〈神剣ベルグランデ〉光臨!(各方面には事後承諾で)
――お義兄様。お義兄様はそのお力でいったい何をお望みになるのですか?
ふと、六年前に養女として遠縁の娘であり、同じ『オリオールの祝福』を持つルネと初めて逢った時に問いかけられた言葉を思い出した。
――私は剣ではなく針として若君のお傍におります。もしも……もしも若君がお望みならば、たとえ一撃で折れ砕けようとも、若君の心臓に針を刺してご覧に入れます。
七年前、十歳のときに五人の暗殺者を一方的に駆逐した……あまりにも呆気なく人を殺せる力を持った自分に恐怖して、自室で震えていた僕の傍らにいつの間にか忍び込んでいたエレナが、そう耳元で決然と誓いの言葉を口にして背中を抱いていてくれた。
権力にしても暴力にしても行き過ぎた力は災厄でしかない。力を持つものはその力に責任があり、責任を果たすには日々の努力と研鑽、何よりも正しい心のあり方を自覚しなければならない。けれど、物事の側面を自分に都合のいいようにしか解釈しないドミニクをはじめ、第一王子一派はこれまでの人生で、そのことを学ぶ機会も戒めてくれる相手もいなかったのだろう。
そう思えば、ある意味哀れではある……。
密かに嘆息したところで、この踊り場に唯一僕以外残っていたエドワード第一王子が(あとはアドリエンヌ嬢と半分魂が抜けている三人の御令嬢方)、
「……ふ……ふふふ」
俯いた姿勢のまま、不意に肩を震わせ出した――かと思うと、
「――ふははははははは……はーっはっはっはっはっはっ!!」
やがて感に堪えないとばかり、腹を抱えて狂ったかのように哄笑を放ちだした。
ついにおかしくなったか……?!
ぎょっとして爆笑する第一王子を凝視する僕とアドリエンヌ嬢。そして、階段を降りて家妖精たちに、未練がましく追い縋っていた取巻きも足を止めて凝然と振り返った。
「ははははははっ! 馬鹿馬鹿しい、だからどうしたというのだ!」
まるで憑き物でも落ちたかのような晴れ晴れとした笑顔で、そんな僕たちの茫然とする顔を見回す第一王子。
もともとの素材がいいだけに屈託のない笑みを浮かべると、絵本に出てくる白馬の王子様にしか見えない(ちなみに持っている愛馬はほとんど漆黒の毛並みの青鹿毛である)爽やかスマイルとなる彼は、
「だから俺は前々から父上に進言していたのだよ。時代遅れの家妖精をウロチョロさせるなど見苦しい、経費の無駄だと。そもそも家妖精程度に左右される程度の幸運など不要だ。だいたい屋敷内の雑事をさせるなら、もっと見目麗しい〈白い貴婦人〉を雇えばいいし、実益なら〈宝の守護妖精〉も〈酒蔵の番人〉もいる。家妖精などいなくてもまったく問題などない。丁度いい厄介払いだ、皆の者、このような些事で狼狽えるな、捨て置け!」
そう傲然と言い放った。
「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」」」」」
堂々たるその物言いと、まさに王者の余裕とも言える姿勢に、僕を含めた取巻き全員の口から同時に賛嘆の声が紡がれる。
(第一王子には『懲りる』とか『反省する』とかいうメンタリティはないのか!?)
