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今後の事を考えよう(知らない間に大事に)

 さて、アドリエンヌ嬢の苛烈な嫌味と愚痴を聞かせられたその後。

 当然サロンへ顔を出す時間も気力も体力もなくなり、ヘロヘロになって〈神剣〉抱えて大神殿へと顔を出した僕。


 で、待ち構えていた大神官以下神官たちに追い討ちをかけられ(あの連中は僕を崇拝の対象にしているので、説教ではなく褒め殺しの連打となる)、今度こそ精も根もなくなり、その日は大神殿に泊まり込んで翌日にさらに〈神剣〉を神殿の聖域へと納める儀式を執り行わせられた。

 

 知らないうちに勝手に「神剣の勇者が神意に従い、またも悪を討ち滅ぼした!」という大神官の公式声明がなされ、臨時のお祭り騒ぎとなりなんやかんやで自宅に戻れたのは五日後だった。


「なにはともあれ、形としては第一王子の沽券(こけん)が保たれ、アドリエンヌ嬢の友人たちの潔白が証明されたので、めでたしめでたしってところかな……」

 第一王子は虚に跳び付いて、アドリエンヌ嬢は実を選んだってところだろう。

 もっともそのシワ寄せが全部僕のところへ来るのが頭が痛いところだけれど。


「そうですわね。まあアドリエンヌ様も翌日には機嫌を直されていましたし、第一王子派は例のクリステル嬢があの日の朝から体調を崩されたとかで、勝利の喜びもなにもないようですが」

「そうらしいね。とりあえず生徒会の連名で花束をお見舞いに贈ったけど、他の連中は個人的な見舞いをしたくてヤキモキしてるんだろうね」

 

 とりあえず戦場のような騒ぎが収まったその日、僕の自室へ集まったいつもの面子――僕、ルネ、エレナ、ジーノ――で、今回の顛末を話し合っていた。

 学園に顔を出す暇もなかった僕の代わりに、第一王子派の動向を噂話として収集していたルネの言葉に、僕も頷いて同意する。


「――ああ、そうそう。そういえば、ドミニク様の領地であるイルマシェ伯爵領でついに領民の武装蜂起が起きたようですわね」

「らしいね」

 僕もそれを聞いたのは今朝方だったけれど随分と驚いたものだ。


「もともと重税で領民の不満が限界まで溜まっていたところ、どうも領主であるイルマシェ伯爵は私兵として魔族の武装集団を非公式に雇って、暴力や暗殺で抑えていたらしいのですが」

「魔族の武装集団? もしかして〈ラスベル百貨店〉を襲撃したあの連中もドミニクが一枚噛んでいるのかな?」


 おそらく噛んでいるだろうなと思いながらジーノの顔を窺えば、「さて?」といつもの感情の読めない笑みが返ってきた。


「そのことにつきまして。実は先日の〈ラスベル百貨店〉を襲撃した魔族十名なのですが、書類上『証拠不十分』ということで、すでに釈放となっておりました。どうやら外務省のあたりから圧力がかかったようでして」

 言うまでもなく現役の外務大臣はイルマシェ伯爵である。

「露骨だな。連中の足取りは?」

「それですが、釈放された翌日には煙のように(・・・・・)消えてなくなっております」

「足取り不明か……。もしかすると逆恨みで僕やルネ、アドリエンヌ嬢を襲撃する恐れもあるな。後手に回らないよう、事前に警備を固めるように手配しておいた方がいいだろうね」

 そう用心を口に出した瞬間、なぜかジーノが笑いを堪えるような顔をしたような気がした。

「――? どうかしたかい」

「いえ、承りました。確かに考えてみれば魔族の過激派は、五年前に若君が鎮圧した『ドーランスの反乱事件』の残党によって中核が構成されておりますので、首謀者であった魔族大公爵とその一派を討ち取った若君に遺恨を残していても不思議ではございませんからな」

