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野郎たちの挽歌(そういえばいたね)

ほぼ三人称です。

 貴族の屋敷や王宮には必ずといっていいほど隠し部屋や非常時の脱出道が確保されている。

 多くの貴人・要人が在籍するここオルヴィエール貴族学園もまたご他聞に漏れず……というか、類を見ない規模で、その手のギミックには事欠かない造りがなされていた。


 なにしろあのジーノをもってすら、「これを隅々まで探索するのは無理ですな」と、言わしめた程である。

 噂に寄ればこの学園の前身は、七百年前に当代随一と謳われた《迷宮設計師(ラビリンス・メーカー)》ダイダラが設計した地下迷宮であり、その上に現在の学園の建物を増設した形でできているとか。

 そのため、地下一階部分は後から手を加えて、ある程度整理してあるものの地下二階以降はほぼ手付かず。下手に通路の奥に進んだ者は脱出不能。そもそも地下何階まで続いているのかも不明というわけで、その全体図を把握しているのは、当時の設計者であるダイダラ本人以外には存在しないだろうとさえ言われている代物だ。


 ということで、比較的安全が確保されている地下一階部分にある地下室や地下通路の場所を把握しているのは、学園に長年勤務する一部の教職員と、例外的に万一に備えて避難場所とできるよう、王族とその関係者にだけには伝えられている(それもごく一部)とのことである。


 もっとも秘密というモノはどこからともなく漏れるものであり、公然の秘密である学園の深部を暴くため有象無象――うちを含めた各家の〈影〉や他国の工作員、そしてなにより、手付かずの『ダンジョン』を探索して、古代の遺物や財宝を手に入れようと、いまだに細々と命脈を保っている『冒険者』と呼ばれる、いわゆる山師(やまし)・墓泥棒・不徳漢・ペテン師の代名詞である不正規労働者たちが、鵜の目鷹の目で、今日も今日とて密かに攻略を進めているのだった。


 ◆


 そんなオルヴィエール貴族学園地下通路の一角。

 薄闇の中、手持ちの角燈(カンテラ)ひとつで照らされたそこに、十人ほどの身なりと人相の卑しい男たちが(たむろ)していた。

「……クソガキが。許さねえ、絶対にあのツラをボコボコにしてぶっ殺してやる。殺す殺す殺すころすコロス……」

 使い込まれた中剣を手に、ブツブツと気が触れたような目つきで、しつこく繰り返しているのは、あの日、〈ラスベル百貨店〉でロランに昏倒させられ捕縛されたはずの武装集団のひとり、イーゴリと呼ばれた若い男である。

 身につけているものは薄汚れた麻の上下に時代遅れの革鎧という、前回とたいして変わらない装備だが、二点だけ違うところがあった。

 一点は被っていた鉄冑がないこと。そのせいで隠していた牛に似た短い角と耳が顕わになっていること。

 もう一点が首元に赤い宝珠(オーブ)のついた首輪を絞めていることである。


 よく見れば他の襲撃者たちも似た様なもので、ある者は二の腕に鱗があり。またある者は猫のような耳と瞳孔を持っていたり、ある者は膝から下が山羊のような形状になっていた。

 いわゆる『魔族』と呼ばれる雑多な形状を持った亜人種の総称であり、かつては人類の天敵と呼ばれ恐怖の代名詞となった『魔神』の眷属であり、いまとなっては大規模な集落は隣国の自治領だけとなった、斜陽種族の後裔である(ちなみに一応は人に準じる人権は保障されている)。

 さらに見るものが見えれば彼らの首にかかっているのが、五十年前に国際法で廃止された『隷属の首輪』(施術者の命令には絶対服従。一定時間ごとに施術者の魔力を補充されないと絞まって殺す)だと即座に看破したことだろう。


 切っ先まで三メトロンほどもある自分の背丈よりも長い斧槍(ハルバード)を手に、どこか陰鬱な表情で壁際に座り込んでいた(いわお)のような大男で、熊の耳と隠れて見えないが背中に(たてがみ)、口には鋭い牙を持った魔族であるキリルは、そんなどこか常軌を逸した仲間の様子に、太い眉根を寄せてため息をついた。


(……馬鹿が。目先の復讐に逸って自分らが捨て駒にされたのもわからんのか)

 本来であれば縛り首にされて当然のところ、どんなお偉いさんの圧力がかかったのかは不明だが、秘密裏に牢から連れ出され、こうして挽回の機会を与えられている……ということになってはいるが、この首輪を嵌められた時点で道具にされ、使い潰される未来は確定したも同然である。

