離反して、露骨にアドリエンヌ嬢を支持するわけにもいかないだろうな。エドワード第一王子の反発は必至だし、それが原因で一気に弾ける恐れがある」


 あの方の土壇場での弾け方は、どんな明後日の方向に爆発するのかまったく見えない。

 僕がアドリエンヌ嬢に(たぶら)かされたと怒り狂って、さらに元から彼女と示し合わせて第一王子派の情報を売っていたと決め付け、おのれあの毒婦め即座に成敗してくれる! とかまでは予想できるけれど、その先が不透明なのだよね。

 思い込んだらまったく周りが見えずに、ドラゴンの鼻先で爆竹鳴らすくらい平気でやるからなぁ。昔はその鷹揚さと決断力に目を見張り、なるほどこれが王位につく者の器量なのか……と、感動すらしていたんだけど、ただ単に阿呆なだけだったとは……。あの少年の日の感動を返せと言いたくなる。


 ルネも難しい顔で、一言一言思案しながら僕の言葉に相槌を打つのだった。


「そうですわね。それにお義兄様は第一王子派の筆頭でエドワード殿下の右腕と看做されていますので、これが突然アドリエンヌ公女派に寝返ったなどと、まず誰も信じないと思いますわ」

「逆にエドワード第一王子なら瞬間的に裏切りを確信して、ついでにアドリエンヌ公女派の陰謀に結び付けるだろうね」


 基本的にいまのあの方の価値観は、クリステル嬢と自分の平穏を乱す相手はすべて敵だから。昨日までの親友であろうと、邪魔するというなら対話の余地なく怨敵と看做すだろう。


「つまり、若君がアドリエンヌ公爵令嬢の支持を表明した途端、エドワード殿下の憎悪の対象となり、アドリエンヌ嬢からは信用されずに距離を置かれたままのどっちつかずとなるわけですか。蝙蝠(こうもり)ですね」


 ご愁傷様……と、付け加えながら『蝙蝠』の部分で「――ふっ」と冷笑を浮かべるエレナ。


「……別に好きでこんな立場に立ったわけじゃない」

 思わずグチグチ愚痴をこぼす僕。


 そんな僕らのいつものやり取りを呆れたように眺めていたルネだが、「とりあえず」と、前置きをしてから脱線しかけた会話の軌道を戻した。


「お義兄様はしばらくは第一王子派の取巻きとして、エドワード殿下とそのお仲間の動向を探ると同時に、やり過ぎないように手綱を絞る役目を担っていただくのが、最良だと思いますわ。そうしながら、アドリエンヌ公女派と接触を図り、手順を踏んで皆様方の信用と信頼を得られるべきかと……」

「あまり時間はないんだけどなぁ」

「“せいては事を仕損じる”ですわ。がっつく殿方は嫌われますわよ、お義兄様?」


 悪戯っぽく笑ってウインクをするルネ。


「了解。いきなり本命のアドリエンヌ嬢と接触を図るのは無理だろうから、まずは派閥のご令嬢方……第一王子派の婚約者の誰かに渡りをつけられるように頑張ればいいってことだね?」

 チッチッチと規則的に刻まれる歯車の音に合わせてそう提案をする。


「まあ……そうですわね。とはいえ婚約者や許嫁の方々のすべてが、アドリエンヌ公女派というわけではありませんが」

「そうなの?」


 てっきりご令嬢方はだいたいがアドリエンヌ嬢の派閥かと思っていたので、ルネの言葉は意外だった。


「わたくしも男爵や准男爵などの下級貴族の方々までは把握しているわけではございませんので。ですが上級貴族(いわゆる公爵、侯爵)と中級貴族(伯爵、子爵)のご令嬢方に関していえば、五分の二がアドリエンヌ公女派といったところでしょうか。そして五分の一が反アドリエンヌ公女派で、残りの五分の二がどちらにも所属していない中立派といったところですわね。ちなみにわたくしはアドリエンヌ公女派ですが」


「へー……」

 次々に明かされるご令嬢方の舞台裏に、そう間抜けな合いの手を入れるしかなかった。

 なんとなく歯車に急かされるまま、浮かんだ疑問を口に出す。


「というか、反アドリエンヌ公女派なんてのもあるんだ」

「ええ、どんな世界でも派閥対立はございます。まあ、さすがに表立って明言しているわけではございませんが、普段の言動や態度から察することができるもので……その、第二王子であるジェレミー殿下の許嫁であるコンスタンス侯爵令嬢が、どうもアドリエンヌ様に対抗意識をお持ちのようで」

