王子は戦場へ向かった(オイオイ死ぬわ)
意外と早めにできたのでUPします。
十日ぶりに学園のサロンへ顔を出すと、なぜかお通夜状態だった。
「――何かあったのですか、重苦しい空気が漂っていますけれど?」
サロン付きの専用給仕が持ってきてくれた紅茶を受け取りながら、サロンの中央に位置する円卓の一番上座に座るエドワード第一王子に尋ねた。
この一枚板のチーク材を削って作った円卓は、もともとここにあった備品ではなく、第一王子の趣味によって備え付けられた代物で、王子の我儘なのだから当然、王家から費用が捻出されるはずのところ、なぜか国庫から賄われているという謎会計による血税の成れの果てである。
有名な他国の古い英雄王の物語に感化されて、仲間同士の結束を高めるため……という軽薄な理由で造らせたもので、入り口から見て一番奥(上座)にエドワード第一王子が座り、王子の右手側隣に僕の席(次席)、左手側にドミニクの席(第三席)があるけどいまは空席になっている。
で、同じ要領で僕の右手にフィルマン(第四席)、ドミニクの左手側にエストル(第五席)という感じで、以下アドルフ(第六席)、マクシミリアン(第七席)と並んで、ぐるりと一回りする形だ。
いまのところ、ドミニク以外の全員が参加しているけれど、全員が難しい顔で押し黙っている。
あと、どうでもいいけど確かあの物語では、王の右手であった騎士が王妃の間男になって、最後、王妃が間男と一緒に王を弑逆するんじゃなかったかな~? ちゃんと物語の中身を読んでるのかな。僕としては間男になった気分で非常に居心地が悪いのだけれど……。
「もしかして、いま空席になっているドミニクの件ですか? イルマシェ伯爵領の反乱に関係して責任問題などで外務大臣を解任されたとは聞いていますが」
ついでに爵位も大幅に降格され、領地も猫の額程度まで減らされる予定。と、このあたりはどこの家でも掴んでいる情報だろう。
「まあ、それも関係はする。そのうち円卓の序列を変えるなり、サロンに入会を希望している下級生を新たに加えるなど対策を講じるつもりではいるが……」
重々しい口調で答える第一王子。それに追従して頷く他のメンバーたち。どうやらドミニクはすでに過去の人間として、連中の中では暗黙の了解が得られているらしい。
まあ、そういうことなら僕も右へ倣えしよう。さらばドミニク。君のことはたまに思い出すこともあるかも知れない。
それはともかく、直接ドミニクのことではなく、それでも関係はする……となると。
「もしかして、上手くいっていないのですか、反乱軍の鎮圧?」
途端、室内の空気が三割り増しで重々しくなった。あ、当たりか。
とはいえ内心僕は驚いていた。傭兵や冒険者、兵士崩れが中心になって、大部分が農民によって構成された反乱軍相手に正規軍が手こずっているのはもちろんだけど、そのことに憂慮する理性や愛国心がこの連中の中にもまだ残っていたことに驚いたのだ。
ちょっとだけ彼らを見直した――と思ったのも束の間。
「そのことでクリステル嬢から苦言を受けたのだ……」
この世の終わりのような表情で煩悶する第一王子と、取巻き連中。
一気に部屋の暗さがどん底へと落ちた。
「はぁ……? クリステル嬢がなんと?」
そう尋ねても、無言のまま苦悩の表情で『俺は悩んでいる!』というあからさまにウザいポーズを崩さない第一王子。
しかたないので、頭を抱えながらも時たまチラチラと僕に視線を寄越しては喋りたそうにしていた、ほぼ対面に座るマクシミリアンの方を向いて尋ねた。
「理由を教えてもらえるかな、マクシミリアン?」
待ってましたとばかり口元を緩めたマクシミリアン。もっとも、そこはさすがに貴族の御令息、周囲の目をはばかって躊躇う素振りを見せてから、
「――ええ、では僭越ながら(側近ナンバーワンの公子様に指名されたから仕方ないなー)」
「ロラン様のご質問に誠心誠意お答えしたいと思います(いやー、だけどわざわざボクを選ぶって事は一目置いているのかなー)」
「それに今回の問題の原因になった。イルマシェ伯爵領の反乱に関しては、軍務長官のご子息であるフィルマン様や、領地が近いエストル様、近衛騎士団長をご尊父に持つ――ああ、そういえば敗残した討伐軍の将軍は、もともと近衛騎士団長の部下だったそうですね――アドルフ様では、客観的に傍証できない可能性がありますので、まあ適任かと存じます(ナンバーツーの座も空いたことだし、皆さん問題があるようで。席次もそろそろ動くんじゃありませんかねぇ)」
という本音が駄々漏れの挑発的な笑みを浮かべながら口を開いた。
「「「ぐ……っ!!」」」
事実だけに苦虫を噛み潰したような表情になるフィルマン、エストル、アドルフの三人。
そんな連中の醜態に溜飲を下げた表情で(なにげに捲土重来を狙ってたんだなあ)得々と話しはじめるマクシミリアン。
まずは前提として、反乱軍とこれを討伐するために派遣された国軍(討伐軍)との戦いについて、一席ぶち始めた。
身振り手振りも加えて臨場感たっぷりに語ったその内容は、まあ大部分が伝聞だろうから細かいところは省くけれど、要するに鎧袖一触のつもりで、反乱軍に二日前に総攻撃を仕掛けた討伐軍(後に『フェーヌム平原の会戦』と呼ばれるもの)。
ちなみに、そこに行き着くまで王都を発ってからわずか一週間ほど。
最初は調子も良かったらしい。もともと分散していた領内の反乱軍に対して軍を三つに分けて各個撃破を繰り返し、快進撃を続けてどんどんど反乱軍を掃討していき、残党を主力が籠もる領都エストラルドまで追い詰めた。
追い詰められた反乱軍は街の手前のフェーヌム平原で前面衝突を選んだ。受けて立つ討伐軍は意気軒昂。騎兵の利を生かして両翼包囲だか、包囲殲滅陣だかを仕掛けた……とかマクシミリアンは知ったかぶって解説していたけれど、このあたりは眉唾だろう。学生ってのは、ナントカの一つ覚えみたいに翼包囲だ、鶴翼の陣だとか言いたがるからね。なんでそんなに好きなんだ?
