その理屈はおかしい(みんなどこか変)
やっと少しだけ「ざまぁ」要素を入れられました。
そのままズカズカと、何も考えないで第一王子のいる踊り場まで上がってきそうだった家妖精の集団を、慌てて手前の階で押し止めるルネと、身を翻してそれに加勢するエディット嬢。
本来、妖精種は公的には準平民であるので、貴族やまして王族と直接言葉を交わせる身分ではないのだが、彼らに言わせれば、
「儂らの王様は〈妖精王〉と〈妖精女王〉じゃからな。人間同士が決めた身分なんぞ関係ないぞい。文句があるなら出て行くだけぞな」
と公言してはばからず、実際に機嫌を損ねれば、たちまち〈家妖精〉という種族全体に悪評が広がって、その家には二度と雇われず近寄らなくなるため、誰も強くいえないのが現状なのだった。
そんなわけでさすがに第一王子たちも彼らに対しては分が悪い。
どんな家庭でも子供の頃から「家妖精には失礼な態度をとらないように」と躾けられているので、どうしたって苦手意識があるのだ。
ちなみに僕とルネの場合、直接〈妖精王〉と〈妖精女王〉の加護があるとかで、「坊ちゃん」「嬢ちゃん」扱いで彼らも一目置いてくれている。
そんなわけで腰が引けている第一王子らに代わって、立場上僕が確認するしかなかった。
「申し訳ございません、皆さん。お忙しいところ卒爾ながら少々お尋ねします」
「おお、なんじゃい坊?」
家妖精の中でも一番年嵩の(ヒゲが白いからそうだろう)緑色の三角帽子を被った親爺が、白い睫毛の奥の金壷眼を光らせて僕を睥睨する。
「いまエディット伯爵令嬢が手にしている瓶の中身。あの黒い毛と鱗ですが、今朝、ここで彼女が採取した……その証言に誤りはありませんか?」
良く見えるようにエディット嬢は屈みこんで、彼らの目の前にコルクで閉じられた瓶を差し出して見せた。
一瞥した五人の家妖精はあっさりと首肯する。
「なんじゃそんなことか。そうじゃよ、その通りじゃ」
「ああ間違いねえだ。今朝方、エディット嬢ちゃんがここで拾った毛と鱗だで」
「儂らが箒かけた塵の中から選り分けたので確実だあ」
「んだんだ。見たことねえから覚えてるだよ」
「それがどうかしただか?」
「ま、待て! どうもお前らとエディット伯爵令嬢とは以前から懇意だった口調ではないか。ならば口裏を合わせているだけではないのか!? そもそも片一方の話だけで決め付けるのは可笑しいではないか!」
「そ、そう。その通りだ!」
「出来レースじゃないのか!?」
「こんな証言は無効だろう。証拠だってそうだ!」
「そもそも亜人如きがなんだその口の聞き方はっ!」
不貞腐れた態度で必死に食い下がる第一王子と、数を頼みに口々に王子の擁護と家妖精たちの非難に回る取巻きたち。
((((一方的って、どの口が言うか!!!))))
