よ~し、神剣がんばっちゃうぞ(し、真剣だけに?)
「――ああ、念のために家妖精の皆さんも階段の下まで退避をお願いします。妖精ならさほど害はないでしょうが、ベルグランデが垂れ流す『神力』の影響で、体内の精霊力に変調をきたす恐れがありますので」
基本、邪悪な妖精や精霊でなければ問題はないのだけれど、人間よりもその手の力に過敏な妖精の場合、どんな影響が出るか不明なので注意を喚起しておく。
「――ふっ。所詮は化け物の類い。眩い〈神剣〉の傍にはいられないというわけだな」
第一王子が蔑みの目で彼らを見下ろす。
いや、そういうわけじゃなくて相性が良すぎで変調をきたすというわけで、そういう意味では霊的に彼らの方がよりデリケートという意味なんだけどなあ。
「ああ、それと魔物の類いは当然ひとたまりもないので、〈グレムリン〉のほうも階下……いや、できれば校舎の外まで離しておいたほうがいいだろう」
なにしろ久々に召喚するからなぁ。ベルグランデの奴も張り切って神力を放ちながら、この場に顕れる恐れがある……いや、絶対にここぞとばかり派手に顕れる。あいつはそんな奴だ。
「はあ。わかりました」
「あっ、検証するために毛を何本かと鱗を何枚かこの場で引っこ抜いて、置いていてくれるかな?」
一礼をしてこの場から〈グレムリン〉片手に退避しようとしていたエレナに声をかけると、エレナは無言のままポケットからハンカチを取り出して……〈グレムリン〉の醜悪な顔と清潔なハンカチを見比べて、なぜか動きを止めて考え込んだ。
それから階段を降りていた家妖精となにやら話し込んでいたかと思うと、ひとりの家妖精がちょこちょこと走って階段の裏側へと回り、ほどなく草臥れた雑巾を持ってきたのをありがたく受け取って、ハンカチをしまって代わりに広げた雑巾の上に、
『ギャアアアアアアアアアア!!』
無造作に肉ごと引き千切らん勢いで〈グレムリン〉の毛と鱗をひとまとめに抜いて置くエレナ。慈悲はない。
「「「「「「――おぅ……」」」」」」
その猟奇的な光景に肝を潰して茫然としている王子の取巻き連中。
そのうち階下に一番近い場所にいたアドルフへと(単に体が大きいので目だっただけかも知れないけれど)、エレナは当然という顔で近づいていって雑巾とその上に乗っている〈グレムリン〉の毛と鱗の塊りを手渡した。
「では、確かにお渡ししました。後のことはよしなに」
言いたいことだけ言ってさっさと踵を返して、玄関へと向かうエレナ。
毒気を抜かれた表情で手渡された雑巾を両手で抱えて、途方に暮れたような表情をしているアドルフと、汚らしいものを見る目で、階段の上下へ散らばりやや遠巻きになる薄情な他の取巻きたち。
「なんか階段下の倉庫の奥が騒がしかったような気がしたで」
「鼠でもおるんかいな?」
「あそこは奥に地下に続く通路があったからなぁ」
「鼠ならいいんだけんども、たまに盗掘目的の冒険者が野垂れ死んどるからのぉ」
「悪霊に取り憑かれて半腐れの化け物になっとったらことだぞ」
一方、階段の下の家妖精たちは何か気がかりでもあるのか、真剣な表情で話し合いをしている。
ちょっと気になるけれど、とりあえず事が済んでからでいいかと思い、エレナが十分な距離まで離れたのを確認して、最後にもう一度第一王子にお伺いを立てた。
「それでは召喚をいたします。よろしいでしょうか?」
「……うむ」
しぶしぶ第一王子が頷いたを確認して、僕は踊り場の中央、第一王子からもアドリエンヌ嬢らからも等距離なる位置に進んで、周囲を見渡して十分な空間があるのを確認してから、その場で肩の幅ほどに両足を広げて腰を落し、両手を頭上へと差し出す。
少々無防備な体勢だけど、この格好でなければベルグランデを受け止められないのだからしかたがない。
ひとつ深呼吸をしてから、心の中にベルグランデの姿を思い浮かべて呼び掛ける。
「“神剣よ”!」
そう特別な儀式は必要ない。アレは僕と一心同体。もう一本の腕を振り回すのと同等なのだから。
「“神が鍛えし神剣よっ。すべての魔を討ち滅ぼし、天と地を分けし偉大なる神剣よ。ロラン・ヴァレリー・オリオールの名において汝を召喚す! 来たれ〈神剣ベルグランデ〉っ”!!」
刹那、世界が震えた。
僕の呼び掛けに応えて、一瞬の遅滞もなく眩い光が僕の捧げあげた両掌の上で乱舞して、ひとつに集まり。ほどなくひと振りの剣へと結実して現界するのだった。
ガチャン――ガチャン――ガチャン――ガチャン――ガチャン――ガチャン――ガチャン……
頭の中で幾つもの部品が連結される様子が幻視される。個にして全。全にして個。始まりにして最期のもの。
それすなわち〈神剣ベルグランデ〉。
って、まずい! ここ数ヶ月出番がなかったので無茶苦茶張り切って神力を放出している。いや、コイツにしてみれば『ちょっと派手に登場してみました』レベルの演出なんだろうけれど、下手すると学園の敷地どころか王都第一区から十五区くらいまですっぽりと、一切合財浄化してしまう勢いだ。
僕はちらりと横目で、あまりの眩しさに茫然としている(目を焼くような光ではない)エディット嬢を見た。今朝、話した雑談の内容が甦る。
『学園の敷地内に住み着いている黒妖犬さんなど、すっかり打ち解けて――』
低級の魔物や魔族なんてこの範囲内ではイチコロだよ! 特に魔族とか人に混じって仕事をしている一般人も増えているっていうのに!