 仮に首輪をどうにかしたとしても、人間世界ではお尋ね者であるし、穏健派である現魔王様の影響下にある魔族の町にも顔を出せないのは当然として、失敗して顔が割れた以上、強硬派(過激派ともいう)である大公の派閥にも居場所はないと考えるべきだ。


「なんすかキリルさん、浮かない顔をして? いい塩梅にこの国の第一王子や高位貴族の餓鬼ども、そしてあの〈勇者〉も何も知らずに集まってきたんですよ。絶好の機会じゃないですか! 討ち取ったら俺らは魔族の英雄ですよ!! 小娘に怪我をさせて終わりのショボイ仕事かと思ってましたけど、こんな機会は二度とないですよ!」


 息巻く禿頭で額のところに第三の目を持ち、希少な〈魔物使い(ティマー)〉の技能を今に残す魔族の仲間の昂ぶった声に、ますます眉の間にある皺が深くなる。


(勝てるわけがなかろう! この間の一件、まったくのお遊びだったアレにすらまったく手を触れることすら出来なかったのだぞ!!)


 一合でも打ち合えれば、ある程度相手の力量は読めるものだが、触れることすらできないとなれば、いまだまったく実力の底が読み切れない、隔絶した差があると見るべきだろう。


(そも勇者(やつ)はかつて前大公閣下を単身で(たお)した男だ! あ、あの怪物のような大公閣下をだぞっ)


 一般的に魔族はその力量(ちから)に応じて外見が人間離れするものだ。現在の魔王陛下はその見掛け同様に〈もっとも弱き魔王〉として自他共に認める存在だが、もしも時代があと百年早ければ恐らくは前大公閣下こそが魔王となっていただろう。そう誰しもが認める畏怖すべき外見と実力を持った魔族であった。

 キリルも若い頃に一度だけ拝謁賜ったものだが、彼の前では己が痩せた仔犬になった気がしたものである。


(それに勝った相手だぞ! 不意を打ったからといって、寄せ集めの素人集団が勝てるわけがない……)


 だが、他の連中はわかっちゃいない。『魔族』の誇りだ権威だ実力だなどとお題目を掲げて煽てられているが、本物の〈魔族〉の凄さを、そしてそれに対抗できる〈勇者〉の出鱈目さを。所詮は伝聞やお伽噺としてしか知らないから、こうして能天気になれるのだ。


 復讐の機会を虎視眈々と狙う部下たちを見据えながら、キリルの心はもはや彼らをどう捨て駒にして、自分が生き残るか……それしか頭になかった。


『他の連中はどうでもいいわ。それよりもアドリエンヌに――赤毛の女を始末なさい。最低でも顔に残る傷をつけるのよ。それくらいならできるでしょう?』


 以前の依頼の際に、一度だけ顔を隠してやってきたかなりの高位貴族らしい女が残していった言葉。

 よほどあの娘に怨みつらみがあるらしい。女は怖いものだと思ったものだが、或いはそれが突破口になるかも知れない。

(こいつらが一斉に勇者に向かっていき、前回同様に手加減したとしたら確実に隙ができるはず。その時に赤毛の娘をどうにかできれば、雇い主と交渉できるかも知れねえな)


 いや、もはやそれしかないだろう。

 そうキリルが方針を固めた瞬間、三つ目の男が顔をこわばらせた。

「――ぬっ!? 俺の使い魔(ファミリア)が捕まったようです。くそ、油断した!」


 どうやら小細工と斥候代わりに階段付近に待機させていた〈グレムリン〉が何者かに捕縛されたらしい。

 こうなれば時間との勝負である。


「よしっ、いくぞ野郎ども! 人間の貴族連中に目にモノ見せてやれ!!」

 

 斧槍(ハルバード)を掴んで勢いよく立ち上がったキリルの胴間声に呼応して、他の仲間たちも一斉に武器を掴んで(とき)の声を張り上げた。

 目指すは上階、この通路の先にある階段を登れば、連中の足元に出られる筈である。

 十人からの男たちは我先にと走り出した。

次回の更新予定は、11/8(水)頃です。

ご指摘があり、誤字脱字、表現について修正をしました。


ちなみに魔族の前大公は獅子の上半身にドラゴンの下半身(形状としてはケンタウロス風)を持った、直立して七メトロン(メートル)を越える化け物です。

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