状況を整理してみよう(激ヤバ)
今回は人物関係を整理するための説明回です。
「よりにもよってアドリエンヌ様を悪役に仕立てて、満座の前で罪をあげつらい、挙句に勝手に婚約破棄を宣言して、抜けぬけとクリステル様と添い遂げようとは……第一王子は脳味噌に虫でも湧いているのですか? 呆れ果てて言葉にもなりませんわね」
「――ルネお嬢様、あと他の御子息の方々も王子の尻馬に乗って、それぞれの婚約者の皆様をありもしない難癖で糾弾し、同時に婚約破棄を突き付ける……という件もございます」
眩暈がしますわ、と呟いてコメカミの辺りを抑えるルネに向かって、すかさず追加で頭痛の種を付け加えるエレナ。
「……ああ、そうでしたわね。ちなみにそんな寝耳に水の事態に直面する予定の気の毒なご令嬢方とは、いったいどなた様でしょう?」
問われたエレナは、まるで事前に準備していたかのように立て板に水で喋り始めた。
「はい。まずは外務大臣であるイルマシェ伯爵家の御嫡男ドミニク様の婚約者で、王国最大の貿易商人でもあるラスベード伯爵家のご息女エディット様です」
「ああ、王国の財源の三割に係わるラスベード伯爵家ですか。社交界でお会いしたエディット様も大変に博識で、女性ながら諸外国への留学経験も豊富で五ヶ国語に堪能でいらしたわね」
「はい。ご本人は外国貿易に携わるために御婚約にはあまり乗り気ではなかったのですが、イルマシェ伯爵が是非にと……どうもイルマシェ伯爵家の財政は火の車で、重税をかけられた領民の不満が溜まり武装蜂起の一歩手前だとか。この婚約を起死回生の賭けにしているものと思われます」
「ありがちな話とはいえ、エディット様も災難ですわね。妥協して結婚しようと思った相手がハズレ籤とは」
「まったくです」
揃ってため息をつくルネとエレナ。
「続きまして、軍務長官であるレーネック伯爵家の御長男フィルマン様の婚約者、ラヴァンディエ辺境伯家のベルナデット様」
「ラヴァンディエ辺境伯家は、確か三十年ほど前の隣国との領土紛争の際に、領土領民ごとこちら側についた外様の貴族だったかしら? ベルナデット様はこの国では珍しい褐色の肌をしてらしたわね」
「その通りでございます、お嬢様。もともとフィルマン様は長男とはいえ、側室の御子ですから継承権はあってなきような立場。しかし、曲がりなりにも御長男で、なおかつ貴族学園においてエドワード第一王子の覚え目出度いことと、昨年の王都剣術大会で三位に輝いた武勇などを鑑みて、ベルナデット様と結婚をしてラヴァンディエ辺境伯家へ婿入りすることが決められております」
「あら、そうなるとフィルマン様は次期辺境伯ということになるのかしら?」
「いえ、あくまでベルナデット様が女性領主となり、フィルマン様は種馬……もとい、ベルナデット様を補佐する立場ですね。昨今、隣国との領土線問題が再びきな臭くなってきましたので、この縁談で辺境伯家と中央との結び付きを強化する狙いがあるのでしょう」
「あらあら、ではフィルマン様がベルナデット様の落ち度とやらを俎上に上げて、勝手に婚約破棄などをすればラヴァンディエ辺境伯家の心証は最悪でしょうね」
「最悪オルヴィエール統一王国から離反して、再び隣国の傘下に入る……ついでに国境線を開放して、二人三脚で王国へ挙兵する可能性もありますね」
「まあ大変」
もはや他人事のような口調でわざとらしく目と口とを丸くするルネ。
「三人目の被害者ですが、大領主であるバルバストル侯爵家長男エストル様の婚約者で、代々司法長官を兼任されているボードレール公爵家のご令嬢ルシール様ですね」
「ボードレール公爵家と言えば影の宰相家とも呼ばれる名門ですわね。よく家柄でも家格でも劣るバルバストル侯爵家と婚姻を結ぼうと思ったものね」
「当然、バルバストル侯爵家ではかなりの無理をしたようです。支度金に加えて領地の幾つかもボードレール公爵家へ割譲する予定だとか。ま、両家が結びつけばチャラくらいに考えているのでしょうが」
「ふ~~ん……。ねえ、エレナ。わたくしは夜会でもパーティでも、ルシール様とエストル様が一緒にいらっしゃる姿を一度も見たことがないのですけれど?」
「はっきり申し上げておふたりの関係はエドワード第一王子とアドリエンヌ様と同じか、それ以上に最悪ですね。一事が万事公正さを求めるルシール様と、脳味噌お花畑のエストル様。水と油どころではありません」
「双方の実家では何の対応もしていないのかしら?」
「しておりませんね。バルバストル侯爵家は悪い意味で貴族の典型であり、子供は親のいうことを聞くものだと根拠なく思い込んでおりますし、対して司法の達人揃いのボードレール公爵家では、万一破談などになった場合に有利に事を運ばせるため、手ぐすね引いて静観している……といったところでしょう」
「そうなると、第一王子一派が予定している一方的な弾劾と婚約破棄などになったら、どうなるかしら?」
「法的に嬉々として莫大な賠償金と娘を傷つけられた慰謝料、家名に泥を塗られた補償その他を請求した上で、馬鹿を野放しにした管理責任としてバルバストル侯爵家の降格を申し出るでしょうね。そして確実に受け入れられます」
「さしもの大貴族も立ち直れないでしょう。盛者必衰ねえ。おほほほほほほっ」
その予想を聞いてコロコロと笑うルネと、にやにやと人の悪い笑みを満面にたたえるエレナ。