 やっぱり気のせいだったのか、いつもの折り目正しい態度でジーノは一礼をする。


「“魔族大公爵”ですか。エディット様がこの場にいらしたら、根掘り葉掘り聞き出そうとなさるでしょうね」

 苦笑するルネに向かって、僕も苦笑を返す。

「そうだね。もっとも聞かれても答えられないんだけどね」

「国家機密ですからね」

 うんうんと訳知り顔で同意するルネだけど実はそうではないんだよね。

 僕は決まり悪い思いで頬のあたりを掻きながら、反乱を鎮圧した後、自治領で第百六十九代魔王ヤミ・オニャンコポンと謁見して、事の顛末を話した時のことを思い出していた。


 ◇


「はああぁ!? 区別がつかんとはどういうことじゃ!」


『大公の最後はどうであった?』と聞かれたので、正直に『誰が大公だったかわからないので、わからない』と答えた。それに対する彼女の呆れたような怒ったような第一声がそれであった。


「いや、あの時は混戦だったし。いちいち『俺が大公爵だ!』とか名乗りもなかったので」

「いやいや、それでも一際目立つ奴がおったじゃろう!? ほれ、鋼のように鍛えられた獅子の上半身に強靭なドラゴンの下半身を持った、態度と体のでかい奴が!!」

「……覚えてないなぁ。アジトの奥に残っていたのは、だいたい雁首並べていた全員が見上げる高さだったし、ドアをぶち破って入った途端、前口上もなく一斉に襲い掛かってきたので、こっちもつい本気を出してまとめて一掃しちゃったもので、誰が誰だったのかさっぱり……あ、もしかして禿げてカイゼル髭を生やした白い奴?」


 途端、魔王(ヤミ)が「違うわいっ!」と、一声叫んで頭を抱えた。


「――つーか、あの、歴代の力ある魔王にも匹敵する当代随一と謳われた実力者である大公爵を、その他の雑魚と十把一絡げで、その他大勢扱いかや……」

 その後、しばし「う~」「ふお~っ」と、何やら呻吟していた魔王(ヤミ)は、最終的に盛大なため息をついて、

「勇者よ。もしも……もしもじゃが、万が一前大公爵の所縁(ゆかり)の者や関係者が、とち狂っておぬしへの復讐に逸り現れたとしても、そのあたりの真実を赤裸々に答えぬほうがお互いのためじゃと思うぞ。世の中知らんほうが幸せなこともある」

「――は?」

「おっと、勘違いせんでくれよ。妾もそんな馬鹿が出ないように戒めるつもりではおる。おるが、どこの世界にも跳ね返り者はおるからのぉ。いや、無論そんな馬鹿に手心を加えろとは言わんよ。だが、残っている馬鹿共の手綱を引き締めるため、鞭だけではなく時には人参も必要じゃ」


 面倒臭い話じゃがな、と周囲を憚りながら続ける。


「いまだに昔ながらの魔族の価値観を忘れん時代錯誤の馬鹿も多くてな。で、そういう馬鹿どもに言い聞かせる必要がある。『前大公はなるほど音に聞こえた剛の者であった。それは勇者も認めておった。じゃが力に溺れた者は最後に己の力に溺れ死ぬのじゃ』と、そう因果を含めておけば、余計な軋轢(あつれき)も多少は軽減するじゃろう。頼むっ。助けると思ってそういうことにしておいてくれ!」

 なぜか真剣な表情で懇願されたので、「……あー、まあいいけど」ということになった。


 ◇


 そんなことを思い出しながら、

「それで反乱の状況は?」

 と目下の懸念事項を三人に尋ねる。


「冒険者や傭兵、元兵士などを中心として幾つかの反乱軍が一斉に領都を襲撃して、これを占拠したそうですわ。領主代行も各地の代官もすべて討たれたそうです」

 ルネが淡々と答える。領主代行も代官も貴族身分の者の筈だけれど、同情の余地は一切ないという口調だ。


「全体では反乱軍はすでに二万から三万人規模に膨れ上がっているようで、その後も続々と農民が合流しているようですので、下手をすれば……というか、確実に他領へ飛び火する可能性がございますな。現在、これを鎮圧するために国軍の編成が急がれているところでございます」