必死に僕はベルグランデを宥めて、ギリギリ階段の淵くらいまで神力の効果範囲を狭めるべく努力をする。
その甲斐あってか神光はそれ以上は広がらず、ただし莫大な神力は変わらないので、代わりに上下へと逃がした。
「――この……っ!」
多分、離れた場所に霊視能力を持った者がいれば、貴族学園の屋根を突き破って、天高くなおかつ地面深くまで延びた神光の柱が見えたことだろう。
「……こら凄いわ」
「――ん? なんか階段の下の倉庫でガチャガチャ音がしねえだか?」
家妖精たちの賛嘆の声を耳にしながら、どうにかコントロールし切った僕の両手に、ずんっ! と実体化した〈神剣ベルグランデ〉が降臨した。
「な……なん……なんですの、そ……それは!?!」
顕れたベルグランデを前に、初見であろうアドリエンヌ嬢が目を剥く。
「これが〈神剣ベルグランデ〉ですが?」
「剣……って、そんな馬鹿げたサイズの代物が本当に〈神剣〉なのですか!?」
まあ、そう言いたくなるのも当然だろう。
あまりの重量でギシギシと足元の大理石が軋む音に冷や汗を流しながら、僕は巨大な金属のオブジェとしか思えない、握りを含めない刃渡り三メトロン。いちばん太い部分で幅〇・九メトロン。重量はざっとピアノ一台分に相当する、巨大というのも馬鹿馬鹿しいサイズに、ゴテゴテと派手な形状をした粉砕剣を両手で高々と掲げる。
あらゆるものを粉砕する、まさにこれこそが〈神剣ベルグランデ〉なのだった。
「――おーい、倉庫ん中を覗いてみたら、地下へ続く通路がぶち破れとって、十人分くらいの鎧やら剣やら……ん? こりゃ斧槍かいの? が転がっておるぞい」
「ほ、こりゃ半世紀前にご法度になった『隷属の首輪』じゃぞ。ひい……ふう……ちょうど十人分か」
「つまりあれじゃな。五十年以上前におっ死んで、地下を彷徨っていた冒険者の〈生き死人〉だか〈動く白骨〉だかが、丁度出てこようとしていたっちゅうこったな」
「んで浄化されたと。手間が省けたぞい」
「五十年以上前の持ち物にしては結構新しいような気もするが、気のせいじゃろうな」
あと神力が収まったのを機に、階段下の倉庫を探っていた家妖精が何やら騒々しい。
よくわからないけれど、特にこちらに関係することではなさそうなので放置して、僕は改めてベルグランデを片手で持って肩に担ぎ直した。
「――さて、結果が出たようですね」
そう促す視線の先は、エディット嬢が持つ瓶の中と、アドルフが胸の前に抱えている雑巾の上である。
さきほどのベルグランデが放った神光によって、魔に由来する両方とも綺麗さっぱり消えてなくなっていた。
11/8 誤字脱字の訂正しました。
『バスタードソード』は歴史的な本来の意味での片手長剣ではなく、ファンタジー作品にでてくるロマン武器としてのイメージで、『バスタード』は『Bastard(私生児)』ではなく『Busterd(破壊者)』のスペルの意味です。