攻撃の反対は防御ではなく先制攻撃(うちの女子曰く)
ちょっと短めです。
「このまま行けばこの予想通りになっていたのですよ。お分かりですか、お義兄様!?」
立ったままのルネにズイッと怖い顔で(それでも愛らしいけれど)詰め寄られ、顔を上げた僕は即座に謝罪をした。
「ご、ごめんよ、ルネ」
「私にはないのですか?」
なぜか不満そうなエレナに対しても、思わず頭を下げる。
「ごめん。悪かった!」
「……無理やり言わせたみたいで、心から許しを請う態度には見えませんね~」
こういう時には遠慮なくバカスカ背中から撃ってくるエレナ。
微妙に釈然としないながらも、僕は椅子から立ち上がって床に片膝を突いて、胸に手を当て正式に頭を下げた。
「こ、このたびは私、ロラン・ヴァレリー・オリオールの不徳のいたすところで、皆様に多大なご迷惑をお掛けしたことを心よりお詫び申し上げます」
「そうですよ、お義兄様。ここ半年ほどはわたくしの話も上の空で、口を開けばクリステル様への賛美とアドリエンヌ様への不満ばかり。どれほどわたくしたちが心配したことか!」
「……ごめん」
「もうこのままお義兄様はどこかへ行ってしまうのではないか。取り返しのつかないことになるのではないかと、心配で心配で……」
もう一度立ち上がった僕は、涙ぐんで震えるルネの華奢な背中をさすった。
「ごめん」
「……口ばっかりで、ちっとも反省なんてしていないんでしょう、お義兄様は!!」
「ごめん、ルネ」
「ロランお義兄様ぁ!」
堪えていた感情が爆発したのか、堰を切ったように涙を流して僕の胸に飛び込んでくるルネ。その小さな体を両手で受け止めながら、僕はようやくあるべき場所に帰ってきた安堵感を感じて、両手でぎゅっとルネを抱き締めるのだった。
チッ、と歯車が小さく鳴いて止まり、静寂の中、ルネの泣き声だけが響き、心なしかエレナが所在なげに軽く床を蹴って拗ねている。
そんなありきたりの光景を前にして、僕の口元に知らず微笑が浮かんでいた。
「――さ、さて。状況がわかったのなら、これからどうしたいか決めるべきではありませんか、お義兄様?」
ようやく泣き止んだルネは、何事もなかったかのようなすまし顔で水を向けてくる。
問われた僕は、エレナが持ってきた背もたれ付きの椅子に腰を下ろしているルネと、その背後に控えているエレナに対して、差し向かいになる形で椅子に座った姿勢で考え込んだ。
(これから、これからかぁ……)
カチカチと不規則に鳴る歯車の音に導かれるように、僕はとりあえず浮かんだ最善解と思われる解答を口に出してみる。
「僕同様にエドワード第一王子以下他の連中を改心させ、杜撰で馬鹿な計画を実行に移さないように周知徹底をはかり、アドリエンヌ公爵令嬢をはじめとした関係者に心から謝罪して、王子たちには罪を償ってもらう」
どのように罪を償うのかは、彼らが傷つけようとしたご令嬢方と関係者の判断になるとは思うけど。
途端、ルネとエレナが揃って「は~~っ……」と、ため息を漏らした。
「お義兄様、理想は結構ですが、そんなすべての方々にとって虫のいい解決が、半年以内に可能だと思いますか?」
呆れたようにルネに問われて、僕はいままでの第一王子派の言動と自分自身のこれまでの心境を振り返ってみた。
ことの発端は、およそ一年前に成績優秀ということで他校から編入してきたクリステル男爵令嬢に、エドワード第一王子が一目惚れしたことが原因である(第一王子曰く、「私は生まれて初めて“恋の稲妻で心臓を打ち抜かれ”た」らしく、さらに「彼女こそ私の“魂の双子”。巡り合うべく巡り合った相手なのだ」とのこと)。
一国の王子が平民とさほど変わらない男爵令嬢に恋慕する。まあそこは百歩譲って譲歩するとしても、仮にも婚約者がいる男が、その相手をないがしろにして出会って間もない相手に懸想するのは、どう考えても褒められた行動ではない。