 ジーノの報告に思わずため息をつく。

「武装蜂起のタイミングと手際が嫌に迅速だけど、どこからか支援者でもいるんじゃないのか?」


「まあ、所謂死の商人や傭兵ギルドが前々から動いていたのは確かですが、今回はそれが直接的な原因になったわけではなく、鬱積した領民たちの不満が限界を超えた自然発火と見るべきでしょうね」

 と、これはエレナ。

「もっとも、噂に寄れば。領都と王都のイルマシェ伯爵邸から家妖精(ブラウニー)が一斉に逃げ出したとか。それを聞いた領民がいよいよ領主に愛想を尽かしたとか、不確実な噂は飛び回っていますけれど」


 その言葉に思わずひっくり返りそうになった。

 そりゃ、家妖精(ブラウニー)が逃げ出したその話は事実だろうけれど、いくらなんでも真相が領内に知れ渡るのが早過ぎる。誰かが裏工作をしなければ無理だ。つまり――。


「……ルネ。エレナ。やった(・・・)のか?」

 確信を持ってそう尋ねると、エレナはちらりとルネに視線を送り、ルネはころころと笑って、

「まあ、なんのことやら。ですがお義兄様、『火のないところに煙は立たない』と申しますし、実際に事実なのですから何の問題もないのではありませんか? それにこれは起こるべきして起こった反乱ですわ。ならば大火になる前に小火(ぼや)にして、迅速な消火に励むべきでございましょう」

 そう笑って韜晦(とうかい)するのだった。


 なにげに怖い義妹である。

「幸いにして……と申しましょうか。今回の反乱を契機にして、イルマシェ伯爵の責任問題と不正、背任、その他、いろいろと後ろ暗い事実が判明しましたので、結果、迅速にエディット様の婚約が解消されたことが、もっとも歓迎すべき事態ではございますが」

「えっ、ドミニクの婚約解消されたの!?」

「ええ、先方のご希望通り。ただし法に従って粛々とですが」

「そうなるともしかしてドミニクの奴も退学か?」

「そうかも知れませんが。先日のアレですでに王子の取巻きとしての立場は失墜していましたし、クリステル嬢のお加減のほうが心配で、どうでもいいというのが第一王子派の総意のようですわ」

「なんとまあ……そうなると、エディット嬢も立場上色々と大変だろうね。僕らに手伝えることがあればいいのだけれど」


 そう本心から心配をして口に出すと、「さすがはお義兄様。お優しくいらっしゃる」と、ルネは満面の笑みを浮かべた。


「ですがご安心ください。もともと気ままに博物学を研究したかったエディット様にとって、気の進まない婚約であったそうですし、それも婚約者と思えばこそ多少はあった情も先日の一件で尽き果てたそうでございますから。案外、ケロリとしています。ああ、ついでに密かに画策していた婚約破棄の計画もぶちまけ……内々に明かしましたので、もはや汚れた鼻紙一枚ほどの価値も感じないそうです」


 ざまぁ、と言わんばかりのルネだけど、このタイミングで傷を広げるようなそれを、わざわざ明かす必要はなかったんじゃないのかな? 世の中には知らないほうがいいことだってあるし、と五年前の魔王(ヤミ)の台詞を思い出しながらそう指摘する。


「そうはおっしゃいますが、まだまだこれは序の口ですので、味方は多い方がよろしいかと」

「序の口? 味方?」

 何のこと? と、思わず首を傾げる僕に向かって、エレナが業務連絡という口調で付け加えてくれた。


「エディット様からのご伝言です『ロラン様の国王就任の際には、私は三番目か五番目でもいい』そうです。よかったです、きちんと私のことまで配慮していただけて」

「ちょっ、ちょっと待て!!」


 まだ忘れてなかったのか、僕を国王にするなんていう正気とも思えない計画を!?


「僕にはその気はないよ!」

「お義兄様になくても、状況の方が着々と整ってきておりますわ。思うに好むと好まざるとに関わらず、国家の方がお義兄様へラブコールを送っているのではございませんか?」

「……冗談でもやめてくれ」


 仔犬みたいに尻尾を振って擦り寄ってきてるオルヴィエール統一王国を想像してげんなりする僕だった。

明日は夜に更新します。

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