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戦いはいつも虚しい(今回は特に)

「早速、父である国王陛下と枢密院へ交渉してくる!」

 と、肩で風を切る勢いで鼻息荒く王宮へと帰っていった第一王子。

「「「……申し訳ないが、我々も今後の対応策を検討するために帰らせていただく」」」

 続いて三人組も悄然と肩を落としてサロンを後にした。


 後に残ったのは僕とマクシミリアンのとりあえず高みの見物組のふたりだけ。

 やたらマクシミリアンが親しげに話しかけてきたのに辟易したので、それでなんとなくその場は解散となった。


 特に履修する講義もなかったのでその足で屋敷へ帰ってきたところ、ちょうどエディット嬢がルネに連れられて遊びに来ていて、応接室でエレナの給仕でお茶の傍らチェスをしている場面に出くわした。


「あら、お帰りなさいませお義兄様。本日は殿下のサロンへお立ち寄りになるとの事でしたけれど、意外とお早いお帰りでしたわね」

「お帰りなさいませロラン様。厚かましくもお邪魔しております」


 椅子から立ち上がってカーテシーをするふたりの少女。

 エレナも無言で膝を曲げていた。


「ただいま。エドワード王子が早々に王宮へ返ったので、なし崩しに散会になった感じになったものでね。こんにちわ、エディット嬢。歓迎いたしますので、ごゆっくりお寛ぎください」

 そう挨拶してからふと気になってテーブルの上を覗くと、チェス盤の隣になぜかイルマシェ伯爵領領都周辺の詳細な地図が広げてあり、そして黒と白のオーソドックスなスタントン式チェスピースが配置されていた。

 ちなみにイルマシェ伯爵領領都側のチェスピースは黒で、その周りに白のチェスピースがある駒は倒れ、ある駒は大きく後退して配置してある。

「……ルネさん、これはなにかな……?」

 うっすら予想しながら一応は確認する。


「今回のフェーヌム平原での会戦の模様を簡単に模して、討伐軍の敗戦の原因をわたくしなりに分析していたところですわ」

 あっけらかんと返ってきた予想通りの答え。

 予想はしていた、していたけれど、なんで僕でさえさっき知ったばかりの国軍の敗戦の情報を、温室で純粋培養されている筈の貴族の御令嬢が、ここまで詳細に知っているんだ!?


「――っ!」

「…………」

 思わず情報の流出元だと思われるエレナの方を睨む。たとえ聞かれたからって、血生臭い内戦に関する詳細をホイホイ教えるのはどうかしている。と、そう視線で訴えると、エレナは無表情ながら手を振って「違う違う」した。


「――ああ、違いますわ。情報の出所は半分は社交界での御令嬢方の噂話と、何よりも国内に幅広い情報網を持つエディット様のお陰ですわ」

 そう誇らしげに胸を張ってエディット嬢を立てるルネ。

 水を向けられたエディット嬢は、満更でもない笑顔で、

「私というよりも、うちの商会のお手柄ですね。速やかな情報の獲得と報告、連絡、分析は商売をする上で欠かせない武器ですもの」

「さすがですわ」

 ほほほほほほほほっ……と、控えめに笑いさざめく御令嬢ふたり。


「それにしても」笑いを収めたルネは、地図とチェスピースを俯瞰しながら呆れたようにため息をついた。「この状態から負けるとは、ちょっと考えられない不手際ですわね」

 よくよく見ると白(討伐軍)はきちんとオーソドックスにすべての種類のチェスピースが揃っているのに対して、黒(反乱軍)は数は多いけどそのほとんどが『兵士(ポーン)』で、しかも半分くらいが領都の中に避難している。

 ただ、気になったのは何個か見たことのないチェスピースが配置されている点だ。


「これは?」

「ちょっと変則的ですけれど、通常の駒にない『フェアリー駒』ですわ。本陣と部隊の間を盛んに動き回れる“飛蝗(グラスホッパー)”。女王(クイーン)騎士(ナイト)の複合である“女戦士(アマゾン)”。そして強力な“魔人(モンスター)”といったところですわね。今回はこの駒が随分と反乱軍側で活躍したようですわ」

「…………」

 反乱軍の配置とともに陣容の中身に至るまで、こともなげに説明されて思わず絶句した僕は、ルネの涼しげな顔を凝視した後、事の真相を確かめるためエレナへと視線で問いかけた。

 けれど、

「…………」

 エレナも――というか、クヮリヤート一族でさえ裏づけが取れていないのか、お手上げのポーズをとるのだった。


「……これホント?」

 思わず半信半疑で再度ルネとエディット嬢に聞いてみる。

 もしもこれが事実だとしたら……もしかして、そういうことなのか……!?

 頭の中で歯車の音が盛んに鳴り響く。


「わたくしは事実であると確信しております。だいたいにおいて、これくらいのイレギュラーがなければ、幾ら三十年以上実戦経験のないお坊ちゃま部隊と揶揄される国軍であろうと、素人の寄せ集めである反乱軍に負けるわけがありませんわ」

「人がいるところ物流は必ず存在いたします。及ばずながら我がラスベード家傘下の商会は、オルヴィエール統一王国とその周辺国に網の目のような販売網と情報網を網羅していると自負しております。人の動き、物の動きをつぶさに観察し取捨選択すれば、真実は浮かび上がってくるものです」


 こともなげに答えるエディット嬢だけど、それってつまり――。

「……もしかして反乱軍に武器や食料を売り込んで稼いでいるんじゃないでしょうね?」

 そう確認せずにはいられなかった。仮にも万を越える反乱軍に武器を供与し食料を売り捌くことができたのなら、どれほどの利益になるのか……。だけどその代償に国は荒れ国土は荒廃し人心は乱れるだろう。


