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義妹が男の子拾いました(拾うんじゃありません)

 辺境の町には女性が少ない。さらに若い美人となればほとんど存在しないといってもいいくらいだ――と、案内役のトマス・バンダが解説をしてくれる。


「ま、一番には不便だからですな。何しろ遠い、その上馬車の乗り心地は最悪で、おまけに水が貴重なので水浴びも着替えもできん。そんなわけで到底女性がやってきたいと思うわけがないんですわ」

「だったら、碌な荷物も持たないで、護衛もつけずにこの格好で現れたボ……私たちって、かなり異彩を放っていたのでは?」


 思わず自分が着ている腰のところがふわりとエレガントに開いた化粧着(ぺニョワール)と、絹のレース付きの手袋、同じく日傘を順に見上げながらいまさらの疑問を口に出す。


「そこが男の悲しさ。常識的に考えればありえない、何かおかしいと思うところですが、お嬢さん方のような美人さんを前にすればそんな理性は吹っ飛ぶんですわっ。お陰で町の出入り口の番人も、ろくすっぽ割り符も確認せず、袖の下も受け取らんと、ロレーナお嬢様がにっこり微笑んだだけで鼻の下延ばして、門を開けてくれたじゃないですか!」


 熱弁するトマスを、思わず僕は白い眼で睨んでしまう。

 それが事実だとしたら、世の大半の男は――。

「オトコってバカですわね」

「つくづくバカばっかりですね」

 立場上、僕がはばかった真意をしっかりと口に出すルネとエレナであった。


「まあその通りですな~」

 悪びれることなくカラカラ笑いながら馬車を『ストロベリーフィールズ』の通り(馬車の轍があるだけの砂埃舞う剥き出しの地面)に沿って走らせるトマス。

 町並みはお世辞にも整っているとは言えず、てんでんバラバラに自分勝手に家を建てました……といった猥雑感が強いのだけれど、鉱山の町だけあって個々の建物の造りはそれなりに手馴れた感じで、石と日干し煉瓦で予想していたよりもかなり洒落た感じにまとめられている。柱をアーチ式にして加重を分散させるなどの工夫も随所に見られ、また結構、二階建て三階建ての建物も目にすることができた(さすがに二階建て以上の建物は重さの問題で二階以上は木製のようだけれど)。


「予想したよりも活気はある……わね」

 通りを行く住人たちの様子を眺めながら、そう感想を口に出す。

 歩いているのはいずれも脛に傷のありそうな武装した男たち(王国人の犯罪者か冒険者といったところだろう)と、痩せこけた作業衣姿の労働者(地元の住人か隣国からの借金奴隷なのか肌の色が濃い者が多い)、それと明らかに外国人や魔族だと思える者達もチラホラと見受けられる。

 ちょっと王都とその近辺では見られない。良く言えば国際色豊か、悪く言えば混沌極まりない光景であった(そもそもいまどきは騎士でも日常街中で剣をぶら下げて歩いたりはしない)。


「そうですわね、お義姉様。それなりに商店も見受けられますし……ですが宝石鉱山の町という割りに、宝石店らしい店がないのはちょっと残念ですわ」


 女の子らしくルネの感想に思わず微笑を浮かべて、僕は間近に迫って見える岩山を見上げた。

 岩山といっても小高い丘といったところで、そこに向かって背負子(しょいこ)を背負って歩いて行く者と帰って来る者とが、まばらな列を成しているのが遠目に見える。

 いずれも丘の下にあるそこそこ大きな建物に出入りするようなので、おそらくそこが集積場なのだろう。その向こう側に同じ造りの粗雑な造りの平屋が立ち並んでいるけれど、あれは鉱山労働者の居住区……いわゆる鉱山長屋だろうか?


