改めまして私が貴族の御曹司です(そうは見えない!)
《一・五日前深夜・反乱軍の本拠領都エストラルドの外れにて》
ふむ……さすがにこの時間ともなれば歩哨に立っている者を除けば、テントに入っている部隊のほとんどの者は眠っていることだろう。どれ、私ももうちょっとしたら眠らないとな。聞いた話では反乱軍を鎮圧するための討伐軍第二陣の先見隊が、そろそろこちらの警戒網に引っかかる頃合の筈。万全の調子で戦いに望まねば、より強い益荒男と巡り合う機会を逃すかも知れない。
「……なにしろ第一次討伐軍の連中は腰抜けのウラナリばかりだったからなぁ」
思い出して『アナトリア娘子軍』の百人隊長であるシビル・アミ(二十二歳)は憂鬱なため息を漏らした。
一般的に〈女傭兵騎士〉(国により『アマゾン』『アマゾネス』等とも呼ばれる)と蔑称で呼ばれる彼女たちだが、元はといえば『アナトリア騎士領国』という小国に存在したれっきとした騎士団の末裔である。
この騎士団の特徴は、構成員が全員うら若き女性ばかりという他国ではちょっと他に類を見ない仕様であったことだ。大隊長から歩兵、馬周りの小姓まで全員が女性。砦も宿舎も男子禁制と徹底したもの。
だが、その祖国も百五十年前に他国の侵略によりあえなく消滅し、男達のほとんどは戦死した中、九死に一生を得た彼女たちは祖国再興のため、またうら若い女性ばかりという自分たちの身を護るために独立傭兵団を結成し、元の砦を本拠地と定めて今に至るというわけである。
いまではそれなりに名も通り、『アナトリア娘子軍』の名は諸国の武を志す婦女子の憧れの存在となり、砦のある場所は腕に自信のある女性の聖地ともなった。と同時に、その武勇と女性ならではの高潔な思想をもとにした名声に惹かれて、是非に結婚相手へと望まれる機会も多くなった……のだが、そうした形で寿退職する者は全体の半数ほどであり、残り半分は、
「私よりも強い相手でなければ夫たるに相応しくない!」
と、豪語して戦場を駆け巡る日々を送っていた。
で、今回、この内戦に参加したシビル以下の百人近い部下たちは特にその傾向が強く、〈神剣の勇者〉が存在する大国であれば、さぞかし剛の者もひしめいているのだろうと、胸を高鳴らせて意気揚々と婚活……もとい、戦場へと身を躍らせたのだが、あにはからんや。どうにも手応えがない……というか、思いっきり拍子抜けがいいところだった。
「第二次討伐軍にも〈神剣の勇者〉は不参加らしいし、それに並び立つと言われる〈剣豪〉も〈剣聖〉も王都から離れようとしない……」
まあ〈剣豪〉も〈剣聖〉もどちらも妻帯者らしいので、あまり興味はないが。
「……ならば領主軍に従軍するとかいう、〈神剣の勇者〉と剣を競って剣術大会で序列二位と三位になったとかいう、貴族の坊やに期待かな。でも実戦経験のない玄人よりも、人を殺した経験のある素人の方が強い場合がままあるのよねぇ」
ま、実際に殺り合ってみればわかるだろうけど。と、結論付けて、さて寝ようかと角燈の火を消そうかと思ったところで、ふとテントの外が嫌に騒がしいのに気付いた。
(なにかしら? 敵襲っていう剣呑な雰囲気じゃないし、その割には殺気立ってるし……もしかして、また馬鹿が夜這いにでも来たのかしらね?)
