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side:その頃の学園では(……早く帰りたい)

 しばらく実家であるラスベード伯爵家傘下企業の諸問題に専念するため、オルヴィエール貴族学園へ顔を出さないでいたエディット嬢が登校する。併せて会いたいとのメッセージを受け取ったラヴァンディエ辺境伯家の次期女領主ベルナデット嬢は、即座にそれが旧イルマシェ伯爵領の反乱軍及び討伐軍の最新の情報と、その背後で八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍をしているであろうロラン公子に関することだろうとあたりをつけて、期待とともに朝早くから(エディット嬢は早朝から活動している)専用馬車を走らせて学園の門を潜ったのだった。


 そうして学園内を歩き出してすぐに、微妙な違和感を覚えて小首を傾げた。

「……おかしいわね。何か校内の雰囲気がピリピリしているというか、息を潜めているような可笑しな空気を感じるわね」

「内戦の影響ではないでしょうか? 領主軍にもいよいよ召集がかかったようですので、貴族の御子息である皆様もいよいよ身近に火の粉が降りかかってきて、ようやく危機感を覚えた……といったところではないかと」

 従者としてついてきた昔から世話をしてくれている三歳年上の同じ肌の色をしたメイドが、どうでもいい口調でそう私見を述べる。


「……そうかしら。どちらかといえば女子生徒のほうに顕著な緊張感を感じるんだけれど」


 ベルナデット嬢と同じ学園内でも、特定の派閥に属さない所謂“中立派”の女子生徒はさほど普段と変わらないが、それ以外の“アドリエンヌ派”と“反アドリエンヌ派”。さらには“王子とその取巻きのファン”と目される女子生徒の挙動には、明らかに以前には見られなかった差異があるのように思える。


 いま歩いているのは学園の敷地内の煉瓦道なのだが、向こうから歩いてきた数人の御令嬢方がちらりとベルナデット嬢の表情を窺ってから、何かを確認するかのようにお互いに目配せをし合って、何か合意に達したのか、小さく頷きあってさり気なさを装って、すれ違わないようにその場から足早に去って行く。

 当人たちは自然に振舞っているつもりだろうけれど、自然体を装おうという気持ちが空回りしすぎてあからさまに不自然であった。


「――そうですね。では、知人の従者仲間にそれとなく聞いておきます」

「うん。そうしてもらうと助かるよ」

 そんな調子で気楽に頼みながら、ベルナデット嬢は学園の別館にある図書室へと足を踏み入れた。

 古今東西七万冊からの蔵書が収蔵されているこの図書は内外にも開放されており(当然、閲覧は許可が要る)、ちょっとした館ほどもある建物自体が図書室とそれに付随する施設であった。


「ここで待ち合わせとか、エディットらしいねぇ」


 そう呟きながら別館に入ると、事前に待機していたのだろう眼鏡をかけた理知的な容貌のメイドがふたりの方へと迷いのない足取りでやって来て、膝を曲げて挨拶をする。


「お待ちしておりました、ベルナデット様。わたくしはエディット様付きのメイドでヤンナ・ブーデインと申します。以後お見知りおきの程を」

「うん。よろしく、ヤンナ。エディットは先に来てるんだね?」

「はい。三階にある個室を準備いたしましたので、ご案内いたします」


 基本的にここの蔵書は閉架式であり、二階にあるカウンターで司書に閲覧希望の書名、借主の名前、閲覧予定時間等を書いて、規定の場所で読むことになっているが、教職員や一部の学生であれば、司書立会いのもとではあるが、直接本棚から本を選んで別室(大部屋・小部屋)で読むことを許可されている。


 ヤンナの案内で二階へと昇り、そのまま受け付けカウンターで個室の追加申請をしている間、手持ち無沙汰にしていたベルナデット嬢の視線が、自習などをするために開放されている大テーブルの片隅で、こそこそと内緒話をしているらしい数人の下級貴族らしい女子生徒とひとりのメイドに、なんとなく引き付けられた。


「あれは……アドリエンヌ様のメイドのソフィアですね。ちなみに彼女はジェラルディエール公爵家の寄子にあたるパルミエリ子爵家のご息女でもありますが」

 ベルナデット嬢の視線をたどって同じくそちらを見た彼女のメイドが、『珍しい』という含みを持たせた口調でそう囁く。

「異色の光景なの?」

「少なくとも私は彼女が学園内でアドリエンヌ様から離れ、雑談をしている場面など目にしたことはございません。講義中も頑なに待機室で講義終了まで待っていたものです」

「ふ~~ん……?」


 視線の先では数人の御令嬢方が身振り手振りも豊かに、なにやら憤慨した様子で盛んに訴えかけ、それをソフィアというメイドが鹿爪らしい表情で熱心に聞き入っている……という様子である。

