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悪徳の町へと到着しました(一歩手前だけど)

《二日前・反乱軍の本拠である領都エストラルドの城下町の一角にて》


 フードを被った複数の男女が口角泡を飛ばして感情をぶつけ合っていた。


「いったいどうなっているんだ!? 連絡役の盗賊ギルド員(ネズミ)とは丸一日連絡が取れない。おまけに本部にいるはずの同志やイスト・ヘイゼルを訪ねても梨の(つぶて)だ!」

「いっそこちらはこちらで勝手に行動を起こすか? この国の人間どもなど勇者を除けば高が知れている。いや、勇者であっても張子の虎でしかない可能性が高いのだろう」

「それは早計。あの前大公閣下と大幹部十九鬼将ですら斃されたのよ。噂通り不意を突かれたとしても、それなりの実力があるか、もしくは〈神剣〉の脅威が伝説に準じると考えるべき」

「だが、いまのところ勇者が討伐軍に参加していないというじゃないか。ならばとっとと攻勢に出て勝ち逃げすれば、我らの面目も立つだろう?」

「だからその情報がどこまで当てになるかが問題だと言うの。それ自体が偽情報で、私たちをおびき寄せる勇者の姑息な罠である可能性があると言っているのよ!」

「――むう……。ひょっとして、そういった情報を掴んだイストの奴が、盗賊ギルド員(ネズミ)どもを護衛にして、我らに黙って逃げ出したのでは……?」


 その言葉に三十人ほど集っていた彼ら彼女らは、しんと水を打ったように静まり返った。

 全員が心の底ではその可能性に薄々気がついていたゆえの沈黙である。


 そんな仲間たちの反応に背中を推されたのか、その可能性を口に出した男が勢い込んで続ける。

「そうだろう? 所詮俺たちは寄せ集めの傭兵集団だ。しかも〈盗賊ギルド員(ネズミ)〉や〈女傭兵騎士(アマゾーン)〉と違って、得体の知れない化け物扱いされているのは明白だ。なら、人間(イスト)に真っ先に切り捨てられるのは俺たちじゃないのか!?」


 そんな彼の主張に対して、興奮のためかフードの下の肉体がウネウネと明らかに人間離れした動きを見せる者や、その隙間から人間とは異なる光沢の肌や爪が垣間見えたり、パチパチと口から火の粉を飛ばすものが続出する。

 彼らの正体は、言わずと知れた旧来の力による恐怖で魔族の地位向上を図ろうと模索する過激派(旧大公派)のメンバーであった。もっとも、今回の行動は彼らが主体になって起こしたものではなく、農民たちの武装蜂起に応じて、可能であればオルヴィエール統一王国の国家転覆……。仮に失敗したとしても、騒乱のドサクサ紛れに各陣営の(くさび)を打ち込めれば御の字という思惑の元、複数の組織が手を組んでの火事場泥棒を狙っての犯行というのが一番シックリ来る表現ではあったが。


 そんなわけで、彼ら魔族の立場はあくまで支援であり、内心忸怩たるものはあったが、人間(イスト)の指揮下に入って、戦場の撹乱を主に担っていたのである。

 だが、ここにきてイスト・ヘイゼルとの連絡が途絶えたことで、もともと彼らが抱いていた人間に対する不信と不満が一気に爆発しようとしてた。


「面倒臭えっ! ぐだぐだ考えるよりも、これからイストのいる領主の館に殴り込みを掛ければわかることだ。それでも居留守を使うようなら俺たちに対する背信。既に逃げた後なら裏切り! それでキッチリわかるじゃねえか!!」


 直立した(サイ)そのものの一際体の大きな魔族の男が吠えて、それに合わせて他の者たちも雄叫びをあげた(一部に雌叫びあり)。

 直後、呆れたようなため息が部屋の出入り口付近から聞こえてきた。


「――はあ~~~~っ。まったく、どうしてこう旧大公派というのは脳筋ばかりなんじゃろうな……」


 涼やかでありがなら威厳と典雅な響きを伴った若い娘の声に、咄嗟に出入り口を振り返ろうとしたその場にいた魔族の者達全員が、ピクリとも動けない金縛り状態になっているのに気付いて狼狽する。