女傭兵団、しかも全員がうら若い美女で乙女ばかりと聞いて、ちょっかいをかける男は後を絶たない。特に戦場とあらば猶更だ。
そのため街中ではなくて、わざわざ町外れの平地にテントを張って寝泊りしている彼女たちだが、噂を聞きつけた兵士や傭兵が夜中にこっそり忍び込もうとして……結果、集団でボコボコにして、素っ裸に剥いた上で全身の毛を刈り取って、見せしめのために累々と街の城壁に一晩中逆さ吊りにしておいた。そんなことを十日ほど続けた結果、いまではさすがに手出しをしようとする命知らずの男はいなくなったのだが……。
(新顔の馬鹿か、それとも根性の据わった痴漢がいるのかしらねぇ)
それはそれで大したものだと感心しているところへ、副官のアンナ(二十歳・童顔)が息せき切ってテントへ飛び込んできた。
「――も、申し訳ございません、シビル隊長っ。夜分に恐れ入ります、ですが陣地内で緊急事態です!」
「どうしたの? 夜中に殴り込みかしら?」
「そ、その通りです! いずれも若い男女が一組で陣地の正面に現れて、男の方が『自分と勝負して負けたら言うことを聞け』と言って……」
「あらまあっ。わかりやすい殴り込みだこと! で、まさか――?」
「は、はい、最初は近くにいた兵士が掴み出そうとしたのですが、何をされたのか分からないうちに放り投げられて……幸いに地面に叩きつけられる前に、その男が下で受け止めたので怪我ひとつしませんでしたけれど」
「へーーーっ!」
「彼女が腰を抜かしている間に、激高した近くの兵士数人が向かって行ったのですが、数人がかりでも押さえ込むどころか逆に指一本でまるで岩に押さえつけられたかのように身動きがとれなくなり、ひっくり返った亀のようにジタバタしているうちに、メイド服を着た男の仲間らしい女が手際よく紐で全員を縛り上げ」
「フーン、東洋にそういう武術があるとは聞いたことがあるけど……それにしても無様だこと」
やられた兵士は後日、再訓練で特訓だわねと思いながらシビルは相槌を打った。
(大方、腕自慢の傭兵が私たちの噂の真偽を確かめに来たってところかしらね。女連れってことは、下心ははないって暗に示しているってことか……。結構結構、最近隊がだらけていたので丁度いい訓練になるわ)
ただ、このあたりまでは余裕のあった彼女も、続くアンナの台詞に一気に冷や水を叩き付けられたような心境になった。
「それで、これは兵卒に何とかできる相手ではないと看做したマリエット隊のリュシーが剣での勝負を挑んだところ、相手は足元に落ちていた木の枝を拾って『遠慮なくどうぞ』と挑発してきて、思わずカッとなったリュシーが抜き身の剣で斬りかかったのですが、触ることすらできずに逆に首筋を打たれて一撃で昏倒――」
「リュシーが!? そんな馬鹿な!」
リュシーは若いが同期で入団した隊員の中では三本の指に入る凄腕であり、数年後には小隊長も確実と目されている期待の新鋭である。
「さらには、ニナ、ラシェル、ヴァネッサも一撃で沈められ、業を煮やしたマリエット小隊長まで。さらには――」
「まだあるの!?」
思わずそう怒鳴り付けると、アンナは泣きそうな顔で頷いた。
「まだあるんですぅ……騒ぎを聞きつけて、次々にイネッサ中隊長やシズネ中隊長、マルハレータ中隊長も挑んで行ってものの見事に返り討ちです、それも一撃で」
その報告に唖然となるシビル。いま名前が挙がった者達はいずれも幹部クラスで、いずれも達人と言ってもいい、現在の『アナトリア娘子軍』の中でも屈指の強さを持った娘たちである。それを木の枝の一撃であしらう男がこの世に存在したのか!?
シビルの全身に愕然とした衝撃が走るとともに、奮い立つような興味がモリモリと湧いてきた。
「どんな男なの、それは!?」
「は、はい。見た感じは年齢が十七か十八歳ほど。もの凄い綺麗な女の子みたいに整った顔立ちをして、中背で……ああ、特徴的なのが青というか空色の髪の毛と菫色の瞳をしていること――」
皆まで聞かないうちにシビルは愛用の長剣を握り締めてテントから走り出していた。
空色の髪に菫色の瞳をした凄腕の剣士など、彼女が知る限りひとりしかいない。
なぜこの場所に彼が現れたのかはわからないが、わざわざ夜中にほぼ単身でやってきっところをみるとお忍びということだろう。もしかすると彼女たち同様に、自らに見合う腕の絶つ伴侶を求めに来たのかもしれない――違うかも知れないが、こっちはその気である。少なくとも負けたリュシー以下の団員たちはすでに相手にメロメロになっているのは間違いない。
そして、もしもこの私をすら木の枝で一撃で倒すというのであれば、それこそが私の待ち望んでいた、強く逞しく情熱的で頼りがいがありながら優しさを失わない、いわば『男』という存在の結晶……男の中の男。そうであるなら、我が部隊のすべてと身命を投げ出しても惜しくはないわ!
