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取巻きAは令嬢になりました(何を言っているかry)

ほぼ三人称です。

 宝石鉱山の町『ストロベリーフィールズ』はラヴァンディエ辺境伯領の外れ、仇敵であるナトゥーラ王国との国境線を隔てて歩きで一日の距離、また一部隣接するアグリコラ共和国、ボースコルヌ君主国とも二日と離れていない場所にある、文字通りのオルヴィエール統一王国最前線の町であった。


 もっとも『ストロベリーフィールズ』の開発が始まったのはごく最近であり、それ以前は名前の通り、野苺が畑のように広がる原野があっただけである。

 ついでにいえば、宝石鉱山といっても採掘されるのはダイヤモンド(カッティングが面倒で割合数も取れるために宝石としての価値は低い)であるため、さほど重要度は高くなく、町といっても一攫千金を夢見る山師や、正規の街道を通れない脛に傷ある犯罪者、後ろ暗い取引を目的とするもぐりの商人などが自然と集まり、あっという間に掘っ立て小屋のような宿が建ち、街からあぶれた街娼(コールガール)が連れて来られ、賭博(とばく)が始まり、おこぼれを狙って破落戸(ごろつき)のような冒険者や流民が集まって……という具合に、いつの間にやら五百人規模の町ができていたという、この領を治めるラヴァンディエ辺境伯家でも、まったく意図しない場所に誕生した悪人たちの巣窟……気付いたときに既に生まれていた鬼子であった。


 場所的に領兵が駐屯する砦や街道の街からも馬で一日以上の距離があり、また下手に兵士を派遣すると近隣国との緊張が高まることから、領主も法もおちおち手を出すことができない。

 いまや『ストロベリーフィールズ』はこの場所に根を下ろし、なおかつ悪徳がまかり通る無法の町と化していた。


 ◆


 その『ストロベリーフィールズ』から北に三時間ほど歩いたところに、十メトロンほどの高さの物見台がある。

 もっとも物見台といってもバラックも同然で、街道(といっても地図に載っている正式なものではないが)を通ってやってくる怪しい者がいないか、監視するために適当に丸太を伐って鉱山の廃材やロープで組み合わせ、どうにか数人が上に待機できるようにしたいうだけの代物であったが。

 一応、簡素な石造りの火床が監視場所についていて、何か異常があればここから狼煙(のろし)を上げる手はずになっていた。

 だが普通に考えるなら、反対側――敵国との国境線に近い南側や南西側に見張りを置くところを、逆に味方であるはずの領内の街の方向を監視できる位置にこの物見台が設置されているところに、この町と住人の立場と意識のあり方とが如実に示されているのであった。


 とはいえ所詮は法の届かぬ寄せ集めの町。

 普段であればその見張りもお座なりで、常時複数が詰めるところを適当に手の空いた者や、何らかの罰則として言いつけられたものが、不定期に昼寝半分で駐在するだけであった……のだが、ここ一両日の間は常になく、輪番制でふたり以上の見張りが昼夜を問わずに物見台に張り付く緊急事態に直面していた。


 そんな物々しい警戒の理由はただひとつ。この町から馬車で一日ほど離れた場所にある、公式にラヴァンディエ辺境伯領最南端の街と認められている宿場町の近くに、彼の有名な災厄の魔龍――かつて十国を滅ぼし、千の街を灰燼に帰し、百万の人間を(ことごと)(ほふ)り貪り食ったという伝説を持つ【暗黒魔竜ブリンゲルト】が飛来したという、危急を知らせる目撃証言があり、その報せが『ストロベリーフィールズ』にまで届けられたからに他ならないからである。


 【暗黒魔竜ブリンゲルト】は、現在は王都から程近い『帰らずの峡谷』(国定公園・進入禁止)に引き篭もって、ここ三百年ほどは比較的温和な性質となって過ごしていると聞く。

 そのブリンゲルトがなぜ半ば国を横断する形でここまでやってきたのか? 混乱と疑問は尽きないところであるが、それでも万が一に備えて、ここ『ストロベリーフィールズ』を取り仕切る顔役たちも(面子は鉱山主や裏ギルド長、賊党の党首など)、いつになく真剣な警備を敷くように命じて、お互いに人員を繰り出したのだった。