「案の定、露天掘りの手作業か……。ま、あくまで辺境の鉱山だから小売は考えていないんじゃないの? わざわざここまで足を延ばして、ダイヤモンドを買いに来る奇特な御令嬢がいるとも思えないし……」

 まあ、現在その奇特な御令嬢を演じているわけだけだけど。


「そうしますと、直接鉱山主に交渉を持ち掛けるべきですわね。応じてくれると宜しいのですけれど……。商業ギルドからの紹介状とラスベード商会の名前、それとラヴァンディエ辺境伯家が保障してくださった、わたくしたちの“ミラネス子爵家令嬢”という肩書きがどこまで通用するか。……まあロレーナお義姉様の美貌に屈しない男はいないと思いますけれど」

「最後なんかおかしいんじゃないの!?」


 今日何度目になるかわからないツッコミをルネに入れる僕。

 と、不意に馬車が止まって、危うく前につんのめりそうになった。


「おとととっ……こらこら、何んで動かないんですか、このお馬さん?」

 咄嗟にルネを抱えながら、御者のトマスに文句を言おうと思ったところ、彼も予想外の停車だったらしく、手綱を盛んに引いて馬を走らせようとするが、馬の方はどこ吹く風で通りの反対側を凝視したままピクリとも動こうとしない。


 なんだろうと思いながらその方向を見れば、

「雑貨屋……いえ、食料品店のような店ですね」

 エレナが目敏く店の軒先に並んでいる……というか、樽に入ったまま置かれている黒パンと塩漬けのベーコン、生のリンゴ、トウモロコシ、キャベツの漬物(ザーワークラウト)などを見定めてそう告げる。


「『のような店』?」

 おかしな言い回しにそう聞き返すと、どことなく不愉快な表情で振り返って答えてくれた。


「はい。黒パンはいつ作ったのかわからないほど硬くなっており、ベーコンは完全に脂が分離している上に虫が湧いていますし、トウモロコシはスカスカで牛の飼料にもなりません。せいぜい食料に耐えるのはリンゴとキャベツの漬物(ザーワークラウト)くらいですね」

 メイドとしての辛辣な言葉に思わず苦笑いをする。

 ルネの方は「虫が……」の下りで目を背け、トマスは「辺境の食い物屋の洗礼ってちゅう奴ですな」と、こちらは慣れた様子で笑っている。

 ただ馬だけは気にした風もなく、もの欲しげな視線をリンゴの樽に注いだままであった。


「……もしかして、リンゴを食べたいの?」

 そう僕が尋ねると、その通りとばかり大きく頷く馬。

 この調子ではリンゴを食べさせるまで梃子でも動きそうにない。


 仕方ないので四人とも馬車を降りて、店の方へと向かった。

 そうすると現金なもので、馬のほうも大人しくついてくる。


「すんませ~ん。リンゴを買いたいんですけど~?」


 そう先陣を切ってトマスが店の中へ声をかけると、中から頭のハゲかけた中年男性が出てきた。

 店の主人だろう男は、続いて歩いてくる僕たちを不可解な表情で眺めた後、とりあえず交渉相手としてトマスに視線を定めて、ぶっきら棒に答える。


「リンゴ一個で鉱山切符五十個だよ」

「鉱山切符?」

「ああ他所の人間は知らないか。この町で使える硬貨で、こういう奴なんだけどね――」

 と言って懐から取り出した石貨を掌の上で転がす店の親父。

「鉱山で働いてる奴の賃金はこれなんで、だいたいここじゃあ鉱山切符での支払いになる。勿論、普通の王国貨幣も使えるんで安心してくれ。ちなみに鉱山切符十個で銅貨一枚換算になる」


((堂々と語っているけど、それって貨幣の私造で完全に違法なのでは? オマケに石貨とか。まだしも粗悪な鉱石を溶かして造った私鋳銭の方が金属としての価値があるだけマシという粗悪さ。これで労働者を働かせているとか、奴隷よりも酷い詐欺なのでは……))


 思わず眉を顰める僕とルネに並んで、様子を窺っていたエレナもまた難しい顔をして考え込んでいるのに気付いた。

「――どうかした?」

 気付いて小声で尋ねると、

「このリンゴが一個銅貨五枚とか、かなりの暴利だと思いまして……」

 どうやら値段に納得がいかない模様である。

「高いの?」

「普通に王都で買えば、小銅貨四枚から五枚といったところですね」


 小銅貨百枚で銅貨一枚だから、最大で通常の百倍の値段設定ということになる。辺境における流通の不便さを考えても、いくらなんでもの暴利過ぎるだろう。


「あの、鉱山労働者の賃金って年額だとどのくらいですか?」

 ふと気になって店の親父に尋ねたところ、まさか僕に声をかけられるとは思わなかったみたいで、素っ頓狂な表情になってから、それはそれは嬉しそうに頬を緩めて、

「さあねえ。どいつもこいつもなけなしの日銭を二、三日貯めては酒に変えてスッカラカンのロクデナシばかりだからね。お嬢さんみたいなお貴族様が気にするような連中じゃあありませんよ」