他の連中は第一王子の強弁に呑まれて、心から同意しているみたいだけれど、僕が驚愕したのはこの不死鳥のようなメンタルの強靭さに対してである。いつも間違っては怒られてばかりの僕にすれば、ある意味羨ましい限りだ……。
「――はん。ま、好きにするがいいだ」
で、当て付けに他の妖精の名を挙げられた家妖精たちは、相手にするのも面倒臭いとばかり、振り返りもしないで階段を降りていった。
「……それで。そちらが納得されたのは重畳ですが、エディット様がこの場で見つけた〈グレムリン〉がいた痕跡と、その何がしかの男爵令嬢が被害に遭った因果関係。この三人が無関係なことはお認めになられるのでしょうね、殿下?」
何やら一件落着風に収まりかけている場の雰囲気を察して、アドリエンヌ嬢が肝心な部分を第一王子に確認する。
「馬鹿を言え。仮にエディット伯爵令嬢がこの場でその汚らしい毛髪と鱗を採取したのが真実だとしても、それが真実〈グレムリン〉とやらのものと立証はできないではないか。動かぬ証拠でもあるならともかく」
気を取り直した第一王子が頑なに間違いを認めようとしないことに、アドリエンヌ嬢の柳眉がきりきりと吊り上る。
と、そこへ階下から平坦な声が這い上がってきた。
「『動かぬ証拠』とやらお持ちしました」
僕とルネには聞き慣れている涼やかな声の出所へと視線を巡らせれば、紐で雁字搦めにされた狒々に良く似た、黄色い大きな眼をした魔物を片手でぶら下げたエレナが、音もなく階段を昇ってくるところだった。
一旦、下まで降りかけていた家妖精たちも、興味深そうに途中で引き返して、エレナ……というか、〈グレムリン〉を取り囲んで眺めている。
「こいつがグレムリンったらいう魔物か?」
「おお、確かに同じ毛じゃのぉ」
「猿とは違うんじゃの。地肌に鱗が生えちょるぞい」
「どっから入ってきたんじゃ?」
「う~~む。前の晩はやたら眠くて早々に寝付いたからのぉ。そん時かいのぉ?」
「ありがとうエレナ。――エドワード殿下、アドリエンヌ様、ロランお義兄様。わたくしの忠実なメイドであるエレナ・クヮリヤートが見事にこの場に巣食っていた魔物を捕獲したようです」
ルネが堂々と胸を張ってそう言い切ると、“クヮリヤート”の姓を前に、アドリエンヌ様は納得の表情になり、第一王子は苦々しい表情になった。
さすがに統一王国の王族と筆頭貴族の令息令嬢。オリオール公爵家の〈影〉クヮリヤート一族の噂ぐらいは聞いたことがあるらしい。
「助かりました。ルネ様並びにエレナさん。――さて、これで証拠は出揃いました。今度こそこの事故の経過をお認めになってくださいますわよね、エドワード殿下?」
いい加減にこのあたりで手打ちにいたしましょう。
そう暗に要望するアドリエンヌ嬢だけれど、第一王子は悔しげに黙りこくって返事をしない。
「いや、待て! その生き物が魔物だという証拠はないだろう。私は領都シャンボンで南方の生き物を何度も見たことがあるが、そいつは南方の猿に似ている。単に好事家が飼っていた珍しい猿が逃げ出しただけじゃないのか?」
往生際悪く港湾都市シャンボンの領主であるシャミナード子爵家のマクシミリアンが難癖をつけてきた。
おそらくは鑑定だなんだと時間稼ぎをして、その間に証拠を隠蔽するか偽造するかするつもりなのだろうけれど。
「ならばこの場で証明してみせますわっ」
そうは問屋とうちの義妹が赦さない。
「魔物であるか否か。そんなものはお義兄様がいれば即座にわかることです」
自信ありげに言い切るその台詞に、「あっ!」と声を挙げたのは、公私共に付き合いの長いエドワード第一王子だった。
その態度から察したルネは、数段下がった階段の下から恭しく膝を曲げて一礼をする。
「さすがはご聡明なエドワード殿下でございます。ええ、ご存知の通り義兄は〈神剣〉に選ばれた使い手。そして〈神剣〉はそこにあるだけで魔を祓う『神力』を発しております。つまり、その毛なり鱗なりを〈神剣〉に当てて、その場で祓われたならばそれは魔物という確実な所作となることでしょう」
「……うむ。そうだな」
ことここに至って嘘偽りを口にするわけにはいかない。第一王子は苦々しい表情でルネの説明に頷くしかなかった。
「……よろしいのですか、殿下?」
ま、いちおう僕もエドワード第一王子にお伺いを立てておく。第一王子の意思を尊重しているのだというアリバイ作りのためと、勝手に〈神剣〉を使うことに関しての責任逃れのためだけど。
「やむをえんだろう。――俺が許可する」
「わかりました」
こういう時の決断力は尊敬できるんだけどな、と思いながら恭しく一礼をする僕。
「――〈神剣〉を使って判定をする……って、いまロラン公子は何も持っていないわよね? 〈神剣〉って確か大神殿に奉納されてあるのではなくて?」
エディット嬢とともに踊り場へと戻ってきたルネへ、アドリエンヌ嬢が小声で尋ねる。
「はい、その通りですわ。ですが〈神剣ベルグランデ〉とお義兄様とは一心同体。その気になれば世界の果てでも呼び出すことが出来ます」
我が事のように自慢げに答えるルナの言葉に、半信半疑という表情をするアドリエンヌ嬢と、
「すごい! どんな仕組みなのか解剖して調べたいくらいです」
不穏なことを口走って目を輝かせるエディット嬢。
そんな外野の声を聞きながら、僕は久々になる〈神剣ベルグランデ〉との再会を果たそうとしていた。
〈神剣ベルグランデ〉そのものが出るまで書けませんでした……。
明日こそでます。
11/8 ×肩を振るわせ→○肩を震わせ