そのことに最初は眉を顰め、やんわりと諌めたりしていた取巻きたちだったが、いつの間にか第一王子の熱病に罹患したようになり、クリステル男爵令嬢をまるで宗教画か偶像みたいに崇め奉り、彼女の何げない動作や言動まで、まるで神託のように受け取って疑問にも思わない異常な状態。当人の自覚なしに説得してあの状態から正気に戻すとなると、よほどの時間か荒療法が必要となるだろう。
少なくとも半年以下という期間では――。
「……無理だな」
「そうですわね。状況はすでに万策尽きる一歩手前。ですので、お義兄は旗幟を鮮明にしなければなりません。エドワード殿下に付き従って浮沈を共にするのか、或いはアドリエンヌ様のお味方として、エドワード殿下と対峙するのか。どちらを選ぼうともお義兄様の御自由ですわ」
そう口では選択の自由を提示しているものの、ルネの口調と眼差しは「アドリエンヌ様をお助けするのですよね?」と、如実に物語っていた。
「えーと、アドリエンヌ嬢の味方はするけど、エドワード第一王子派にも更生の余地を残すというのは」
「お義兄様、世の中には『二兎を追うもの一兎をも得ず』という諺もございます」
それは道理かも知れないけれど、味方以外は全員敵という考え方はどうなんだろう……。
少女特有の潔癖さで、不誠実かつ陰湿なエドワード第一王子派を嫌っての発言だろうけど、世の中――特に貴族は清濁併せ呑む器量も必要だと思うのだけれど?
そのあたりの説得の取っ掛かりを出してくれないかと、我が家……この国のドロドロした暗部にも深く携わっている〈影〉、クヮリヤート一族であるエレナに視線を送る。
「若君、敵に情けは無用。相手が敵意を示した以上、それは敵でございますれば、こちらは的確に、周到に、無情に、さらには蛮勇をもって、やられる前に殲滅せよ! でございます」
良い笑顔で親指を立てるエレナ。
「そうですわ。それにここでアドリエンヌ様をはじめとしたご令嬢の方々をお助けすることは、長い目で見れば我がオリオール公爵家のためでもあります。お義兄様は不幸に逢わんとする皆様をお助けする。ご令嬢方とそのご家族、そしてこの国も安堵される。そして、我が家も株を上げられる。ついでに馬鹿者どもをまとめて粛清できる。いい事尽くめで一石二鳥どころではありませんわ」
ルネ、お前さっきは『二兎を追うもの一兎をも得ず』と言って僕を諌めなかったかい?
「それはそれ、これはこれですわ」
「その通りです。女の敵はスカッと爽やかに殲滅させましょう」
あ、駄目だ。うちの女子はいったん敵だと認識したら、一点の曇りもなく斃すことしか考えず、一切の妥協や慈悲という言葉は存在しやしない。
そういう意味ではエドワード第一王子に思考が近いのかも知れないけれど、どっちを選ぶかとなればこちら側でしかありえない。つまり――。
「……わかった。覚悟を決めたよ。何があっても裏切らない、僕はアドリエンヌ嬢をお守りして、理不尽かつ不名誉な目に逢わないように全力で奮起することにする。だからふたりも協力して欲しい」
「勿論ですわ! お義兄様なら絶対にそう言ってくださると信じておりました!」
「では、及ばずながら私及びクヮリヤート一族を筆頭とした〈影〉たちも、若君のお力になることをここに誓います」
僕の宣言を聞いて、満面の笑みを浮かべるルネと、うやうやしくスカートを摘まんで膝を曲げるエレナ。
そんなふたりの様子に面映い思いを抱く僕の脳裏で、一際巨大な歯車が別な歯車に噛み合わさって、さらに途方もない大きな歯車がゆっくりと回りだしたような、そんな感覚を覚えて知らず身震いするのだった。
8/22 ルネをレネに間違えていた部分がと、誤字脱字を修正いたしました。
×二兎を追うもの一兎を得ず→○二兎を追うもの一兎をも得ず