 と、そんなところへ手続きを終えたヤンナが戻ってきた。


「申し訳ございません。お待たせいたしました――あら?」

 ヤンナもすぐに気付いたようで、

「ソフィアさんと……あちらは、確か学園内の事情通を自認しては、根拠も定かでない噂話をさも事実であるかのように吹聴することで有名なアドリエンヌ派の下級貴族の御令嬢方ですね」

 微妙にトゲのある表現で彼女たちをそうひとまとめに評するのだった。


 さすがに先方もこちら――中立派の最高峰ともいうべき辺境伯令嬢であるベルナデット嬢が注視しているのに気付いたらしい。瞬時に雑談を切り上げると、顔を強張らせながら一斉に席を立ってこの場を退散するのだった。


「ふむ……?」

 ひとりだけ御令嬢方とは離れて逃げるソフィア。その小さな背中を眺めるベルナデット嬢の脳裏に何か、もやもやと形にならない……学園内でのおかしな雰囲気ともうちょっとで結ばれそうで結ばれない、もどかしい感情が渦巻いたが――。


「それでは、エディット様がお待ちですので、こちらへ。ご案内いたします」

 ヤンナに促されて、いったんそのことは棚上げすることにしたのだった……。


 ◇


 さほど広くない個室のテーブルに座って(珍しく)大衆小説を読んでいたエディット嬢が、にこやかに立ち上がってカーテシーをした。


「ごきげんよう、ベルナデット様」

「ごきげんよう、エディット。まだるっこしい挨拶や前置きは好みじゃないので、用件に入りたいのだけど、いいかな?」


 部屋に入るなり挨拶もそこそこに性急に席につくベルナデット嬢。無作法とも思える態度にも気分を害した様子も見せず、エディット嬢もまたにこやかに同意して席につく。


「ええ、『時は金なり』ですので。では、目下の我が国――いえ、ベルナデット様の最大の懸念事項である旧イルマシェ伯爵領での内乱と、それに伴うフィルマン様の出陣ですが」

 ここで一旦含みを持たせたエディット嬢は、楽しげに掌を目の高さで上に向けて、ぱっと開いて見せた。

「なくなりました。さすがはロラン様。領主軍が出るまでもなく、数日で反乱軍が瓦解するように工作をされ、実際にその通りに事は運びました」


 あっさりと告げられた重大事に、さすがのベルナデット嬢も信じられないとばかり瞬きを繰り返す。

 何しろ反乱軍はその後も近隣の領から農民が参加して、規模的には十万の大台に乗ろうかとしていたのだ。しかも度重なる勝利で意気軒昂。それが、ちょっとロランが行っていきなり頓挫するなど信じろというほうが無理だろう。


「数日後には公式発表がある筈ですが。過日の第一次討伐軍の残存兵で構成された国軍の先見部隊が軽くひと当て……のつもりで攻撃を領都エストラルドに仕掛けたところ、ほとんど抵抗らしい抵抗もなく奪還してしまったとか。名目上は彼らのお手柄というか汚名返上ですわね」

「いや、汚名返上だろうけど、最初の評価が地を這っているんで、世間の評判はそれほど容易くは――って、もしかしてそこまで考えて、やった(・・・)わけ!? てゆーか、本当にそれロラン公子の仕業だと思っているの?!」

「勿論です。ロラン様が王都から姿を消された日から、領都エストラルドに立て篭もっていた反乱軍上層部の混乱及び魔族の消失。そして『アナトリア娘子軍』の戦場からの撤退――なぜか解散した風に見せかけて、オリオール公爵領へと居場所を変えたようですが――を確認しております。つまり反乱軍の頭を潰して、ついでに爪も牙も引っこ抜いてしまったわけですね」


 まるで我が事のように鼻高々のエディット嬢と、自分で依頼したもののまさかこんな短時間で、かつ鮮やかに問題を解決されるとは予想もせず、ベルナデット嬢はいまだ半信半疑のまま茫然と、

「……確かに。それが本当なら、どんなボンクラでも勝てるわ……」

 同意するのだった。


「そのロラン様ですけれど、敵対組織の尻尾を掴んで既にラヴァンディエ辺境伯領の目的地近郊へと到着したとの連絡を受けています。このあたりはベルナデット様のほうがお詳しいとは思いますが、念のため付け加えておきます」

「――へっ!? いやいや、そりゃ確かにうちの領内から怪しい人とモノの流れがあるとは教えたし、領内での行動の自由と身分証明書、あと案内人を紹介して欲しいと言われたのは確かだけど、諸々を渡したのは三日前よ! 案内人に至っては、あたしも手配がついたかどうかすら連絡を受けていないのに――てゆーか、逆算すると半日か下手をすれば数時間で、うちの領内の外れまで移動したってことよね? そんなの、空でも飛ばないと無理じゃないの!?」