「だんだん面倒になってきましたが四人目、歴代の近衛騎士団長を輩出しているカルバンティエ子爵家の嫡男アドルフ様の許嫁である、ショーソンニエル侯爵家のご息女オデット様」
「オデット様の許嫁というと、何度か聞かせられている幼馴染で憧れの相手だという方ですね」
「はい。もともとカルバンティエ子爵家は、ショーソンニエル侯爵家とは寄り親、寄り子の関係……主従とまでは行かないまでも、保護者・保証人的立場であり、その関係でお二方とも子供の頃から顔見知りであったようです」
「子供の頃からその方と結婚するのが夢だったと、お会いするたび大層幸せそうに言ってらしたのに……」
「まあ、実際アドルフ様もショーソンニエル侯爵家の大旦那様に認められるよう、随分と頑張っていたようです。学業でも上位一桁台に入ってましたし、件の王都剣術大会でも絶対王者に食い下がって二位になりました……去年までは」
「そこだけ聞けばいい話でしたのに……去年までは」
「そうですね。もっともオデット様は侯爵家のご息女ですから、本当ならもっと良い相手に嫁がせたいという意向はあったようですが、ご本人の強い希望で婚約を決めたそうです」
「愛されるのが当たり前に思って増長したのでしょうね。その結果、寄り親に後ろ足で砂を掛ける、か」
「例の計画が実行されれば、立場的にカルバンティエ子爵家のお取り潰しは不可避。アドルフ様は物理的に首が飛ぶでしょうね」
「ギロチンかぁ……」
遠い目をしてルネとエレナは憂鬱なため息をつく。
「そして五人目が港湾都市シャンボンを抱えるシャミナード子爵家の嫡孫マクシミリアン様の許嫁であるナディア様」
「ナディア様? 無知をさらすようで恥ずかしいのですが、どこの家中の姫君でしょうか?」
「ご存じないのも当然です。ナディア様は海洋国家アラゴン交易国の王族の血を引く姫君ですから」
「ああ、あの巨大な交易船と軍艦とで世界中の海を我が物顔で牛耳るアラゴン交易国ですか。そういえば、我が国と通商条約を結ぶべく一昨年、使者が王都を訪れたわね」
「実際は果てしなく不公平な不平等条約のようで、かといって交渉を突っぱねた場合、確実にシャンボンの港はアラゴン交易国に占領されます。そのため妥協案としてシャンボンの領主であるシャミナード子爵家にナディア様を迎え入れ、便宜を図ることを約束した……ということでしょう」
「それでナディア様は納得されたのでしょうか?」
「確認したところナディア様は御年十歳だそうですので……それと、現在は前王妃様であった太后様が後見人となって、王宮の離宮で生活されているとか。つまり婚約破棄など一方的に宣言するなど、外においてはアラゴン交易国を、内においては後見人である太后様を敵に回すということですね」
「大したものね」
真似できませんね、と顔を見合わせて肩をすくめるふたり。
「というか、これ全部が一斉に暴発したとしたら、確実にこの国は亡びるわね」
「跡形もないでしょうね」
「第一王子派はコップの中の嵐程度に思っているのでしょうけど……」
コップの中の嵐どころか、国の屋台骨ごと根こそぎ吹き飛ばす爆弾の導火線に火を点けられたのだ。
「こうなると、五十歩百歩とはいえ、まだしも許嫁も婚約者もいなかったお義兄様が一番マシね。道連れにされるご令嬢もいないわけだし」
「――ええと、それはどうでしょう?」
珍しく奥歯にモノが挟まったような言い方で言葉を濁すエレナに、ルネは怪訝な表情で小首を傾げた。
「……その、ルネお嬢様は一族の中でも滅多に現れない、水色の髪と菫色の瞳という“オリオールの祝福”を授けられた女性でございます」
「ええ、お義兄様とお揃いですわね――ああ、なるほど」
もともと頭の回転の速いルネだけに、その一言でエレナが何を言いたいのか察する。
「わたくしが子供の頃は『オリオールの伝説』なんて、完全にお伽噺扱いでしたのに、お義兄様の実績と、なによりあの一件で伝説が真実であることを証明してくださり、斜陽だったオリオール公爵家に昔日の栄光と民衆の支持をもたらしてくれた。お陰でこの色彩を持つわたくしも、こうして本家の養女に迎えられたわけですからね」
「はい。その肝心の若君が馬鹿な貴族たちと一緒になって、国を滅ぼした元凶となれば――」
「民衆の期待を裏切ったということで、一転して憎悪の対象でしょうね。あら大変。もしかしてわたくしも同類に見なされて魔女扱いかしら?」
「と、なれば私も一蓮托生で捕まって私刑に処せられるのですね。ああ、なんて不幸……」
芝居がかった仕草で身を震わせるルネと、わざとらしくエプロンで目頭を押さえるエレナ。
そうして僕はといえば、
「おかしい。どうしてこうなった……?」
ある程度ボカして伝えようとしたところ、気が付いたら洗いざらい白状させられていたことに気付いて、いまさらながら僕は机に突っ伏していた。
(他の連中に釘を刺しておいて、自分が真っ先にバラすとかどーなんだ!?)
歯車の音が責めるように軋んだ音を立てていた。
明日も更新します。
8/18 ご指摘があり、ラヴァンディエ辺境伯家のご令嬢の名前を間違えていました。
8/19 たびたび間違いました(`-д-;)ゞ
×オデット→○ベルナデット
8/21 誤字の修正をしました。また、一部表現を変更しました。
×フィルマン様は時期辺境伯→○フィルマン様は次期辺境伯