それはともかく、ところが烏合の衆である筈の反乱軍に正面から討伐軍がボロクソに負け。ほうほうのていで討伐軍は敗残軍として王都近郊まで逃げ……撤退したらしい。
で、それを聞いたエドワード第一王子は憤慨した。そして嘆いた、味方の不甲斐なさを、指揮官の無能さを、でもってたまたま見かけたクリステル嬢へ滔々と、その苦しい胸のうちをぶちまけた(そのあたり作戦に関する守秘義務とかあるんじゃないだろうか?)。
と、いうか。
「……たまたま見かけた?」
ふと気になってそこらへんを突っ込んでみた。
こいつらクリステル嬢が履修している講義は完璧に網羅して、確実なストーカー行為をしてるんじゃなかったのか?
「ええ、おいたわしいことにクリステル嬢はまだお体が本調子でないそうで、リハビリを兼ねて体調の良い時に一講義程度、或いは講師にお願いして補習を、不定期に受講されていらっしゃるので、なかなか動向を掴めないでいるのです」
それ、ただ単にお前らから逃げているだけでは……?
「――だが、やはり運命の女神は俺に味方した!」
ここで復活した第一王子が円卓を叩いて絶叫した。
「たまたま女子寮の前に野暮用があった俺は首尾よくクリステル嬢と逢って、ついでに春迎祭の贈物を見舞いとして渡すことができたのだからなっ」
女子寮の前に行かなければならない野暮用ってなんだ?
クリステル嬢もまさか女子寮まで押しかけて来るとは思わなかったろうに気の毒に……。
春迎祭の贈物って例のエメラルドと真珠のネックレス二種類!? それを贈ったの、病気見舞いも兼ねて!!
と、ツッコミどころ満載の第一王子の話を黙って聴きながら、マクシミリアンに続きを促す。
話を聴いたクリステル嬢は珍しく大いに身を乗り出してエドワード王子の話に同意したらしい。
「俺とともに将来は国母となる女性だからな。義憤に駆られて当然だろう」
うんうんと頷く第一王子。
さらにクリステル嬢は元凶であるイルマシェ伯爵家に苦言を呈し、隣接する領地でありながら派兵に参加しなかったバルバストル侯爵家の不義理に悲嘆し、国内の治安に目を配るべき軍務省の怠慢にため息をつき、敗軍の将である将軍とそれに関係する軍人の弱体化に憂慮したらしい。
「……なるほど」
それで関係する、いまはなきドミニク以外の三人が精神的な泥沼に陥っているわけか。
「そうしてエドワード殿下はクリステル嬢の前で雄雄しく宣言なされたのです。『私が陣頭に立っていれば、このような無様な結果とならなかったものを!』と」
「――は……?」
と、思わず素で聞き返してから、軽く咳払いをして威儀を正して、
「……なるほど。さすがは次代の王たるエドワード殿下、国を憂いての英断、まことにご立派であらせられる」
とりあえず適当に持ち上げておく。ま、普通に考えれば日嗣の王子が前線に立つとか、昔ならともかくあるわけないからね。指揮系統が無茶苦茶になりそうだし。プロの仕事に素人が口出しすると碌な結果にならないと相場は決まっているからね。
「ですが――」
「それとほぼ同じ事をクリステル嬢もおっしゃられまして」
さすがに無理でしょう、と軽く嗜めようとしたところ、マクシミリアンがすかさず続ける。
「『そうとなればこの国難を救うため一刻の猶予もないのではございませんか? 衷心ながら殿下の武功を心よりお待ち申し上げます』とのことで」
「男子が一度口にしたことを、まして乙女の願いを叶えずにはいられようか! 俺は行く。行って逆賊どもをひとり残らず討ち果たしてみせようぞ!」
……なるほど。つまりこれがことの発端か。
他の連中も現在の混乱の原因が少なからず関係することなので、クリステル嬢に責められている気がしてテンションが上がらない。第一王子は相変わらずポジティブにしか捉えてないけど、どう考えても今回はクリステル嬢、キレてるんじゃないのかなぁ?
『こんなところまでしつこく追いかけてこいないで、いっそ私の目の届かない戦場なりへと赴かれたらいかがですか!』
と、婉曲に言われているような気がするのは僕の気のせいだろうか?
途端にカチコチという音が、肯定するかのように聞こえてきた。