 おまけに寒くもないのに体が知らずにぶるぶると震えて冷や汗が止まらない。

『…………』

『……………………』

『………………………………』

 ここでようやく彼らは自分たちが途轍もない、魂を揺さぶるような鬼気と猛烈な魔力にさらされて、知らずに小鳥の雛のように怯えていることに気付いた。


「本来であれば勇者の神剣で浄化されるべきなんじゃろうが、ただでさえ魔族は絶対数が少ないのにこれ以上減らされると種の存亡の危機じゃからのぉ」

 出入り口の向こうの薄闇の中で、紅色に光る真珠のような光点が軽く……肩を竦めたように動く。

「おぬしら感謝せいよ。今回の件を事前に妾に知らせてくれて、なおかつおぬしらの心身に関する裁量まで任せてくれた勇者にな」


 言い含めるようなその言葉を聞いていた魔族の男のひとりが、ようやくのこと震える声で呻いた。


「ま……ま、まさ……ま、ま、まお……様……?」


 その問い掛けに、「ふん」と嘆息ひとつで応えた彼女は、

「立場上、妾はここにいてはならんので、勇者の顔も見ずに帰らねばならんのが残念じゃが、まあいい。先日の〈ラスベル百貨店〉を襲撃した連中に続いて二度も管理責任を問われる失態じゃ。さすがにいまは合わせる顔がないわ。ここはおぬしらを引き連れて引き下がろうとするか」

 そう口にした瞬間、詠唱も触媒もなしにその場にいる全員を転送する魔法陣を瞬時に生み出した。


『なぁ……っ!?!』


 その途方もない魔力と技量に絶句する一同に向かって、彼女は淡々と告げる。


「おぬしら旧大公派は妾が〈最も弱き魔王〉の名に甘んじておるので侮っておるようだが、仮にも〈魔王〉ぞ。この程度の芸当は朝飯前じゃ。だいたいにおいて、そもそもその名乗りの由来は……やめた。脳筋に説明しても無駄じゃろうからな。とにかくお前らは自治領の最北の地コキュートスで死ぬまで魔石の掘削じゃ。せいぜい達者で長生きせい」


 その別れの挨拶とともに、その場にいた魔族たちは一人残らずこの場から消え、それを見届けた彼女もまた、無言で魔法陣を展開して帰路につくのだった。


 ◆


 ガラガラと馬車が荒野を進む。

 鉱山地帯であるこのあたりはよほど土壌が痩せているのか、右を向いても左を向いても乾いた土地があるだけで、およそ緑と呼べるものはほとんど見当たらない。

 僅かに茶色い潅木と背の高い仙人掌(サボテン)が生えているくらいで、どこまでも荒涼とした大地が広がっていた。


 そのお陰で、遠くの岩山の元にへばりつくように住居と、ぐるりと城壁……いや、監獄のように廻された『ストロベリーフィールズ』の町並みと灰色の壁がどこからでも良く見える。どんな方向音痴でもアレを見間違いようがないだろう。


「このペースだとあと一時間もせんと着きますなー」

 暢気にトマス・バンダが手綱を握りながらそう言うと、

「よかったわ。いい加減、お尻が痛くなってきたところですもの」

 その言葉に隣でほっと安堵の吐息を漏らすルネ。


 貴族用のサスペンションの利いた馬車ならともかく、田舎の宿場町で手に入れられた馬車となれば、苦痛と乗り合わせるのと同義である。まだしも馬に乗って移動した方が楽なのだけれど、生憎と馬は手持ちの一頭だけなので、ここは我慢するしかない。とはいえ根っからのお嬢様育ちのルネには辛いものがあるだろう。


「ルネお嬢様。それでしたら予備の防寒着を重ねてクッションにいたしますか?」

 足元に置いてあった旅行鞄に手を掛けながら振り返るエレナ。

「ん~、いいわ。一時間くらいなら我慢できるし、あとはせいぜいマトモなホテルがあると申し分ないんだけれど……」

「いや~、ホテルはおろか宿屋ですらあるかどうか、怪しいんと違いますかねぇ――っととと、このお馬さん、そんな道端の仙人掌(サボテン)食うのはマズイんでないの……?」


 トマスの制止を無視して、道端に生えていた仙人掌(サボテン)をボリボリ齧りだす青毛(あおげ)馬。普通の馬よりも二周りは大きな巨躯に応じた食欲で、二メトロンほどもあったそれをあっという間に食べ切って、心なしか満足した表情で歯を剥き出しにした。


