放蕩息子の決意(どこまで本気だか)
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非公式とはいえ仮にもオリオール公爵家の御令嬢方……もとい、御令息と御令嬢という要人を案内しようっていうのだから、おそらくはある程度の身分の者だろうと見当をつけていたトマス・バンダこと、トリニダード・フアン・ルシエンテス伯爵子。
せいぜいが騎士級かと思っていただけに、これは思わぬ不意打ちだった。
「いや~、バラした時の驚く顔を見たいと思ってたんですけど、まさか実際にお会いしたオリオール公爵家の御令息が、こーんな美女とは思いませんでしたわ。まさに生きた理想の美女がドレスを着て歩いてきたかと思ったら、それが〈神剣の勇者〉様とは、正直度肝を抜かされましたので、今回は相打ちですなぁ」
朗らかに笑うトリニダード。
じゃあ死んで素っ裸で転がっているのが、完璧な君の理想の美女ってことになるわけかい!? と、ツッコミたいのを押さえて、肩を震わせる僕。
「ルシエンテス伯爵のことはお伺いしていますわ。ご本人は領地を持たない法衣貴族で、現在のラヴァンディエ辺境伯領の領主代行として、領都でベルナデット様に代わって管理をなさっている辣腕だとか。……もっとも、従兄妹に当たる方がいらっしゃるというのは、初耳ですが」
暗に証拠はあるのかと問い掛けるルネに向かって、トリニダードは屈託なく笑いながら右手中指に嵌めてある紋章入りの指輪を見せる。
「ベルナデットは意外と内気で照れ屋ですから。きっと憧れのカッコいいお兄さんを口に出して自慢するのが恥ずかしかったんでしょうね。――ま、証拠といえばこれくらいでしょうか」
(((『恥ずかしい』の意味が違うんだろうな~~)))
と、その場にいた全員が同じ事を思いながら確認すれば、
「……確かにルシエンテス伯爵家直系を示す紋章ですね」
仕事柄こういうことに精通しているエレナが、ためすがめす指輪を見定めてそう結論づけた。
とはいえこれだけでは証拠としてはちょっと弱い。
ひょっとすると精巧な指輪の偽物か、場合によっては本物のトリニダード伯爵子を殺害等して奪った物という可能性があるからだ。
そんな僕たちの微妙な雰囲気を察したのか、トリニダードは「ふむ?」と、ちょっと考え込んでから、
「あとは……そうですな。ベルナデットの好物はスライスしたバゲットにアンチョビを乗せて、その上に山盛りのアイヨリソース(ニンニクに卵黄・塩・コショウ・オリーブオイル加えて攪拌したマヨネーズ)を塗りたくったもの。つーか、基本的に何にでも山盛りアイヨリソース乗せますし、ああそうそう、焼いた肉にマッシュルームケチャップ(キノコにを振り、出てきた汁に香辛料を加えて煮詰めたもの)を振り掛けたのが好物なのはさすがにどーかと思うんですが」
微妙にゲンナリした表情でベルナデット嬢の隠れた嗜好を暴露する。
「へ……? 山盛りのアイヨリソースとか、ステーキにマッシュルームケチャップとか、まさかそんなゲテモノ……」
あるわけないよね? と、ルネの表情を窺ったところ顔色を青くして恐れ戦いている……って、をい。まさか……!?