 その物見台の上にふたりの見張りが座って、だらけた様子でポーカーをやっていた。

 本来は目を皿のようにして、周辺の状況に気を配るべき見張りだが、ふたりとも仕事そっちのけで賭け事に興じているという体たらく。もっとも、まだしも物見台の上に登っているだけマシな部類で、夜間に交代する連中など、地面で焚き火を囲んで酒盛りをして、途中から高鼾をかく始末である。


 所詮は吹き溜まりのような町の粗悪な住人である。まして野生のドラゴンなど見たこともなく、魔物よりも隣の酔っ払いの方がよほど危ない……と、変なところで現実的な連中に災厄級魔物の脅威を説いてもまるで想像力が働かず、「上の命令じゃあ仕方ねえな」程度の気楽さで、この場へ派遣されている下っ端共の実態などこんなものであった。


「――レイズ。鉱山切符三十個、それと『もぐり酒場(スピークイージー)』でウイスキーを一本奢る……ってのを賭ける」

「……うっ」

 自信満々に石で出来た『ストロベリーフィールズ』でしか使えない、雑な造りの私造硬貨(当然、王国法では違法)を積み上げる相方のダリルを前に、グレッグは呻いて自分の手札と手元に積み上げた鉱山切符十五個とを見比べる。


(ダリルの野郎、よほどいい手が来たのか? 鉱山切符十五個はまあ昼飯一杯で消えるからいいが、ウイスキーを一本ったら十日分の稼ぎが飛ぶぞ!? いや、まて奴はいつもこうしてハッタリを噛ましやがるし、どっちだ……?)

 

 悩むグレッグと、にまにま笑いながら余裕の表情を見せるダリル。

 どちらも薄汚れた皮のジャケットを羽織った三十歳前後の人相の悪いふたり組であるが、裏ギルド(放火、殺人、強盗なんでもござれの冒険者崩れの集団)に所属する、一応は正規の訓練を受けた冒険者ギルドのギルド員であった。

 もともとふたりとも真っ当な冒険者グループの斥候(スカウト)攻撃手(アタッカー)であったが、たまたま一山当てた際の分配で仲間内での話し合いが拗れ、小競り合いの末、物別れに終わったためこの町まで流れてきた本職である(※意訳すると『仲間を皆殺しにして金を持ち逃げしてきた』)。


 多少は錆びついてはいたものの、まるっきり素人の他の見張りよりはマシで、なおかつ斥候(スカウト)であったダリルはそこそこ優秀であり、特に動くものを見つけることに関しては、軍で使っている望遠鏡を持った偵察よりも上だと自負していた。


「……ん?」

 と、その目と勘が無意識に異常を知らせる。

 時刻は午後二時といったところだろうか。微風ひとつない快晴の青空の下、樹木や路傍の岩、飛ぶ鳥の影さえもくっきりと見える大地を、何の気なしに見渡したダリルの目が無意識にそこに吸い寄せられ、続いて信じられないものを映して大きく見開かれた。

「なっ……なんだ、ありゃ!?!」

「あー? どうした。噂の【暗黒魔竜ブリンゲルト】でも攻めてきたのか?」

 手持ちのカードを眺めながら、顔も上げずにグレッグは適当な合いの手を入れる。

「んなわけねえだろうっ。もっとすげえもんだ!!」

「凄えもの? なら、とびっきりの美女が馬車に乗ってやって来たのか?」

 さっきよりもさらに投槍な合いの手に対して、ダリルは爛々と目を輝かせて大きく頷いた。

「おうよ! それも絶世のお姫様を筆頭に三人だぜ!」


 何を馬鹿な、と言う間もなくダリルは手にしたカードを躊躇なくその場に放り投げ、物見台から下にぶら下がっている縄梯子を伝って、あっという間に下へと降りていった。

 唖然としながらグレッグはダリルが見ていた方角を、目の上に手を当て、精一杯目を凝らして見てみるが、わかったのは街道のほうから馬車が一台、こちらへ向かってやってくるのだけが辛うじてわかっただけであった。

 さほど大きな馬車ではなく馬も一頭曳き。御者を含めてどうやら四人ほど乗っているようだが、この距離では普通の視力しかないグレッグには、個々の性別や顔など見えるわけがない。