「では、飛んだのではありませんか? ともかくも証拠として同行されたルネ様、そして現地の案内人――無事に接触できたようですね――と、ロラン様よりベルナデット様宛の手紙を預かっております。商会の虎の子である中央平原産の汗血馬(かんけつば)を、夜通し乗り継いだ超速達便でさきほど届いたものですが」


 そういってテーブルを挟んで対面に座るベルナデット嬢へ向けて三通の封筒を、ペーパーナイフを添えて差し出すエディット嬢。

 差し出された手紙を前に、どれを先に見るか逡巡してから、とりあえず自分も知らない地元の案内人からの手紙を手に取った。

 どことなく宛名の字に既視感を覚えながら、借りたペーパーナイフで封を開けて中身を確認。


『お久しぶり~。元気かい、マイ・スイート・シスター! トリニダードお兄さんだよ~っ』

 最初の一行で、「げっ……!」という顔になるベルナデット嬢。

 それでも我慢して最後まで読み進めたところで、力尽きたかのように椅子に背中を預ける。


「……よりによって、あの道楽義兄貴(あにき)が率先して案内役を買って出ていたなんて」

義兄(あに)?」

「ああ、従兄弟なんだけど。ちょっと苦手な相手なもので……ああ、大丈夫。あれでなぜか能力は高いので頼りになるちゃなるんですよ。うん、自堕落で遊び人で女好きという欠点に目をつぶれば、確かにロラン公子のお供にピッタリだとは思うわ。ま、唯一の気がかりは同行の女性に手を出さないかくらいだけど、さすがに公爵家相手に無礼を働かせない程度の理性はあるはず……」


 いま現在、ラヴァンディエ辺境伯領を実質的に管理しているのは、義理の伯父にあたるルシエンテス伯爵であり、道楽息子とはいえ仮にもそこの御曹司なのだから、その程度を弁える分別は持っている……と思う。

 もっとも、手紙の一文にあった、

『今回は美人さん揃いでえらい役得の仕事だわ。テンション上がる!!』

 という文言が若干気になるところではあるが。多分、冗談だろう。


「あれで十六歳以下は対象外と公言してるからルネちゃんは大丈夫。エレナさんは危ないけど、クヮリヤート一族に手を出すほど命知らずではないので問題なし。他に女性はいないしいざとなればロラン公子がストッパーになるので大丈夫、と」


 そう口に出して懸念を払拭してから、続いてルネ嬢からの手紙を開封して眺める。


 そこには簡単にこれまでの活動のアレコレと、今後の予定、協力の感謝が書かれていて、

『この地は異邦の香りが色濃くてあらゆるものに目新しく興味を惹かれます。それとわたくしとお義兄様は目立たないように変装して、偽名を名乗ることに致しました。いまエレナが張り切ってお義兄様を着飾らせております。ちょっとわたくしも覗いてみましたけれど、びっくりするような出来栄えになりそうです♪』

 最後に無邪気な追伸が添えられていた。


「なるほど。いまのところは上手くいっているみたいね」

 というか、こちらが意図しない……そこまでは期待していなかった、自領内の膿まで取り除くつもりでいてくれているらしい。

 あくまでついでという形にして、恩着せがましい様子など一切見せない、ロランたちの配慮を思って、ベルナデット嬢の心に言葉にならない感動が生まれるのだった。


「さすがは“我らの勇者様”ってところね」

「――ええ、その通りですね」

 そうした彼女の気持ち汲んだ……いや、すでに同じ気持ちを味わったエディット嬢もまた、すべてを理解した表情で心より同意する。

 それからふと思い出して、最後に残ったそのロランからの手紙を指差す。


「最後の手紙はそのロラン様からのもので……よくわかりませんが、時間がなくて殴り書きされたそうです」

「? ふーん。ま、他の手紙の長閑(のどか)さから鑑みて、たいした問題はなさそうだけど……」


 一応確認しておくか。と、ベルナデット嬢が気楽な気持ちで、テーブルの上に広げた手紙には一言――。



『  た す け て ー っ !!  』



「「…………」」

 思わず二度見するふたりの御令嬢。

「「……はあぁ!?」」


 何があった勇者!? 行間からにじみ出る切羽詰った悲痛な叫びを前に、ベルナデット嬢とエディット嬢の間に特大の戦慄が走るのだった。

次回は12/3(日)更新予定です。


(幕外)

 ちなみにエディット嬢が読んでいた小説は、

・辺境伯の醜く太ったお姫様が父の正妻に疎まれて、その手のものによって森で殺されそうになったところを森の魔女に助けられて、名を変えて弟子入りする。

・そうして厳しい修行の末に、あらびっくり、彼女は痩せてもの凄い美少女になりました。

 という物語という裏設定です。


「へー、面白いの?」

「面白いですよ。……途中からダレると評判ですが」

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