そんな連中へ思わず呆れた眼差しを向ける僕たち(僕とアドリエンヌ嬢とルネとエディット嬢)。
この瞬間、僕たちの心はひとつになっていた……と思う。
そう思ってアドリエンヌ嬢の表情を窺ったのだけれど、「――(へっ)」と失笑された。
「…………」
どうやらまだ彼女の中では僕は周囲の阿呆連中とセットらしい。自業自得とはいえ非常に不本意だ。
一方、偽証扱いされ逆切れした連中の罵詈雑言を浴びた家妖精たちは、当たり前だけど激怒した。
「なんじゃと。儂らが嘘をついとるっちゅーのか!?」
「侮辱じゃ! 儂らに対する侮辱じゃぞ!!」
「おう、餓鬼ども。お前ら……王宮にイルマシェ(伯爵家)、レーネック(伯爵家)、バルバストル(侯爵家)、カルバンティエ(子爵家)、シャミナード(子爵家)の放蕩ボンクラ道楽息子どもだな。よくわかったわい。今日を限りにお前らの屋敷からは家妖精は未来永劫消えてなくなると思えよっ」
「おう。頼まれても二度と雇われんわい!」
「儂らの一族の繋がりを甘く見るなよ餓鬼ども!」
このいきなりの最後通牒に青くなったのは、いま家名を挙げられた僕以外の第一王子とその取巻きたちだ。
以前にも紹介した通り、家妖精は幸福の象徴であり、彼らが去る時はその家が没落する時と昔から言われているため、貴族の家に彼らがいるのは豊かさと家門安堵のステータスと見られているのだ。
「ま、待て! 俺はこの国の次期国王だぞ。この俺の面子を潰すということは、つまりはこの国にお前らの居場所はなくなるということなんだぞ。わかっているのか!?」
慌てたのは第一王子である。こんなわかりやすい形で己の失言・失態がバレたら自身の面子と評価が丸潰れである。必死に止めにかかるのだけれど、この期に及んで真摯に謝罪するんでなく脅迫するとか、とことん最悪の選択をする男である。
家妖精の性格を考えれば逆効果でしかないだろうに……。
「「「「………(はあ)」」」」
余りの馬鹿さ加減に声もなくため息を漏らす僕たち。
「んなもん知らんわい」
で案の定、まったく痛痒を感じない飄然とした口調で白髭の家妖精がソッポを向く。
「儂らは気に入った家で働くだけじゃわい。お前んところは気に食わんから働かん。それだけじゃ」
「「「「んだんだ」」」」
他の家妖精たちも当然という顔で頷く。
「…………」
どうやらここにきて事態の深刻さをようやく理解したらしい。絶句した第一王子に代わって、事態の推移を眺めていた他の連中が、慌てて階段を降りて家妖精に取り縋る。
「失礼した。少々、言葉が過ぎたようです」
「謝罪いたします。どうか今後も引き続き当家に止まりますよう、ぜひお声がけを……」
「どうでしょう。私の裁量で給金を五倍にいたしますので」
必死に宥めすかし、懐柔しようとするが、時既に遅し。
「煩いのぉ! 儂らは嘘は嫌いじゃ。じゃから一度口にした以上、嘘はつかんぞ!」
完全に臍を曲げた家妖精たちは取り付く島もなく、連中の手を振り払って踵を返し、この場から退去しようと短い足で階段を折り始めた。
「『吐いた唾は飲めない』というところですわね」
ルネがその様子を眺めてそう一言に集約した。
「いや待ってくださいっ。今挙げた中にロランの――オリオール公爵家が入ってないのはおかしいじゃないですか。彼も私たちの仲間ですよ!」
あ、ドミニクの奴、僕まで道連れにしようとしてやがる。
「はァ? なにいっちょるか。坊はいつでも徹頭徹尾、儂らに対する礼は忘れんぞ」
「だいたいあの坊と嬢ちゃんは〈妖精王〉と〈妖精女王〉の加護を受け取るからのぉ」
「他の人間とは別じゃ」
けんもほろろにあしらわれたドミニクは、歯噛みして一瞬だけ僕を恨みがましい目で振り返った。
『――お前だけが、いつも特別扱いされる。なんでお前だけがいつも恵まれた立場なんだ!』
声にならないドミニクの怨嗟の思いが聞こえたような気がする。
奴にしてみれば理不尽な理由なのだろうけれど、奴の立場(外務大臣の長男で伯爵家の嫡男)で他人と比較して、自分が不遇だと思うこと事態がそもそも間違いだと思うんだけどなぁ。
さくさく書けたので、一区切りつけるまで短くてもなるべく連日更新できるよう頑張ります。
11/7 ご指摘があり、ダニエルとドミニクを間違えていました。訂正いたします。