 だが、ダリルがあれだけ取り乱して、馬車を迎えるため降りていったということは、洒落抜きで美女があれに乗っている可能性が高い。


「――チクショウ、抜け駆けされてたまるかっ」


 即座にそう思い立ったグレッグも、手にしていたカードを放り投げて、ダリルの後を追いかけて行った。

 ……ちなみに、ふたりとも持っていたカードの役はブタであったことを付け加えておく。


 ◆


 こちらに気付いたらしい。物見台らしい粗末な塔に詰めていた監視員が、慌しく動き出したのを遠目に見ながら、ガタガタと揺れるサスペンションのない年代物の馬車の座席で思わず憂鬱なため息をついた。

 途端、隣の席に座って田舎道の不便さに辟易していたルネが、なぜかのぼせ上がったような上気した表情で、僕のほうを向いて目を輝かせる。


「ああっ。素敵ですわ! 憂いを秘めた眼差しと甘い吐息……これぞまさに絵に描いたような淑女! 夢にまで見たわたくしのお義姉(ねえ)様ですわ!!」

 僕とお揃いの(・・・・・・)のカシミアで編まれた臙脂色を主体にした化粧着(ぺニョワール)に絹の肩掛けをした格好のまま、両手で自分の体を抱えて器用に身をくねらせるルネ。

「お義姉(ねえ)様……」

 げんなりしながら僕は肩に掛かる貴族らしい長い金髪――勿論、ウイッグ――を一房手に取った。


 同じ金髪のウイッグを被っているルネも、普段の空色の髪の印象が強いのでまるで別人のように見える(さすがに瞳の色は誤魔化しようがないけど)。


「僕もルネも目立つ色だから変装するのはわかるけど。ここまで徹底する必要あるのかなぁ!?」

 再度、僕は自分の格好――しっかりとドレスを着込んで、ネックレスや日傘など、小物も完璧に揃えて貴族の御令嬢と化している自分を鑑みる。


「当然ですわ! この姿であればまさかロラン……いえ、ロレーナお義姉(ねえ)様が〈神剣の勇者〉などとは誰も思わない筈っ。というか、わたくしですらもうずっと前からわたくしにはお義姉様しかいなかったような気がしてきましたの。ああ、なんてお美しいロレーナお義姉様……」

「ちょ、ちょっと、ルネ! しっかり! これは仮初めの姿なんだから。凛々しいお義兄様を思い出して!」

 うっとりと忘我の境地に達しているルネの肩を掴んで、慌ててガタガタ振るけれど容易に現実に戻ってこようとはしない。


 思わず前の座席に助けを求めようとも、御者を買って出てくれた現地の協力者――自称トマス・バンダ(二十二歳)は、

「あっしが落ち合った時はもうその姿でしたし、正直いまだに男とか嘘だと思っています……つーか、信じません」

 あっさりと裏切り。その隣にいつものメイド姿で座っているエレナも、

「普段通りの男装も素敵ですが、そのお姿もお似合いですよ」

「普段は男装じゃなくて、正常な支度だから!」

 どうでもいい口調で親指を立てて、精一杯の慰めの言葉をかけてくれた。


 そうこうしているうちに馬車は進んで、なぜか取っ組み合いの喧嘩をしている柄の悪そうなふたりの見張りの待つ物見台へと到着したのだった。

次回の更新は11/25(土)予定です。


11/23 ロランが女装してローラだと、とってもお髭が立派な某作品とかぶる。とのご指摘を多数いただきましたので、名称を「ローラ」から「ロレーナ」へと大幅に変更しました!


注1)石貨なのになぜ『鉱山切符』という名称にしたかといえば、実在の『炭鉱切符』をモデルにしてもじったものだからです。明治から昭和初期にかけての炭坑では、借金を背負わされいわゆるタコ部屋に監禁されて働かされていた炭鉱作業員には、このぺリカ……じゃなく私設貨幣である『炭鉱切符』が給料として渡され、炭鉱内の食堂や購買でなんでも買え、なおかつ貯めれば現金に換えられる、という甘言で縛って一生炭鉱から出られなくしていた、ということで。同じ制度をこの町でも行っているという設定です。


注2)ダイヤモンドは19世紀に入って研磨技術が発達する前には、加工し辛い・地味・割と多く採れる と、三拍子揃っていらない子扱いでした。宝石の価値はルビーやオパール、真珠のほうが遥かに高かったそうです(オパールなどは現在のものようり高品質のものが多く、現在は採り尽くされていますが)。

実際、現在でもダイヤモンドはかなりの産出量があり、数に比べて値段と市場に出回る量が比例していないところに、何らかの圧力が――おや、こんな時間に誰だろう?

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