忠臣ではなくて共犯者に(そして次は……)
昨日の更新内容がびっくりするほど不評でしたので、書き直しました。
「――はあ……」
盛り上がっているふたりの会話に思わず嘆息すると、やたら複雑な“蝶”を編んで待機していたエレナが、無表情にきっかり小首を六十度傾げた。
「お困りですか?」
ちらりとテーブル越しに握手しているルネとベルナデット嬢へ視線を送る。
「……ずっとお困りだったんだけど、そうは見えなかった?」
「ええ、割と。まあ若君は基本、抜けた顔をしているか困った顔をしているのがデフォルトですので、あまり代わり映えしないといえばそれまでですが……」
思わずそうぼやくと、素早く聞きとがめたルネがベルナデット嬢との会話を切り上げて、心外そうな表情で聞いてきた。
「? 何か不都合でもございましたか、お義兄様?」
「――いや、不都合以外のものを探せって言われると困るくらい不都合なんだけど……」
「「???」」
自覚がないのか瞬きをして顔を見合わせるルネとベルナデット嬢。
仕方ないので懇切丁寧に説明することにした。
「まずここで問題になるのは、僕が次の王位を狙っている……まして簒奪するなどという物騒な風評が広がることで、これがどれだけ致命的な事態なのかはさすがに理解しているよね?」
これでわからないとか言ったら泣くよ。
途端、決まり悪げにベルナデット嬢が挙手した。
「あー……それについては、あたしも調子に乗って喋った訳だけど。少なくとも話を持ちかけてきたエディットはそこまで過激な表現を使わなかったし、くれぐれもと念を押してあたしにだけ打ち明けただけって言っていた。あとアドリエンヌにも相談すべきか逡巡していたみたいだけど、それは絶対に止める様に言っておいたので、話を持ちかけられたのはあたしだけの筈だよ」
「エディット様は信頼できる方なのはお義兄様もご存知かと。そのエディット様がこれはと見込んだ相手であるにベルナデット様も、わたくしは信頼できると考えます」
う~~ん、そうは言っても貴族なんて、基本的に足の引っ張り合いだからなぁ。
「ベルナデット嬢は親しい身内やお付きのメイドなどに漏らしていませんか?」
「していない。下手に口を滑らせて、彼の有名なクヮリヤート一族の粛清の対象にされちゃたまったものじゃないからね。その辺は中央貴族であるエディットも骨身に染みて理解している筈だよ」
打てば響く調子で、ちらりと無表情に僕の背後に侍るエレナに視線をやってから断言するベルナデット嬢。
「わかりました。とりあえずその言葉を信じることにします。ああ、あと王位云々というのはあくまでルネの悪乗りした冗談ですので、悪しからず……」
そう念を押しながら横目で窺えば、エレナが無言で頷いたのを確認して、「次に――」と話題を変えた。
いまの合図は、以前からエドワード殿下の取巻き関係者の御令嬢については、クヮリヤート一族を筆頭にした〈影〉が調査のために張り付いている状況であり、いまのところは大丈夫とエレナ……というか、ジーノは判断しているという意味だろう。
「……僕としては正直申し上げて、友人であるフィルマンを殺害するとかいう物騒な手段はとりたくありません。とはいえ、こちらの事情もありフィルマンらにはちょっとお灸を据える必要があります」
「ふ~~ん……で――?」
面白そうに僕の出方を虎視眈々とした目で窺うベルナデット嬢。
それに応えるかのように、カチカチと歯車が軽快に軋んで、やがて『カチッ!』と結論を下した。
「なので連中が手柄を立てる前に反乱軍は潰します……いや、丸裸にして無効化しますので、その代わりにそちらの持っている、報酬の前半分として提示した情報を貰う。それでお互いに妥協する……という形ではどうでしょう?」
「ふーん……。つまりは限りなく反乱軍が蜂起する前のニュートラルな状態に戻してくれるってことか。なるほど……」
じっくりと咀嚼するかのように、何度も頷きながら僕の提案を吟味していたベルナデット嬢だけど、やや苦笑混じりの笑みを浮かべながら、テーブル越しに無言で右手を差し出してきた。
「――うん、それで十分だよ。あたしの女領主への就任反対派は、もともと『フィルマンが討伐軍に参加して、そこで手柄を立てる』というアヤフヤな手形を担保に掛け金を上乗せしようとしているわけだし」
僕もほっとしながら再度握手を交わした。
「その賭けをギャンブル台ごとひっくり返そうってわけだ。いいねえ、痛快だね! つーか、数万の反乱軍をひとりで無効化するとか、他の人間が言ったのなら誇大妄想かお笑い草だと思えるけど、他ならない〈神剣の勇者〉様が大神殿の奥で約束してくれたお言葉だ。信じない根拠はないねぇ」
言葉では殊勝なことを言いながら、ガンガンとプレッシャーをかけてくる。
「お義兄様ならできて当然ですわ! ベルナデット様も大船に乗った気でいてください」
知ってか知らずかルネも僕の肩にドンドンと期待を乗せまくる。
「うんうんそうだろうね。さすがはあたしが見込んだ男! 男子たるもの有言実行だよね~っ。ということで、今後はあたしも全面的に協力させてもらうよ。おっと、忠臣や部下は冗談だったんだよね? なら、とりあえず同盟者……或いは共犯者として改めてよろしくね」
「ええ、それならば喜んで」
ここで『とりあえず』という文言が気になったけれど、多分、領内の混乱が収まるだけの一時的な協力という意味なのだろう。
……まさか彼女まで、後になって側室云々言い出す布石じゃない……ないよね? って聞いてもはぐらかしそうだなぁ、と一抹の不安を抱えながら僕も改めて握手を交わすのだった。
「アドリエンヌもねえ、このくらい物分りが良くて、いい加減だったら協力するのにもやぶさかもないんだけど……」
ふと、思い出した表情でベルナデット嬢は一瞬だけ遠くを見据える眼差しになった。
「ああ、そういえばベルナデット嬢は学園内では中立派と伺っていますけど、アドリエンヌ嬢に対して距離を置く理由でもあるのですか?」
なんとなく気になって尋ねると、ベルナデット嬢は苦笑しながら、
「……そんなことはないけど? 淑女の中の淑女。薔薇の女帝様の名に相応しく、優雅で気品があって、人間としても優しくて尊敬できるお姫様だと思っている」
べた褒めともいってよい評価に、アドリエンヌ嬢に心酔しているルネが満足の笑みを浮かべたのを確認してから、申し訳なさそうに軽く肩を竦めて苦笑気味に続けた。
「でも、どうにも彼女は頑なというか、自分が優秀すぎる弊害なのか、なんでもかんでも自分でやろうとするし、実際できてしまうのが問題だね。人間なんてできることは有限だし、できないからといって無価値じゃないのに、そのあたりの機微がわからないからどうにももどかしくてね」
「そんなことは……!」
咄嗟にルネが反論しようとするけれど、ベルナデット嬢はこの話はお終いとばかり、ルネに向かって手を振る。
「……むうう……」
口は噤んだものの、ベルナデット嬢のアドリエンヌ嬢の評価が納得いかないのか、可愛らしく頬を膨らませてもの言いたげなルネ。
さすがに言い過ぎだと思ったのか、
「ま、万が一にもアドリエンヌが例の男爵令嬢……クリステル嬢とかいったっけか? と和解でもできたらあたしの見方も変わるんだけどね」
そうベルナデット嬢は付け加えるのだった。
どうやらベルナデット嬢とアドリエンヌ嬢。このふたりの関係修復は絶望的に難しそうである。
11/22 大幅に修正しました。