「嫌ですわ、ロラン様。私どもは統一王国民であることに誇りをもっております。王国に(あだ)なす不逞の(やから)に協力するなどありえませんわ」

 取ってつけた建前を堂々と言い放つエディット嬢。この娘こんなにふてぶてしかったかなァ……。

「――いまのところ反乱軍と国内の主要な商人との取引は確認されておりません」

 いつの間にか僕の背後に忍び寄っていたエレナが小声で補足してくれる。


 その間にも倒れている白の駒を戻して配置し直しながら、具体的な決戦の模様をシミュレートするルネ。

「このように密集している反乱軍側に対して、側面から機動力を生かして騎士(ナイト)が突入、混乱に拍車をかけるために僧侶(ビショップ)――この場合は小型臼砲による砲撃ですわね――が追撃を仕掛け、残りが一斉に突撃するつもりでいたようですが、あっさりと片方の側面は受け流され、もう片方は事前に張られた簡易的な罠やボーラボーラと呼ばれる狩猟道具で分断されたようですわね。そして逆に別働隊が背後から討伐軍を襲って、数で勝る反乱軍が前後から討伐軍をフクロにして決着……といったところですわね」

 時たまでエディット嬢が「そこは油を染み込ませた枯れ草を大八車に乗せて坂の上から転がしたようですね」とか「反乱軍は武器の少なさを補うために手製の石器や鈍器を多用したようで、死亡者の大半が集団での殴打によるもののだとか。悲惨ですわ」と的確なフォローを入れてくれる。


 凄いな御令嬢の情報ネットワーク。マクシミリアンあたりの大仰で胡散臭い説明とは大違いだ。


「……まったく。無様な結果ですわ。ねえエレナ、貴女が討伐軍の司令官だったら、どうするのが最善だと思うかしら?」

「それは勿論、〈神剣ベルグランデ〉を持った若君ひとりで突っ込んでもらいます」

 即答するエレナ。いや、待て。戦争を舐めてないか?


「それは無しで。お義兄様は『フェアリー駒』どころか登場した瞬間、すべてが終わる『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』ですもの、ジャンル(・・・・)が違うので同じ盤上には乗せられない前提でお願いしますわね」

「……なんか無茶苦茶いわれているな」

 釈然としない思いでそうひとりごちたところ、おずおずと控え目にエディット嬢に質問を受けた。

「あの、仮に……仮にですが、ロラン様が討伐軍に参加された場合、この戦局をひっくり返せたのでしょうか?」

「えーと、ベルグランデ込みでですか?」

「はい」

「できると思いますよ。でもやりたくはないですね。もともと圧制に苦しんでいた農民の止むに止まれぬ反旗ですので、僕の考える正義の所在から考えても〈神剣〉を振るう相手とは思えませんので」

 だけど一度抜いたら最後、アレは手加減というものができないので、敵味方非戦闘員が立て篭もる領都ごと一掃する可能性が高い。

「なるほど。ロラン様らしいですね」

 そう説明をすると、エディット嬢は目に見えて安堵の笑みを深めた。


 一方、エレナとルネは駒を片手にああでもないこうでもないとやっていたようだけれど、

「考えるまでもありませんわ。もともとここで戦うことそのものが間違っていたのです!」

 そうルネが断じる。

「反乱軍がフェーヌム平原での決戦を選択したのは、兵糧や物資が心許なかったが故の苦渋の策です。早期決着をせざるを得なかったのですわ。討伐軍は挑発に乗らずに反乱軍を領都に篭城させ、疲弊するのを待てばよかっただけのこと。時間がたてば有利になるのは圧倒的に討伐軍なのですから」


 それから、そもそも最初から短期決戦のみを想定して、兵站が杜撰だわ補給線を確保してないとか、兵士の出身地や家族構成をきちんと把握していなかったため、作戦行動中に相当数のイルマシェ伯爵領とその近郊の出身による兵士の前線離脱や裏切りがあっただのとあげつらい。


「兵の質も錬度も武装も上なのに、ここまで無様な負けを喫したのは、つまるところは上が馬鹿なのですわ。早晩、詳細は新聞や伝聞でも知られるでしょうに、上層部はどのような敗戦の説明をするつもりなのかしら? せめて次は有能な司令官が就任していただきたいものですけれど……あら、どうかなさいましたかお義兄様、おかしな顔をされて、脂汗など流されて?」


 ルネの嘆きを受けて、僕は思わず強張った笑いを浮かべながら、その場から後ずさりしていた。


「いや、その……」

「――?」

「たいした事ではないんだけどさ……」

「はい?」

「勢いづいた反乱軍の討伐のため、即座に次の軍が編成されると思うんだけど……」

「そうですわね。おそらくは領主にも派兵の要請が来るかと思いますので、いまのうちに我が家も準備をしておいたほうがよろしいでしょうね。まあ、既にお義父様とジーノが手配済みでしょう。さすがにお義兄様が参加することは大神殿の許可が難しいでしょうけれど」

「うん。そーだね。で、さあ、エドワード殿下が行くって言ってるんだ」

「……は? どこへですの?」

「戦場へ。クリステル嬢へカッコイイとこ見せるため、最高司令官として親征の真似してみたいみたい」

「「「…………???」」」


 僕の話している内容を脳が拒否しているのか、ルネ、エレナ、エディット嬢の三人が三人とも意味不明の表情になった。

 たっぷり時計の秒針が三回回ったところで、

「「「はああああああああぁっ!?!」」」

「ですよねー……」

 仰天する三人を前に、僕は深々と頷いた。

明日の更新は、アドリエンヌ嬢サイドの話になります。


11/16 一部フェアリー駒の表記に間違いがあったので修正いたします。

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