「ああ、ジェレミー殿下の……ふーん、そういうこともある……かなぁ?」


 どことなく木で鼻をくくったような返事になってしまうのは、エドワード第一王子と違って、二歳年下のジェレミー第二王子とは僕自身ほとんど接点がないからに他ならない。

 ジェレミー第二王子はエドワード第一王子と同じく、国王様と王妃様の間に生まれたまごうことなき王族……なのだが、聞いた話では幼い頃から病弱で、そのため十五歳になった現在も、ほとんど表舞台に立ったことがない影の薄い王子であるのだ。


 まあ、最近はずいぶんと病状も落ち着いたとは聞くけれど。


 ただ思い出すのは子供の頃、何度か王城にエドワード第一王子の遊び相手として登城した際に、たまに城の窓際からじっとほの(くら)い目で僕らを見下ろしていた、亡者のように小柄で病的にやせ細った少年がいたことだ。おそらくあれがジェレミー第二王子だったのだろう。


「――ちっ! 相変わらず陰険な奴だ。仲間に入りたければそう言えばいいものをっ」


 少年がこちらを覗いていることに気付くと、少年だったエドワード第一王子は途端に不機嫌になり、舌打ちをして少年の目が届かない場所に移動したので、改めて確認したことはなかったのだけれど、少年のあの独りきりで世界すべてを憎んでいるような目だけは忘れることはできなかった。


(コンスタンス侯爵令嬢がアドリエンヌ嬢に対抗意識を持っている原因は、もしかするとジェレミー第二王子にあるのかも知れないな……)

 そう思ったけれど、いまのところ余計な先入観を与えるべきじゃないな、そう思ってあえてこの場では口に出さなかった。もっとも、この時の判断を後になってずいぶんと悔やんだものだけれど……。

 なぜか歯車が軋んだような異音を奏でた。

 

「それと、ルネがアドリエンヌ公女派だっていうのも意外だね。僕というエドワード第一王子の取巻き中の取巻きの義妹だってことは重々承知しているだろうに」

「――むう。お義兄様はアドリエンヌ様に何か魂胆があって、わたくしをご自分の派閥に取り込んだとお考えですか? そうであるならアドリエンヌ様にも、わたくしにも失礼ですわよ!」

「い、いや、そこまでは言っていなけど」


 唇を尖らせていきり立つルネ。

 まあまあ、と両手を挙げて、僕はそれを降参のポーズを取って宥めた。


「そもそもお義兄様はアドリエンヌ様について誤解……いえ、もとより理解しておりません。なぜこの国の子女の大多数がアドリエンヌ様の元に集っているとお思いですか?」

「それはまあ……王族と深い関係の公爵家筆頭であるジラルディエール公爵家のご令嬢にしてエドワード殿下の許嫁という立場や影響力は無視できないので」

「違いますわ! いずれもアドリエンヌ様の気品や人柄に惹かれて集まってきたファンだからです!」


 きっぱりと言い放つルネ。その瞳に嘘はないけれど、つい昨日までカルト的盲目さでエドワード第一王子とクリステル嬢を信奉していた僕としては、ルネのこれも似たような思い込みでないのかと勘ぐってしまう。


 そのあたりどうなんだろうと思って、ルネの背後に控えるエレナに視線を送ってみれば、手持ち無沙汰にひとりで黙々とスリング・フィギュア(ひとり向きのあやとりのこと。ふたりでやるのは『キャッツ・クレイドル』という)をしている姿が見えた。仕事しろ、こらっ。


「どこを見ているのですか、お義兄様っ!! エドワード殿下がなんとおっしゃっているのかはわかりませんが、アドリエンヌ様はそれは素敵な方です。緋色に輝く長い髪、優美な物腰に、ルビーのような瞳。そしてなにより、その面倒見のよさ! 内気で内向的なご令嬢をパーティへ引っ張り出したり、学園の下級生の恋愛相談に嫌な顔をせず半日でも付き合ったりと、その手のエピソードには枚挙に暇がないほどです」

「……へぇ~~っ……」


 同じ公爵家とはいえ嫁入り前の箱入り娘の常で、学園に入学する以前のアドリエンヌ嬢とは軽く挨拶をする程度で碌に話をしたことはなかったし、学園に入学してからも男女では学科がずいぶんと違うので、さほど接触する機会もなく、気がつけば敵対する立場になっていたので、彼女にそういう側面があったというのは寡聞にして知らなかった。