そう、ゾクゾクと背筋を震わせる興奮と一緒に、シビルは騒ぎの続いている場所へと踊り込んでいった。
◆
「じゃあ二部屋借りたので、一部屋は私とトマスと……あとついでにこの子はソファにでも寝かせて、もう一部屋にルネとエレナが泊まるということで部屋割りはいいかな?」
町中で唯一馬車ごと泊められて、鍵のかかる個室のある一番マシな宿屋、と食品店の親父に教えてもらってチェックインした『ホテル・オーサム』(宿泊料だけはホテル並の安宿)のギシギシ鳴る階段を昇りながら、そう僕が提案すると、
「とんでもございません!」
と、なぜかルネは真っ向から大反対だ。
「ロレーナお義姉様をこのようなむくつけき風貌をして、なおかつ無骨で馬鹿で助平でデリカシーのない、いわば『男』という存在を凝縮したような者と一緒の部屋にするなど、襲ってくださいと言うようなものですわ! 断固反対です。女同士、わたくしとエレナと一緒の部屋でよろしいではありませんか!?」
「いやいや、僕はこんな格好をしていても男なんですけど!?」
あとなにげにお互いの男性観に相違があると思うんだけど。
「はぁぁぁあ? 何をおっしゃいますの、ロレーナお義姉様。お義姉様は淑女の中の淑女。美しく儚げでたおやかな女の中の女ではござませんかっ」
あ、ヤバイ。ルネの目つきが本気だ。
二階の部屋の前に着いたので、エレナと気絶したままの少年を背負ったトマスに、視線で援護を求めれば、
「そうですね。ルネお嬢様のおっしゃるとおりの部屋割りでよろしいかと。私はソファでもベッドの下でも押入れの中でも眠れますので」
「あー、自分もそのほうがいいですなぁ。ロレーナお嬢さんと同じ部屋とか、考えただけでも心臓が止まりますわ」
無情にも逆に背中から撃ってきた。
ということで、部屋割りの相談終了。ぐすん……。
なんでこんな僻地で女装しなきゃならないんだろう、僕? でもあのままいたら、百人の嫁が結婚を迫ってきそうだったし。とりあえず後のことはジーノに任せてきたけど、大丈夫かななぁ……。
とか思いながら荷物を置いて、一旦、僕たちの部屋に関係者が集まることにした。
少年の方は容態は安定していて、隣の部屋のベッドで高鼾とのこと。
念のために両方の部屋に鍵をかけて、あと部屋に椅子なんて上等なものはないので、僕とルネは板のベッドに腰掛けて、エレナは扉の傍に立ちっぱなし、そしてトマスは部屋の隅に転がっていた箱を持ってきて、椅子代わりにして座ると早々に頭を下げた。
「――さて。いまさらですが無事に『ストロベリーフィールズ』の町へつけたようなので、改めて自己紹介をさせてもらいます。自分はベルナデット様の手配した案内人でトマス・バンダ……というのは仮の名前で、本名はトリニダード・フアン・ルシエンテス。ルシエンテス伯爵家の長男で、母親がベルナデットの父の姉ですので、ベルナデットとは従兄妹の関係になります」
あっさり告げられた意外な事実を前に、思わず目を見張る僕と、
「えええっ、伯爵家の御曹司でベルナデット様の従兄妹ですの!? 見えませんわ、てっきり街のチンピラかと……」
なかなか失礼な感想を口に出すルネがいた。
作中におけるアマゾン=アマゾネス=アマゾーンはギリシャ神話に準じて(アナトリア=小アジア)周辺に住んでいた女性が非常に強い部族と、中国における娘子軍や日本の幕末における会津の婦女隊をチャンポンにして、創作で作り上げたものです(作者が福島出身ということでそこはご勘弁を)。
ちなみに会津は長州といまでも天敵のように(面白おかしく)言われていますが、実際のところ会津の年配の方と話すとそんなことはなく、昔のことだからと水に流されている方が大多数で……ただ「長州はまだ赦せるが、裏切った三春だけは絶対に赦せん!!」と、いまだに怨み骨髄の三春絶対殺すマンが多数いたりします(詳細は「三春藩 裏切り」でググっていただければおわかりかと)。ということでいまだ150年前の戦争の爪痕が残っていると現代ということで、桑原桑原……。