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これにて一件落着(ではそういうことで)

 真夏の太陽に照らされた朝露のようにあっさりと消滅した〈グレムリン〉の毛と鱗。

 アドルフが持っていた雑巾の上のものなら目を離した隙に隠したといういい訳も効くだろうけれど、さすがにコルクで栓をしていた硝子瓶の中にあったものが消えたのは、言い逃れができないだろう(手品の玄人なら可能かも知れないけど)。


「――消えましたわね。確かに〈神剣〉の光で消滅するところを私は確認いたしました。エドワード殿下はご覧になりまして?」

 再び懐から扇子を取り出して広げながら、アドリエンヌ嬢が第一王子に鋭い口調と目線とで尋ねる。

 また難癖つけるつもりじゃないかと警戒してるんだろう。

 僕ももうひと波乱ふた波乱あるんじゃないかと思って、〈神剣ベルグランデ〉を肩に担いだ姿勢のまま第一王子の動向を窺う。


「……ああ、見た。間違いなく、さきほどの品は魔物に由来するものだろう」


 予想外にあっさりと認めた彼の潔い態度に、アドリエンヌ嬢が意表を突かれた表情で瞬きを繰り返す。

「お認めになられるのですか? では、この三人が悪意を持って某男爵令嬢を階段から突き落としたという嫌疑は?」

「魔物の仕業であったことがわかった以上、疑いは晴れた」


 予想外の物分りのよさに、もしかしてベルグランデの神光を浴びて、王子の頭の中身に巣食っていた蜘蛛の巣も浄化された? と、恐る恐る僕はルネと目配せをし合った。


「――だが!」と、ここで殊勝な態度を一変させ、いつもの尊大な態度に戻る第一王子。「疑わしい態度をとったことで事態を混乱させたのは事実。そのことを十分に踏まえて反省せよ!」


 再びの『お前が言うな』の物言いに、アドリエンヌ嬢が鼻白んだ表情を浮かべて反駁しかけた。その気配を察して、すかさず僕が口を挟んだ。


「その通りですね。寛大にして聡明なエドワード殿下が、生徒会長というお立場をもって御自ら足を運ばれ、この事件の真相究明に奔走しなければ、引き続きこの学園に巣食っていた〈グレムリン〉によって、第二第三の同種の事件が起こっていたことでしょう。これほど早急に解決したのは殿下の英断と行動力があったからであり、そのことに学園の生徒全員が感謝すべきことですよ」


 そう嗜めるように言い聞かせると、アドリエンヌ嬢が白い目を向けてくる。

 しょうがないじゃないか。発端はともかく馬鹿が早々に引っ掻き回したお陰で、魔物を捕獲できたのは確かなのだから。それに多少強引なこじつけでも、第一王子派の面子を立てなければ、さらにウダウダ面倒臭いことを言い出すのが目に見えているんだから、ここらへんで妥協して貰わないと困るんだよ。


「……わかりましたわ」

 ものすごーーーく不本意そうに頷くアドリエンヌ嬢。

「殿下の適切かつ早急な対応のお陰で大事に至りませんでした。ジェラルディエール公爵家の娘として、貴族学園の生徒を代表してお礼を申し上げます。また、私の友人たちが不確実な証言をしたことで、殿下をはじめ皆様方のお手を煩わせたこと、心より謝罪いたします。彼女たちには私からきつく戒めの言葉をかけておきますので、どうぞ寛容な心をもってお赦しくださいますようお願い申し上げます」


 膝を曲げて深々と謝罪するアドリエンヌ嬢の(うなじ)のあたりを、「――ふん」と面白くもなさそうな目で眺めていたエドワード第一王子だが、内心では大いに溜飲を下げたのか口元のあたりが緩んでいた。


「――まあいいだろう。俺……私は寛容だからな。これに懲りたら己の所業を反省することだな」


 ……あー、まだアドリエンヌ嬢が黒幕でクリステル嬢が被害者だと思っているんだろうな。

 俯いた姿勢のままアドリエンヌ嬢の背中がピクリと反応した。

 あれ顔は見えないけど、相当に怒り狂っているぞ。いまの顔を見るのが怖いわ。


「では、サロンへ戻るぞ。皆、ついてこい!」

 アドリエンヌ嬢へ「もういい」とか「頭を上げろ」と言わずにそのままに、上機嫌に踵を返す第一王子。王子の専用サロンは別館三階にあるので、この踊り場からは直接に行けない。一旦階段を降りて、別館へと行かなければならない構造だった。