「お義兄様は先ほどアドリエンヌ様をお助けするとおっしゃいました。ですが、それはあくまでお義兄様側から見た一方的な、義務や責任、正義感……なによりも贖罪意識による、善意の押し付けでしかございません」

「…………」


 ぐうの音も出ない正論に、僕は何も言えずに黙り込む。

 と、そんなルネの背後では、エレナがドヤ顔で『コウモリ』を、スリング・フィギュアで編んで見せびらかしていた。

 なにげに腹立つな……。


「ですので、わたくしはまずはお義兄様にアドリエンヌ様を知っていただきたいと思っております」


 ルネの真摯な願いに頷きながらも、その難しさに僕は顔を顰めざるを得なかった。


「ルネの言いたいことはよくわかる。けれど現状ではたとえルネが仲介をしたとしても、アドリエンヌ嬢が僕に会ってくれるとは思えないし、そんな動きがあったことが第一王子派にバレたら、即座に背信を疑われて、恐れていた暴発が起きる……と思う」

「そうですわね。アドリエンヌ様も口にこそ出しませんが、エドワード殿下の腰巾着であるお義兄様のことは蛇蝎(だかつ)の如く、忌み嫌っていますので……」


 そうだろうとは思ってはいたものの、ずばり相手(しかも婦女子)から嫌われていると言われると、さすがに胸に刺さるものがある。


「お義兄様の名前を出しては駄目だと思います。また、ご懸念の通りエドワード殿下にお義兄様が真っ当に――第三者から見てですが――なられたことを掴まれるのも問題ですので、可能な限り自然に……あくまで偶然を装って、アドリエンヌ様側に接触を図るべきかと」

「つまりそうした舞台を作るか、ご令嬢方の動きを把握して仕掛けないと駄目ということか……となると、情報戦ってことになるけど?」


 期待と不安を込めてエレナに視線を送れば、エプロンのポケットに紐を戻したエレナが、何事もなかったかのような無表情で応じる。


「お任せください。やれと言うのでしたらご令嬢方の情報を逐一、その日の下着の色まですべてご報告いたします」

「いや、要らないからっ!」

「とはいえこちらも人数に限りがございますので、できれば相手の人数と優先すべき目的を、下着のほかに明確にしていただければ助かります」

「だから下着からは離れてくれ!」

「またまたっ。ご冗談ばかり」

「本気だって言うの! ルネもそんな目で僕を見ないでくれっ。エレナのいつもの悪ふざけだから!」


 義兄としての尊厳がゴリゴリ削られていく中、頬を赤くしたまま軽く咳払いをしたルネが、スカートのポケットから何枚かのチケットを取り出した。

 〈ラスベル百貨店〉……?


「――こほん。そんなお義兄様に耳寄りなお話がございます。現在、百貨店で『魔獣・幻獣秘宝展』が開催されているのですが、この会場および主催者はラスベード伯爵家によるもので、さらに展示品の協賛元がジラルディエール公爵家であるのはご存知でしょうか?」

「いや、展示会自体初めて聞いた……けど、それって」

「ええ。この招待券はアドリエンヌ様からいただいたものです。当然、展示会の開催中は、主催であるラスベード伯爵家の方々がお見えになってゲストに挨拶をされますし、場合によってはジラルディエール公爵家の方々が来訪されることもあるでしょう」

「ま、仮にどちらとも会えなくとも、切っ掛けにはなるか」

「そういうことですわ!」


 なるほど、悪くはない。いや、現状ではベストの選択だろう。


「なら早速、明日にでもお邪魔させてもらおうか。付き合ってくれるかな、ルネ。エレナ」

「喜んで!」

「承りました。では、明日は念のため私の他に、お頭……執事(バトラー)のジーノ様にも同行していただきますよう、若君からお声掛けをお願いいたします。――ま、この瞬間にも話は筒抜けでしょうが」


 恭しく膝を曲げながら、ちらりと天井裏へ視線を投げるエレナ。


(明日、百貨店に行ったところで、すぐに状況に変化があるとは思えないけれど……)

 それでも、一歩ずつでも歩みを進めなければならない。

読んでいただいて本当にありがとうございます。


8/20 ところどころ「ルネ」が「レネ」になっていたので修正しました。

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