 そう素っ気無く答えるのだった。


 具体的な数字はわからないけれど、相当に低賃金なのは確かだろう。

 確か一般的な執事の年収が金貨四十~五十枚で、エレナくらいの年のメイドが金貨十二枚前後。

 聞いた話では、職人が金貨四十四~四十五枚。労働者の平均が金貨二十枚くらいの筈だから、仮に衣食住込みの住み込みなので安いメイドと同額として考えた場合、月収が銅貨六百枚程度。日収で銅貨二十枚。リンゴ一個で日収の四分の一が吹き飛ぶとか、贅沢や貯金はできそうにない町である。


「……なるほど。とりえあえずリンゴを二十個――」

 途端、馬が不満そうに鼻息を荒くしたので、

「三十個欲しいのですがございますか?」

 そう言いながらエレナを促して金貨を渡すと馬も満足そうに黙り、親父は嬉しげに揉み手をした。


「ございますございます! お待ちください、すぐにお持ちしますので少々お待ちください!」

 小躍りしながら店の奥へと引っ込んでいく親父。


 その間、手持ち無沙汰に待つしかないか……あ、ついでに親父に宿の場所を聞いておかないと、と思っていたところ、好奇心旺盛に店の回り(一軒一軒離れていて、周囲は荒野そのものだけど)をエレナを連れて眺めていたルネが血相を変えて戻ってきた。


「た、大変ですわロレーナお義姉様っ。男の子が倒れています!」

 その言葉に一緒に戻ってきたエレナのほうを向けば、無言のまま首肯する。


 慌てるルネに袖を引っ張られるまま店の裏手に出てみれば、そこから少し傾斜になっていて、元は川であったのがすっかり干上がったらしい土の地面の上に、ルネとほとんど年の変わらない地元民らしい黒髪に褐色の肌色をした少年が転がっていた。

 よく見れば四肢を荒縄で縛られて身動きができないようにして、さらに全身に青痣が点在している。


「見たところ複数人で暴行を加えて、気絶したところを縄で縛って放置したって感じね」

「おまけに首んところに濡れた革のベルトが巻いてあるところを見ると、こりゃ完全に殺す気ですわ」

 僕の背後から覗き込んだトマスが、いまだのんびりとした口調で言い添える。

「そうなの?」

「ええ。こうしておくと日差しで水分が抜けていって革が縮んで、自然とキュー……となる。この辺りでは昔から使われている私刑(リンチ)のやり方ですな」


 それを聞いたルネは憤然といきり立つ。

「なんて非道な! ひとりを多数で暴行を加えて、その上この炎天下に放置して殺そうとするなど、血の通った人間の所業ではありませんわ!」


「…………」

 なんだろう。僕、ごく最近に似たような光景を目撃したような気がするんだけど……。

「……いや、でもこの子明らかに町の住人で、町中で私刑が執行されたということは、それなりの理由があるのでは?」

 といえ、その土地には土地の掟があるので、一応は懸念を表明しておく。


「そんな筈はないですわ。こんな少年……それに悪人には思えませんわ。むしろ、いままで見てきた中では、一番顔立ちは宜しいかと?」


 言われて見れば、確かに目を閉じて苦しげに呻いてはいるものの、この少年は切れ長で鼻の高いなかなかのハンサムである。


「なるほど」

 勢いに押されて思わず納得したところで、

「……結局顔か」

 なんとなく詰まらなそうに呟くトマスを他所に、ルネはエレナに命じて少年のベルトや荒縄を外させるのだった。

物価や賃金に関しましては19世紀イギリスのものを参考にしました。

ただ通貨の価値を現在の金額に換算するには幅があったため、きりのいい数字に落ち着かせています。

ちなみにおおよそ執事の年収が500万円程度で、メイドが160万円程度だったとのことで、本文でも書きましたがメイドは住み込みであるので衣食住が保障されえているため安かったそうです。

ただ炭鉱労働者に関しては「低賃金」と書いてあるだけで(子供が多かったようです)、明細不明でした。

ちなみに貴族の年収はだいたい50~80億円といったところで、中流階級は1000万以上、8000万円くらいであり、社会全体の1.5%ほどしか占めていなかったとか。


なお、作中ででてきた私刑につきましては、開拓時代アメリカ西部のやり方を参考と致しました。

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