「美味しいのかしら?」

「そういえばこの地方には仙人掌(サボテン)料理があると聞きますね」

「いや、食用にするのはもっと柔い奴なんですが……」


 そんな周囲のマイペースさを前に、日傘を差したまま僕は頭を押さえていた。

「……なんでそう気楽に構えていられるのかなぁ」

「どうかされましたか、ロレーナお義姉様?」

 同じく日傘を差した姿勢でキョトンとするルネ。


「いや、あまりにも楽観的過ぎるんじゃないの?! 本来だったら町の入り口まで案内するって言っていた見張りを張り倒しておいて、仮に町に入れたとしてもトラブルに巻き込まれそうな予感がヒシヒシとするんだけれど! ――てゆーか、誰もいないところでも『ロレーナお義姉様』の設定を通すつもり!?」

「当然ですわ。こうして普段から慣れておかないと、無意識にボロが出る可能性がございますので。それにあのような下賎な男をお義姉様の傍に連れ歩くなど言語道断でございます! あの破廉恥な男が何をしたのかお忘れですか!?」


 柳眉を逆立てるルネの怒号に、エレナがうんうん頷いて同意している。

 ちなみに監視員のふたりのうち、僕たちの同伴者として最終的には体格のいいほうが勝った。


「……はあはあ、ダリル、貴様も頑張ったが所詮は斥候(スカウト)、正面切っての殴り合いになれば攻撃手(アタッカー)であるこのグレッグ様に勝てるはずもねえってことさ」


 ボロ雑巾のようになって転がる相棒を見下ろして、グレッグとかいう人相の悪い男は勝利の余韻に浸っていた。

 で、そのままダリルやらを放置したまま、僕のほうへ意気揚々とやってきて、

「お嬢さん。俺に任せれば安心だぜ。ま、実際のところ町に入るのは、俺たちが許可した証拠の割り符があれば大丈夫だとは思うんだが、何しろガラの悪い町だからなァ。お嬢さんみたいな別嬪さんが無防備に歩いていたら襲ってくださいって言っているようなもんだ。こんなヒョロい兄ちゃんじゃ心もとないだろう? だから俺がしっかり守ってやるぜ」

 臭い息を吐きながら、軽く尻を触るぐらいの悪さをしても……まあ仕方ないと我慢すればいいことである。


 少なくともいきなり背後から抱え上げた岩で殴って(ルネ)、殴る蹴るの暴行を行った上(ルネ&エレナ)、気を失ったままの相棒と抱き合わせでキスをする姿勢に縛り上げて(エレナ)、その場に放置するとか鬼畜の所業であった。


「まあいいんじゃないですか。割り符はこうして手に入ったわけですし、そもそもその『トラブル』の元凶があの町にあるということで、皆さんわざわざ王都から来られたわけでしょう?」

 トマスも飄々とした見た目に似合わぬ豪胆さで、グレッグの懐から勝手に拝借してきた割り符を手にしながらニマニマ笑っている。


「それはそうなんだけど……なんかもう、騒ぎになるのが目に見えているようで」

 思わず瞑目する僕。

 ベルナデット嬢の情報とこちらが独自に掴んだ手がかりを元に、おそらくはここに今回の騒ぎの拠点が存在すると目星をつけてきたわけだけど、別に大立ち回りを希望しているわけじゃない。だいたいにおいてここだってあくまで『オルヴィエール統一王国に内乱を起こす』ための組織の拠点というだけで、大本はまた別に存在するわけだ。


 ただし、その最前線である旧イルマシェ伯爵領の主な面子は潰したわけで、あとはここの拠点を潰しておけば、しばらくは国内を正常化できるだろうという目論見の元、密かに事を進めている立場としては、目立つような真似はなるべくしたくないのだけれど……。


 多分、無理なんだろうなぁ……と、顔を上げて目前に迫ってきた町の正門を眺めながら、僕は諦観とともにそう思うのだった。

11/28 誤字修正しました。

体調をみながら、11/30(木)頃に更新予定です。


注)青毛馬=青い毛並みの馬ではなく全身真っ黒の馬のこと。一般的にサラブレッドでも出現確率は1パーセント以下のSR級。とはいえ全身真っ白の白毛馬が生まれる確率は0.01%から0.005%のUSR級なのでまだマシですが。

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