「「「「「――はっ。殿下!」」」」」

 階段の途中で待機していた取巻きたちが一斉に姿勢を正して返事をする。

 ちなみにアドルフは、そこで気がついて忌々しげに雑巾を放り投げて、自前のハンカチで手を拭いた。


「――ん? どうしたロラン、来ないのか?」

「ええ、まあ……さすがにベルグランデを剥き出しのまま歩くわけには参りませんからね。先に聖教徒大神殿に戻してから、そちらに顔を出させていただきます」

 つーか、勝手に召喚したこと、とっくに神殿にはバレているだろうから、いまから行くと考えるだけで胃が痛くなってくる。

 とはいえ、〈神剣〉を呼び寄せるのは可能でも、どこかに送還することは基本的にできないので、このまま担いで持っていくほかない。でもって、巨人族でもなければこれをひとりで運べるのって僕くらいしかいないから、僕が足を運ぶのが一番手っ取り早いんだよね。

 あ、言っておくけど、〈神剣〉の持ち主だから重さを感じないとか疲れ知らずとかそーいう加護は一切ない。重いものは重いので、さっさと大神殿に戻しておきたいというのが本音だ。


 そう思った途端、チッチッチッチッ……と、歯車の音が抗議するかのような鋭い音を立てる。


「ああ、そうか。そうだな……なら仕方ない。なるべく早く戻ってこいよ。そうそうお前の話を聞いて思いついたんだが『生徒会として怪我をした女子生徒にお見舞いを贈る』のは不自然ではないだろうからな。全員でクリステル嬢へ贈る物を何か考えようかと思っているんだ」

 名案だとばかり目を輝かせる第一王子。


 ――ゆらり……。

 その途端、陽炎のように背後――俯いたままのアドリエンヌ嬢の方――から、夜叉のような殺気が漏れてきた。

 なんでこの場でそういうことを言うのかな、この阿呆は。おまけにその言い方だと、僕がトンチを授けたみたいじゃないか。


「そ、そ、それは素晴らしいお考えですね。是非参加したいところですが、まあ、何しろ勝手に〈神剣〉を使ったわけですので、大神官あたりから相当にお小言をいただく羽目になりそうですので、僕のことは気にせずに先に初めていてください」

「そうか。わかった」


 仕方ないな、と肩を竦めてこの場を後にする第一王子。

 階段の途中で取巻きたちと合流して、簡単に状況を説明してから、連れ立って歩いて行った。


 入れ違いで半分禿げて白目を剥いている〈グレムリン〉をぶら下げたエレナが戻ってきた。

「どうしたんですか、その〈グレムリン〉の状態は?」

 エディット嬢が軽く目を見張って、階段を上がってきたエレナに問いかけると、

「校舎の外まで退避していたのですが、神光の余波でごらんの有様です。ま、死んではないようですが」

 どうでもいい口調でエレナが答える。


 その返答に「まあ……」と吐息を漏らしたエディット嬢だったけれど、次の瞬間、はっと目を見開いて口元へ手をやった。

「大変っ。もしかするとクロちゃんたちも同じように怪我をしているかも!」

 おそらく“クロちゃん”というのは、学園の敷地内で餌付けしている黒妖犬(ブラックドッグ)のことなのだろう。

「ロラン様、ルネ様、このお礼はのちほど改めてさせていただきます。――急用を思い出しましたので、申し訳ございませんがこの場は失礼させていただきます。では、皆様ごきげんよう」

「ごきげんよう」

 

 慌しくこの場を後にするエディット嬢へ、ルネが挨拶を返したのを確認して、僕もこの場から退散することにした。

「じゃあ大神殿へベルグランデを戻しに行こうか。エレナ、悪いけど馬車を回すように手配して貰えないかな」

「承知いたしました。大神殿へはすでに手の者が事の次第を伝えておりますので」


 さすがはオリオール家の〈影〉、手際がいい。

「では――」

「……お待ちください」

 どさくさ紛れに逃げようとした僕に待ったをかける、おどろおどろしい声があった。


 言うまでもなくこの場にいて一部始終の当事者で、最後は飲まなくてもいい煮え湯を呑まされたアドリエンヌ嬢である。

 彼女はそれはそれは素敵な笑顔を浮かべ、畳んだ扇を細腕でへし折りながら、僕を呼び止めた。


「ロラン公子様には本当にお世話になりました。この場で、しっかりとお礼を言いたいので、お手数ですがもう少々お待ちいただけますか?」

「…………」

 思わず助けを求めるためルネとエレナの方を向いたのだけれど……。


「では、私は馬車の手配をして参ります」

「それでは、私は三人の御令嬢方を医務室へ運ぶ手配をして参りますわ」


 ふたりともさっさと遁走した後だった。

「裏切り者~~っ!」

 思わずそう天を仰いで慨嘆する僕。


 そうしてこの後、三時間あまり。僕はアドリエンヌ嬢から無茶苦茶嫌味を聞かせられたのだった。

次の更新は本日の18:00予定です。

この後、視点を変えてエピローグ的に何話か続けます。

最後に登場人物紹介を挟んで第一章は終了。

続いて第二章へ続きますのでよろしくお願いいたします。

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