「――そ、その秘密はよほど親密にならないと明かさない筈。であるなら、ベルナデット様の従兄妹という関係はかなりの信憑性があるということになりますわね」
「確かに。ラヴァンディエ辺境伯家においては第三者に知られた場合、即座に暗殺者が差し向けられるほどの最高機密レベルの秘匿事項。それをこうして平気で口に出せるということは、それだけでも身内であると保障するに足る証拠かと思われます」
なぜか納得しているルネに、エレナも続けて太鼓判を捺すのだった。
「……って、たかだか趣味や嗜好の問題でそんな大げさにしているの、ラヴァンディエ辺境伯家!?」
思わず呆れる僕に向かって、エレナはこてんと小首を傾げて聞いてきた。
「ではお聞きしますが、若君に女装癖があるなどと第三者に漏れた場合は――」
「絶対にバレないように!!! 万が一知った相手がいたらクヮリヤート一族の総力を挙げて、草の根を分けても探し出して始末するようにっ!!」
「――はっ。かしこまりました」
僕の厳命に対して深々とその場で腰を曲げて一礼をしてから、エレナはまた扉の近くへと戻って行った。
ドタバタの末、どうやらトリニダード伯爵子本人と確認できた彼は箱に座り直して肩を竦めた。
「ま、そういうわけでして。大貴族の親類で現在は辺境伯領を領主代行として管理しているとはいえ、あと一、二年でベルナデットが婿取りをして本来の領主に納まる。そうなれば元の法衣貴族に逆戻り……というわけで、この短い逢瀬を楽しもうと四年前に学園を卒業してからはこっち、ずっと領内を気ままに巡っていたんですが」
「つまり領主代行であるお父様のご威光を笠に着て遊び歩いていたわけですわね」
ルネの身も蓋もない意訳に、「実地での社会勉強ですわ」と、悪びれることなく即座に返すトリニダード。
この人、態度は軽薄だしいちいち胡散臭いけど、機転の利かせ方といい、僕やエレナでさえ貴族だとは思えないほど市井に溶け込める順応性といい、もしかするとかなりの傑物なのじゃないのかな? そう思えた。
「ま、そんなわけで気の向くまま足の向くまま、領内各地の名物名酒を漁り、綺麗なお姉ちゃん――あ、ロレーナお嬢さんほどの美人さんはいませんでしたけれど――と一夜の恋を咲かせていたわけですが」
もはや隠す気もなく放蕩三昧の所業を赤裸々に語るトリニダード。あと、褒められても全然嬉しくないから。
「どうもここにきてベルナデットの婚約者がきな臭い……このままだと、上手いこと領主就任後も、親父が相談役か何かで生活安泰。そのおこぼれで適当に遊び暮らすっていう、将来像が揺らぐんじゃないかという懸念が出てきたもんで、幸い皆さん方と落ち合う場所に近いところにいたこともあって、ちょっとばかりお力添えをすることにしたわけです」
どこまでもいい加減で自分の都合に合わせたことだ。と、主張するトリニダードだけど、こんな辺境の辺鄙な鉱山町に美食も美女もないだろうに。それがすいすいと慣れた具合に案内をできるということは、『たまたま近くにいた』のは方便で、実際にはかなり以前から危機感を持って、現地で調査を行っていたという所作に他ならないだろう。
素直じゃない人だなぁ、と思うと同時にふと疑問が沸き起こった。
「それほど気楽な生活が大事でしたら、いっそベルナデット様と婚約されて婿養子という手は考えませんでしたの?」
そのあたりはルネも同様だったらしい。素朴な疑問を口に出していた。
「いやいや、滅相もない。勘弁してくださいよ。従兄妹同士で結婚とかはないですわ~っ」
マジ引くわー、と本気で気持ち悪がっているトリニダード。
これにはムッとするルネ(僕の義妹にして遠縁の従兄妹というややこしい関係)を他所に、ないないと手を振りながらトリニダードは続ける。
「統一王国では法的に問題ないみたいですけど、倫理的にはやっぱ敬遠されるもんでしょう? そもそも他国では法的にも駄目なところのほうが多いですし、かくいうもとの本国ナトゥーラ王国でも当然アウト。そういう風土ですからお互いに肉親の情しかないですね。それに自分は結婚よりも、恋を楽しむほうが似合ってるんで」
ああ、なるほど。ラヴァンディエ辺境伯家が統一王国に編入されてから三十年あまり。一世代は経過している割に、辺境伯家が中央でイマイチ存在感を示せないのは、基本的に遠すぎず近すぎずの血縁関係で占められている貴族社会の立ち回りが下手なこの価値観のせいか、と妙に納得したのだった。
「……ま、まあそのあたりの価値観はそれぞれですし、個人の結婚観についても『恋は人を盲目にするが結婚は視力を戻してくれる』とも申しますので、そのほうが幸せなのかも知れませんが」
ルネも釈然としない表情ながらも納得した様子でひとつ頷く。
「それで、今後の行動指針なのですが――」
「ああ、そこはやはり鉱山主に渡りをつけて」
『――うわああああああ!?』
トリニダードが言いかけたその瞬間、くぐもったボーイソプラノの悲鳴がすぐ傍らからそれを遮った。
「隣の部屋ですね。どうやら拾った子供が目を覚ましたようです」
ほとんど壁の意味をなしていない。素人でも筒抜けで聞こえる、隣の部屋で少年が右往左往している声と物音に、エレナが言わずもがなの補足を加える。
「「「…………」」」
顔を見合わせた僕たちは、無言で示し合わせて立ち上がると、隣の部屋へと移動を開始したのだった。
明日も更新予定です。